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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


化け狐を捕獲せよ!


 げっそりとした様子の男が草間興信所の扉を叩いたのは、丁度昼頃の事だった。
「狐が逃げてしまったんです……うちの主人が飼っていたコサックギツネという種の狐なのですが……」
「そういうのは保健所にでも相談してくれ。うちは何でも屋じゃない」
「普通の狐だったら!普通の狐だったら私もそうしてましたよ……!」
 お断りだ、と言わんばかりの口調で言葉を遮られた男は、必死な様子で強く草間に懇願する。そのあまりの形相にとりあえず話だけは聞いてみようと思った草間は煙草を咥え、話の先を促した。
「コサックギツネは毛皮の美しさから乱獲されてきました。その美しさに惹かれたのか、うちの主もコサックギツネを買ったんです。でも、最近妙な出来事が起こっていまして……」
「妙な出来事?」
「女中が真夜中に見たこともない程綺麗な女性を見たとか、屋敷の中に鬼火が浮かんでいたとか。それも、コサックギツネが来てから毎晩のように……」
 大きな屋敷に執事として仕えているらしい男は酷く疲労困憊した様子で、ぐったりと俯いたまま話を続ける。そのあまりの様子に、草間は眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「そこで、霊能者の方に調査をお願いしたんです。もしかしたら化け狐かもしれないと……。そうしましたら」
「?」
「案の定、特殊な力を持った化け狐でして……調査を依頼した霊能者の方は負傷を。狐にはまんまと逃げられるしで、もうどうしようもない状態なのです」
 『怪奇ノ類 禁止!!』と大きく書いてある張り紙をチラリと横目で見、草間は苛立ちのような諦めのようなため息をついた。どう頑張っても奇怪の類からは逃げられないらしい。今回の依頼も、確実に奇怪の類に入るだろう。
「大体は分かった。その狐を捕獲して欲しいんだな?」
「えぇ。もう貴方にしかお願いできないのです」
「……一つ聞かせてもらうが、あんたは何だってそんなに疲労してるんだ」
 狐に逃げられただけにしては男の様子はおかしかった。それほど厄介な能力を持った狐なのか、それとも−。
「コサックギツネが姿を消してからと言うもの、毎晩のように悪夢にうなされていまして。その上、私達使用人が勝手に霊能力者を呼んだ事に主は大変お怒りになっていて……ここのところ全く寝れていないのです」
「それは災難だな……」
 哀愁漂う男の様子を半ば同情の目で見ながらため息を一つ、草間は諦めの色濃く感じられる声色で吐き捨てるように男に尋ねる。
「で、その狐の名はなんていうんだ?」
 その問いに男はビクリと反応し、酷く言い難そうに草間から視線を逸らしつつ口を開いた。
「……花子、です」
 −と。

******

 燦々と太陽が大地を照らし、風は優しく頬を撫でて過ぎ去っていく。穏やかな風にその茶色い髪を靡かせ、一人の少年が草間興信所の前に立っていた。
 嬉しそうな楽しそうな、それでいてどこか幸せそうにも見える笑みを浮かべながら。何も言わず、ただしばらく興信所を静かに見つめて。
「草間さん、いるよな……?」
 たったっ、と足音も軽く少年は雑居ビルの中へと入っていった。




■メンバー集合
「ちわーっす……?」
 ガチャリといつもの様に扉を開けて踏み入った興信所は、いつもと違いどこかどんよりとした雰囲気を漂わせていた。何と言うか……空気が重い、とでも言うのだろうか。そしてその原因は、明らかに草間武彦その人で。
「あれ?何、この重い雰囲気。また何かあったの?草間さん」
 色はきょとんとした表情を浮かべて草間を見つめる。
「あぁ、色か。丁度いいところに来たな、お前も手伝え」
「……シュラインさん」
 どこかぐったりしたような表情で珈琲を啜る草間を見つめた後、色は草間の隣に腰を下ろしたシュラインに視線で状況説明を求めた。厄介な依頼でも来たのだろうが、それにしても草間がここまでぐったりしているのは珍しい。
「依頼が来たのよ……依頼内容の説明は他のメンバーが集まってからでもいいかしら?」
「他のメンバー?」
「お前が来る前に一応猛獣使いと何でも屋に声をかけたんだ」
 シュラインと色にお茶を持ってきた零に珈琲のお変わりを頼みつつ、草間がぼそりと呟いたその言葉に色の表情が小さく引きつる。まさか、猛獣の捕獲でも依頼されたのだろうか。
「草間さん、まさか−」
「どうも。……ここが草間興信所?」
 色の声を遮り、ガチャリと音をたてて扉が開いた。開いた扉の先にいたのは、黒髪に青い眼をしたひどく目つきの悪い男。
「そうだけど……もしかして、あんたが猛獣使い?」
「猛獣使い?俺は何でも屋だが」
 扉を後ろ手で閉めながら男が色に近づいてくる。しばらく色をじっと見ていた男はふと気づいたように草間に視線を移し、静かに目礼した。
「俺は琥煤泉。今回共に仕事をさせてもらうことになった何でも屋だ。……あんたらは?」
「俺は草間武彦。ここの所長だ。で、事務員のシュライン」
「初めまして、泉さん。シュラインよ」
 シュラインと草間に向ってもう一度”どーも”とやる気の感じられない返事をする泉の表情は、明らかに面倒くさいと言っていて。何かを探るように草間達と挨拶を交わす泉をじっと見つめ、色は小さく首をかしげた。
 何故だろう、妙な違和感を感じる。
「俺は草摩色」
「あんたも手伝いに呼ばれたのか?」
「まぁね」
「そうか。よろしく頼む」
 けれどもその違和感は瞬く間に消え、すぐに何も感じられなくなってしまって。勘違いだったのだろうか、と色は一人思考に沈み込んでいく。
「……あの……」
「うわっ!」
「……猛獣使い……居なくて、私が来ました……」
 扉を開け閉めする音すらたてず、気配なくいつの間にか現れたのは銀髪に緑の目の女性。ミリーシャ・ゾルレグスキーと名乗ったその女性は、どうやら不在だった猛獣使いの代わりに派遣されたらしかった。
「これで全員揃ったな。依頼人が戻ってくる前に説明を頼む、シュライン」
 零から受け取った書類をシュラインに渡し、草間が依頼者から貰ったらしいアルバムをパラパラとめくる。
「今回の依頼人は富豪の執事を務めている人で、依頼内容は逃げてしまった化け狐の捜索と捕獲よ」
「化け狐、ねぇ……」
 草間から一枚の写真を受け取り、シュラインが男の腕に抱かれている一匹の狐を指さした。睨むようにこちらを見ている狐は小さく、そして酷く毛並みが美しい。
「コサックギツネ、という種の狐らしいの。生息地などの詳しいことは分かっていないわ」
「依頼者も知らねぇ、って事か?」
「えぇ。依頼人の主人本人がどこかの国から輸入して来たらしくって。ただ、鬼火や悪夢を見るのが狐に関係ある事だけは確かなようよ」
 ふぅ、と小さなため息をつきシュラインは手に持っていた書類を机に広げる。その書類には、依頼人から聞いたであろう話がまとめてあって。
「さっすがシュラインさん!奇麗にまとめてあるね〜」
「……でも、大切な事……何も書いてない……」
「依頼人の人から聞けたのはここに書いてることだけなの。今依頼人が主人を呼びに行ってるから、依頼人の主人が来ればもう少し詳しいことがわかると思うんだけど……」
 あまりにも情報が少なすぎて、狐を探す手がかりになりそうにない。主人から詳しい話が聞けなければ、依頼を解決することは難しいだろう。
「とりあえず、依頼人が戻ってきてからだな」
 たいした事が書いていない書類を見つめ、5人は深くため息をついた。


■狐の主人
「お待たせしてしまって申し訳ない。それで、私に一体何の用です?」
 依頼人が自分の主人だと言う初老の男性を連れて来たのは、メンバーが集まってすぐのことだった。
「詳しい話を聞かせてほしい。あんたんとこの執事の話だけじゃ、狐を探す手がかりにならなくてな」
「……なるほど。出来る限り協力させていただきましょう」
「そいつは助かる。これから聞くいくつかの事に答えてくれ」
 草間は煙草に火をつけつつパラパラと書類をめくり、シュラインは依頼人の主人の話を纏めるために小さなボードを用意する。
「まず、知っている限り狐の生態を教えてくれ。調べても有力な情報が出てこなくてな」
「……私も良くは知りません。けれど、私が花子を密輸したのは西シベリア南部の商人からですよ」
「密輸……?」
 思いもよらなかった言葉にひくり、と色達の表情がひきつった。どうやら、ずいぶんと厄介な事に首を突っ込んでしまったらしい。
「野生動物の輸出入はワシントン条約によって厳しく管理されている事をご存知ですか?事情があって、正式な手続きを踏んでいる時間がなかったのです」
「事情があろうがなかろうが、密輸は犯罪だろうが。……面倒くせぇ」
「泉さん!」
 シュラインに宥められ、泉は舌打ちをしつつ黙り込んだ。依頼人達が気分を害したのではないかと色が慌てたように依頼人に視線を移すが、泉の言葉を聞いた主人は怒るどころか申し訳なさそうに苦笑していて。
「……悪い。話を進めてくれ」
 泉は申し訳なさそうにそう一言呟き、一歩下がって気持ちを落ち着ける為に瞳を閉じた。
「花子さんは貴方に懐いていましたか?」
「不思議な事に、つい最近まで野生で生活していたとは思えないくらい人懐っこかったですよ。撫でられるのが好きな可愛らしい子だ」
 サラサラとメモをとりつつシュラインは主の声にじっと聞き入り、ミリーシャは相変わらず無表情のまま、けれども真剣に何かを考え込んでいる。色はどんな違和感も逃さないよう集中しながら、じっと依頼人達を見据えていた。
「……狐の好物は……?」
「好物……。私が与えていたのは主に果物だが、よく昆虫や野ネズミを自分でつかまえて食べてましたよ」
「ねぇ。密輸したって言ってたけどさ、どんな場所どんな環境とか捕まえた場所について何か聞いてないの?」
 色の問いに一瞬考え込んだ主人は、覚えていないのか執事の方へと視線をそらす。シュラインには、それを見た草間の顔に若干呆れの色が浮かんだように見えた。
「……どうだったかね?」
「聞いておりません。ある日突然、主が花子を連れ帰って来たのではありませんか」
「あぁ……そうだったね。すまない、実は私が花子を密輸したのは密猟者からなんだ。もう少し遅ければ毛皮にされて売り払われてしまうところでね。今から連絡を取ってみてもいいが、彼らは自分の狩場を明かそうとはしないだろう。……下手をすれば、捕まってしまう事くらい彼らも知っているはずだからね」
 申し訳なさそうな苦笑と共に教えられた事実に、色は”そっか”と小さく頷く。
「……逃げた方向……とか、行きそうな場所……とか。……心当たりある……?」
「まったく見当がつかない。逃げ出そうとした事も、自分から進んで外に出ようとした事もなかったからね。……役に立てなくて申し訳ない」
「いや、協力に感謝する。必ず見つける、とは言いがたいがこちらも全力を尽くさせてもらおう。連絡があるまでしばらく待っていてくれ」
 草間の言葉に静かに頷き、依頼人とその主人は深々と頭を下げて興信所を去っていった。
「化け狐であろうと構わない。あの子は私の家族なのです。……どうか、よろしくお願いしますね」
 と言う一言を残して−。
「新たに分かった事も多いけれど、やっぱり情報が少ないわね。どの辺りに逃げたのか、まったく見当がつかないわ」
 依頼人達を見送りに行った零の背が扉の向こうへ消えたことを確認し、シュラインが困ったように呟いた。
「……品種については調べておいた。これを見てくれ」
 懐から何やら色々な術式が書かれている紙を取り出し、泉がそれに小さく息を吹きかける。途端、紙は光を帯びて宙に霧散し、シュルシュルと音を立てて一冊の本へと形を変えた。
「それ、あんたの力?」
「あぁ。制限はあるが、大抵の情報ならこの本一冊で集められる」
「……便利……」
 宙に現れた分厚い本をパラパラとめくる泉の手元を色とミリーシャが覗き込む。真っ白なページにはゆっくりと文字が浮かび上がって来ており、じわりじわりとその濃さを増していて。
「便利ね……その能力で、品種の事を?」
「品種と、”花子”の事だな。何でも調べられるわけじゃねぇのが難点だが……ないよりはマシだろ」
 文字が完全に浮き上がったと共に泉は数ページ引きちぎり、本を宙へと投げ捨てた。投げられた本は慌てて受け取ろうとした色の腕をすり抜け、宙に解けるようにして消えていく。
「これが”コサックギツネ”という品種についてだ。参考になりそうなのは食べ物、生息地、習性、容姿って所だな。んで、こっちが”花子”について。改めて分かった事はあまりない」
「夜行性……あら、走るのはあまり得意じゃないのね」
「住宅地より、公園とかの方が居る可能性高いんじゃない?」
 シュラインが纏めた依頼人の話と泉が集めた情報を見比べつつ、シュラインと色が草間を見てそれぞれの意見を述べた。自身もじっと紙を見比べながら、肯定か否定かよく分からない声色で草間が”ううむ”と小さく唸る。
「俺の能力じゃ、逃げた獣の行方は追えねぇ。習性と好物を考慮して手分けして探すしかねぇんじゃねぇの?」
「そうね。これ以上情報はつかめなさそうだし……」
「こうして話してる間にも、遠くへ逃げてるかもしれないんだよなぁ」
「……早く……行かなきゃ……」
 4対の瞳にじっと見つめられ、草間はコクリと頷いた。依頼人達の話を聞いている限りではこちらから危害を加えない限り狐が自分から人に危害を加えそうには思えないが、もしものことがあってからでは遅いのだ。
「そうだな。シュラインは何でも屋と興信所から見て南の方角を探してみてくれ。残りは俺と北側だ」
「りょーかい。でも相手は夜行性だし、もしかしたら見つからないかもしれないよね?草間さん」
「……見つけ次第電話で連絡をとるのはどうだ?見つからなかった場合も同様に。興信所は零に任せておくから、どうしても相手に連絡が取れないときは興信所に連絡。他の姿に化けれるらしいしな、とにかくしらみつぶしに探すしかないだろう」
 話し合いが意味を持たなくなったならば、動くしかない。見送ってくれる零の声を背に、5人は興信所を飛び出した。


■追撃!人と狐の鬼ごっこ?
「さて、手分けをしたのはいいが……。お前達、”狐が逃げ込みそうな場所”って言われて思い浮かぶ場所あるか?」
「……俺思うんだけどさぁ。それって狐が逃げた理由によって違ってくるんじゃない?」
「……逃げた、理由……?」
 並んで歩く草間と色の半歩後ろをバイクを引きながら歩いていたミリーシャが不思議そうに色の言葉を繰り返す。ポツリと呟かれた言葉に、色は顔だけ彼女の方へと振り返った。
「あの主人の事が好きか嫌いかにもよると思わない?主人のこと好きなら、戻ろうと思ってるのかもしれないし」
「なるほど……。色、お前はどう思うんだ?」
「主人は好きだけど人間憎んでるって事も考えられるよね。だってさ、一回は毛皮にされそうになったんだろ?」
 しれっとなんでもない事のようにそう吐き捨てた色の表情は言葉とは裏腹に明るい笑みを浮かべていて、草間は一瞬自分の背筋に冷たい何かが走った気がした。その感覚はすぐに消えてしまったので、自分の勘違いだったのだろうと思い直したけれども。
「そうか……。お前が来る前にシュラインと話していたんだが、悪夢を抑えていたのが花子ってこともあり得るとは思わないか?」
「どういう意味?」
「元々依頼人の家に霊か何か悪いものが憑いていて、花子がそれを追い出そうとしていたとしたらどうだ」
 煙草に火をつけつつ、草間がゆっくりと立ち止まって振り向いた。
「まぁ、所詮仮説に過ぎんが……可能性がないとは言い切れないだろう?」
「確かに……」
「……可能性……ある……と思う……」
 色とミリーシャがコクリ頷いて草間を見つめる。”とりあえず興信所の近くから探しす?”と呟いた色の言葉に肯定を示し、3人は再び歩き出した。
「それにしてもさぁ……。名前が名前なんだから、鬼火見るとか悪夢見るとかよりさ、延々コサックダンスを踊らされるとかだったら楽しかったのにね」
「……それはそれで厄介だと思うぞ」
 頭の後ろで腕を組みつつ周囲に視線をさまよわせ、色が緊張の感じられない言葉と共に悪戯な笑みを浮かべる。その言葉に煙草の煙を吐き出した草間が笑みを意を含んだ声色で反論して。まるで弟が兄にじゃれるかのように、色は草間の反論に対して足元にあった石を蹴り、拗ねたフリをしてみせた。
「えー?そうかなぁ。絶対に楽しいと思うんだけ−」
「キャンッ!」
「……え?」
 色の声を遮って突然聞こえた獣の声に3人の動きがピタリと止まり、視線が彼らの前方にあるポストへと集中する。
「今俺の蹴った石が当たったのって、このポストじゃなかった?……獣の声、聞こえたよね」
「……うん……」
「……こんな所にポストなんかあったか?」
 色が早足でポストへと近づき、ポンとポストの上に腕を置いて体重をかけた。ポストの上に置いた腕からは、生き物特有の心地よい温度が伝わって来る。バイクを引きながらゆっくりとポストへ近づいたミリーシャは、普段見ているポストの色との微妙な違いに気づいて首を傾げていて。
「……このポスト……少し、色違う……?」
「小動物みたいなあったかさを感じるんだけど……」
 もしかして、と言う言葉が3人の頭をよぎった瞬間。
「「「あ……!」」」
 ポストだったそれはポン!という可愛らしい音を立てて狐へと変化し、勢い良く駆け出した。不意をつかれた色と草間は一瞬唖然と固まってしまって。突然近くで聞こえたバイクのエンジン音によって我に返り、慌てたようにミリーシャへと視線を移して再びピシリと固まってしまった。
「ちょ……あんた、何無表情で銃構えてんの?!」
「……麻酔銃……捕まえる」
「やばい、見失うぞ!……って!!おい、待て!」
 バイクに跨って無表情のまま銃を構えるミリーシャに色も草間も慌て、彼女を止めようと腕を伸ばす。−が、伸ばした手がミリーシャを捉える事は無く、ミリーシャはサイレンサーつきの銃を構えたまますごい勢いで狐を追いかけていってしまった。
 残された草間と色は唖然としたように顔を見合わせ、引きつった笑みを浮かべて嫌な汗を流す。
「どーすんの?……草間さん」
「どーするもこーするも……追いかけるしかないだろうが!」
 こうして、狐と草間たちの大規模な追いかけっこが始まったのである。


■合流、そして−
 ミリーシャのバイクのエンジン音を頼りに狐の姿を探し回っていた色と草間は、前方にシュラインと泉の姿を確認して驚いたように走るスピードを上げた。シュラインと泉の他に2つの人影を見つけたからだ。一つはミリーシャのもの、もう一つは−。
「シュライン、そいつを逃がすな!」
「武彦さん!?」
 草間の存在に気づいた人影が逃げようと慌てて踵を返して走り出すが、呆気なく泉によって捕獲され身動きが取れなくなってしまう。ポン!と音を立てて狐の姿へと戻った花子はウーッ!と唸り声を上げて思い切り泉の腕を引っかいた。
「痛ぇよキツネ」
 花子の首根っこを掴みなおし、泉がやる気のない声で花子に向かって話しかける。そんな泉の様子に苦笑しつつ、シュラインは疲れた様子で走ってきた色と草間に声をかけた。
「ずっと走り回っていたの?」
「あぁ……予想外、の、ハプニングが……あって、な……」
 ぜーぜと呼吸を乱しながら、草間が苦しそうに答える。ぐったりとした様子の草間とは裏腹に色はあまり疲れを感じていないようで、楽しそうに花子の顔を覗き込んでいた。
「……あんまり化け狐って感じしないね」
「人に化けた時しか喋れねぇらしいが、人語も完璧だったぜ?こいつ、さっきまで探偵に化けてた」
「草間さんに?」
 頷くシュラインを視界に納め、色は”へぇ……”と軽く感嘆の声を漏らす。依頼人の話どおり、かなり強い力を持っているのだろう。化け猫や化け狐は数多く存在するも、人語を話せるのはごく少数なのだ。
「すぐに武彦さん本人じゃないって分かったんだけど……騙されたフリをして逃走理由を聞いてみたの。私、早く花子さんを主人の元に返してあげたいわ」
「シュラインさん?」
「命を助けてくれた今の主人がとても好きらしくて……屋敷に取り付いていた人間の怨念や霊を追い払おうとしてたんですって。どうしても主人から離れたくなくて、霊能者を傷つけて逃げ出したらしいわ。帰りたくて、ずっと主人の後をつけてたのよ」
 逃げ出すことを諦めたのか、泉に抱かれて大人しくしている花子を見てどこか悲しそうにシュラインが告げる。慰めるようにシュラインの頭に軽く手を置き、草間はひょいと泉の腕から花子を抱き上げた。
「シュライン、依頼人に電話で連絡してやってくれ。なるべく早く迎えに来てくれるように」
「あ……えぇ、分かったわ」
 シュラインがケータイを取り出し、メモしておいた依頼人の番号へと電話をかける。嬉しそうな声色で依頼人に花子が見つかった旨を知らせるシュラインの声を聞きながら、草間は色達に向かってニヤリと笑みを浮かべて見せた。
「帰るぞ、興信所に。依頼は成功したんだ、褒美に珈琲の一杯でも飲ませてやろう」
「草間さんのケチ!褒美をくれるんなら、ケーキくらい買ってくれよ」
「却下だ」
 歩き出した草間に色がじゃれつき、泉は楽しそうにその様子を眺めていて。
「……大好きな……ご主人の所に……帰れる、って……良かったね……」
 ミリーシャは花子の頭を優しく撫でて話しかけている。ミリーシャの声を聞き、花子が嬉しそうに”クーン”と一声鳴いてみせた。その声を聞いた草間やシュラインの顔に優しく暖かな笑みが浮かぶ。
 嬉しそうに鳴いた花子の声が酷く酷く幸せそうで。悲しいような嬉しいような複雑な気持ちになりながらも、色は満足そうに笑い声を上げクスリと優しい笑みを浮かべた−。


fin


  + 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)+
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2675/草摩・色/男性/15歳/中学生
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
6814/ミリーシャ・ゾルレグスキー/女性/17歳/サーカスの団員、元特殊工作員
7023/琥煤・泉/男性/18歳/高校生兼何でも屋


   +   ライター通信   +

初めまして、草摩さま。ライターの真神ルナと申します。
この度は「化け狐を捕獲せよ!」に参加してくださり、誠にありがとうございます!
前半が長くなりすぎてしまい、後半の展開が速くなってしまいましたが大丈夫でしたでしょうか?(汗
少しでも草摩さまの魅力や個性を表現できていれば、と思います^^
そして、少しでも楽しんでいただけたならこれほど嬉しい事はありません! リテイクや感想等、何かありましたら遠慮なくお寄せくださいませ^^
それでは失礼致します。

またどこかでお会いできる事を願って―。


真神ルナ 拝