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<東京怪談・PCゲームノベル>


東京魔殲陣 / 陰陽の下僕

◆陰陽の下僕◆

「シャイニング・ソウル、お目醒めなさい」
襟元のブローチにそっと手を置くと、美沙姫は静やかな、だがそれでいて強い意思を感じさせる凛とした声でそう呟く。
美沙姫の襟元を彩る緋色のブローチ。しかし、それこそ『Shining Soul(光り輝く魂)』の名を冠する精杖。まさにその名を体現するかの如き眩い輝きとともに『それ』は美沙姫の手に握られた。
「グ、ゥゥゥゥゥ……」
精杖シャイニング・ソウルを両手に構え真っ直ぐに己を見つめるその姿に、唸るような声を上げて応じる馬頭。
淡い輝きを放つ精杖シャイニング・ソウル。昏い地獄の底に住まう馬頭にとって『それ』は、ただ見ているだけで神経に障る、酷く不快なモノに見えた。
(……相手は俊敏さを持ち味とする魔物。そのスピードに弄されない為には……)
事前に得た情報から、眼前で唸るこの魔物が驚異的なスピードを持つこと、常人のそれで対等に渡り合うのは難しいということを、美沙姫は識っていた。
ならば、どうするか……。その答えを美沙姫は既に用意していた。
「使い人たる篠原・美沙姫が御願い奉る……。万象のうち、大気に宿りし精霊たちよ……」
美沙姫の口から紡がれるその言葉こそ、この世ありとあらゆる精霊と交感し、その力を借り受ける『使い人』の真言。
―― ヒュオオオオゥ……
外界からは隔絶されているはずの結界内に、どこからともなく吹き込む穏やかな風。それは美沙姫の呼び掛けに応えた風の精霊の軌跡。
一瞬、美沙姫の纏った外套がバサリと風に音を立てて、その裾をはためかせる。
「……よし」
ふわり、とまるで自分の身体が羽毛になってしまったかのような不思議な感覚。
しかし、そこには欠片ほどの不安もない。美沙姫には、まるで本より己がそうであったかのように、一切の不自由なくこの身体を扱う自信があった。
「申し訳御座いません。大変長らくお待たせ致しました」
そう言ってぺこりと頭を下げる美沙姫。その様子を後ろ足で地を蹴るようにして睨め付ける馬頭の瞳に困惑の色が灯る。
たとえそれが滅すべき相手であったとしても決して礼を失わない。
それは、自他ともに認める超一流のメイド篠原・美沙姫らしい言えばらしいと言えた。
だがその礼を、乏しい理性と貪欲で血塗られた本能しか持たぬ地獄の鬼たる馬頭に、それを理解しろというのは土台無理な話。
「それでは……『使い人』篠原・美沙姫。全力で、征かせて頂きます!」
声と同時に、精杖から溢れる光、その輝きが俄かに増す。
それは、美沙姫が掛け値なしの全力で、いま相対する馬頭を滅さんとする決意の表れ。
この強固な結界の内であれば、相手と己以外の他者を気遣うことも、周囲への被害を気にして攻め手を弛める必要もない。
本来戦場に身を置く者ではない……いや、常に主の傍に身を侍らせる美沙姫であるからこそ、何の遠慮も呵責もなく全力で戦えるこの戦場が、この上もなく有難かった。

◆破魔風を纏いて◆

―― キンッ!
金属と金属を相打ち鳴らすような甲高い音が、結界の内に響いて消える。
「ヌグオオッ!」
完全に己の間合い。その間合いから繰り出された両の爪は、しかし獲物に届くことはない。
「セヤァッ!」
響く掛け声とともに繰り出された美沙姫の払い上げ――右の爪を僅かに身体をひねる旋転で躱し、その勢いのままに放った払い上げで左の爪を弾く――によって、振り下ろした爪の双撃はものの見事に去なされて、馬頭は堪らずたたらを踏んだ。
結果、馬頭の左脇腹から背にかけて生まれた大きな隙。そして美沙姫は、戦場に於いてその隙を見逃すようなお人好しではなかった。
―― 疾ッ!!!
先の旋転からの払い上げの勢いと、その身に纏った風の精霊の助力を以って、美沙姫は馬頭の左脇を正しく風の速さで駆け抜け距離を取る。
つい今の今まで己の懐近くにあった人影が一瞬にして消え失せた。おそらく美沙姫のその動きは、馬頭の目にそんな風に映ったに違いない。
「―― 風牙斬ッ!」
馬頭の爪牙の間合いから脱し踵を返したその場所で美沙姫は再び気合一閃。短詠唱呪の発動とともに精杖を振り抜き、霊風の刃を迅らせる。
攻め手を去なされたたら踏み、さらに美沙姫の姿を見失った馬頭には、その風の刃から逃れる術などありはしない。
「ギィオォォォッ!」
背中を切り裂く霊傷の痛みに、馬頭は堪らず絶叫を上げる。
これまで、美沙姫と馬頭が打ち合うことその数10合あまり。
はじめのうちこそ馬頭のスピードとパワーに圧され間合いを許していた美沙姫だったが、その踏み込みの速さ、撃尺の間合い、攻めての伸び、それらを量り終えてからは、纏った風の精霊を駆使した運体の妙に拠って、馬頭と対等以上に渡り合っていた。
敵の攻め手を読みきるまで防御に徹しそれを可能とする警護格闘術。
『突けば槍、払えば薙刀、持たば大刀、杖はかくにも外れざりけり』と称され、護りに長けた杖術の妙。
そして、纏った風の精霊の力を余すことなく発揮する精杖シャイニング・ソウルの能力。
これらすべてが相まって、戦の趨勢は完全に美沙姫の側へと傾いていた。
(けれど、まだまだ油断は禁物。獣は手負いであるほど恐ろしい、とも申しますし……)
霊傷に悶える馬頭の姿をひたと見詰め、美沙姫は心の中でそう呟く。そして、こう考える。
戦のはじめから全力で当たってきた己の限界もそう遠くはない。ならばそろそろ勝負を決する頃合だ、と。
果たして、その選択は正しかった。
「ガアアアァァァッ!!!」
まるで傷の痛みに我を忘れたかのような絶叫とあげて美沙姫へと迫る馬頭。その速さは今までのものとは比べ物にならない。
人にしろ、人外のものにしろ、およそ生物というものは常に全力で活動し続けることは出来ない。通常、その全力が大きければ大きいほどそれは顕著に現れる。
だが、ただひとつだけそれを例外とする事象が存在する。
「なッ!?」
まるで爆発するような勢いで蹄を大地に打ち付け迫る馬頭の姿に息を呑む美沙姫。
よく見れば、地を蹴る蹄はそのあまりの勢いの強さにボロボロに崩れ、圧倒的な推進力を生み出しているその脚もまた所々で血を噴き出している。
刻まれた傷の痛みと、そこから溢れ出る怒りが、己の身体の無事すらも埒外へと追いやって、馬頭の身体を動かしていた。
それは俗に言うところの『火事場の馬鹿力』のようなもの。
「……くぅッ!」
精杖シャイニング・ソウルの能力を使い、風の精霊の力を賦活して大きく飛び退き、辛うじてその突進を躱す美沙姫。
もはや碌に敵の姿すら捉えていない馬頭が、爛々と輝くその瞳、憤怒に歪んだその顔を右往左往させて美沙姫の姿を探し求める。
しかし、怒り身を任せることで力を増したとは言え、それによって耳目を乱したその様は、どうしようもないくらいに隙だらけだった。
「……風障檻」
どこからともなく吹き込む清風と、それに乗って響く涼やかな、それでいて威厳に満ちた声。
その声に反応して、馬頭はその方向を振り向こうとするが……時既に遅し。
美沙姫によって喚び込まれ、美沙姫に乞われ、そして美沙姫によって紡がれた清風の檻が、馬頭の身体を幾重にも囲いその動きを完全に奪っていた。
「ウォグルォォアァァッ!!!」
どれほど力を込めて暴れようと、涎を垂らし歯軋りをして悔やもうと、柔らかな風で編まれたその檻は微動だにしない。
そして――
「大気に宿りし精霊達、風を纏いて我が元に集いたまえ。浄めの風を以て全ての悪しき存在を浄化せん」
精杖シャイニング・ソウルを構えて詠うその意味は、およそすべての邪なるものを霊気の疾風にて浄化する詠唱呪。
其の名は『霊覇浄風儘』

霊気を孕んだ疾風に吹かれ、まるでその中に融ける様に崩れて消えた馬頭の姿。
その風に弄られるように裾先を遊ばせる外套と、同じように風に揺らぐ黒髪に気を遣りながら、美沙姫はほぅと溜息ひとつ。
戦いを終えた安堵感にその身を委ねながら、界の境を曖昧にしてゆく結界と、その向こう側にある己が本来在るべき世界、その無事を静かに喜び微笑むのだった。


■□■ 登場人物 ■□■

整理番号:4607
 PC名 :篠原・美沙姫
 性別 :女性
 年齢 :22歳
 職業 :宮小路家メイド長/『使い人』

■□■ ライターあとがき ■□■

 篠原・美沙姫さま、お久しぶりです。
 この度は、PCゲームノベル『東京魔殲陣 / 陰陽の下僕』へのご参加、誠に有難うございます。担当ライターのウメと申します。

 獄卒鬼の長が一、馬頭との戦いお楽しみ頂けましたでしょうか?
 基本的には楽勝ペースでしたが、終盤すこしだけ梃子摺った感じですが、まぁ楽々過ぎても面白みに欠けますし……
 一応モンスターの難易度【★★★☆☆(3.普通)】ですので油断は禁物? そんな感じです。

 東京魔殲陣の次なるシナリオは、もう暫くして落ち着いてから〜と思ってますが予定は未定。
 とりあえず『PC2vsNPC2』のタッグバトル、あるいは『PC1対NPC2』という形式で構想を進めております。
 どんな魔物が相手になるかは……公開されてからのお楽しみ。
 出来るだけ早いうちに公開できるようには頑張るつもりですので、どうぞ宜しくお願い致します。

 それでは、また何時の日かお会いできることを願って、有難う御座いました。