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ちしゃのお嬢様の願いごと。
自称何でも屋・吉良ハヅキが住まう『狭間』。
吉良曰く『世界と世界の狭間』であるそこでは、常にどこかで入り口が開いては消え、消えては開いてを繰り返している。そしてごく稀に、狭間と世界が交じり合うことがある。
「ちょっと! 早く登ってきてよねー!」
「無茶言うな」
「無茶なんかじゃないわよぅ、だって王子様は登ってきてくれるんだから!」
「俺は王子じゃないから登らない」
「じゃあ誰が王子様なのよー!? ここまで来たのあんたが初めてなのにぃ!」
高い高い塔があった。吉良が居住している区域から少しばかり離れたところに、石造りの塔が。
入り口など見当たらないその塔の天辺に、眩いばかりの美貌の少女がいた。
長い長い……常識外の長さの髪を三編みにして、地上に向けて垂らしている。
「もー! あんたが王子様じゃないって言うなら、王子様連れてきてよぅ」
「待ってりゃそのうち来るだろう。そう決まってるんだから」
「もう待つの飽きたの! …じゃあせめてここに登ってこられる人連れてきてよ。生身の人間と触れ合いたいのよあたし」
「……はいはい。仰せのままに、『ラプンツェル』」
◆ ◇ ◆
「…というわけなんですよ草間サン」
彼にしては珍しく、至極真面目な顔で吉良は言った。
「それがどうした」
対する草間武彦は苦虫を100匹ほど噛み潰したかのように苦々しい顔をしている。
「『困ったときはお互い様』という素晴らしい言葉が日本にはありますよねェ?」
「あるな」
「俺は今ものすごーく困ってるわけですよ」
「そうか」
「だからこの際誰でもいいんで一日貸してください」
「ここは人材派遣会社でもなんでもないんだが」
「似たようなものじゃないですかァ」
「全然違う!」
恐らく違わない。
「お願いしますって。このままじゃ世界が繋がりっぱなしで色々困るんですよ」
「俺には全く関係ない」
「そう言わずに」
「言わずに居られるか! 今までお前がどれだけ厄介ごとを持ち込んだと思って…」
いきり立つ草間に、吉良はわざとらしく溜息を吐いた。
「仕方ないですねェ…この手だけは使いたくなかったんですけど」
なんだか不吉な予感のする台詞を吐いて、吉良はにっこりと笑った。
「引き受けてくれなかったら、この先一ヶ月明に興信所通いを許可しますよ?」
「……明に?」
「そう明に」
「ここに通う許可を…?」
「そうですよ? あァきっと大変なことになるでしょうねェ。明曰くここはトラブルの種が集まりやすいらしいですから。明のことだから種を見つけても草間サンに教えるなんてことはせずに事が起きるのを待って、嬉々として引っ掻き回すんでしょうねェ。毎日毎日襲い来るトラブルにストレスが溜まって草間サンの頭皮に影響が出ないことを切に願いますよいやホントに」
口を挟む隙を与えず流れるように一息でそう言った吉良に、背後から声がかかった。
「そのあたりにしておいてもらえるかしら。あんまり武彦さんを苛めちゃ駄目よ、吉良さん」
「おやシュラインさん。苛めるだなんて人聞きの悪い。お願い事を聞いてもらうための布石ですよ布石」
清々しいまでにイイ笑顔で言い切った吉良に苦笑をこぼしたシュラインは、「それで」と話題を再開した。
「貸し出し人員は別に男性じゃなくてもいいのよね?」
「あぁ、まァ。むしろ男性だと『王子様ー!』なんて言われてくっつかれるのが目に見えてますしねェ」
「それなら私が行ってもいいかしら? ちょうど今日は空いてるし…『王子様』にはなれないけれど」
「いやァ、あれは早く『王子様』に来て欲しいのもあるでしょうが、単に淋しいんでしょう。なんせ『物語』上、いつ来るかも分からない王子を待つ間は『魔女』としか会えないですしねェ」
それゆえの強い願いが、本来交わるはずのない世界を繋げたのだ。
「……そう。ええと、じゃあ持っていく物を用意してくるわね。ちょっと時間がかかるからゆっくりしてて」
そう言っててきぱきと用意し始めたシュラインと、どことなくそわそわと落ち着かない草間を見て、吉良は楽しげに目を細めた。
◆ ◇ ◆
「あれー? その美人なお姉さんはぁ?」
「お姉さん、じゃなくてシュライン・エマよ」
「シュラインさんー? あたしはラプンツェルって言うの〜」
「そんな首が痛くなりそうな自己紹介は後にしとけ。ほら『ラプンツェル』、ちょっとこれ引き上げろ」
狭間の一角。聳え立つ高い高い塔の上の少女に向かって、吉良は言った。
地上に向けて垂らされている少女の恐ろしく長い三編みに、大きな籠を結びつける。
「? それなぁにー?」
「フック付きの滑車とロープと縄梯子その他」
「私がそこまで登るのに必要なの」
申し訳なさそうに言うシュラインに、ラプンツェルも用途が分かったらしい。
「ふぅん。わかったー。ちょっと待ってー」
言うや否やするすると自らの髪を引き上げていく。長さが長さなのでかなりの重量があるだろうに、全くそれを感じさせない。
(い、意外と力持ちなのかしら…)
少々驚きつつも見守っていると、籠は無事ラプンツェルの元へと渡った。
それを見届けて、吉良はさらに言う。
「その中の滑車のフックをふちに引っ掛けて、滑車にロープかけて下ろせ。ついでに縄梯子も」
「んーもぅ! あんた人使い荒いわね!」
「仕方ないだろう、ここじゃ空間が入り混じってるから空間移動は無理だし」
「うー…」
言い合いながらも吉良が言ったとおりにセットするラプンツェル。下りてきたロープを吉良がぐいぐいと引っ張って強度を確かめる。
「ま、大丈夫でしょう。さァどうぞ、シュラインさん」
「ありがとう。この後吉良さんはどうするの?」
「この辺でも散策してますよ。女性同士で盛り上がってください」
「あら、お気遣いありがとう」
「いえいえ」
言って、歩き出した吉良の背を見て笑みを浮かべ、さて、と塔を見上げる。
「結構高いわね……休憩入れつつ頑張らないと」
よし、と気合を入れて、ロープを身体にかける。
そして塔の外壁を歩くようにして登り始めた。
◆
「いらっしゃい、シュラインさん!!」
「こんにちは。お邪魔させてもらうわね」
まるで休日に知人の家に遊びに来たかのような会話を交わし、塔の天辺へと足を踏み入れる。
途中縄梯子で身体を引っ掛けて休憩をとったりしたとはいえ、塔登りはなかなかに体力を使った。
ふう、と小さく息を吐き、ラプンツェルを見れば、にこにこと満面の笑みを浮かべている。
「さっきも言ったけど、あたしはラプンツェル。お姉さんはシュラインさん、だったわよね?」
「ええ。シュライン・エマよ。短い間だけどよろしくね」
「よろしく!」
再度の自己紹介を終え、シュラインは先ほど吉良がラプンツェルに引き上げさせた籠を引き寄せ、中を漁る。
「それでね、ラプンツェルさんはこの塔から出られないって聞いたから、いろいろ暇を潰せそうなものを持ってきてみたの」
そう言って取り出したのは、小型の望遠鏡。
「なぁに、それ?」
「そうね、遠くを見るためのもの、と言えばいいかしら。…とりあえす覗いてみて?」
望遠鏡を手渡し、使い方を教える。
教えたとおりに望遠鏡を覗き込んだラプンツェルは「うわぁ…!」と感嘆の声を漏らした。
「すごーいっ! 遠くのものがすごくはっきり見える! なにこれおもしろーい」
「気に入ってもらえた?」
「もちろん! これもらっていいの!?」
「わたしのお古でよければ、だけど…」
「そんなのいいに決まってるじゃない! ありがとうシュラインさん、大事にするから!」
大喜びしているラプンツェルに、シュラインも自然と笑顔になる。
「それの他にもいくつか持ってきたのよ。ほら、こういうの」
取り出したのは色とりどりの折り紙に、編み物の道具一式。
「……紙? 毛糸はまだなんとなくわかるけど…」
「ふふ、ちょっと見てて」
折り紙の中から一枚を取って、手早く折っていく。
興味津々に見つめるラプンツェルの目の前で出来上がったのは――。
「…………鳥?」
「そうよ。これは『鶴』」
「え、だってこれただの四角い紙だったのに」
「ただの紙でも、折り方次第で色々なものが作れるのよ」
まじまじと折り紙の鶴を見るラプンツェル。
「ふわぁ〜、すごーい。あたしにも出来る?」
「もちろんよ。一緒に折ってみましょうか」
シュラインの言葉に、ラプンツェルは満面の笑みで頷いた。
◆
折り紙を一通り教え、今度は編み物を教えてみる。
素地が良かったのかすぐに編み方を覚えたラプンツェルと二人で、のんびりマフラーなど編みつつ言葉を交わす。
「ねぇ、シュラインさん。シュラインさんには『王子様』は居る?」
投げられた質問に、浮かぶのはただひとり。
「……そうね、居るわ。ちょっと『王子様』って呼ぶにはトウが立ってるけれど」
「でも、シュラインさんにとっては『王子様』なんでしょ?」
「ええ」
「いいなぁ。あたしの『王子様』も早く来てくれればいいのにぃ〜」
ふくれっつらで言うラプンツェルに微笑ましい気持ちになる。
「男の人は結構照れ屋だから、なかなか踏ん切りがつかないのかもしれないわね」
ちょっとしたことで赤くなる、愛すべき所長を思い浮かべて苦笑する。
「……経験談?」
「そうよ。―――現在進行形で、ね」
その言葉に一瞬きょとんと目を瞬かせたラプンツェルは、言葉の意味を理解すると可笑しそうに笑った。
僅かに頬を染めて密やかな笑みを浮かべるシュライン。
爽やかな風が、そんな2人の頬をさらりと撫でて通り過ぎた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、シュライン様。ライターの遊月です。
「ちしゃのお嬢様の願いごと。」にご参加くださりありがとうございました。
今回はわりとあっさりめのノベルに。きっちり最後まで書かずにおいてみました。
終わりの辺りはニュアンスを感じ取っていただければなぁ、と。
ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
リテイクその他はご遠慮なく。
それでは、本当にありがとうございました。
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