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<東京怪談・PCゲームノベル>


東京魔殲陣 / 陰陽の下僕

◆陰陽の下僕◆

「グ、ルルルルゥゥゥ……」
目の前で剣を構え悠然と佇むその人間の姿に、馬頭は戸惑いにも似た不可解な感情が己の内に沸き起こるのを意識して、低く唸るような鳴き声を上げる。
性別は、雌。身長は高くもなく低くもなく。身体のラインは、同年代のそれと比べるとやや細く、どこか中性的な雰囲気を感じさせる。
アルビノを思わせる見事な銀色の髪に磁器の様に白い肌、そして淡青色の瞳は、この国の人間の大半が有する特徴、黒髪黒瞳と異なるようだが、それも最近ではさほど珍しくない。
小さく、細く、壊し甲斐のない、つまらない獲物。普段の馬頭ならばそんな風に感じただろう。だが……
「どうした、来ないのか?」
身に纏った衣と同じ、刀身の黒く染められた剣を片手持ってくるりくるりと遊ばせる様は、まるで馬頭を誘うその女。
馬頭が彼女に抱いた感情。それは人間の言葉で表すなら恐怖、あるいは畏怖。
……だが、地獄の獄卒として亡者・罪人を責め苛むことのみを閻魔に許され、獣欲の赴くまま三十万の年月を過ごしてきた馬頭に、その恐怖を認めることは出来なかった。
少なくとも、いま目の前にいる華奢な人間の雌に、己がそんな感情を抱くことなど断じて認められるものか。
「ヌゥゥ、オオオオオ……ッ!」
まるで己を鼓舞するかのように、恐怖を訴える本能を残虐な鬼の理性で塗り潰して、馬頭が咆える。
その咆哮に応えて、眼前の女が剣を構える。
凍てつくような視線と、冬の湖面の様なその表情は、咆え猛る馬頭とはまったく正反対。
「雉も鳴かずば撃たれまい……か。大人しく地獄に帰っていれば良かったものを……」
剣を構え、その視線を馬頭むけたまま、彼女がポツリと呟く。
その声の奥、その表情の裏、秘められた感情は僅かな憐憫と哀しみ。
喚び出した術者の支配から脱したのなら、そのまま地獄へ還っていれば良かったのに、と。
「だが、浅ましくも現世に留まり、あまつさえ人界に害を及ぼすというのなら……」
言って、右手に構える漆黒の刃に気を通す。印を結ぶ左の掌に魔氷の力を宿らせる。
「……容赦は、しない。覚悟しろ」

馬頭が抱いた恐怖。果たして、其れは正しかった。
其れは、喩えるなら蛇の前に曳き出された蛙の心境。天敵への恐怖、捕食者への恐怖。決して敵わぬ圧倒的強者を前にしたときに生まれる感情。
如何に人外のものとは言え、馬頭はこの世に生じてからまだ三百年足らず。
しかし、それに対して眼前に佇む黒衣の女……天城・凰華を名乗るその女は、久遠劫の古き時に滅び去ったとされる竜の血を継ぐ一族。その末裔にして、不老の我が身に退魔の業を課し、千年の時を生きる魔術師。
戦いの結果は日を見るより明らかだった。

◆氷の守護者◆

「―― 氷よ」
ほんの僅かな、それこそ唱の1節にも満たないような呟きに魔力を込めて、凰華は左の掌に氷の弾丸を創造し、馬頭へと向けて解き放つ。
―― キィン、キィン、キィン……
しかし、それらは一弾たりとも馬頭の身体には命中せず、代わりに澄んだ音を立て突き刺さった地面とその周囲を一瞬にして凍りつかせた。
「グッフッフッ……」
氷弾が外れた、躱してやった。それを意識した馬頭が厭らしい笑いを浮かべる。
如何に高速詠唱によって魔術発動までのタイムロスを極限まで小さくしているとは言え、それを放つ凰華と標的との間に距離があれば躱されるのも道理。敵がその素早さを得手とする馬頭であれば尚更である。
「……フン」
だが、その事に関して凰華に動揺は見られない。僅かに鼻を鳴らすように呟くのみ。
それもそのはず。先の攻撃は第一に相手を牽制することを狙って放ったもの。凰華自身とてそれが当たるなどとは思っていない。
むしろ敵の慢心を誘うことが出来たのならば、その目的は十二分に果たしたと言える。
距離を取り、決して己からは近寄らず、得意とする氷の魔術による攻撃を繰り返す。
些か慎重過ぎるのではないかと思われなくもないが、鬼の剛力から繰り出される爪や牙の一撃、その威力は決して油断できるものではない。
―― ブォォォン!
大気を切り裂き振り下ろされる馬頭の爪。
―― ギィィィンッ!
右手の剣でそれを迎え撃つ。だがそのとき決して振り下ろされた爪撃の、その力の流れに逆らうような真似はしない。逆に誘い込むように内側へ新たな運動力を加えてやり、足元にそれを落とす。
その身に宿した竜の血と膨大な魔力、それを源とする高い身体能力。
それらを持ってすれば力尽くで爪撃を弾き返すことも出来ようが、力に対して力で抗したのでは自然とその消耗も激しく大きなものとなる。
故に、凰華はその永い生の中で培ってきた技術で抗するのだ。

最小の労力で最大の効果を上げる。言葉で言うのは酷く易いが、それを実践するには相当の戦闘技術、何より彼我の間に圧倒的な実力差が必要とされる。
「……さて、そろそろ頃合か」
涎を垂らし、息を荒げ、爛々と輝く瞳をこちらへ向ける馬頭を見て、凰華は小さく呟いた。
「ブフッ、ブフッ、ブフゥッ……」
繰り出す攻撃、そのすべてを躱され、或いは受け流され、もはや隠しようもないほどの疲労を抱えた馬頭。それは単純に肉体的なものばかりではない精神的なものをも含めたもの。
人間とは比べ物にならないタフネスを持つ鬼と言えども、心身両面から齎される其れにはなかなか抗しきれるものではない。だが……
「オオオオオオオオッ!!」
馬頭が一際高く、哭いた。最期の力を振り絞り、馬頭が駆ける。
その疾走は、馬頭がこれまで凰華に向けたどれよりも疾く、どれよりも荒々しく、そしてどれよりも敵意・殺意に満ちていた。
そこから繰り出されるであろう一撃は、間違いなく凰華の肉を潰し、骨を砕き、その命脈を絶つだろう。十分にそれが可能な威力と速さをその一撃は備えていた。
「……残念だったな」

―― しかし、それもその一撃が最後まで繰り出されていれば、という前提での話。

まるで、すべての音が消え失せてしまったかのような静寂の中で、凛とした凰華の声が響く。言い放つその様は、まさに泰然自若。
凰華は一歩として動いてはいない。馬頭の突進を避けた訳でもなければ、先ほどまでのように受け流した訳でもない。馬頭の突進の方が、まるでそこだけ時間が凍りついたかのようにピタリと、道半ばにして止まったのだ。
いったい、何が起きたというのか――。
「ふっ、常ならばこれに気付き破れもしたのだろうが……、恨むなら未熟な腕で己を喚び出した術者を恨むんだな」
それは、蔦。凍りついた地面から氷で出来た蔓薔薇の蔦のようなものが無数に伸び、馬頭の両脚を絡め取り縛り上げていた。
馬頭が猛り、雄叫びを上げたそのとき、凰華は既にその術を唱え終えていたのだ。
先に放った氷の弾丸。それらはすべてこの種であったのだ。
そして、地面を凍りつかせながら深く広く根を伸ばしたそれは、凰華の魔力と意思に応え一斉に芽吹き、自らに課せられた役目を果たしたという訳だ。
「ガアアアァァァァァッ!!!」
瞬きの間にその数を増やし、四肢を縛るのみでは飽き足らず、いまや全身を覆うように絡みつく氷の蔦に、馬頭は激しく頭を振りながら雄叫びを上げ抵抗の意を示す。
逆に言えば、もはや馬頭の身体で己が意のままに動く部位は首から上だけ。首から下は完全に凍りつき、もはや冷たいと感じることさえままならない。
「安心しろ。このまま全身が凍りつくまで待つような、そんな非道な真似はしない」
漆黒の剣に魔力を注ぎ込みながら、ゆっくりと馬頭へ歩み寄る凰華。
歩む凰華の手の動きにあわせ、まるで時計の振り子のようにゆらりゆらりと揺れる漆黒の刀身が、淡い蒼光の輝きを中空に刻む。
そして、一足一刀、一挙動でその攻撃を馬頭へと届かせられる所まで間を詰めると……
―― ヒュンッ!
一息を吐く間すら置かない一瞬の動作で剣を降り抜き、そしてすべてが終わったと言わんばかりに踵を返す。
するり……ゴトン。
凰華が背を向け、はじめの一歩を踏み出すのとほぼ同時。馬頭の首は長年連れ添った己が身体に別れを告げて、凍てついた地面へと自身を横たえた。
凍りついた全身と一瞬の斬撃。おそらく馬頭は、その痛みはおろか自身の最期、その瞬間すら意識することはなかっただろう。
それはある意味で凰華から馬頭へ向けられた慈悲、だったのかも知れない。

結界を解き、外界へと帰還しようとして……凰華は踏み止まり背後に視線を向ける。
そこにあるのは、つい先ほどまで馬頭だった氷の彫像。それすらも結界を解いてしまえば砕けて消える。ならば、その前に……
「覚えておけ……我が真名はルヴィア。ルヴィア・アルスーン。私が居る間は、この地を貴様等の好きにはさせん」
消えゆく魂への最後の礼と、そして己が決意を言の葉に乗せ、静かにそう呟くのだった。


■□■ 登場人物 ■□■

 整理番号:4634
 PC名 :天城・凰華
 性別 :女性
 年齢 :20歳
 職業 :退魔・魔術師

■□■ ライターあとがき ■□■

 天城・凰華さま、お初にお目に掛かります。
 この度は、PCゲームノベル『東京魔殲陣 / 陰陽の下僕』へのご参加、誠に有難うございます。担当ライターのウメと申します。

 獄卒鬼の長が一、馬頭との戦いお楽しみ頂けましたでしょうか?
 最初から最期まで終始馬頭を圧倒し、終わってみればチョー楽勝といった感じでしたが如何でしたか?
 実は、拝見したバストアップの凛々しいお顔に、最初「カッコイイ男の人だな」と思ったのは内緒です。

 もっと設定を生かして飛んだり跳ねたり派手に……とも考えたのですが、
 哀しい過去を持ったクールビューティーということで、少し大人しめの仕上がりとなっております。
 また、凰華さまは氷の魔術を得意とされているということでしたが、プレイング中で特に指定がありませんでしたので、
 設定や能力などから想像を膨らませて本文中の様なモノになりました。ご満足いただければ幸いです。

 それでは、また何時の日かお会いできることを願って、有難う御座いました。