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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去の労働の記憶は甘美なり

 今日はかなりいい日かも知れない。
 デパートにある製菓用具専門コーナーの中を、カートを押して歩きながらデュナス・ベルファーはそんな事を思っていた。デュナスの横では立花 香里亜(たちばな・かりあ)が、一生懸命棚の所でたくさんの小麦粉を見ている。
「うー、普通の薄力粉は多めに買うとしても、全粒粉使いたいかな……これでクッキーとかおからパン作りたいんですよね。健康的だし」
「どちらも買えばいいんじゃないでしょうか。香里亜さんが作ったクッキーとかは美味しいですし」
「そうですね、一袋買っちゃいます。あ、でも荷物重たくなっちゃいますよね」
「いいですよ。その為に来たんですから」
 デュナスが香里亜とこんな所にいる訳。
 それは久々の休日に、一人で蒼月亭にコーヒーを飲みに行った時、香里亜に直接頼まれたのだ。
「あの、デュナスさん。午後からお暇でしたら、お買い物のお手伝いをしていただきたいんですけど」
 聞けば、蒼月亭で出している菓子を作るための材料が少なくなってきたので、午後から香里亜は休みを取り買い出しに行くのだという。しかし製菓材料は何かと重く、一人で行くと買ってこられる物に限界があるので、誰か一緒に言ってくれる人を探していたらしい。
「お礼は私が作ったお菓子なんですけど、もし不満でしたらナイトホークさんからお礼出ますから」
 不満などある訳がない。
 元々デュナスは香里亜に好意を抱いているし、手作りのお菓子をご馳走してくれるなんて、ある意味どんな報酬より魅力的だ。たとえ報酬がなかったとしても、香里亜と一緒に出かけられるというだけで充分なのだが。
「いいですよ。荷物持ちにこき使って下さい」
 内心ドキドキしつつそう答えるデュナスに、香里亜がにこっと嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます。お礼にデュナスさんの生まれたアルザス名物の『タルト・フロマージュ』を作りますね。デュナスさんはスフレタイプとベイクドタイプと、アングレーズソースを使って固めたレアタイプのどれが好きですか?」
 難しい質問だ。
 フランススタイルだとアーモンドなどを入れて焼いたベイクドタイプか、軽いスフレタイプなのだろうが、デュナスとしては香里亜が作ってくれるのならどれでもいい。しかし素直にそう言ってしまうのも恥ずかしいので、デュナスは微笑みながらこう言った。
「香里亜さんが作りたい物でいいですよ」
「そんな事言うと、日替わりで全部作っちゃいますよ」
 それはそれで大変光栄なのだが。
 まあそんなこんなで、香里亜と一緒にショッピングに来ているという訳だ。
「ここのデパートは製菓用具が充実しまくってるから、お気に入りなんです」
 そんな事を言いながら、香里亜は粉だけではなく紙で出来た型やコーティングチョコなどを見て回る。
「香里亜さんは小麦粉のメーカーとかにこだわりがあるんですか?」
 先ほど真剣に小麦粉を見ていたことを思いだしデュナスがそう聞くと、香里亜はカゴの中から袋を取りだして指を指した。
「うーん、メーカーよりも鮮度ですね。小麦粉も新鮮な方が美味しいから、そういうところを見ちゃうんです。卵やバターも新鮮な方が絶対美味しいですし」
「小麦粉にも鮮度があるんですね」
「ナイトホークさんが注文を受けてからコーヒー豆を挽くように、小麦粉も挽きたてがいいんですよ。でも、流石に小麦粉は麦から買うわけに行きませんから」
 なるほど。
 確かにコーヒーも挽きたてが美味しい。そんな細かいところにもこだわりがあるのかと思うと、デュナスは何だか嬉しくなる。
「あ、ドライフルーツも買おうかな……フルーツたっぷり入ったパウンドケーキとか美味しいですよね。最近暑いですから、ゼラチン買ってミルクゼリーとかコーヒーゼリーも作りたいですし」
「暑い日にゼリーとかがあると、嬉しいですね」
「水羊羹にも挑戦したいです。デュナスさんお好きですよね」
 そんな話をしながらカートに物を入れ精算を済ませると、荷物は結構多くなっていた。小麦粉は一キロ単位で売っているし、砂糖もグラニュー糖だけでなくメープルシュガーやハチミツなどを買ったりしたので、それは仕方がない。
「何だか買いすぎちゃったかも知れないですね」
「持てない重さじゃないから平気ですよ」
 デュナスは自分が手渡された袋だけではなく、香里亜が持とうとしていた紙袋もすっと手に取った。外見的にあまり力がなさそうに見えるようだが、これでもボディガードなどをしているので力には自信がある。それに今勤めている研究所では、もっと重い物を持つこともある。
 すると香里亜が財布をバッグに入れながら、デュナスの顔をじっと見た。
「どうしました?」
 実はデュナスはこの視線に弱い。感情が高ぶって発光しないように心を落ち着かせていると、香里亜がデュナスの持っている紙袋に手をのばす。
「何か全部デュナスさんに持たせちゃっているので、一つは私が持ちます」
「大丈夫ですよ、これぐらい」
「でも、やっぱり一つ……」
 荷物持ちで着いてきたのだから別に気にしていないのに、どうも香里亜はそれが気になるらしい。ここで頑なに持っているのも何なので、デュナスは軽い方の紙袋を渡し、微笑みながらこう言った。
「他にも寄るところがありましたら、買い物を済ませちゃいましょう。何処か行きたいところはありますか?」
「あ、カフェスイーツの本を買おうと思ってたんでした。どんなスイーツが流行とか、そういうのも見ておかないと。あと、レシピ本とかもちょっと見たいかな」
「じゃあ本屋さんに行きましょうか」
 そう言いながら、デュナスはふと後ろを振り返った。
「どうかしました?」
「いえ、何でもないです」

「何か、気が付いたら私荷物持ってないんですが」
「そうですか?」
 あの後、本屋だけではなく夏物の服などを見に行ったりした香里亜が買った荷物は、全部デュナスの手にあった。レジに行こうとする時に「荷物を持っていましょう」と言い、結局その後も持ったままだったり、「まとめた方がいいですから、こっちに入れて下さい」などと言って全部自分が持つようにし向けてしまったのだ。
 デュナスとしてはごく自然な行為だったのだが、香里亜はそれに不満があるらしい。
「荷物は男性が持つものと相場が決まっているんですよ」
 微笑みながら言ったデュナスの言葉に、香里亜はデュナスを見上げて少し笑う。
「うー、デュナスさんにそう言われると、何かそんな気がします」
 それでいい。
 そう思いながらも、デュナスは自分達を見つめている気配を察知していた。
 ……誰かが自分達の後を付けてきている。
 実は前々からその気配には気付いていた。今日だけではない。薔薇園に行った時も梅を見に行った時も、自分達を見ている視線を感じていた。特に悪意はなさそうなので放っていたのだが、そろそろ三回目なので目的を聞いた方が良いだろう。
「香里亜さん、そこでアイスでも食べませんか?ご馳走しますよ」
「えっ、ありがとうございます」
 香里亜にストロベリーアイスを買い、椅子席に座らせデュナスは荷物を置く。
「ちょっと待ってて下さい。すぐ戻りますから」
「はーい」
 さて、自分達を見ている人物を捕まえに行こうか。いったい何の目的で自分達を尾行しているのかも気になる。
「………」
 お手洗いに向かう振りをして、デュナスはその人物の背後に回り込んだ。元々本業は探偵なので、そういうのは得意だ。しかも最近はボディガードをすることもあるので、自分に向けられる気配にはすぐ気付く。
 自分達を何度もつけていた、セーラー服の子の後ろに回り込み一言。
「ボンジュール、マドモアゼル。日本のお嬢さんは探偵ごっこがお好きなようですね」
「きゃ!」
 その大きな声に、座っていた香里亜が気付き視線を向ける。すると顔見知りだったのか、目を丸くして立ち上がり指を指した。
「あ……若菜(わかな)さん。また私のこと監視してるー」
「ち、違うわよ。家庭科の授業の用意に買い物に来たら、たまたま見つけたから様子を見てたの」
 どうやらよく知った仲らしい。
 逃げる様子もないので、デュナスはその高校生を連れて香里亜の所に戻った。彼女は聖・バルバラ女学院、一年雪組の伊藤 若菜(いとう・わかな)と名乗り、二人の前で神妙な顔をしている。
「もしかして、私のことずっと気付いてたの?」
 そう言う若菜に、デュナスは笑って頷く。
「ええ、これでも探偵だったりボディガードだったりするんです。自分が見られているのに気付けなかったら、守れませんから」
「もーっ、若菜さんってば。家庭科の授業って、何か作るんですか?」
「明日はお菓子なんだけど、私が料理苦手だって知ってるじゃない。だから買い出し班なのよ」
 どうやら自分達をつけていたのは、お嬢様学校に通う高校生のようだ。特に何か敵意や悪意があったわけではなく、たまたま見つけてついてきていたらしい。まあ、それでもあまり気分の良いものではないのだが。
「若菜さんはお料理が苦手なんですか?」
「自分で料理なんてしないもの」
 デュナスが聞くと、若菜はバツが悪そうに目を逸らす。反省はしているようだし、好奇心というのであれば、別に何処かに突き出す気もない。若菜が持っている荷物を見て、デュナスはある提案をすることにした。
「じゃあ、これから買い物をして香里亜さんにお菓子作りを教えてもらうのはどうでしょう。お二人がよろしければですが」
「私は構いませんよ。でも、今度は見つけてもそっとしておいて下さいね。後ろを気にしながらお出かけするのは嫌ですから」
 にこっと笑う香里亜に、若菜は小さな声で呟く。
「別に……構わないけど」

 その後若菜に教える為の買い物をし、三人は蒼月亭に戻ってきていた。ナイトホークに訳を話すと、苦笑しながらもキッチンを貸してくれるという。
 エプロンをつけた香里亜は、若菜とデュナスを目の前に料理番組のテーマソングを口ずさむ。
「ちゃらっらちゃっちゃっちゃ、ちゃららっらちゃちゃちゃ……♪」
「何を作ればいいのかしら。難しい物は出来ないんだけど」
 心配そうな若菜を目の前に、香里亜は手際よく材料を台の上に出した。
「今日は、混ぜて焼くだけ簡単チーズケーキです。本当に簡単で失敗なくできますから、若菜さんでも作れますよ。今日はこれを覚えて帰りましょう」
 材料は本当に簡単だった。
 クリームチーズが一箱、砂糖100グラム、生クリーム200グラム。小麦粉大さじ三杯、大きめの卵が二個、そして小さじ一杯の塩。
「小麦粉が少ないんですね」
 デュナスも思わずメモを取りながらそれを聞いていた。自分で作れるのなら、作ってみるのもいいかも知れない。
「卵でちゃんと固まりますから大丈夫ですよ。ではまず、クリームチーズをボウルに入れて柔らかくします……はい、若菜さん頑張って」
「えっ、私がやるの?」
「そうですよ。作らないと覚えないじゃないですか」
 混ぜて焼くだけと香里亜が言ったとおり、ミキサーがあれば材料を全部入れて混ぜ、170度のオーブンで40分焼けばいいだけらしい。だが、それだと若菜が覚えないだろうということで、今回はボウルとハンドミキサーを使っての調理だ。
「オーブンは前もって暖めて下さいね。全部の材料が滑らかになるまで混ぜて下さい」
「混ぜすぎにはならないの?混ぜすぎると固くなるって聞くけど」
「小麦粉が多い物はさっくりですけど、これはあまり入ってませんから。滑らかになるまで……若菜さん、ハンドミキサーをあまり上で使うと、生地がはねます!」
 賑やかに、そして時折失敗しながらも若菜は自分で生地を作り、それを型に流し入れた。ちゃんと出来ているのか心配なのか、何度もオーブンを覗き込む。
「大丈夫ですよ。香里亜さんも失敗なしって言ってましたし」
「でも、心配なのっ。私、卵焼きも上手く作れないんだから」
 しばらくすると良い香りがオーブンから漂ってきた。コーヒーを飲みながら待ち、レンジから出すと……。
「うん、焼き色も良いし上出来ですよ」
 オーブンから出てきたのは、上の部分がほんのりときつね色に焼けたチーズケーキだった。焼きたての暖かいのを食べてもいいし、一晩冷やしてから食べても美味しいという。
「じゃあ皆さんで味見しましょうか」
 焼きたてを食べると、ちゃんとチーズケーキの味がした。自分が上手く作れたのに感動したのか、若菜は香里亜とデュナスを見てバツが悪そうにもじもじする。
「私でも、ちゃんと作れたわ……あ、ありがとう。一応お礼は言っておくわ」
「美味しいですよ。でも、次からは人の後を付けたりしないで下さいね。警戒心の強い人なら、大変な目に遭うかも知れませんから」
「……そうするわ」
 この様子ならもう後を付けるようなことはないだろう。香里亜はデュナスに向かって二コツと笑う。
「デュナスさん、お礼はまた今度作りますね。タルト・フロマージュ、色々作ってみますから」
「ええ、いつでもいいですよ」
 終わりよければすべてよし。
 楽しみは先送りにしても逃げることはないし、嬉しさもまた倍増だろう。嬉しそうに笑いながら若菜の作ったチーズケーキを食べる香里亜を見て、デュナスも同じように笑ってみせた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵兼研究所事務

◆ライター通信◆ 
いつもありがとうございます、水月小織です。
香里亜の買い出しの手伝いをして、その途中で二人をつけている若菜を見つけて……とのことで、こんな話を書かせていただきました。最後はほのぼの大団円とのご希望通り、若菜もチーズケーキが作れるようになりました。
デュナスさんへのお礼は先送りになってしまいましたが、色々なタイプのタルト・フロマージュが送られるものと思われます。ちなみに、中に出てきているチーズケーキのレシピは本物です。混ぜるだけで美味しいチーズケーキが作れます。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。