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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


灯取虫の窟


  空よりも暗く、深い闇。
 漣の音がするも、手近な所に明かりがなければ大地との境界線すら分からない。
 いつの間にか流れる砂に足をとられる。
「ロマンチックっていうのー?こういうの」
 星ひとつなく生温い風が吹き、空もうす曇。
 こんな予定じゃなかったと言わんばかりに困った顔をする男は、先を歩く女に何と言おうか悩んでいた。
「?ねぇ、あれ…」
「え、何だあれ」
 突如浜から離れた岩場の向こうにオレンジ色の明かりが燈った。
 ゆらゆらと揺らめく明かり。
 そしてその明かりの一部が小刻みに上下し、空へ舞い上がってはひゅるりと落ちる。
「火事か?」
「ねぇ、やばくない?」
「消防に…」
 男が携帯を取り出し、かけようとした矢先の事だった。
 すぐ傍で女が悲鳴を上げ、目の前を横切って走っていく。
「ちょっ、お… ぅ、わああああああああああああっ!?」
 砂浜に大きな火柱が上がった。
 足元にぼとりと落ちた携帯からは、繋がったばかりの消防署員の声が、返らぬ返事を求めて声をかけ続けていた。


【草間興信所】
「……相次ぐ焼死…不審火が原因か? …か」
 不審火というより放火殺人というべきではなかろうか。
 デスクに広げた新聞の隣には、目を背けたくなるような焼死体の写真と所持品の写真、そして一通の手紙。
 また、怪奇がらみの事件。
 しかも今回はあからさまに死者が出ている為、県警本部も捜査中としか言えない状態で、週刊誌で様々な憶測が飛び交う始末。
「―――襲い掛かってくる火の粉の群れ…か、まるで生きているように…」
 火を操る妖かしの仕業か、はたまた火そのものな妖かしか、どちらにせよ常人の犯行では有り得ない。
「調査、できれば解決……」
 裏で手を回せば済むことだろうに、何故いっかいのしがない探偵にこんな仕事を振ってくるのだろうか。
 溜息混じりに再度手紙に視線を向ける。
 そのときだ。
 興信所の電話が鳴り響く。
「はい草間興信所」
『よ、何か厄介な依頼がきたらしいな?』
「…なんだ、善か。って、おま、何でそれ知ってる!?」
『俺のところにも来たんだよ。裏からな』
 草間宛てに届けられた資料と同じ物が、北城善の元にも届いていたのだ。
『先方サマのお達しだ。協力して調査、もしくは解決しろだとさ』
「〜〜〜〜…恨むならアイツを、って訳か…」
 そういうこった、と電話口の向こうで溜息混じりに返す善の苦笑している様が目に浮かぶ。
「了解、それじゃあ手紙にあるとおり、現地で落ち合おう。こっちもいくらか人手を確保してから向かう」
『了解』
 善とのやりとりを追え、草間は煙草に火をつけ一服した後、再び受話器をとった。

<手紙の内容>
海沿いの街で人が焼死する事件が相次いでいる。
焼死した場所は様々。
目撃証言から推測するに、火を操れる者の仕業か、火に関連した妖物の仕業と推測。
この捜査に関われる署内の人間は限られている為、そちらの手を貸して欲しい。

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  晩夏と言えども暑いものは暑い。
 じわじわと陽炎が立つ遠景に目をやりながら、草間はふぅっと一息つく。
 ここまで暑いと麦わらの一つも欲しくなるものだ。
 既に波打ち際は水母でいっぱい。
 それゆえ足をぬらす気にもなれない。
 チラホラと防波堤際に人の群れ。
 隙間から彼らの視線の先にある物を見て、一同眉をひそめる。
 くっきりと残った、人型にすすけた砂浜。
 浜辺での事件から既に一週間経っているにも関わらず、その人波は絶えない。
「――この一週間の新聞を見ても、条件が夜だってことと、襲われた時の目撃証言が火の玉が襲ってきた…ですものね。海…あの世との境であの世の魂が火に集まる蛾の如く生者に群がったとか…」
 シュライン・エマはそんな連想をしてしまい、ため息をつく。
 共に来た数名が野次馬に混じって事件現場を検分している最中、ササキビ・クミノは昭和の香り漂う店先にある小型テレビの映像に顔をしかめていた。
 欧米で時折ある自然発火現象か、火遊びが原因か、はたまた放火殺人か。
 そんな話題の中に、コメンテイターが火の粉のような物が飛んできて燃え移ったという目撃証言に対し、あれやこれやと古典な表現を持ち出し、聊か理解に苦しむ見解を持ち出している。
 尺取虫点取虫灯取虫一つだけ典雅な仲間外れ、しかも取られるのは自分。
 現在進行系で人を燃やしている炎を、死者を送る送り灯の様と表現したTVがあったそうだが頭の良い例え話は今後禁止するがいい。クミノは今にもそんな過去のたとえを持ち出しかねないブラウン管の向こうの人物にため息をつく。
「……っ」
 素っ気無いコンクリートの壁に凭れ、貧血にでもなったのか、顔色の悪い菊坂・静(きっさか・しずか)が深呼吸を繰り返す。
「大丈夫?」
 しんどそうな静を気遣い、桐嶋・秋良(きりしま・あきら)が声をかける。
「―――ぁ、はい……大丈夫、です」
 顔の半分を覆いながらそう答える静だが、実際大丈夫な訳がない。
 今ここで、今あの焼け焦げた砂浜の上で、今でも燃えているのだから。
 壮絶な断末魔の時を迎えながら、永遠に終わらない焦熱地獄とも言える業火の中で、亡くなった男の魂は燃え続けている。
 生前の壮絶な死が、今でも繰り返し彼を襲い続けているのだ。
 今すぐにでもその縛鎖から解き放ち、あの魂を解放してあげたい。
 しかし、それにはあまりにも周囲の雑念が多すぎる。
 捜査中とはいえ、昼日中の人だかりを警察は制限できないでいるこの状況では、滅多な事はできない。
 夜を待つしかない。
「………ごめんね、もう少し待っててね」
 かすれる様な声でそう砂浜に向かって呟く静。
「―――さて問題は…いったい『何が』この人体発火事件の根源なんだかなぁ」
 半眼で浜辺を見下ろす内山・時雨(うちやま・しぐれ)は、ここにきて過去の事件を思い出していた。
 夜魔の王、鬼女紅葉を復活させんが為、その首をまんまと持ち去った腹心・おまんの事を。
「(ま、あれ程の大物がこんな目をつけられやすい行動をそう簡単に起こすとも思えんがね)」
 考えすぎなだけで済めばよいが、全くその可能性がないとも言い切れないのが現状だ。
「ところで草間さんよ。面子はこんだけかい?」
 時雨の質問に、つけようとしたライターをおさめ、そういえば…と時計を見やる。
「後は善と天薙と――」
「私だ」
 声のした方に全員が振り返る。
 そこに立っていたのはこの夏の気配の中で実に異質な、白い髪に青い着流し。
「――あんたが?アイツはどーした」
 反応からして、草間が声をかけていた人物ではないらしい。
「あ奴が多忙ゆえ私が参った。武彦は相変わらず大変だな…」
 くすりと笑いながら男は草間の肩をポンと叩く。
「火性の者なら私と相克になる、役には立てよう」
 そんな会話をしていた最中、男の名前と思しき名を呼ぶ女の声。
「辰海様? あら、草間様。この度は…」
 その先の言葉を濁し、会釈するのは天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)だ。
「たとえ腕が立つとはいえおなごの身。何かと男手も必要だろう?」
 流石、オニギリ片手に新都心の公園でOLウォッチングする美女好きの神、辰海・蒼磨(たつみ・そうま)。
 ちゃっかり撫子と共に行動していたのである。
「ひぃふぅみぃ…これで全員かい?」
 合流した面子を含め、再確認する時雨。
「応援を頼んだのは、な。後はこの先の宿で協力者と善が待ってる」
「調査の面では警察資料がありがたい」
 事の経緯を大まかに聞いていたクミノは、協力者が警察関係者であるとすぐに察した。
 全部ではないかもしれないし、また、怪奇の類の介在を匂わせる証言は無意識的に省かれているだろうけど。
 それはこちらが補填してあげればよい事。
 こういう類の依頼で公僕の助けがあることの方が少ないのだから、あるだけ感謝というものだ。
「宿の方に関係者と調書…もしくは調書を持った草間の連れがいる訳だな。調査を開始するにしろ拠点の確保は重要だ」
「ああ、早いトコ合流しよう」
 夏の終わりを告げる蝉の声が、各々の耳にひどく近く聞こえていた。



  「よ」
 照りつける日差しの中、民宿の軒下に置かれた長椅子に腰掛けたまま、こちらに向かって手を振る男の姿が見えた。
 傍らには、彼の使役する黒い妖獣の姿。
「お久しぶりです、北城さん」
「久しぶり。わざわざスマンな、桐嶋」
 サングラス越しに秋良を見つめる善の眼差しはどこか優しげで、簡素な物言いの中には労わりが混じっているように思えた。が、それを感じ取った人はこの場にはいない。
「そーいやぁ、アイツはどーした?確認とってなかったっけ?」
 集まった面子を見渡し、集まれそうな面子を確認しておいたはずが、若干一名それとは違ったようで、善は首をかしげる。
 しかし、彼の傍らにいる妖獣・彩臥は特にいぶかしむ様子もなかった。
「…これは北城殿、御久しゅう。と、この姿では初めましてですな」
 分からないのも無理は無い、そう辰海は苦笑する。
『―――昨年の秋、滝を登られた方ですよ』
 ポツリと主に向かって呟く彩。
 滝登り…ああ!と相槌打つが、当然ながらすぐに首をかしげる。
「あ奴の体を間借りしておる者、名を辰海蒼磨という。先だっては世話をかけたな」
「細かいことは言いっこなしだ。来てくれて感謝する。早いトコ解決しちまおうぜ」
 辰海の言葉にそう返した善。
「まぁ、立ち話もなんだ。このままここで話する訳にもいかんだろう」
 うだるような暑さと湿気に、意識が朦朧としてはどうしようもない。
 善はそれもそうだと予約した部屋へ一行を案内した。
「シーズン過ぎてッからな。続きで三部屋取っといた。中央は打ち合わせ、左右はそれぞれ男女で分かれりゃいいだろ」
 頭数も丁度分かれるしな、と人数を数える。
 その最中、辺りを見回すクミノ。
「直接の介入はしない、ということか」
 ポツリと呟く彼女に、善が茶封筒を差し出した。
「資料だ。目を通したら次に回してくれや」
 資料の提供及び現場周辺の立ち入り許可。協力してくれるのは恐らくその当たりまでだろう。
 捜査権は我々にはない。
 無理強いしない範囲で諜報活動をしなければならないが、それはいつものことゆえそう心配もしていなかった。
 以前行った過疎の村に比べれば易いもののはずだ。
 中央のテーブルに借りてきた資料を全て並べていく。
 現場写真、調書のコピー、事件現場の分布を書き込んだ街の地図。
 そして、炭化した焼死体。もしくは、焼け残った遺体の一部。
 撫子や秋良、シュラインはこみ上げるものを我慢してその写真を見つめる。
「…まるで欧米で報告される人体発火の事例のようだな」
 テーブルの上に写真を投げ、半眼で資料に目を通すクミノ。
 時雨も同様に、淡々と資料に目を通す。
「―――ふむ、面妖な話だ。生きた火の粉…虫か?海岸付近に巣食っているのか…はたまた誰かに操られているのか…」
 辰海がぽつりと己の見解を呟く。
「火に関連した妖怪か何かだと仮定しても、そういう手合いは触れても熱くないようなものや、発火させても樹木や家屋といった種類が多く、人間をそのまま燃やすような過激なタイプはそうそういない筈だがね」
 生きた火の粉をまんま生き物と断定するのは聊か早計過ぎると、時雨はそれ以外の可能性を示唆する。
 人死にが続出している以上、憶測から行動するのは危険極まりない。
「資料から現状とこれまでの事件現場はわかったわ。これを踏まえて各自調査を始めてちょうだい」
 今のところ出現は全て夜に限られていて、事件当夜の天候は曇り。
 湿気が多く、今にも雨が降りそうな日が多い事がこの資料からも見て取れる。
 だが警察調書にも限りがあるわけで。
 事件が何故突然この地方で頻発しているのか。
 妖かしの類かもしれないと推測するならば、当然ながら民間伝承なりを調べてみる必要があるが、警察調書にそのような事は書けるはずもない。
 これほどの連続焼死事件でこちらの調査に関われる者も限られているというのも妙な話だが。
「私は目撃者に再度あたってみよう。追加証言が必要な場合もあるしな」
 時がたてばどれほどショッキングな出来事であっても人間その脳裏からは薄れていくもので、断片を己の創作で埋めようとしてしまう。
 ならば断然早く調査を進めねばならない。
 クミノは持ち込んだ機材を点検し、自分が装備する分と半自律式移動監視装置に持たせる分とでより分け始める。
 調査中に本星にぶち当たってしまう可能性も無きにしも非ずだ。
 準備を整えておくに越した事はない。
「一先ず夕方にはここに集合だな」
 どんな時でも一服したくなるのは変わらないようで、草間は紫煙をはいて皆にそう告げる。
「じゃあ私も聞き込みに行ってきます」
 ポーチにパワーストーンとルーンストーンが入っている事を確認し、秋良が席を立つ。
「一人で行動するのは危険だろう。同行する」
 そういって善が立ち上がった。
 勿論、その申し出に対し秋良は急に緊張した。
 そして善もその様子を察知したのだろう、微苦笑したあと同行させるのはこっちの方だと付け加え、彩臥を呼び出した。
「俺は菊坂の方に回る。草間はシュラインと、天薙は辰海、内山はササキビ…そんな感じか?」
 概ね、妥当な人選だと、それぞれ頷く。
 実際問題時雨や辰海は一人でも大丈夫だと思うが、もしもの時の前衛後衛といったところだ。
「―――…」
 善がちらりと静を見やる。
 今、この面子の中で一番危ういのは静だと、そう感じたのだろう。
 秋良は彩臥だけでも十分サポートできる。
 諸事情が無ければ、ケアも含めて彩臥を静に当たらせたい所だが。
『――夜は私がつきましょう』
「そうしてくれると助かる」
 主従の中だけで交わされた会話は誰にも聞こえない。


 そして、一連の連続焼死事件の調査が開始された。





  立派な入道雲が真っ青な空に伸びている。
「あれが利根川の方向に向いているなら坂東太郎って所でしょうね」
 あまりの暑さに途中麦わらを購入したシュラインが、つばの下から空を見上げる。
 大量の汗にUVカットのローションも度々塗りなおさねば効果をなさないようだ。
「ほれ」
「ん、有難う武彦さん」
 草間に渡されたスポーツ飲料をクッと飲み、一息ついた瞬間、体の中に冷たい道が走る。
 暑さに朦朧としてしまったのでは話にならない。
「一応…妙な火目撃され始めた頃の死亡者地元新聞等で確認したし、事故の可能性もあるわけだから現場の確認もした」
「ああ」
「で、焼死現場様々とはいえ地形的共通点はあるのでは…と思って各現場見て比較。更に各死亡時刻も確認…」
「したな」
 何かしらまとになった要素はある筈。
 暗い時間なら事件現場で光源が一つの場所ではないか、闇夜で携帯電話等目立つ明かり手にしてたか、事件当日天気を現場調査や死亡状況の詳細資料確認し共通項確認もした。
「――――……夜外で何かしら活動していたという以外の共通点が何もない…逆にそれっておかしいと思わない?」
 被害者は既に五名に上っている。
 ワイドショーでもこの話は特に地元では持ちきりで、恐れをなしてか日が暮れるといそいそと家に篭ってしまう住民が増え始めた。
 この一週間のうちに、突然起こった怪奇な連続焼死事件のせいで観光地の夜が様変わりしてしまっている。
「窓を開けていても、家に明かりが燈っていても…何故か生きた火の粉はそちらには行かず、人へ行く…」
「―――能力者が火を操って連続放火を行っていると考えるにしても…火を使う時点で派手さを求めている面が見えるし、そうなると余計に建造物に行かないってのが気になるな…」
 シュラインと草間は見解を述べ、黙り込んでしまう。
 何か、何か見落としがあるに違いない。
「……ちょっと、頭冷やしましょか」
「だな…」
 近場の喫茶店に入った二人は、提供してもらった地図の縮小コピーをテーブルに広げ、目撃証言と重ねていく。
「最初がここ、海岸沿いの…浜から少し離れた場所に見える岩場の反対側から出てきて、まっすぐこちらに向かってきた…」
 キュッと赤ペンでラインを引く。
「次に海岸沿いの道路…酔っ払いが騒いでいると思って二階から様子を見ると、道路に火柱があがっており、この方向に向かってオレンジ色の帯が流れていくのが見えた」
 また、線を引く。
 オレンジの帯とは最初の目撃者の証言から照らし合わせても同一のものだろう。
 そうやって草間とシュラインは証言をペンで次々と地図上に引いていく。
「――――…やっぱり」
「この岩場を含む山に集中してるな…」
 地図の上に引かれた五本の紅い線が重なり示す先には、最初の目撃証言にもあった、岩場を含む小山が聳え立っていた。



  シュライン達が山に注目したその頃、撫子と辰海は最初に被害報告のあった浜辺から離れた所にある岩場、例の山の真下にいた。 
「きゃっ!?」
「っと、気をつけろ。苔むしておるからな」
 着物姿に草履という、二人揃って岩場を歩くに不向きな格好で岩場を調査するも、足周りが割と限定されている撫子の方が圧倒的に不利となっていた。
 辰海は着物の裾をたくし上げ、袖は襷がけにしてまるで祭にこれから向かおうとしている格好だ。
 とはいえ、彼は人に非ず。
 水辺ともなれば今この場において彼に勝る者はいない。
「そういえば、何故先ほど合流した折にそちらで調査した内容を言っておかんかったのだ?」
 辰海の指摘に、撫子は一瞬きょとんとして、そちらこそ何故そう思うのかと、質問に質問で返すなど頭の悪いことこの上ないと言った後で後悔する。
 だが、辰海のそんな撫子の心中を察したのだろう、あえて何も言わず、指摘した理由を述べる。
「天薙家の話は色々聞き及んでおるからな。無論、依頼においてその調査方法も独自の方法があるようだしな」
 撫子の身内には様々な方面に顔の聞く人物がいる。
 そのコネクションを利用して情報を入手する事が多々ある為、彼がそれを示唆しているのだろうことはすぐに理解でした。
「竜神様にご存知いただけているとは光栄ですわ」
「で?何故、言わなかった?」
 質問には答えた。
 次はそちらの番だと目が語る。
「――伝承も何もなかったのですわ。だいたい観光地…海沿いの街ともなれば、昔話の一つも出てくるのが普通なのですが、ね」
「語り手がおらん、そういうことかな」
「かもしれません…過去の事件事故など、当たれるだけの資料は当たりましたが…何も。今回のような事はここ五十余年一度たりとも起きていません」
 何か様々な条件が重なって、このような奇怪な連続事件となったのだろうか。
 ならばこの現象はいつになれば幕を引くのだろう。
 何もないがゆえに謎が深まる。
 岩場の奥、もはやかろうじて岩場の輪郭が分かる程度の位置まで進んできた。 
「―――確かに、火の気の名残があるな」
 入り口付近から差し込む日差しのみがその場での光源。
 ともなれば、夜このあたりがオレンジ色に発行していたと言うのは、生きた火の粉が群れていた為だろうか。
「……」
 岩肌に触れ、撫子はそっと目を閉じる。
 波紋のように静かに広かる感覚。
 一連の事件がもし、妖かしや能力者など、人智の及ぶ範囲でない力のせいだと言うのならば、その痕跡や残滓が掴める。
「…こんな小さな気で…?」
 ポツリと呟いた撫子の言葉に、辰海は何か分かったのかと声をかける。
「見えはしたのですが…腑に落ちない点が…」
「何――?」



 カラ――ン…


「「!!」」
 撫子が口を開きかけたその瞬間、入り口付近に人のシルエットが二つ。
 こちらの様子を伺っているのが見て取れた。
 岩の隙間に落ちた小石の音が洞窟内に反響する。
 同時に様子を伺っていた者たちが慌てて逃げていくのが見えた。
「待たんか!!」
 一先ず撫子を置いて辰海が入り口まで戻る。
 それはホンの束の間のことだったが、視界の開けた外には誰もおらず。
 いたとしても通行人がチラホラいる程度。
 先ほどの人影と思しき人物は見える範囲では何処にもいない。
「…地の利がある者…か」
「どうでした!?」
 遅れて洞窟から出てきた撫子が問うが、辰海はかぶりをふるだけ。
「しかしあの距離であの影の大きさ……まさか……」
「―――子供……?」



  その頃、民家や近隣住民への聞き込みを行っていたクミノと時雨は、あまりにも何もでてこない事に逆に不信感を募らせていた。
「…妙だな。ほんっとに何も出てきやしない」
「隠蔽しているわけでもなさそうだが、確かに妙だ」
 事件現場周辺及びこれから起こりそうな場所に当たりをつけ、監視装置を回らせているものの、今のところ怪しい動きは何もない。
「万に一つの偶然か、はたまた…異能の仕業か…」
 異能で急にこんな無差別事件を起こすのも妙な話だし、それなら似たような事件が取りざたされていてもおかしくない。
 行き詰まりを感じる二人。
 しかしここに来てクミノの様子が変わる。
「どうした?」
「最初の現場近くから走り去る人影が二つ…現場の方には天薙達がいたようだが…」
「ほぉ、不審者発見、ってとこかね」
「―――話を聞く対象を、少し変える必要があるな」
「変える?誰に」



 「あっつ〜〜〜〜……」
 不摂生しまくってきた三十路には聊かこの日差しと湿度はきついものがある。
「菊坂、大丈夫か?」
 振り返れば、少し後ろの方で足を止め、静は海の方を眺めていた。
 その表情は周囲の陽気とは逆に、その内は狼狽している様子が善にも気配を通してわかった。
「菊坂、そろそろ戻るぞ」
「あ、はい」
 ハッとしたように足早に駆け寄ってくる。
「(…彩が言っていた通りだな…)」
 危うい。
 彼の第一印象はまさにそれだ。
 秋の行楽の折にはかなり落ち着いて見えたが、それは普段だからこそだろう。
 霊媒としての素質が見て取れる以上、感情移入しすぎる傾向があるのは非常に危ない。
 被害者の声なき声を聞き取れると言う面では、心霊捜査には大いに役に立つかもしれない。
 しかし、それに流され情を移しては逆に付け入られる可能性が高い。
「―――注意しとかねぇとな…」
「?なんですか、北城さん」
「いや?何でもねーよ」



 「はぁ……ええ、そうなんですか〜」
 やや疲れた様子で相槌をうつ秋良。
 それもそのはず、年寄りのいる場所を探して過去の事例がないかどうか聞きまわっていた最中、百歳を越えるという婆さんの話を聞こうとしたところ、エンドレスロールな話に陥り、もう何度目か分からない同じ話を聞かされ続けていた。
『(……そろそろ集合時間ですね)』
 見た目狼…というか老人方の目にはデカイ犬にしか映っていない彩臥は、撫でくりまわされながらも冷静だった。
 巧く老人たちの間をすり抜け、秋良の元へ行って袖を引く。
「ぇ、あ、ああ!ごめんね!そろそろ行かなきゃ!おばあちゃん、ごめんね、またお話聞かせてねっ」
 そう言って脱兎の如くその場を後にする秋良。
「彩君ありがと―――! あ〜ん!!全然情報収集できなかった〜〜〜〜」
 しょげつつももう戻らねばならない時間帯。
 呆れられるのを覚悟で秋良に足早に宿へ向かった。



 秋良が宿へ戻った頃には、クミノと時雨を除く全員が集まっていた。
「遅くなりました!」
「お疲れ、何かあったか?」
 サービスでおかれているポットから冷たい麦茶をそそぎ、秋良に手渡す善。
「…………すみません…」
 縮こまらんばかりにしょげる秋良に、一同は苦笑する。
 まぁ、殆どが似たようなものなのだから、誰が責める訳でもないのだが。
「ところで、内山さんとササキビさんは?」
「ああ、少し遅れると連絡があったが…もうそろそろ戻ってくるはず…」
 そしてそれから十分後、時雨とクミノが宿に戻ってきた。
「その様子だと、何か掴んだみたいね」
 シュラインの言葉に、時雨は苦笑しながらもまぁね、と返す。
 クミノは一言、ああ、と述べるに留まり、怪訝そうな顔のままため息をつく。
「そんじゃま、それぞれの調査報告といきますか」
 どかりと胡坐をかいて座り込む時雨は、調べてきたメモを手に、まずは草間たちからと勧める。
 善と静、秋良と彩臥の所を除いた各人の報告が始められた。
「それじゃあまずこれを見て」
 シュラインが広げたのは資料提供してもらった事件現場に印をつけた地図。
 それに目撃者の証言通りに、生きた火の粉が飛んでいった、もしくは飛んできた方向を赤ペンで記入してある。
「―――最初の、岩場か」
 地図を見た善が呟く。
「セオリーとしてはそうなんだけどね。一応関係者の方もここは捜索したらしいんだけれど」
「何も発見する事ができなかったどころか、痕跡さえ残っていなかった…と?」
「表向きは…ですね」
 善の言葉に撫子が続ける。
 辰海と共に岩場の向こう側にあった洞窟の奥を調べてみた所、確かに火の気配が残っていた。
 そして、撫子はやはり生きた火の粉の正体は妖異の類であると告げる。
「―――が、しかし…それにしては力が弱すぎるというのさ」
 辰海が撫子に視線を向けると、彼女もそれに同意するように頷く。
 確かに火の気は存在する。
 しかし、それは人を燃やせるような、ましてや殺せるレベルの強さではなかった。
 霊視の結果がそう出たのである。
「……群れだから、ちりも積もればってことなんじゃないですか?」
 秋良の言葉に撫子はかぶりを振った。
「私も初めはそう思いましたが、残る気配から考えても、目撃証言にあった大きさから考えても…人を一瞬で火柱に変えるほどの火力を伴っていないのですわ」
 だからこそ撫子は困惑した。
 原因はこの火の気を持つ妖異であったとして、どうやって人を殺せる火力を生み出したのか。
 何者か異能が絡んでいるのではないか。そう睨んでいる。
「で、だ。私らが」調査をしている最中、二人組みの子供が様子を伺いに来ていた。捕まえられなかったがな」
 苦笑する辰海。だが、それに続けてクミノと時雨が調査報告を始める。
「監視装置を放っておいたゆえ、それにあなた方の目撃した子供達の映像が入っていた」
「そこで私らは地元の子供達のところへ……といっても、最近のお子さん方は警戒心が強いからね。聞き込みは主にササキビさんにやってもらった」
 時雨は子供の親たちに、不審な人物を見なかったかと問いかける。
 この辺は関係者の方が少々根回しをしておいてくれたのだろうか、特に不審に思われることも無くスムーズに事は進んだ。
「結果、一週間前の夜。放課後遊びに出かけた子供の帰りが遅く、親にひどく怒られたという証言が同時に二件手に入った」
 子供が二人。
 辰海たちが目撃したのも、二人の子供。
 その子供達が何らかの形で事件に関わっているのは明白だ。
「関係者の方に連絡入れてくる」
 そう言って席を立つ草間。
 恐らくそれぞれの家に言って証言してもらう為だ。
 いくらまだ明るさがあるとはいえ、お宅訪問には遅い時間、しかも刑事でもないパッと見アンバランスな面子が大勢。
 そんな状況で何を話してくれようか。
「よし、行くぞ」
 一行は少年達から直接話を聞くため、関係者と共に各家に訪ねに向かった。



 「…あれ…?ここって…」
「どうかした?」
 周辺の建物を見回しながら首をかしげる秋良に、シュラインが尋ねる。
「あ、いえ、昼間―――…彩君とこの辺りに来てたんで…」
 苦笑しながらもそう答える秋良。
 何となくこの流れからして、展開は予想できた。
 一人目の家に草間共々押しかけ、流石に全員を上げるわけには行かない為、草間が代表として上がり、残りは縁側で待たせてもらう事になった。
 その際、秋良はやっぱり、と苦笑する。
「おぅや〜ぁ、またきたんかえぇ」
「やっぱり昼間の〜…」
 話の無限ループは覚えていなくとも、人の顔はよく覚えているらしく、秋良を見るなり老婆は縁側までてこてこ歩いてくる。
 秋良が老人に捕まっている間にも、草間達と少年を交えた家族で話し合いが進んでいた。
 一連の事件について、何か知っている事があるはずだと。
 辰海や撫子の目撃証言に並び、クミノの監視装置に映る姿が決定打となっている以上、誤魔化しは利かない。
 怒っている訳ではない。
 真実を知りたいだけ。
 少年は、唇をかみ締め、泣き出しそうなのを堪えながら、一週間前に自分達が見たものについて話し始めた。
 最初は、ただ普通に岩場で遊んでいただけだった。
 ところがある日、干潮時に岩場の向こうの洞窟に気づき、足場が現れたゆえにそこまで向かったという。
 そして洞窟の奥でオレンジ色に光る蝶を見たと。
 蝶を捕まえようと奥まで進むと、岩陰にびっしりと繭があり、光る蝶が数羽その周りを飛んでいた。
 まるで繭の世話をするかのように。
 そこで少年は友達にもそれを見せようと、学校が終わってからこっそり二人で洞窟に向かった。
 日が暮れてきて洞窟の中もよく見えない。
 ライターや懐中電灯は持ち出すとばれる恐れがあった為、すぐに始末できるマッチをこっそり鞄に忍ばせてきた。
 だが、火をつけた途端、状況が一変した。
 飛んでいた数羽の蝶が自分達に向かって飛んできたのだ。
 振り払おうと手を動かしたその刹那、はらりと、火のついたマッチが足元までびっしりとはえた繭の上に落ちる。
 慌てて火を消そうとしたが、ありえない速さで火が燃え広がり、その場にあった繭全てに火が回った。
 二人は条件反射でその場から逃げ出した。
 逃げ出す際に、出口のところでふと奥を振り返った時、二人は奇妙な光景を目の当たりにする。
 炎に巻かれた繭から次々と羽化する蝶、いや、蛾だ。
 蛾の群れが炎を纏い、生きた炎の渦となって出口に向かって飛んでくる。
 二人は必死で逃げた。
 逃げて逃げて、浜から出た所で断末魔が聴こえてきた。
 振り返った二人の目の前には、浜に上がる巨大な火柱と、その中に見える人影。
 オレンジ色の帯のように夜の闇に舞う炎を纏った蛾の大群。
 二人は自分達のせいで人が死んだと、状況を把握しながらも裁きを受ける事が怖くて今の今まで黙っていた。
 あんなモノがいるなんて知ってたら近寄らなかった。
 そう言ってとうとう泣き出した少年だが、無知は言い訳にならない。
 しかし、燃やそうと思って近づいたわけではないことは確かだ。
 後日表沙汰にはならないが、形ばかりに調書を作成するといって草間達はその家を後にした。
 同様に、もう一人の少年の家にも言って、また同じような話をする。
「……さて、じゃあ行くとするか」
「終わるまで煙草は厳禁よ、武彦さん」
 シュラインは煙草を吸おうと胸ポケットに手を伸ばす草間の先をいき、するりと煙草のケースごとライターも抜き取った。
 苦虫を噛み潰したような顔で、まぁ、仕方ないなと呟く草間。
「手ごわい、というか怖いですね…」
 命の危険もあるし、火傷などの怪我をする危険性が高い。現に被害者は皆焼死している。
 秋良は水晶、エメラルド、モルダヴァイドの癒しと治癒系のストーンを携帯し、万が一に備える。
 だがパワーストーンでは対抗できない。それゆえルーンストーンのアルジズ(防御、保護)ラグズ(水、海)イサ(氷)も共にポーチに収める。
「ラグズとイサは火の粉とは対極な力だし、場所は海沿いだから水の心配もいらないわね」
「襲い掛かってきたなら私が水衣でお前さんらを守るゆえ、安心しろ」
 ポンと肩を叩く辰海。
「私も御神刀に妖斬鋼糸を無数、そして水気を操る霊符を用意しておりますので」
 皆で頑張りましょうと撫子が微笑む。
 いつもあまり役に立っていないと思っている秋良にすれば、二人の存在は頼もしいと共に、自分の無力さを痛感してしまう。
 自分に、もっと戦う力があれば…
「ま、適材適所。人生そんなもんだろ」
「き、北城さん…」
 頭をぐしゃぐしゃと撫でくり回され、乱れた髪を手櫛で整える。
 秋良の心中を思っての彼なりのフォローなのだろう。
「民間人を浜周辺に近づけさせないよう、措置をしてもらった。行くぞ」
「次の犠牲を出す前に、な」
 装備を再確認したクミノが颯爽と歩き出す。



 「!―――あれか」
「仄かに明るいですね…」
「これから再び飛び立とうとしているのかもしれんな」
 あそこが拠点であると、今まで気づかなかったのだから動く時以外はその光も熱も静まっているのだろうと考えた。
「油断するなよ」
『あなたこそ』
 主従の間柄とは思えないような会話だが、その中にはしっかりと固い絆と信頼がある。
 草間と善を筆頭に、一行は夜の闇に紛れて岩場に向かった。
 足場の悪さもある上に、一歩間違えば海に転落。
 そんな不利な状況で戦わねばならないのかと思うと、自然と表情がこわばっていく。
「しっかしまぁ、妙な話だ。大量の繭があって?火を得ることで羽化して集団で人を襲い始めた…これまでの五人に共通することって何だったんだか」
 時雨の疑問はもっともで、亡くなった五人はそれぞれ夜外を出歩いていたということ以外何も目立った共通点がないのだ。
 男女の区別も無く、あるとすれば、全員成人だったことぐらい。
 襲われた状況を考えれば成人という括りになんら不審はない。
「――――皆それぞれ、襲われた時に煙草吸ってたり携帯電話を弄ってたりしたそうです」
 ポツリと呟かれたその言葉に、一同はたと振り返る。
 疲弊した様子の静が苦笑しながら皆に告げた。
「菊坂、お前、何で今まで……」
「知ってて黙ってたわけじゃないんです。ようやく、全員が話を聞ける状態になったので」
 撫子が霊視すると、静の周りに今にも消えそうな魂が五つ浮遊しているのが見えた。
 周囲に至極当たり前にいる浮遊霊の気配に混じって、そこにいる事などまったく気づきもしなかった。
「魂というか、これは道ですから…気づかない人の方が多いと思います。まだ五人の魂は亡くなった場所に固定されてますから…」
 縛りを解いて、上へ昇れるよう、静はずっと押し黙って彼らのケアをしていた。
「虫退治することで、五人が解放されるといいわね」
「もう殆ど解けかかってますから、ちゃんと上がれますよ」
 シュラインに向かって柔らかに微笑む静。
 これまで黙して語らず何をするでもなく時折呆けいているようにも見え、何の為についてきたんだろうと首をかしげたくもなったが、理由があってのことだと判明して何故か善はホッとしていた。
 自らの意志で行動していたことに、安心感を得たのだろう。
「ふむ、ならば囮に使うのは携帯だな」
 そういっておもむろに携帯を取り出す辰海。
 携帯持って普段はおにぎり片手にOLウォッチングをしている神とは、なんと面妖な。
「炎を与えることで羽化するなら、満潮時に岩場と繋がる道が消えるような場所を選んだのは何故かしらね」
「多分、雨風をしのぐ為じゃないですか?炎を纏っているにしても、雨降っちゃったら多分消えちゃうのかも」
「かもしれませんわね」
 敵が炎を纏った蛾の大群だとわかってはいるものの、その発生の理由や、それがどのような類の怪異なのかも定かではないゆえ、どうしても憶測が飛び交う。
「―――!」
 洞窟の近くまで来た時、僅かだが奥に光る明かりが増した。
 来る。
 クミノ、時雨、辰海はそれを本能的に感じ取ったのだろう、険しい表情で身構える。
 それと同時に、撫子や秋良も臨戦態勢に入った。
「彩、行くぞ」
『御意』
 爆発する前の風船のように、光の量がどんどん増していく。
「!?」
 洞窟の奥からオレンジ色の炎の塊が勢いよく飛び出した。
「なんて大きさなの…!?」
 昼日中のように周囲を照らす大群の炎は、そのまま街の方角へ飛び立とうとしている。
 辰海は咄嗟に携帯電話を開いた。
 ディスプレイの明かりが煌々と夜の闇に浮かび上がる。
「シュライン、煙草!!」
「え!?」
「あれじゃきっと足りない、奴らが求めるのは火だ!」
 もぎ取るようにケースを手にした草間は煙草に火を灯した。
 するとどうだろう。
 炎の塊の動きがピタリと止まった。
 だが次の瞬間、塊は草間目掛けて突進してくる。
 炎を身にまとい、その燐粉でさえも火の粉の様に燃えながら。
 草間に近づこうとする蛾を牽制し、クミノや撫子、辰海が応戦する。
 秋良もルーンを用いて何とか蛾を牽制するが、数に限りがある上にそれを持つのは素手。
 次第に指先が熱気の余波をくらい、指先がじわじわと火傷していく。
「……っ…!」
 けれどここで引き下がるわけには行かない。
 少しでも、皆の役に立たなければ。
 その想いが秋良を突き動かす。
「桐嶋!無理はするな!」
 こんな時の気遣いはいらない。
「治癒に特化している者はサポートの方があっていると思うが?」
 秋良の死角から寄ってきた蛾の群れに向かって消化剤をまきつけるクミノ。
「桐嶋さん、あなたの手の方が今は治すべきよ…」
 人の不可聴音域で虫の苦手な音を出し、一時的に流れを変えるシュライン。
 気がつけば、ルーンを持つ指は真っ赤になり、所々水ぶくれまでできている。
「―――……」
 不甲斐ない。
 一丁前に動けず皆に心配されるなんて。
 防御の手を緩めたその瞬間、ここぞとばかりに押し寄せる大群。
 そこに水の膜は間に入り込み、蛾の侵入を防いだ。
「フォローしあうのが仲間だと思うが?」
 水の太刀を水衣に変化させ、こちらに投げた辰海がニッと笑う。
「………有難う、御座います…」
 治療の為、前衛から離れる秋良。
 その抜けた部分に撫子が回る。
 撫子は幾分困惑していた。
 御神刀の方はそれなりに手ごたえはあるものの、妖斬鋼糸に全くといっていいほど手ごたえがない。
 いや、両方ないといってもいいかもしれない。
「…妖異ではないのでしょうか!?」
 霊力を帯びた状態での効果が全く無く、そのまま武器として使わざるを得ない。
 蛾の大群を霊視してみても、意志があるようでないのだ。
 これはいったいどういうことだろうか。
 まさか、こんな超自然物が大量発生するなど考えにくい。
 個は全、全は個。
 個々の意志ではなく、全てが同じ意志を共有して行動している。
 一羽程度では火力にすらならないその熱量が、大群となることによって撫子の霊視した力よりも更に増幅されているのがわかる。
 集まれば集まっただけ、それぞれの力を更に引き出すのだろうか。
 炎を纏った蛾の大群は燃え尽きて落ちることなく襲い掛かってくる。
 そしてこれらを根元から断つべく、洞窟の奥にまだ繭があるのではないかと確かめに進んでいた時雨は、とんでもないものを見つけてしまった。
「〜〜〜〜…こいつぁ……やっばいなぁ」
 携帯用LEDライトで最深部を照らせば、そこには案の定一面の繭が存在しており、外の熱気に反応してか、ぴくぴくと動いている。
 これが羽化すれば更に被害が拡大する。
 燃やせない以上、この空間を外界と隔離してしまうより今は他にない。
 そこいらに転がる岩を移動させ、できる限り繭の手前で出入り口をふさいでいく。
 外の様子を確認しながら、ある程度進路をふさいで一先ず皆のもとに戻る時雨。
「皆!やばい!奥にもまだ大量に残ってる!」
「なんだと!?」
 それが皮肉にも、一瞬の隙を生んでしまった。
 静の方目掛けて大群が押し寄せる。
 辰海の水衣が間に合わない。
「ぅ…あ…」
 迫り来る炎。
 そして静に触れるか触れないかの所で、彼はバランスを崩して海に落ちた。
「菊坂!!」
 幸い距離も無ければ深さもない位置。
 溺れる心配こそないものの、静へのダメージは懸念される。
 ところが。
「!?」
 海面が白く輝きだす。
「何!?」
「うわ……」
 海面が盛り上がる。
 その瞬間、大量の白い手が水面より生じ、蛾の大群に向かって伸びていく。
 大津波が押し寄せてきたかのように、白い大量の手は蛾の大群に覆いかぶさり、投網のように蛾を捕獲し、そのまま海に引きずり込もうとする。
「菊坂!」
「ちょっ…何この地鳴り!?」
 白い手の出現と共に大地が鳴動し始める。
「まさか、洞窟を―――」
 今抜けてきたばかりの洞窟は揺れに揺れ、次々と天井が落盤している。
 時雨が気休め程度に囲んできた壁の上にも、崩れた天井の大きな岩によって完全にふさがれてしまった。
『静殿!!』
 彩臥の咆哮が水面に向かって響く。
「――――あれ?僕は……」
 静の意識が戻った瞬間、白い手の群れは掻き消え、消えかけていた蛾の大群が再び空に放たれる。
 落ちた時の衝撃で僅かに気絶していたのだろう。ボケた様子で辺りを見回す静。
「あれ?」
「!」
 蛾の群れの炎が消えた。
 炎だけが消え、少年の目撃証言どおりに、発行する蛾の群れが、空へ空へと飛んでいく。
「何、だぁ…?」
 薄ぼんやりと発行するそれは、端々から地面に落ちていき、余力のある者だけが空へと舞い上がる。
 夜の闇にオレンジ色の光が伸びる。
 だが、それは街に向かうものではない。
 人に向かうものでもない。
 ただただ、天へ―――


「……寿命…?」
 まさか、あの炎は彼らの生命の源?
 混乱する頭で必死に状況を判断しようとする撫子は、地面に落ちた蛾を見つめる。
 手をかざすも、既に熱気は感じられない。
 やはり…あれは命そのものだったのか。
 空を見上げるも、遠くに伸びるそのオレンジ色の帯は次第に細くなり、その光を失っていっている。
 死んだ鳥が稀に空高く飛び続けるように、彼らもまた、命燃え尽きる瞬間まで飛び続けるのだろうか。
 火の粉の様に飛び交っていたものはその熱気を失い、ただの燐粉と化して周囲に漂い、付着する。
「―――妖怪でもなく、異能でもなく、ただただ…超自然の産物だった……って、ことなんですか、ね……」
 火の粉のように飛び交う燐粉に軽く咳き込み、髪や服についた汚れを掃いながら秋良が呟く。
「自然が生み出した脅威…人の念でも物に宿った念でもなく…」
 それこそ大地の念が凝り固まった、神の領域の産物であり、一連の事件の犯人。
「人に下した罰か?…洒落にもならんな」
 乱れた髪を整え、表情を変えることなくクミノも空を見上げる。
「ともあれ…釈然としない部分もあるけれど、終わったと…そう思っていいのかしらね?」
 苦笑気味に草間の顔を見やるシュラインは、髪についた燐粉を払い落としながら尋ねた。
 草間は煙草に火をつけ、そう思うしかないんじゃないのか?複雑そうな顔をする。
「結局、これは…あの子供らを問うしかないのか?」
 辰海の問いに撫子は溜息ついて答える。
「問うも何も、彼らが意図してやった事ではない偶発的な…これは事故というしかないですわ」
「確かに。だぁれもあの洞窟の奥に火の燐粉を纏った蛾の怪異が眠っているなんて知らなかったんだから」
 撫子の言葉に時雨が続く。
 無知は言い訳にならないとはいえ、一連の騒動を知って彼らも十分応えている筈だ。
 彼らの家を出る際に、関係者の方もそこは形ばかりだが調書をとるのみと考えている。
 勿論、形式にのっとってそれをしたとしても、彼らが罪に問われることは法的にありえない。
 何より証拠となる凶器、被害者達を死に至らしめた根源はとうに空の彼方だ。
 怪異の起こした事件を裁く法など、今の世にはないのだから。
 五人の犠牲者を出してしまった連続焼死事件はこうして幕を閉じた。
 洞窟の入り口は崩れ、残った繭たちは再び暗い穴倉の奥で眠りにつく。
 それが永久のものとなるかは、この地に住まう人間次第。
 遠く空を眺める静も、海に落ちたことで疲労も溜まっているのだろう。
 少しずつ沈んでいく意識の中で、炎を纏った蛾の大群の脇をすり抜けるように、五つの魂が空へ昇っていく。
「――よかったね…苦しみから解放されて…」
 そう言って微笑む静の表情は、実に穏やかで落ち着いたものだった。
 静が海に落ちた時に起こった現象について、今は聞かない方がいいのだろうか。
 いや、聞いても恐らく彼は覚えていないだろう。
 彼の内なる何かによって引き起こされたものであることだけは、確かだが。


 光の帯がまるで龍の如く昇っていく。
 一同がその光景を見詰める最中、街中の人々もその不思議な現象を家々の窓から見つめていた。
 少年達の家族も、そして当人達も。
 片方の少年の家では、縁側で彼の曾祖母がそんな空を見上げてポツリと呟いた。
「あ〜ぁ…灯虫かねぇ」
 少年と家族はぎょっとした。
「おぅや、懐かしいねぇ。あんときゃ〜おめぇ、牛や豚だか燃えただなぁ」
「え〜ぇ、あれは六つの時でしたねぇ」
 連れ合いと共にその光景を眺め、思い出したように互いにポツリポツリと語りだした。
 そんな二人のやりとりを見つめる家族は、あのオレンジの光の帯が一連の事件の原因だと言う事を知っている。
 それゆえに、二人の老人が懐かしそうに話す姿に背筋がぞくりとした。

 伝えられることも無く、それを見た生き証人たちは静かにこの世を去っていく。
 稀な珍事ゆえに、もはや知っている者どころか、覚えている者は無いに等しい。
 資料として残すこともなく、ただただ、その土地で長きに渡り生きてきた者達のみが過去に一度目の当たりにしていた、老夫婦の思い出話の先にある、はるか昔の出来事。
 昔話を聞いて分かったのは、あの現象の周期。




 それは、百年に一度の―――…




―了―
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0328 / 天薙・撫子 / 女性 / 18歳 / 大学生(巫女):天位覚醒者】
【1166 / ササキビ・クミノ / 女性 / 13歳 / 殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。】
【2981 / 桐嶋・秋良 / 女性 / 21歳 / 占い師)】
【5484 / 内山・時雨 / 女性 / 20歳 / 無職】
【5566 / 菊坂・静 / 男性 / 15歳 / 高校生、「気狂い屋」】
【6897 / 辰海・蒼磨 / 男性 / 256歳 / 何でも屋手伝い&竜神】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、鴉です。
草間興信所依頼【灯取虫の窟】に参加頂きまことに有難う御座います。
梅雨前だというのに季節先取りしすぎてスミマセン…
春先の募集で晩夏のプレイングを考えると言うことで悩まれた方もいらっしゃるかと思います。
そしてかなり遅くなってしまった申し訳ありません!!

ノベルに関して何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せ下さい。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。

<お知らせ>
緋烏絵師の異界ピン【コラボ依頼後日談】の窓開けがあります。
期間は5月23日〜5月31日まで。

奮ってご参加下さいませ♪