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<東京怪談ノベル(シングル)>


運命のお泊まり・前編

 タマネギを炒める匂い、上がる湯気。
「ジャガイモ送ってもらっちゃったから、色々作っておこうっと」
 立花 香里亜(たちばな・かりあ)はそんな事を呟いたあと、楽しそうに鼻歌を歌いながらフライパンでみじん切りのタマネギと挽肉を炒めていた。
 実家の父からジャガイモをたくさん送ってもらったので、世話になっている蒼月亭や、知り合いにお裾分けしたのであとは自分が食べるぶんだ。芽が出てしまっては勿体ないので、美味しいうちに料理したい。
「卵もパン粉もあるし、お芋を茹でて潰して混ぜて〜」
 今夜の献立はポテトコロッケとキャベツの千切り、豆腐とワカメのみそ汁に、ポテトサラダ。コロッケは少し多めに作って、アルミにくるんで冷凍する予定だ。
「コロッケは、パンに挟んでも美味しいんですよね」
 明日は仕事が休みだから、少し遅めの朝食にコロッケパンもいいだろう。夕ご飯を食べたら、何をしようか。お風呂にゆっくり入ったり、撮り貯めたビデオでも見ようか。休みの前は何だか嬉しい。
「でも、その前にご飯の支度〜」
 ジャガイモはそろそろ茹で上がった頃だろう。コンロの火を止めて、鍋の蓋を開けた瞬間……。
「こんばんはですぅ……はわっ、湯気が〜」
 ぽふっ。
 元気な挨拶と共に、香里亜の頭の上に羽のように軽い物が乗っかった。その柔らかな感触に、香里亜は慌てて鍋の蓋を閉め、視線を上に向けた。
「こんばんは、ファムちゃん。いらっしゃい」
「改めまして、こんばんはですぅ」
 香里亜の元にやってきたのは、『地球人の運命を守る大事なお仕事』をしているというファム・ファムだった。ふんわりとした緑の髪に、首元の赤いリボン。背中には小さな羽がついていて、天使のように愛らしい。
 いつもファムが現れるのは、こうして前触れなくなのだが、そんな登場にもすっかり香里亜は慣れてしまった。
「あ、ちょっと待ってて下さいね。ジャガイモ茹でてたお湯捨てますから」
「はい。ゆっくりでいいのですぅ」
 早くファムの話を聞いてあげたいのは山々だが、ジャガイモは熱いうちに潰さなくてはならない。慣れた手つきで湯を捨て、マッシャーで潰しながら香里亜は珍しそうに様子を見ているファムに頬笑んだ。
「今日はどうかしましたか?お願い事なら遠慮なく言って下さいね」
 するとファムは、ふるふると小さく首を横に振った。
「いえ、今日はお願いではないのです。今日から数日間は、約千年に一度のシステム調整で、あたし達はお仕事をしちゃいけないのですぅ」
 システム調整。
 それを聞き香里亜は手を動かしながら、少し前のことを思い出した。それはファムと一緒に明治神宮に「運命演算補助デバイス“大いなる木”通称『世界樹』」の種を植えに行ったのだ。デバイスなどの難しい言葉はよく分からないが、多分その関係なのだろう。
「調整の間は、お仕事しちゃいけないんですか?」
「はい。なので、ずーぅっと溜まっていたお礼をしに来たのです」
 そんな事もあったか。
 色々あったので、ファムがすると言っていたお礼が先送りになっていたが、香里亜としてはお礼云々よりも、ファムが元気に来てくれるだけで嬉しかったりする。
「お礼ですか……」
「はい。それで、えと、えと……」
 そう言うとファムは急に緊張したような面持ちになった。
 言いたいことがあるのだが、どこから切り出して良いのか分からないような、そんな表情。そんなファムに香里亜はにこっと笑う。
「どうしました、ファムちゃん」
「そ、それでですね、お友達というのは『お泊り』というものをすると勉強しました……今日は、香里亜さんの所にお泊まりしてもいいですか?」
 くりっと首をかしげ、ファムがはにかんだ。
 よくよく考えれば、香里亜が東京に来てから友達はたくさん出来たが、誰かをこの部屋に泊めたことはない。学生の頃は友達の家に泊まりに行って、夜通し喋ったり、テスト勉強や学校祭の準備をしたものだ。
 すると急に『お泊まり』という言葉がいとおしくなった。
 予定もないし、ファムと一緒に一晩過ごすのは楽しいかも知れない。
「ダメでしたら、いいんですけど……」
「いいですよ。明日はお仕事お休みですし、私の家で良ければ泊まっていって下さい」
 その瞬間ファムがパッと笑い、目を輝かせた。そして小さくぴょんぴょん跳ねながら、香里亜のエプロンにまとわりつく。
「ありがとうございますっ!今日は香里亜さんの質問に何でも答えますよー、何てったってお友達ですから」
 そう言われても急には思いつかない。きっと「運命」についての質問などに答えてくれるつもりなのだろうが、今香里亜にとって重要なのは夕飯の準備で……。
「じゃあ、少し待っててくれますか?コロッケ揚げちゃいますから」

 食卓には二人分の食事が並んでいた。
 揚げたてのコロッケに千切りキャベツ。食器は食事会をしたときにお客様用のを買っていたので、茶碗もお椀もちゃんとある。
「あのー、香里亜さん、これは?」
「夕ご飯一緒に食べましょう。美味しいですよー」
 そう香里亜が言うと、ファムは首と手を一緒に横に振りそれを断った。
「いえ、あたしはいらないのですぅ。香里亜さんは遠慮なく頂いて下さい」
「もしかして、何か嫌いなものでもありましたか」
 コロッケは嫌いだっただろうか。するとファムはちょこんと香里亜の前に正座をし、真剣な表情をする。
「あたし達に食事は必要ありません。食事は可能ですが食べちゃダメなのです。担当する星の品を取得する事は、厳しく禁じられているのですぅ」
 なるほど、そういう訳があったのか。
 だがそれに香里亜は少し考えた。どうして食事をすることがダメなのだろう。実家では仏壇に毎日ご飯をお供えするし、お墓参りでもそれが普通だ。食べられないのなら、せめて「お供え」とするのはありだろうか。
「じゃあこれは、ファムちゃんに『お供え』って事にしましょう。これなら大丈夫ですよね?」
「へ?」
「ほら、神様……っていうか、地球では神様や仏様に食べ物をお供えするのは、ある意味常識ですし」
 突然、ファムの表情が固まった。顔がさっと青ざめ、ショックを受けたように後ずさる。
「がーん……」
「どうかしました?」
 初めて知った衝撃の事実。
 ファム達は「運命」に関わる必要以上の接触を禁じられている。それは食物などに関しても同じだ。自分達はあくまで「この星の運命を守るもの」であり、まして崇められるような存在になる訳にはいかない。
 きっとファムの前にここを担当していた先輩達の誰かが、その風習を広めてしまったに違いない。これはゆゆしき問題だ。
「ま、まさか先輩達がそんな事してたなんて……不正を知ってしまいました」
「ほえ?」
「こ、これは告発すべきでしょうか……」
 じわっとファムの目が潤む。
 気軽に「お供え」と言ってしまったが、どうやら大問題だったようだ。流石に告発されるのも何だし、もうその風習は全世界に広まってしまっている。それにファムには楽しく過ごしてもらおうと思っていたのに、深刻なまま一晩過ごさせるのは可愛そうだ。
 香里亜は慌てて炊飯器を開け、立ち上る美味しそうな香りと湯気にくすっと笑う。
「でも、お供えを食べると体に良いって話もあるんですよ。そういう物は撤饌(てっせん)って言って、神様から分けて頂くって」
「そうなんですかぁ?」
「はい。お墓参りでもお供えした後で、手を合わせてから頂いたりするんです。一緒に分けて仲良く物を食べることですから、悪くないですよ」
 じっ。
 ファムの大きな瞳が香里亜を見る。
「そうですね、お友達がそう言うんですから信じます」
 何とかごまかせたらしい。だが間違ったことは言ってないだろう。香里亜の家では頂き物のお菓子などは仏壇や神棚に供えてから頂くし、それを食べると丈夫になるとか風邪を引かないとか祖母が言っていた。もしかしたら、自分の家だけのローカルルールかも知れないが、お供え物に関しての誤解が解けたのならいい。
「じゃあ、いただきます」
 手を合わせて、香里亜は夕飯を食べ始めた。だがファムはその様子を見ているだけだ。
「ファムちゃんは食べないんですか?」
「むー……お友達ですから、あたしも食べた方がいいでしょうかぁ」
「そうですね、お友達は一緒にお茶を飲んだりご飯食べたりしますよ」
 本当は、ファムが食べてはいけない物だ。
 でも、友達は一緒に食事をするものらしい。
 こういうときはどうしたらいいのだろう……初めて出来た「友達」に、失礼なことをする訳にはいかない。しばらく悩み、ファムはおずおずと香里亜を見た。
「あのー、少しだけ頂けますか?ちょっとこれの使い方が分からないのですぅ」
 ファムか指を指したのは箸だった。食事をすることがないのだから、箸の使い方を覚える必要もない。
 これは仕事じゃなくて、交流なのです……。
 心の中でそう祈るファムに、香里亜は箸でコロッケを切って差し出した。
「じゃあ、私が少し食べさせてあげますね。あーん」
 ぱくっ。
 口の中にコロッケが入れられた。それをもぐもぐと食べている様子を見ながら、香里亜も同じようにコロッケを食べる。
「美味しいですか?」
「初めて食事するのでよく判らないのです。でも……何か楽しいです」
「だったら良かったです。誰かと一緒に食べるご飯って、一人で食べるよりも美味しいですから」
「今日は一人じゃないのです。お友達の家にお泊まりなのです」
 ちょこんと正座をしてそう言っているファムが可愛い。その様子を見ながら香里亜は食事を続ける。
「そうですね、ファムちゃんと一緒だとご飯も美味しいです」
「そうですか?あ、そろそろ質問よろしいですよ。何でも答えちゃいますよ、お友達ですから」
 友達という言葉が嬉しいのか、何かと「お友達」というファムについ笑ってしまう。さて、何を質問しようか……そう思いながら何気なくテレビを付けると、ニュースでは第二次世界大戦時に、シベリアで抑留されたまま亡くなった人たちの遺骨収集の話題をやっていた。
「まだ戦争の爪痕が残ってるんですね。この戦争も、起こるべくして起こってしまったのでしょうか……」
 不意にそんな言葉が香里亜の口をつく。
 たくさんの人が理不尽に殺され、色々な物を失った。広島や長崎の原爆、沖縄戦、アウシュビッツ収容所……遙か昔というには、まだ爪痕は深く残っている。
「これも運命なのです。知性を持つ者は、どうしても戦ってしまうのです」
「本当は、世界が平和になればいいんですけれど」
「………」
 それにファムは答えなかった。今でも何処かで戦いは続いている。それが地球の運命であるならば、止めることは出来ない。ファムが持っている、この次元の全生命の運命・情報を記した本を見ればそれも分かるのだが、未来に関して言うことは禁じられている。
「あっ、何か暗くなっちゃったので、別の話をしましょう。そういえば私、ファムちゃんのこと何も知らないんですよね……年齢とか聞いてもいいですか?」
 見た目は六歳ほどだが、本当はいくつなのだろう。話題を変えるようにわざと明るく聞いてみせると、ファムもにこっと笑ってこう答えた。
「まだ952歳なのです」
「まだ?」
「はい。なので、先輩達に教わることがたくさんなのですぅ」
 以前ファムから聞いた『神の子事件』にも先輩がいたのだから、ファムぐらいだとまだ見習いなのだろう。しかしそう考えると、自分がやけにヒヨッコのような気がするから不思議だ。
 みそ汁を飲み、一息つきながら香里亜はファムに質問を続ける。
「先輩達もやっぱりファムちゃんみたいに、天使みたいなんですか?」
「ごめんなさい、それはお教えできないのですぅ。あたし個人のことはいいですが、他のことはダメなのです」
 まあそれは仕方ないか。
 香里亜は箸を持ったまま考え、何故か次にこう聞いてしまった。
「じゃあ、何か面白い歴史の真相を一つ」
「何がよろしいでしょー?お友達ですから、お好きなところをどうぞ」
「日本史とか古典かなぁ。何かこの前テレビのクイズ見てたら、全然覚えてなくてしょんぼりだったんで」
 やっとたくさん話せそうな質問が来た。自分の種族や未来については教えられないが、過去のことならもう過ぎたことだ。ファムは嬉しそうに笑うと、軽く人差し指を振る。
「香里亜さんは紫式部を知ってますか?」
 こくっと一つ頷き。
「あの『源氏物語』は、先輩と波長のあった彼女が、二人で楽しく盛り上がって書いた物なのですぅ。先輩はお話を作るのがお好きでしたから」
「それであんなに……。もう少し短かったら、古典で苦労しなかったんですけど」
「あと、聖徳太子が七人の言葉をいっぺんに聞けたのも、先輩がそっと耳の側で何を話したか教えたからなんですよ。彼にもお世話になりましたぁ」
「あ、なんかそれ分かります。そっかー、一人で七人は聞けませんよね」
 何だか歴史の丸秘エピソードという感じだが、これぐらいの話が丁度いいのだろう。運命の話は重いし、出来れば明るい話がいい。
 そんな話をしているうちに、香里亜の食事はすっかりなくなっていた。ファムのぶんにはラップを掛けて冷蔵庫へ入れる。
「ごちそうさまでした。少しゆっくりしたら、お風呂入りましょうか」
「へ?お友達はお風呂も一緒ですか?」
「そういうこともありますね」
 何だか『お友達』については、まだまだ勉強することがまだありそうだ。食器を洗いに行く香里亜の後を、ファムはパタパタと着いていく。
「さて、食器洗いましょうか。ファムちゃんゆっくりしていって下さいね」
「はいなのですー」
 まだ、『お泊まり』の夜は始まったばかりだ……。

To Be Continued

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
今までのお礼がてらに『お友達』である香里亜の家にお泊まりの前後編ということでしたので、夕食が終わるまでの話を書かせていただきました。お供えは不正だったのですね…あれでごまかせたか、ちょっとドキドキしています。でも、お供え物も食べたりするのでセーフかと。
未来に関しては楽しみを取っておきたいのもあるので、歴史エピソードとかそんな話になりました。それはそれで楽しそうです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また次回もよろしくお願いいたします。