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<東京怪談・PCゲームノベル>


そこにあったもの

 水面に出るなり差し出された箱に、彼女は目を丸くた。
「え、と」
「ケーキです。この前、一緒に食べようって云いましたよね。あと、紅茶も淹れて来ました」
 ケーキの入った箱と一緒に、おそらく紅茶が入っているのだろう水筒も、みなもは彼女の前に差し出す。
「これと引き換えに、お願いがあるんです」
 少女の上半身に角と龍の下半身を持つ彼女、龍神様は困った様に眉を寄せた。
「あのね。判ってると思うけど、それは呼吸の仕方を教えてって云うのと同じだよ」
 どうやら彼女は、今日みなもが何のお願いをするのか悟っていたらしい。それとも、見通したのか。
「無理は承知でお願いします。今まで知らなかった水の使い方を覚えたいんです。少しでも良いから、力の使い方を教えて下さい!」
 みなもの嘆願に、鱗の生えた腕を組んだ彼女は息を吐いた。
「そんなに知りたい?」
「はい」
 先日、雨の中で作り出せた小さな水龍が、その後何をどう頑張ってみても出来ない。あの時自分がどうしていたのか、全く思い出せなかった。
 水には霊気や神気、邪気や瘴気に限らず、感情やその場の光景さえも溶け込ませる事が出来る。ただ、頭で判っていただけでは使えない。身体で覚えなければいけないと気付いたから、専門の龍神様の力を借りたいのだ。
 龍神様は、表情を緩める。
「仕方無いなあ」
 そして、腕をみなもに伸ばした。
「おいで」
 それが肯定の言葉だと知り、みなもは笑顔を見せる。
「ありがとうございます、しずくさん」
「みなもちゃんのお願いだから、特別だよ」
 みなもがしずくの手を取ると、触れた場所から鱗が生え始めた。みなもの両手両足を鱗が覆った頃、変化は止まる。しずくも、みなもと同じ程度に鱗が残った状態だ。
「さて、それじゃあ出発!」
 みなもの手を取ったまま、しずくは沼に飛び込んだ。悲鳴を上げながら水中に落ちたみなもが体制を整える間も無く、二人の体は沼の底へ沈んで行く。
 底に辿り着いて、みなもはようやく息を吐いた。
「一体、何をするんですか」
「やれば判るよ」
 いたずらっぽく微笑んだしずくは、みなもの両手を自分の両手と繋げる。
「目を閉じて。みっつ数えたら目を開けてね。ひとつ、ふたつ、みっつ」
 目を開くと、景色が変わっていた。どこかへ瞬間移動でもしたのだろうか。そこは水の底ではなく、鬱蒼とした森の中の様だった。
「ここは」
「まあ良いから。こっちだよ」
 手を離したしずくが、道無き道を走り出す。置いて行かれたら迷子になりそうだ。みなもは慌てて追った。追いながら、しずくの身体に鱗が見当たらない事に気付く。見ると、自分の手足を覆っていた筈のそれも消えていた。首を傾げながらしばらく行ったところで、急に視界が開ける。
 そこには大きな岩があった。苔むし、朽ちかけたしめ縄が巻かれている。
「これはね、神気が宿った岩。お岩様だよ」
 成程、霊験のありそうな岩だが、残念ながらみなもにはそれが全く感じられない。しずくはその岩に手を合わせた。
「お岩様、ちょっと御力、お借りします」
 みなもも真似て手を合わせる。
 次にしずくは、両手を前に出した。その掌の間に水が生まれ、瞬く間に増える。水が一抱えもある位に大きくなると、今度は長く伸びて岩を取り囲み始め、やがて、岩はすっぽりと水の膜に覆われてしまった。
 厚さ十センチ程の水の層に、しずくは手を触れる。
「みなもちゃんも、触ってみて」
 云われるまま、みなもは水の表面に手を置いた。
 岩の表面から水へ、何やらもやの様なものが出ている。それがみなもの掌に辿り着くと、掌を通して、冷たいものが身体に流れ込んだ。このまま、自分自身が凍ってしまいそうだ。
「神気って、こんなに冷たいものなんですか」
「うん。水に溶けた神気はとても冷たいの。霊気や邪気なんかは、人間の想いが残ってるから温度があるけど、神様の気にはそれが無いんだ。だから、揺らぎもしないし、いつまでもそこに在り続けられる」
 つまり神様は、人間が介入出来る次元に居ないと云う事なのだろう。そう解釈して、みなもは水から手を離した。芯まで冷えたかと思ったのに、頭が妙にすっきりした位で、身体は何ともない。
 しずくが水から手を離すと、岩を覆っていた水は霧散した。
「はい、次行ってみよう!」
 そう云って、しずくはまた森の中へ駆け出す。
 次に辿り着いたのは、小さな祠だった。横には小さな池がある。
 祠の中には、お地蔵さんでも祀られていそうだが、覗き込んでみると、そこには一体の日本人形があった。
 人間の赤ん坊程の大きさの、おかっぱ頭に赤い着物。
 みなもは思わず後じさる。
「これ、もしかして、呪われた人形ですか」
「そうだよ。夜な夜な出歩いては、子供を遊ぼうって誘うんだ。そしてその人形と遊んだ子は、戻って来ないの」
「その子供たちは、どこへ?」
「きっと、人形に食べられちうんだよ」
 事も無げなしずくと対照的に、みなもは青ざめた。
「この人形、人間を食べちゃうんですか」
「怖いよね。この人形の邪気が祓えないかな。ね、みなもちゃん」
 どうやら、それをさせる為にみなもをここへ連れて来たらしい。
 取り敢えず、みなもは祠から人形を出そうと扉を開けた。奥から小さな声がしている。
『……ぼう』
 どうやら、人形から発せられているらしい。
『……そぼう』
 声は、段々はっきりと聴き取れる様になった。
『遊ぼうよ。わたしと一緒に遊ぼうよ』
 みなもが返答に困っていると、人形は顔を上げた。
 大きな瞳で見詰められて、みなもはたじろぐ。人形は、自ら立ち上がり、おぼつかない足取りで祠から出て来た。
 赤いおちょぼ口が、にやりと笑う。
『遊ぼうよ』
 黒髪がざわりと動き、みなもめがけて勢い良く伸びた。みなもは横っ跳びに避ける。
「何なんですか、これ」
 人形の髪が伸びる話は良くあるが、伸びた髪が人間を襲う話は聴いた事が無い。そんな事を考えている間にも、人形の髪の毛はみなもを絡め取ろうと、蛇の様に飛びかかる。
 池の縁まで逃げて、みなもは水に手を触れた。その水を総動員して壁を作り、髪を弾く。
 ただ、防ぐばかりではどうにもならない。
 水を手の中に圧縮して、髪を避けながら人形に近付く。そして、水を衣の要領で薄く伸ばし、うねる髪ごとラップで包む様にぐるぐる巻きにした。
 動けなくなった人形は、それでもまだ遊ぼうと繰り返す。
「一緒に遊びたいなら、人を髪の毛で襲ったりしちゃ駄目です」
 みなもは、ラップ状の水を元に戻し、水の球を作った。閉じ込められて成す術が無いのか、人形はただ水中を漂っている。髪の長さは、元のおかっぱに戻っていた。
『遊ぼう。一緒に遊ぼう』
 この人形の邪気を、水に溶かし出す事は出来るだろうか。みなもは、水の表面に手を置いた。
 岩の神気を水に溶かした時、確か、角砂糖が溶ける様にもやが出ていた。それを思い出し、人形をじっと見詰める。
 と、人形の周囲が揺らいだ。否、揺らいだのではなく、もやが出て来た様だ。神気と同じく色も濁りも無い。しかし、温度が違った。
 熱い。
 もやが広がるに連れ、火傷しそうな程に水の温度が上がる。手を離したいが、それでは邪気を完全に祓えない。頭を必死で回転させ、一つ思い付いた。先程自分の中に流れ込んだ神気を使えないだろうか。
 時間も精神的余裕も無い。みなもは自分の身体に残っている神気を、熱水に注ぎ込んだ。
 水の温度が引いて行くのが判る。
 邪気の方も出切ったらしく、もやはもう出ていなかった。
 全身の力が抜けた。みなもが膝を付くと同時に、球状だった水が支えを失って地面に落ちる。
 みなもは、深く息を吐いた。
「良く頑張りました」
 水浸しの人形を拾い上げたしずくが、にっこり微笑む。
「戻ってお茶にしよう」
 ふ、と景色が消えた。
 二人が居るのは沼の底だ。みなもは目を見張る。
「何が、起きたんですか」
 先程まで無くなっていた手足の鱗も、ちゃんと復活している。もしかすると、夢か幻を見ていたのだろうか。
「それは後で。ケーキを食べようよ」
 そう答えたしずくの腕には、しっかりと人形が抱かれていた。

「あそこは、沼の底だよ」
 幸せそうにケーキを頬張りながら、しずくは云う。
「でも、お岩様も人形も本物。お岩様は、今から何十年か前にナントカ開発で壊されそうになってたのを、ここで預かってくれって云う人が居てね。それで預かってるの」
「じゃあ、その人形も」
「うん。いつだったか、呪われてるからってこの沼に棄てられたんだ。どうしようもないから、取り敢えず保管しといたの。みなもちゃんが邪気を祓ってくれて助かったよ」
 しずくの隣にちょこんと座る日本人形は、今は動きも喋りもしない。
「しずくさんが、ご自分で邪気を祓おうとは思わなかったんですか」
「思わないよ。だって、面倒だし」
 その言葉が本当かどうか判らないが、みなもは一応納得した。これ以上追及しても、何も出て来ないだろう。
 それよりも、ずっと気になっていた事がある。
「しずくさん」
「ん、なに?」
「この間、ケーキを買ってましたよね。あの時、お金はどうしたんですか?」
「ああ、あれはね」
 しずくは笑った。
「ひ・み・つ」


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生】

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■         ライター通信          ■
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海原・みなも様

こんばんは。毎度ご発注ありがとうございます!
龍神様が秘密主義でごめんなさい。
楽しんで頂けましたら幸いです。不備等あれば仰って下さい。
では、またお逢い出来ます事を祈りつつ。

やまかわくみ、拝