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「明日に繋げし夢紡ぎ」
「さぁさぁ、皆さんご注目! 紳士淑女も老いも若きも、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。夢を売る店、夢屋だよ!」
人の行き交う公園の中、『夢屋』とか書かれた手作りの看板が置かれ、地べたに敷かれたブルーシートの上で少年が声をあげる。
手品というより曲芸に近い、派手な演出。大げさで愛嬌のある演技。
真帆は足を止め、じっとそれを見つめた。
やがて舞台が終わり、人々が小銭を投げ入れ、散り散りに去っていく頃。
「こんにちは。ずっと観てくれてましたよね」
少年は人なつっこい笑みを浮かべ、声をかけてくる。
「あ、こんにちは。えぇっと、用事ってわけじゃないんですけど……さっきの、あれ。……幻術、ですよね?」
背中にまで届くココア色の髪。夕焼け色の瞳をした少女の言葉に、少年は驚いた表情を見せる。
真帆は警戒するような様子を見て取り、口で説明するよりは、と先ほどの手品を真似て見せる。
それが普通の手品でないことは、少年自身がよくわかっているはずだ。
「――君は?」
「樋口 真帆です。えぇと、一応『夢見の魔女』をやってますので、商売敵っていうことになるのかもしれませんけど……」
「えぇ、いきなりライバル宣言っ!?」
少年はわざとらしく、間の抜けた大声をあげる。
「ち、違います。私、できたら夢を見せるお手伝いがしたいと思って……」
「……手伝い、ですか?」
「はい。勿論、売り上げは全てお渡しいたします。私は、人に夢を与えるたいだけですので」
にっこりと微笑む真帆に、少年もにこっと笑顔を返す。
「そうなんですか。あ、申し遅れましたが、僕は藤凪 一流。『夢屋』と名乗る大道芸人。本職は幻術使いの夢先案内でございます」
少年、一流は帽子を脱ぎ、丁寧にお辞儀をしてみせる。
「……真帆さんは、他にどんなことがお得意なんですか?」
「えっとですね……使い魔の……このコたちなんですけど」
真帆は言って、ぽん、と黒うさぎと白うさぎのぬいぐるみ(のようなもの)を出す。
「『ここあ』と『すふれ』を使った人形劇や、あとは花吹雪やシャボン玉みたいなものを出したり……」
「へぇ。女のコらしくて可愛いですね。子供が喜びそうだなぁ」
一流自身も嬉しそうに破顔する。
「あ、あと手作りのお菓子を配ったりもできます」
「手作りお菓子ですか? ……すごいなぁ。僕もそれ、もらっていいんですか?」
物欲しそうな一流に、真帆はいいですよ、と笑顔を返す。
「やったぁ。楽しみにしてます。じゃあえっと……日曜の朝、またこの公園に来てもらえますか? 放課後だとあまり時間がないんで。どうせ二人でやるなら、思いきりやりたいですもんね」
「はい、わかりました」
「――ではまた。何かわからないことや、打ち合わせしたいことがあれば夢の中で呼んでください。こちらからお伺いします」
言葉を交わし合い、二人は別れた。
その夜……真帆はふと、夢の中で一流を呼んでみる。
手品のことでわからないことがあったわけではない。ただ少しだけ、彼に聞いてみたいことがあったから。
うっすらと墨を刷いたような夜空に月や星の形をしたものが浮いていて。腰をかける真帆の両脇に、ここあとすふれが座っている。
「こんばんは」
やってきた一流に、真帆は挨拶する。
彼女の乗っている三日月が移動し、彼の近くまでやってきた。
「こんばんは、真帆さん。素敵なところですね」
「ありがとうございます。……あのぅ、お呼びしたのは実は、個人的なことなんですけど……」
「はい?」
「私、夢魔の血を引いた魔女なんです。夢をつくりだしたり、夢を見せるのはすごく好きだし、使命でもあるんですけど。……あなたは、違いますよね?」
「――そうですね。うちは全くもって普通の家系です。……別に由緒ある家柄だとか、先祖に徳の高い人がいたとかは聞いたことないなぁ」
「……自分の持つ力について、どう思います?」
頭をかきながら苦笑する一流に、真帆は静かに尋ね返す。
一流は一瞬驚いたような顔をして、それからふっと微笑んだ。
「沢山の可能性をつくりだす、おもしろい力だと思います。何の因果かはわからない。だけど……僕にとっては必要な力だった。おかげで、コイツとも出会えたしね」
一流は言って、ぽん、と不思議な動物をその場に呼び寄せる。
熊のような姿、虎の手足に牛の尾、犀の瞳と猪の牙。
斑点模様のその動物は、中国の幻獣……悪夢を喰らうという、獏だった。
「このコは幻呼(げんこ)。人なつっこい女のコです。たまーに舞台にも参加するけど、基本的には悪夢を祓うときだけかな。夢をつくりだすのは一人でもできるけど、悪夢を祓うにはコイツの力が必要なので」
一流が中型犬ほどの大きさの幻呼を抱えると、獏は嬉しそうに尻尾を振ってすりよった。
「――幻術は、悪用すれば人の心の闇をえぐることもできる。……扱いには慎重になりますよね」
「いえ、別にあなたを疑ってるわけじゃあ……」
慌てて首を振る真帆に、一流は笑顔をにっこりと微笑み。
「わかってます。でなきゃ協力してくれるなんて言ってくれませんよね。……人に夢を見せたい。夢を与えたい。その目的が一緒なら……きっと素敵な舞台がつくりだせると思います」
真帆は、一流の言葉に無言のままうなずいて見せた。
そして当日、日曜の朝。
「うーん、いい天気だ。しかも隣に女のコがいるとなると、気分も弾むなぁ」
青空の下、うーんと大きく伸びをする一流。
そして大きく息を吸い込んで。
「さぁさぁ、皆さんご注目! 疲れた人にもそうでもない人にも、夢を見せます、与えます。毎度おなじみ、『夢屋』だよ! なんと今回、とっても愛らしい『夢見の魔女』様をゲストに迎え。共に描くは、夢幻の極致。どなた様も、お見逃しなきよう。……いざ、開幕!」
一流の言葉を合図に、真帆はふわりと、いくつもシャボン玉を空に広げる。
風に揺られながらも割れることなく。なんと、うさぎのぬいぐるみ――ここあとすふれの入った大きなシャボン玉も、一緒になって浮いているのだった。。
子どもは勿論、大人たちも歓声をあげる。
パチン。
瞬間、全てのシャボン玉が割れ、ここあとすふれが落ちそうになる……かと思いきや、一流の飛ばした鳥たちが見事にキャッチし、その背に羽が生えたかのような形で空を飛ぶ。
ここあとすふれはお互いの顔を見合わせ、笑みを浮かべ……今度は彼らの演じる人形劇が始まった。
糸も手も使わず、自由に動くぬいぐるみの姿に、更なる歓声と拍手があがる。
一流はその背景となる映像をつくり出す。
が、時折わざと変な映像を入れてみたり、彼らにつまずいてみたりなどして、二人(二匹?)に怒られ、笑いを誘う。
更には獏の幻呼も乱入し、愛嬌たっぷりに尻尾を振り、前足を掲げて立ち上がると、長い鼻で真帆の作ったお菓子を子どもたちに差し出す。
その後、ぶわっと桜の花吹雪が舞い踊り……するとその花に引き寄せられるように、一流の手の平から何匹もの青い蝶が飛び立っていった。
舞い踊る薄桃色の花びらと、青く羽ばたく蝶々たち。
幻想的な光景に人々が目を奪われる中。
ざぁっと一流が黒いマントをはためかせると、それらは一瞬にして……何一つ痕跡を残すことなく、姿を消すのだった。
そしてブルーシートの舞台の上に真帆、ここあとすふれ、幻呼、一流が並び、恭しく一礼をする。
拍手に包まれ、歓声の中。帽子を脱いで挨拶をする一流の元に、沢山のお金が投げ入れられていく。
「――じゃあ、私はこれで。今日は楽しかったです」
ブルーシートを折りたたみ、看板を手にする一流に、真帆は笑顔で頭を下げる。
「いえ、こちらこそ。いつもとは違ったことができて楽しかったです。……売り上げはいらないとおっしゃってましたけど、いつもより明らかに多いですし、僕一人で受け取るわけにはいきません」
「そんな、本当にいいんです。私は……」
「『夢を売り物にして』稼いだお金には抵抗があります?」
笑顔で尋ね返され、真帆はハッとしたように一流を見た。
「――いいえ。別にそれが悪いことだとは思いません。だけど、私にとって夢は……」
「無償で与えるもの、なんですよね。喜んでもらうため、笑顔になってもらうため。……それは、僕も同じですよ。最初はお金なんてもらっちゃいけないと思ってた。だけど……こうして、投げ入れられるお金っていうのは、お客さんの気持ちなんです。『おもしろかった』とか、『頑張れよ』とか。そういう気持ちのつまったものなんです」
「――気持ち……ですか?」
「はい。例えば、お母さんが一人暮らしの子供に仕送りをするような……そういうのと、同じなんじゃないかな。だから僕は、素直に受け取ることにしています。ただし、それを使うのは舞台のための衣装や道具だったり、もしくは他の人のためだけって決めているんですけどね」
真帆は、『夢を売る』という行為にだけは賛同できなかった。
それでも彼が人に夢を与えているのは事実だから、それに協力したいと思った。
――だけど、お金をもらうことでさえ。彼が、14歳の少年が悩んだ末に出した結論だったのだ。
単純な小遣い稼ぎのためではない。相手の気持ちを考えた上での結論。あまりに真剣な、大人びた意見。
「他の人のためというと……例えばどんなことですか?」
「えぇと……うちはね、数年前に父親が亡くなって以来、専業主婦だった母がパートで稼ぎながら僕を養ってきたんですよ。僕は、その支えになりたかった。だけど、稼いだお金を学費や生活費に当ててください、なんて言うと『子供がそんなこと気にしないの!』って怒られて。――だから、誕生日や母の日や、イベントごとに使うくらいですかね。だけど母さんには僕が楽しむことが大事みたいで。僕が自分の舞台衣装や道具を買うのにお金を使う方が喜ぶんですけどね……」
一流は少し照れたような苦笑を浮かべながら、静かに語る。
母親からの愛情が、母親への愛情が、表情からも口調からも滲み出ていた。
「……お母さんに夢を見せるため、なんですね」
真帆はそういって、にっこりと微笑んだ。
遊びたい盛りである少年であるにも関わらず、集まったそのお金を自分のためではなく、まずは母のために使おうとする。
次に、人を楽しませるための資金にしようとする。
使命も何も持たない普通の人間である一流が、これほどまでに強い幻術を持つのは、そのひたむきさゆえかもしれない。
「――そんなわけで、こんなにいっぱいお金が集まっても困っちゃいます。僕の夢を叶えると思って、お食事に誘われちゃってください」
「一流くんの、夢……?」
帽子の中から溢れそうなお金を差し出す一流に、首を傾げる真帆。
「えーと、実は人生で一度くらい、年上のお姉サマとデートしてみたいな〜、なんて」
愛嬌たっぷりの笑みを浮かべられ、真帆は思わず吹き出してしまう。
「あはは……そんな、人生に一度って。まだまだいくらでもチャンスあるじゃないですか」
14歳の少年のいうセリフじゃない、とばかりに声をあげて笑うと。
一流は嬉しそうな笑顔を浮かべる。
無邪気に人を褒め称えるかと思えば、わざと失敗をしてみたり、ときには憎まれ口をたたく。
その全てが、演技かどうかはわからない。
だけど、どんな表情を見せるときでも彼は……この少年は、周囲の笑顔を望んでいるのだろうと真帆は思った。
打算ではなく、心からの願いなのだと。
「じゃあ、可愛くて優しくてお菓子作りの得意な、って項目追加します。えーと、あと人形劇も上手で〜……」
「ま、待って待って〜! だからですね、私はね……」
「僕、真帆さんとデートしてみたいなぁ」
無邪気な笑顔で告げられ、真帆は驚きの表情を浮かべ、それは困惑へと変わる。
しばらく、考え込むように悩んだ末。
「う〜ん。もう、わかりましたよ。一緒に行けばいいんですね?」
「わぁい、やったぁ」
仕方なく答える真帆に、一流は嬉しそうに両手をあげた。
「……また、やりたいですね。今日みたいに」
静かにつぶやく真帆の言葉に、前を駆けていた一流は足を止め、振り返って笑顔を浮かべた。
「真帆さんがそう思ってくれるなら、やれますよ。いつだって、何度だって。だって僕らは夢を……願いを形にするのが仕事なんですから」
明るい笑顔のまま、しかし茶化すことなく真剣に答える言葉。
真帆もそれに、微笑みを浮かべてうなずいた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号:6458 / PC名:樋口・真帆 / 性別:女性 / 年齢:17歳 / 職業:高校生、見習い魔女】
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■ ライター通信 ■
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樋口 真帆様
はじめまして、ライターの青谷 圭です。ゲームノベルへの参加、どうもありがとうございます。
今回は舞台に協力してくださるということで、共に夢を紡いでいただきました。
真帆様は夢を『売る』という行為は好まれないようですので、物語上でもそこに焦点を当ててみました。
売り上げを受け取ってはくれないようなので、一流少年の夢を叶えるため(?)に、食事をおごられることになりましたが、問題なかったでしょうか。
ご意見、ご感想などございましたらお気軽にお申し出ください。
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