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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


恋死なん…

「……『葉隠』っていうと『武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり』って方が有名なんだけどね」
 騒々しいアトラス編集部のデスクで、編集長の碇 麗花(いかり・れいか)はそんな事を言いながら呟いた。麗香の前にはフリーライターの松田 麗虎(まつだ・れいこ)が神妙な顔で立っている。
「俺は、報道は死ぬことと見つけたりなんて思ってませんから」
 半月ほど前に起こった、政治家の焼死事件。最初それは事故だと思われていたが、調べていくうちに不思議なことが分かっていった。
 それは突然、体の中から火が出るように燃え尽きていったらしい……と。
「人体発火現象っすか」
 その話を聞きながら麗虎は露骨に嫌そうな顔をする。そして麗香は一枚の写真を出した。
「松田君、ここ見て頂戴」
 遺体が移っている写真の側に、何かが書かれたような跡がある。それを読むと『葉隠』の一文になっていた。
『恋死なん 後の煙にそれと知れ ついにもらさぬ胸の思いを』
 それを見て麗虎が眉間に皺を寄せた。
「変っすね……この意味って『自分が死んでも秘めた想いは伝えないが、せめて遺体を焼く煙でそれを知って欲しい』って歌だから、この政治家が書くはずない……」
 興味を示した麗虎を見て、麗香がふっと笑う。
「この発火現象、政治家以外にも何人か起きてるの。それが自然現象なのか、それとも何らかの力が働いてるのか調べて頂戴。そこで話聞いてる皆も……ね?」


「また鳥……」
 近くの椅子に座り。麗香の話を聞いていたシュライン・エマは、黙ってそんな事を考えていた。
 最近『鳥』が繋がる事柄が多い。以前麗香に頼まれて『見ると正気を失うDVD』の事件を追ったときにも、「チドリ」という名の少女がそれに関わっていた事を知っている。その時一緒にプロデューサー側を追った、デュナス・ベルファーも多分同じことを思っているだろう。
「鳥、ねぇ……」
 小さく呟いたのは陸玖 翠(りく・みどり)だ。
 シュライン達がプロデューサー側を調べていた間、翠達はDVD本体の方を調べていた。その時に「綾嵯峨野(あやさがの)研究所」や鳥の名を持つ少女が関わっていたことも知っている。
「この汚職事件がらみで口封じに殺されたり、責任押し付けられて、詰め腹切らされた人間とかいんのかな?」
 キャスターつきの椅子にまたがり、氷室 浩介(ひむろ・こうすけ)が麗虎を見上げた。浩介は一度麗虎の取材を手伝ったことがあるので、そのツテでアトラスに顔を出している。「何でも屋」の浩介は、非合法以外の仕事なら、何でも受ける事にしている。
 すると麗虎は、うんざりしたように天を仰いだ。
「それはこれから調べないとな……口封じなのか、それとも別の理由があるかなんて、犯人じゃないから分からないし、あんまり知りたくねぇ」
 それを聞き、菊坂 静(きっさか・しずか)と榊船 亜真知(さかきぶね・あまち)が顔を見合わせた。アトラス編集部には、何かと色々な人間が来る。静はたまにこうして、アルバイトがてら来ることがあるし、亜真知はお遣いの帰りに桜餅を持って久々にやって来たら、たまたまこの話を聞いてしまったのだ。
 静は少し眉を顰めながら、ゆっくりと自分の考えを言う。
「この歌と事件の初見の感想ですが、この歌を書いた人は誰かに何かを伝えたい、けど普通の方法じゃ伝えれないからこんな方法を使った……そんな感じがします」
「そうですわね。きっと汚職事件の子細にも関わるのだと思いますわ」
 ふぅ……。
 麗香が困ったように溜息をつく。
「ひとまず誰が何を調べるか、決めた方が良いかもしれないわね」
 その時だった。
 麗虎の持っていた資料を受け取ったデュナスが、それを見ながら顔を上げる。本当はこういう物騒な事件はなるべく遠慮したいのだが、麗香の視線を見るとこの場から逃れられないだろう。それに、妙に気にかかることがあった。
「人体発火なんて物騒ですね。それに不可解なメッセージまで。これって『この人を焼く煙で私の思いを知ってください』という解釈も出来そうですよね。それにこのメッセージ、元の歌とは少し違うようですよ」
「どういう事かしら?」
 シュラインが手帳を出すと、回りにいた全員がデュナスに注目した。それにたじろぎながらも、デュナスは皆に説明をする。
「葉隠は大学にいた頃レポートにしたことがあるんですが……」
 元の歌とは違う部分。
 それは「ついにもらさぬ『中』の思いを」が「ついにもらさぬ『胸』の思いを」に変わっている事だ。何故犯人はそうしたのか……それを気にしていると、翠が少し笑う。
「デュナス殿は日本人より日本人らしいですねぇ」
「……フランス人です」

「物騒な話だな……」
 事件現場の写真を見ながら矢鏡 慶一郎(やきょう・けいいちろう)は、防衛省のオフィスで煙草の煙と共に溜息をついた。
 防衛庁情報本部(DHI)情報官。慶一郎は表向き総務部にいることになっているが、実際は心霊テロ等の情報収集をする特殊部隊に所属している。今回の事件も「政治家の焼死事件」「人体発火」「葉隠」と、不可解なキーワードから、心霊テロ、もしくは怪奇現象が関わっているのではないかと、独自に調査を始めたのだ。
 政治家関連についての話なら、自分の情報からいくらでも調べることが出来るが、それにも限界がある。
「ここは情報交換と行きますか。ジンメル曰く『至上の処世術は、妥協することなく適応することである』……餅は餅屋ですな」


 編集部では騒がしくて打ち合わせがしにくいだろうということで、麗香は皆に会議室を貸してくれた。席には亜真知が持ってきた桜餅と、温かいお茶が置かれている。
 そして全員が集まったところで、麗香は一人の男性を紹介した。
「政治関係に詳しい矢鏡 慶一郎さんよ。政治関係はコネとか伝手が重要だから、詳しい人を呼んだの。彼と一緒にお願いね」
「どこにでもいるフリーのルポライターですが、よろしくお願いします」
 頭を下げる慶一郎に、皆も同じように礼をする。
 麗香は原稿のチェックなどで忙しいと言うことで、皆を残して去っていった。
「どっから調べたらいいっすかね」
 桜餅を食べながら話す浩介に、麗虎は事件の概要をコピーしたメモを全員に渡す。

 この汚職事件は、大手ゼネコンである水島(みずしま)建設から、政治家が多額の賄賂を受け取っていた事から始まった。
 一番最初に死んだのは、それを告発しようとした雑誌記者の奥井(おくい)だった。彼は前々から水島建設の汚職事件を追っていて、スクープした雑誌の発売前日に出版社の階段で焼死したという。
 そこから人体発火による死亡者が続いていった。
 贈賄側である、水島建設副社長の水島 祐二(みずしま・ゆうじ)
 収賄側である、元国土交通大臣、宮田 和夫(みやた・かずお)。宮田の秘書であった原口(はらぐち)、そして元神奈川県知事の今川 康夫(いまがわ・やすお)……。

「……今のところ死亡者はこれだけですが、他にも水島建設から賄賂を受け取っていたと思われる人物はいると思われます」
「死亡者達共通の秘密を持ち、洩らそうとした際に起こったって解釈も出来そうね」
 慶一郎の説明に、メモを取りながらシュラインが考える。そこに亜真知がスッと手を上げた。
「状況から考えて汚職事件の関係者の洗い直しをしますわ。わたくしはネットでの調べ物は得意ですから」
 ネットで、とは言っているが、亜真知の調べ物は電脳世界に直接繋がる力を使う方法だ。ネット上に情報があれば、そこからいくらでもたぐり寄せられる。
「じゃあ、汚職事件関連から調べる人手上げて。いくらかに別れて調べた方が良いだろうから」
 麗虎が仕切ると、慶一郎と亜真知、そして翠が手を上げた。
「私は汚職事件というよりは、次の対象になりそうな人物を調べましょう。これ以上被害者が出るのは嫌でしょう」
 正直、翠は別に次の対象を護る事よりも、どの鳥が出てくるかの方に興味があった。長く生きてきた自分の勘が、この事件は「鳥」と関わりがあると告げるのだ。
「じゃあ私は『葉隠』について情報を集めます。これでも日本文学専攻でしたので、結構詳しいんです」
 デュナスが微笑みながら立ち上がる。
 さっきも言ったように、葉隠は大学にいた頃レポートにしたことがある。内容は武士道や主君に使える心構え、そして衆道などの話であったが、それはそれで文化として興味深くはあった。
 その葉隠の一文を何故残すのか。デュナスはそれが気にかかる。
「高校生が入手できる情報は限られてますけど、僕だけしか出来ない事もあります……死者との会話が出来ますから」
 ゆっくりと言ったのは静だった。
 これぐらいなら霊感少年だと思われるだろう。あと、この事件で亡くなった人の成仏を手助けしたい。焼死なんて一番苦しい死に方だし、怖かったし、苦しかっただろう。相手は悪いことをしたのかも知れないが、だからといって殺していいという道理はない。
「ただ、問題はどうやってそこまで行くかなんですけど」
「その辺りは俺と浩介が着いてくよ。出版社なら顔が利くし、議事堂の中じゃなきゃ近くまで行けるだろう……浩介、いいか?」
「了解っす。自分に類が及ばないよう口封じか、それともいきすぎた正義感の持ち主が天誅下してんのか……利害なのか、怨恨なのか分かんねぇけど、調べようぜ」
 コネがなければ足を使うしかない。もし誰かが弔い合戦や、歪んだ正義を振りかざしたりしているのなら、それは止めなければならないだろう。殺したって何の解決にもならないのだから。
「ねえ、私は別で聞きに行きたいところがあるんだけれど、その代わりに麗虎ちゃんにお願いしたいことがあるの」
 鳥の名。それに繋がる事件……シュラインは独自に行きたい場所があった。変に気を使うよりは、直球で行った方が良いだろう。もしかしたら何か繋がりがあるかも知れない。
 シュラインがそう言うと、隅っこで煙草を吸おうとしていた麗虎が振り返る。
「心霊関係以外なら、結構調べられると思うけど」
「……鳥の囀りについて調べて欲しいの。鳥の声がした方向とか、人影や鳥影がなかったかとか。聞き込みは浩介君にもお願いしたいんだけど、いい?」
 人体発火が起きる前に聞こえたという鳥の囀り。以前シュラインが会った「チドリ」も鳥の鳴き真似をしていた。それが妙に気にかかるのだ。
 すると、おずおずと静が顔を上げる。
「鳥の鳴き声ですか?えっと……事件が起きたのは日中でしたか?」
「いえ、特に時間に関しては決まったものはないようですねぇ。菊坂殿は何か気になることでも?」
 何故時間を気にするのか。翠の質問に、静が不安げな表情をする。
「いえ、夜間なら夜に鳴く鳥……ナイチンゲールでしたっけ?その鳥が鳴いたのではと思ったんです」
 違う。
 そう言いたいのを、慶一郎はぐっと堪えた。この少年が言っているのは、ただのサヨナキドリのことかも知れない。組織である「Nightingale」とは関係ないはずだ。それに、本物の「Nightingale」が政治家を消す気なら、もっと上手く人に知られないようにやる。
「静様、それに関しては調べれば分かることですわ。何の鳥が鳴いたのかを調べて、これ以上犠牲者を出さないようにいたしましょう」


「さて、次は誰が狙われるでしょうねぇ……」
 つまらなそうに事件の概要が書かれた紙を見ながら、翠はふぅと溜息をつく。
 この事件にはかなりの大物政治家達が関わっているようだが、発火事件によって死亡したのは証拠を残したり、証人喚問を控えていた者達のようだった。
「そんなに話されたくないことが後ろにあるのか」
 パラパラ……とめくったのは、最初に死亡した奥井がスクープした、週刊ニッポンだ。そこには賄賂を手渡した人物……殺された者達の名前が書かれている。その中に、一人だけまだ生きている者がいる。
「次はおそらくこの人なのでしょうね。元環境大臣、牧 忠夫(まき・ただお)」
 護る方法は考えてある。
 全ての事象において絶対不可侵な結界を、ターゲットの回りに設置することだ。ただし結界は地面設置型で、半径二メートルの陣から外に出られると意味がない。素直に言うことを聞いてくれればいいが、勝手に外に出たら……。
「その時は炎の鉄槌が下るだけですか、鳥の囀りと共に」

 水島建設は、建設業界の談合組織を告発しないよう、元国土交通大臣の宮田などに頼んでいたらしい。
 ネットの海に潜った亜真知は、次々と汚職事件の一望を探っていった。
「口封じのようですわね」
 亜真知は最初、汚職事件の関係者による復讐と考えていたのだが、どうもそうではないらしい。殺された水島は証人喚問を控えていただけではなく、かなり肝の小さな男だったとデータに残されている。
「きっと証人喚問に出れば、裏に控えている政治家達の名前も出したのでしょうね」
 おそらく最初に記者が殺されたのは、これ以上裏にいる者を見つけられないようにするためだ。そして記事になってしまった者達を亡き者にすることで、事件の全容をうやむやにしてしまう……。
「これは放っておけませんわ」
 犯人が見つかったとしても、事件の全容は解明されないかも知れない。ならばそのデータを見える場所へ移し、真相の暴露をしなければ。
 亜真知は膨大なネットの海から沈んだ宝物を探し出すように、大事なものだけをそっと手のひらにたぐり寄せた。

「鳥の囀る声……」
 慶一郎は防衛省に戻り、文書に残されている中から国の機密文書を漁っていた。最近はネットから機密が漏れたりするので、その辺りに関しては厳しく、慶一郎の権限でも見られない場所も多い。
 この事件には、綾嵯峨野研究所が噛んでいるのではないだろうか。
 以前見ると正気を失うDVDを作り、無差別テロを起こそうとしていた組織に手を貸していた研究所。明治時代からあり、一時その存在は消えたはずなのに、過去の亡霊として甦った名前。
「藪をつついて蛇を出すじゃないが、藪から出るのはどんな鳥かな……っと、どうやら根は深いかも知れませんな」
 自分は公務員だ。いわば国が雇い主である。
 だが、時に別の組織…「Nightingale」と手を組み、国の暗部を探ったりもする。
 この国は平和に見えるが、そのぶん闇も深い。戦前いったい何を研究していたのか、そしてそれによって何を成そうとしていたのか。その謎を晴らさない限り、国を守ることは出来ないと慶一郎は思っている。
「水島建設が関与していた公的事業……」
 その分厚いファイルを慶一郎はめくり続ける。

 静と浩介、そして麗虎は、最初に奥井が死んだという池田出版の階段に来ていた。
「たまに記事売り込んだりするから、その時のコネでな。静はここで死者から聞き込みして、浩介は編集部に行ってくれ」
「はい」
「了解っす。麗虎さんはどうするんすか?」
「俺は静が聞いたことメモしてるよ。現場の写真も取りたいし」
 その近くで静はそっと呼び掛ける。
「奥井さん……僕に真実を教えて下さい」
 ゆら……。階段の途中に膝をつき崩れ落ちる姿が見える。一気に焼き尽くされたのか、体が硬直する間もなかったらしい。天井には煤がついているが、壁などが延焼した感じはない。
『あ……う……』
「大丈夫です、僕が正しい場所に行けるよう導きます」
『あんたは誰だ?』
「教えて下さい。貴方は誰に殺されたんですか?」
 黒い塊が、だんだんと人の姿を取り始める。そして呆然としたように静を見た。
「貴方は鳥の鳴き声を聞きましたか?」
『あの日は……』

 スクープを上げて、ゲラを見に行く途中だった。
 エレベーターが故障してて、階段を上った……その時に、見慣れない女とすれ違った。新しいバイトだと思ったんだ。赤いショートカットで、目も赤い細い子で。
 すれ違ったとき、キョロキョロって鳥の声が聞こえた。
 そうしたら……体に火がついていたんだ。内側から一気に。後は、覚えてない……。

「ありがとうございます。ちゃんと貴方は成仏できますから……あとは、僕たちが無念を晴らします」
『そうしてくれ……水島建設の贈賄事件を……』
 ふっ、と姿がかき消えた。きちんと成仏したことを確かめ、顔を上げると、麗虎はメモを片手に考え込んでいる。
「どうしました、麗虎さん」
「いや、嫌な予感がするんだ。前に取材をしたとき、『カッコウ』って名前の奴に酷い目に遭わされたんだけど、そういえば鳥繋がりだなと思って」
 鳥繋がり。
 何か自分は忘れているような気がする。身近にある鳥の名前を……。

「誰か目撃してた人がいたら、教えて欲しいんすけど」
 忙しそうに記者達が動き回っている編集部で、浩介は目撃者などから話を聞いていた。
 人体発火が起きたとき、赤い髪の女がいたこと。鳥の囀りが聞こえたこと。そして火がついたときには、既に手が付けられない状態だったということ。
「壁とかは直したんすか?」
 浩介がそう聞くと、記者は黙って首を横に振った。
「いや。天井に煤はついたけど、他の所には延焼しなかったんだ。壁に貼ってあったポスターも焦げちゃいない」
 ガソリンなどによる放火ではないだろう。ガソリンは気化しやすく、その気体に火がついて自分も火傷を負うぐらいだ。何らかの不思議な力が関わっているのか……そんな事を頭の隅に置きながら、浩介は顔を上げる。 
「あ、水島建設の汚職事件って、奥井さんしか追ってなかったんすか?」
「ああ。最初は目を付けてたのもいたんだけど、圧力がかかってね。奥井さんだけは『自分には遺す家族もいないし、悪を見逃せない』って、ずっと追ってたんだ。正義感も強くて……」
 その正義感故に殺されたのか。
 これは弔い合戦などではない。口封じだ。
「このまま放っておいたら、また死人が出る……」

「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
「こんにちは、ナっちゃん王子さん」
 シュラインが別に聞きに行きたかった場所は、蒼月亭だった。店内にはマスターのナイトホークの姿しか見えない。するとそれに気付いたように、レモンの香りがする水を出しながら笑った。
「今日は俺一人なんだ。何にする?」
「ねえ、ナっちゃん王子さんに聞きたいことがあるの。『葉隠』『発火』『鳥』で、何か心当たりないかしら」
 ビクッ、とナイトホークの手が止まる。
「人体発火で人が殺されてて、こんなメッセージが残されてるの……『恋死なん 後の煙にそれと知れ ついにもらさぬ胸の思いを』」
 静かに吐き出したシュラインの言葉に、沈黙が重なった。ナイトホークは新しい煙草に火を付け、長い溜息をつく。
「心当たりあるって言ったら、どうする?」
「教えてちょうだい。ナっちゃん王子さんには迷惑掛けないから」
 やはりここに繋がっていたか。
 本当なら聞かない方が良いことなのかも知れないし、忘れたいことなのかも知れない。
 鳥繋がりの事件。鳥の名前。ナイトホークは煙草を吸いながら、ゆっくりと話をし始める……。

 今でもそうなのかは知らないけど、俺が知ってる奴の中に「ツグミ」って名前で、発火能力がある奴がいた。赤い髪の女。
 人のことは言えないけどツグミは情緒不安定で、子供っぽい所があった……力のせいじゃないかって聞いてたけど、俺には分からない。俺も昔は酷かったから。

「……葉隠は?」
 静かにコーヒーが落とされ、辺りに香ばしい香りが漂った。細くお湯をネルに落としながら、ナイトホークは呟く。
「昔読んだことがある。その歌も知ってるけど、ちょっと俺が覚えてるのと違うな」
 「中の思い」と「胸の思い」
 そこに何か隠されているのか。そう思いながら黙り込んでいると、唐突に鳥が鳴くような声がした。
「………!」
 キョッキョッ……という囀り。シュラインが顔を上げると、それはナイトホークの口から出ている。
「どうでもいい秘密なんだけど、鳥の名前がついてる奴らは、その鳥の鳴き声が出せる。仲間同士識別できるようにって……代替わりしてる奴は分からないけど、一種の隠し芸かな」
 鳥の囀り。差し出されるカップを受け取り、シュラインは目を伏せた。

「『中』と『胸』の違い……」
 汚職事件のことなどを調べつつ、片手にあんパンを持ちデュナスは葉隠の歌について考えていた。
 『自分が死んでも秘めた想いは伝えないが、せめて遺体を焼く煙でそれを知って欲しい』
 『この人を焼く煙で私の思いを知って欲しい』
 人を焼き殺して、何故そんな文を残さなければならないのか。秘めた想い、誰かに伝えるメッセージ。
「狼煙だとしたら嫌すぎですね」
 被害者は全て汚職事件に関わりがあった者だ。だが、それはたまたまで、本当は何か伝えたい事があるのではないのだろうか。中ではなく、胸に秘めてる何かを。
 『恋死なん 後の煙にそれと知れ ついにもらさぬ胸の思いを』
「まさかとは思いますが、鳥たちへのメッセージだとしたら」
 自分がここにいることを。
 人を焼く煙で、自分の想いを。
「………」
 背筋に冷たいものが走る。そこまでして伝えたい想いは、きっと重く苦しい。


 全員が集めてきた情報を元に、次のターゲットが元環境大臣の牧だろうと、皆は予測した。
「どうやって守ったらいいっすかね。言ったところで信じてもらえっか……」
 腕を組みつつ考える浩介に、慶一郎が松葉杖を突きながら目を細める。
「コネがありますから何とかしましょう。ただし、私はしがないルポライターなので、どうやって守るかが問題ですが」
 本当は銃なども使えるのだが、ここで身分を明かしたくはない。それに下手に正体を言って警戒されても困る。
「それは私が何とかしましょう。ただし、範囲がありますので、そこから出られると厄介なのですが」
 ふぅ、と翠が溜息をついた。
 自分が同じように殺されるかも知れないと知っても、牧という男は平静を保っていられるだろうか。わざわざ追いかけてまで結界を張るのは面倒だ。すると亜真知がすっと礼をして頬笑んだ。
「わたくしも水気での相殺を試みますわ。完全に相殺できずとも弱める事は可能でしょうし」
 防御の方はこれで何とかなるだろう。デュナスは手帳を出し、自分が考えていたことを話す。
「あの歌は、多分知っている者達だけが読み取れるメッセージなんだと思います。例えば……鳥の名とか。私の予想に過ぎませんが」
「いえ、デュナスさんの考えで多分合っているわ。『ツグミ』……こんな声が聞こえるはずよ」
 キョロキョロ……という囀り。シュラインはツグミの鳴き声を真似てみせた。それを聞き、静も小さく頷く。
「発火事件が起きたとき、赤い髪をショートカットにして、目も赤い女の人がいたそうです。皆さんも気をつけて下さい。麗虎さんはどうします?」
「俺は亜真知が調べてくれた事件をまとめとくよ。おおっぴらに動いてたら焼かれそうだけど、相手の裏をかいてすっぱ抜くなら今のうちだから」

 ……あと一人。
 あいつは悪い奴だ、だから焼いてもいいって。
 敵だ。敵だから殺していい。誰も怒らない……よくやったって褒めてくれる。
 でも、人を焼くのは気分が悪い。髪や肉が燃える匂い、それは全部自分がやったこと。
 ああ、頭が痛い。気持ち悪い。
「恋死なん 後の煙にそれと知れ ついにもらさぬ胸の思いを……」
 こんな気持ち、誰にも言えない。だけど残したい。
 本当はこんな力なんて、いらない……。

 牧の自宅の前に、黒塗りの車が止まった。
 玄関から初老の男が出てきて、ゆっくりと車へと向かっていく。
「………」
 薄暗い中、キョロキョロと何処かで鳥が囀る声がした。その瞬間……。
「何?」
 上がるはずの炎が出ない。いつもなら心臓の辺りから一気に燃え上がる白い炎が、いくら頑張っても出る気配がない。そこに翠の声が響いた。
「かかりましたね」
「貴女の力は打ち消しましたわ」
 翠と亜真知の能力が、発火能力を完全に打ち消した。慶一郎はおろおろとしている牧に向かい、小さな声でこう告げる。
「死にたくなければ家に戻って下さい」
 牧の弱みに関しては慶一郎もよく知っている。逮捕は免れないだろうが、死ぬよりいいだろう。命の恩人としての貸しも作れる。
 デュナスと浩介が、ツグミの側へと躍り出る。
「貴女が人体発火事件の犯人ですね?」
「別に罪を咎めようって訳じゃねぇ、俺達は真実が知りたいんだ」
 抵抗されるかと思っていたが、ツグミはその場に突っ立ったままだった。目を見開き、今の状況が分からないというように視線を宙に躍らせる。
「何……こんなに人がいるなんて聞いてない、こんなにたくさん燃やせない……」
 どうやらツグミの能力は、人一人を燃やすのが精一杯らしい。そんなツグミに静が問いかける。
「鳥って、ナイチンゲールとは関係ないんですよね?」
「そんなの知らない……それ、鳥の名前なの?」
「ツグミさん、貴女は『チドリ』を知っているかしら」
 それはシュラインが出合ったことのある鳥の名前だった。それを聞き、ツグミが体を強ばらせる。
「なんで?なんで、チドリのことを知ってるの?どうして私の名前も。私、悪い奴を燃やせって言われただけなのに、なんでこんなに人がいるの?」
 ずいぶん狼狽してるようだ。これは早めに聞きたいことを聞いておくべきだろう。翠は皆の前に出てはっきりこう言った。
「お聞きしたいのですが、貴女は研究所を知っているのですか?もしくは絡んでいるのですか?」
「研究……所……」
 そう呟いたツグミが、いきなり悲鳴を上げた。
「いやああぁぁぁーっ!」

 知られた。気付かれた。
 もうダメ。私はいらない子だ。
 悪い奴も焼けなかった。いらない子は、消えるしかない。
「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり……」
 でも、消えたらもう、誰も燃やさなくて済む……。

 それは一瞬の出来事だった。
 自分の肩を抱いたツグミの体から、真白い炎が上がる。
「なっ……」
 近くにいたはずのデュナスや浩介は、一瞬その眩しさに目を背けたが熱さは全く感じない。
「水気で相殺できませんわ」
「駄目だ、自分で酸素を出して燃えているんだ」
 亜真知が水の力を使うように、ツグミは火の力を最大限に出したのだろう。花火の中には水の中に入れても、水から酸素を作り出して燃焼するものがある。慶一郎は奥歯を噛みしめた。
 炎の中でツグミの体が崩れ落ちる。その時、静とシュラインの耳にはっきりと言葉が聞こえた。
「ヨ……タカ……」
 忘れていた身近な鳥の名前。
 そして地面に残される歌……。

 恋死なん 後の煙にそれと知れ ついにもらさぬ胸の思いを

「……やはり二世代目には色々と問題があるようですね」
 闇の中から声がした。その聞き覚えのある声に、シュラインは顔を上げる。
「前に、お会いした人ね。貴方が黒幕なの?」
「どうして、どうしてツグミさんが死ななければならないんです?」
 シュラインと静の言葉に、クックッと笑い声が響いた。デュナスと浩介が目配せをし、その声がした方へ走り込む。
「二度も会えば偶然じゃありません!」
「よく分からねぇけど、お前が一番悪いってのは確かだ」
 だが、そこには人の気配すらない。二人を嘲笑うかのように、別の場所から声がした。
「ここにはいないようですねぇ。ずいぶん根回しがいい」
 翠の声が少し低くなる。
 そこに愉快そうに声が響き渡る。
「ツグミはそろそろ限界でしたからね。まあ、牧は殺し損ねましたが、取りあえずの口封じは出来ましたし、これで良しとしておきましょうか」
「綾嵯峨野研究所……」
 口の中で慶一郎が呟く。防衛省の機密として名を聞いてはいたが、本当に存在していたとは。
「一つお聞きしますわ。葉隠をお教えになったのは貴方でしょうか?」
「いえ。葉隠を読んでいたのは、たった一人しかいませんよ。貴方達もよく知っている鳥だけが……またお会いしましょう」
 それきり声は闇に溶け、地面に残された歌だけがくっきりと跡を残していた。


 最新号の月刊アトラスは、人体発火事件と水島建設の汚職事件との繋がりがトップ記事になっていた。奥井が出した記事から社会問題になり、今回のアトラスでそれが表向きになった。ニュースでは毎日のようにこの事件を扱うほど、表沙汰になっている。きっと真相も暴かれるに違いない。
 だが、麗香の判断で「綾嵯峨野研究所」に関しては、調査を続けるということで記事には載せなかった。
「まさか、戦前の研究所が関わってるなんてね……皆、降りるなら今のうちよ。『武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり』じゃないけど、私や松田君はともかく、他の皆は死ぬことはないんだから」
 それを聞き、麗虎は複雑な表情をしていたが、取材から降りる気はないようだ。
「乗りかかった船ですから、私は最後までお付き合いするつもりですよ」
 面倒そうに言いながらも、翠が笑った。後味が悪いのは確かだが、それも相手の手の内だ。それに鳥に関しては調べる気でいたので、都合が良い。
「僕は……人を道具みたいに使ったあの人が許せません」
「そうですね。人の命を軽く扱うのは良くないことです」
 あの後、静はツグミが成仏できるよう手を貸した。彼女は何も言わなかったが、残したあの歌があればいいのだろう。デュナスもこれで偶然と言えないほど、鳥の名と関わってしまった。このままにしておくのは気が済まない。
「俺は難しいことはよく分からねぇけど、ここで逃げちゃダメな気がするぜ」
 他の皆は何か色々知っているようだが、浩介にはいったい何が起こっているのか分からない。ただ人を殺させたり、秘密を守るために殺したりというのが、間違っているということだけはよく分かっている。しかも、安全なところでゲームのコマを眺めているなど、もってのほかだ。
「わたくしに出来る事でしたら、いつでもお手伝い致しますわ」
 亜真知は優雅に頬笑みながら頷いた。あれがツグミ自身の幕引きだというのであれば、止める権利はない。しかし相手は、情報を使ったテロを起こそうとしたりする組織だ。次は容赦する気はない。
「ここで鎖を断ち切らなきゃね……」
 過去から繋がる鎖、それに縛られている者。
 シュラインの呟きに、その場にいた全員が小さく頷いた。

「本格的に関わらざるを得なくなりましたな」
 防衛省の事務室で、書類を作成しながら慶一郎は溜息をついていた。汚職事件は大きなニュースになり、証人喚問などで揺れているが、これはほんの始まりに過ぎない。
「結局、口封じのために殺させていたと言うことか……」
 死人に口なし。この汚職事件も、何人かが見せしめになる程度で終わってしまうだろう。
 謎はまだ多く、そして深い。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
6725/氷室・浩介/男性/20歳/何でも屋
6118/陸玖・翠/女性/23歳/面倒くさがり屋の陰陽師
5566/菊坂・静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」

6739/矢鏡・慶一郎/男性/38歳/防衛庁情報本部(DHI)情報官 一等陸尉
6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵
1593/榊船・亜真知/女性/999歳/超高位次元知的生命体・・・神さま!?

◆ライター通信◆
久々の異界以外の集合ご参加ありがとうございます、水月小織です。
人体発火現象と、葉隠の謎と言うことで皆様には色々調べていただいたり、地味に謎を覗いたりしていただきました。一つ謎が解けると、次の謎が…という感じですが「鳥シリーズ」は、ゆっくり進めていきたいと思います。
大勢のご参加でしたので、全てのプレイングを反映できず申し訳ありません。
新たに出てきた謎と、解けた謎について色々考察していただければ幸いです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
参加して下さった皆様に、精一杯の感謝を。