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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


ボイス・トレーニング

 都会でありながら辺鄙な場所に聳え立つ、あやかし荘。
 妖怪変化達に大人気スポットとしても知られる、妖怪が普通に同居するアパート。
 そこの管理人、因幡・恵美は今日も今日とてアパートを綺麗にすべく、箒片手に正門に出た。

「え? あれ? 歌姫さん、どうなさったんですか?」
 長い黒髪と艶やかな着物姿。疲れた時には癒しの曲を頼まれてもないのに歌ってくれる、心優しいあやかし荘のシンガーだ(※注意:妖怪)
「‥‥〜♪」
「え? 何ですか?」
 聞き慣れないリズムだっただけに、恵美は身を乗り出して耳を澄ませた。

「ど下手な歌にぃ〜‥‥影響されぇ〜♪ 歌が歌えぇなぁああいぃ〜〜〜♪♪」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 ──かなり、音が外れていた。


●講師、深沢・美香
 まだあまり、把握していない東京の街。
「こんなところが、あったんですね‥‥」
 風に揺られてざわざわと不気味な音を立てる木々の間に、これまた不気味さを醸し出す木造の建物が建っていた。
 かつて見たホラー映画が頭を過ぎり、今日初めてあやかし荘を訪れた深沢・美香は、ごくりと息を呑む。
「い、いきます‥‥っ」
 丘に登ってくる前はカラリと晴れていた筈の空が、今にも泣き出しそうなのはどうしてだろう。
 駅前の交番で聞いてしまった『えっ、行くの!?』という不吉な台詞に後押しどころか背中に乗っかられながら、美香はついに足を踏み入れた。

「‥‥〜♪」
「ありがとうございます、歌姫さん」
 管理人だという因幡・恵美に案内された歌姫の部屋で、座布団を勧められた美香は丁寧に頭を下げた。
 やっぱり歌が下手なのがショックなのか、短く、ごく微かにしか聞こえない。緑の瞳は悲しそうだった。
「大丈夫ですよ、きっとまた音感を取り戻せます」
「‥‥ありぃぃがとぅおぉお〜♪‥‥」
 ──形容し難い。
 声が綺麗なだけに悲惨である。一体どんな歌声に引きずられれば歌姫がこうも音感を破壊されるのか。
「どなたの歌声を聞いて、こうなってしまったのですか?」
 美香の気遣う優しい瞳に、そっと茶を差し出した歌姫は涙を零した。
「本館中ニ階ぃ〜〜趣味で歌う迷惑なぁお人ォ〜いつかは追ウォい出すううぅ〜〜〜♪」
「‥‥‥‥」
 途中からかなり本音と殺気が混じったが、歌姫から歌を奪えばそれは女から髪を奪うが如し、大罪と変わりないのだろう。
 穏やかな気性で最近泣いてばかりの歌姫は何かを悟ったらしい。その瞳に躊躇いはなかった。
「‥‥ではとりあえず、その方の歌声を」
「!!」
 立ち上がろうとした美香は歌姫に縋りつかれた。行っちゃ駄目、その瞳が物語る。
「声を練習にぃ〜来てくれたのは貴女だけぇえ〜お願い行っちゃ行っちゃダメェエエエ〜〜〜♪♪」
「わ、分かりました」
 どうやら唯一来てくれたボイス・トレーナーまで音感を狂わされれば困るという事らしい。美香は最もだ、と腰を下ろした。
「ええと、その、先にこちらの知り合いの‥‥三下さんにお会いしたいのですが」
 せめてどんな人物でどんな音感の人から影響を受けたのかは、聞いておきたい。

●ホーンテッドハウス・あやかし荘
「中二階の住人さんですかぁ?」
 あやかし荘に住む住人の一人、三下・忠雄を訪ねた美香はこっくりと頷く。
「そう言えば歌をよく歌ってますが‥‥歌姫さんが歌下手になったのは、彼にひきずられたからでしたか、なるほどぉ〜」
 うんうん頷く彼はそのまま『碇編集長に話したらネタになるって喜ぶかなぁ、この前の失敗も帳消しかなぁ?』などと皮算用を始めたが、美香は責めるキャラではない。
 ──お仕事、大変なんですね‥‥。
 休日の昼だというのにぐちゃぐちゃのスーツ姿で『おはようございます』などと挨拶されて、同情した。微妙に歪んだ眼鏡はかけたまま寝ていたのかもしれない。
「そうですねぇ〜‥‥普通の中年のオジサンなんですけどね、確かにちょっと歌は下手かなぁ」
 森のクマさん歌ってたら、般若心経かと思ったお婆さんが数珠持って頭下げに来たって言ってた事もありました。
「‥‥それは」
 リズムが違うのでは、と思ったが、三下は特に疑問に思わないらしい。
「あの、それから、歌姫さんのボイス・トレーニングでピアノをお借りしたいのですが」
 実は家でずっとピアノを習っていた美香は、それなりにコンクールなども渡り歩いてたりする。
 発声練習をする時には必ずピアノを使っていたし、あれば便利かと思って一応聞いてみた次第である。
「ピアノ? ──ああ! ありますあります‥‥えぇえええっ!? 使うんですかあっ!?」
 アレを!? 本気で!?
 驚愕に歪む顔が警察官の顔とダブる。

「東京には色々なところがあるんですね‥‥」
 三下に教えてもらった美香は、歌姫と共に住人不在の一室に居た。旧館だというその一室は、本館に比べてかなり古い。
 カタカタカタカタ‥‥。
 風で揺れる窓ガラスが、軋む床が、嫌でもホーンテッドハウスを連想させた。僕は絶対行きません、と突如痙攣し始めた三下が脳裏に過ぎる。
「で、では始めましょう、歌姫さんっ。まずはドレミファソラシドをピアノに合わせて歌って下さい」
 ポーン‥‥。
 調律もしていなかった筈のピアノは、多少の埃は被っていたものの音に狂いはなかった。
「どぅおぉおおおお〜れぇぃえぃえぃえみぃふぁああああ〜〜〜〜♪」
 ──ゆっくり、練習していけばいい。

「‥‥そう、その調子です歌姫さん。恐れず、お腹から声を出してみて下さい。次は軽くリズムをつけて」
「どぉーれぇーみぃーふぁあーそーおらしーどぉー♪」
「もう少し、ドは短く切って歌ってみましょう。ファの発音はかなりよくなってますよ。‥‥そう、上手ですよ歌姫さん」
 ポン、ポン、ポーン‥‥♪
 ゆっくり腹から声を出す練習から、次第にリズムをつけ、歌姫が楽しくなるように導く。
 ──ところどころ演歌のように拳がきいてしまうのは、中二階の方の影響でしょうか。
 気がつけば妙なアクセントで歌ってしまっている歌姫の発声を注意しながら、美香もかつて自分が指示されたように、手本として発声する。
「ドーレーミーファーソーラーシードー♪ はい、どうぞ」
「どーれーみーふぁーそーらーしーどー♪」
 完璧ではないが、少しずつ軌道修正されているようだ。
 カタカタと音を立てる窓も、きしきし音を立てる椅子も床も、今はそう気にならない。要は自然で古い建物が軋んでいるだけなのだから。
「どーれーみー♪」
「はい、OKですよ歌姫さん。それじゃあ一度、軽く歌ってみましょうか?」
「はぁいぃいい〜♪」
「歌姫さんが影響を受けたという森のクマさんでいってみますか? 多分もう大丈夫だと思いますよ」
「‥‥頑張ぁってぇ〜歌ってみまぁすううう〜♪」
 丁寧な物腰の二人が、微笑み合う。リズムをつけて歌っているうちに、何故か心が浮き立つ。だから二人は歌うのだから。
「さん、はいっ」

「あるー日♪」
「あるぅうーひぃ♪」
「森のー中♪」
「もりのぉーなぁーかっ♪」
「クマさーんに♪」
「クマさぁあんに♪」
「出会った♪」 
「であああった♪」
『出会った♪』

「「‥‥‥‥」」
 なんか、声が増えた。

●あやかし荘と歌うさぎ
「‥‥ふぅ、随分綺麗に歌えるようになりましたね」
 鍵盤に置き続けていた指を離し、ホッとした歌姫と微笑み合う。お互いあまり激昂しない性分な為か、相性も合うようだ。
「あ〜りがとう〜♪ あなたのおかげ〜なの〜♪」
「そんな。歌姫さんがもう一度音感を取り戻すって一生懸命だったからですよ」
 トレーニングを終え、あやかし荘どころか東京の様々な場所の話を楽しんで。美香は日が暮れかかった頃に、『椿の間』から辞去したのだった。
「さよ〜なら〜美香さあん♪」
 丘の上で美香の姿が見えなくなるまで手を振ってくれる歌姫に、手を振り返して。美香はまた来たいな、と思う。
 歌姫さんと合唱してみるのも楽しかくて。またお誘いしてみましょうか? と自然と足取りも軽くなる。
「あれ、今お帰りですか?」
「あ、三下さん。お帰りなさい」
 美香以外に滅多にかけてくれない優しい言葉に、三下の目が潤む。
「ううううううっ、ありがとうございますぅっ」
「いえ、あの‥‥あ、ピアノの事、どうもありがとうございました」
 本館に置いてあったピアノを使う為、管理人に許可を取ってくれたのは三下だったのだ。
「いえいえ〜、歌姫さん達を避ける人も結構いますからね。仲良くしてくれて、住人の皆さんも喜んでいると思いますよ」
「え、歌姫さんを‥‥?」
 あんな、良い人なのに?
 目を丸くする美香に、何故か三下まで目を見開く。
「あれっ? 知らなかったんですか? うちのアパート、住人の半数は妖怪なんですよ」
 旧館なんか人間は入れないほどで〜、と朗らかに語る三下を見て。

 ──え、あの。じゃあ何で旧館のピアノをすすめて下さったんですか‥‥?

 何故か聞こえてきた第三者の歌声とか。途中バンバン叩かれたドアとか。
 子供が大勢走り回る足音とか。気付けばカルテットになっていたのも、全ては。

 ──気のせいなんかじゃ、なかったんですね‥‥?

 悪気は一切なさそうな三下の笑顔を前に。ちょっぴり影を背負った美香は呟いた。

 あやかし荘、恐るべし。
 


 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 6855 / 深沢・美香 / 女 / 20 / ソープ嬢

 NPC / 歌姫 / 女 / 72 / 妖しの者・歌姫

 NPC /  三下・忠雄 / 男 23 / 白王社・月刊アトラス編集部編集員


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■         ライター通信          ■
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深沢・美香さま、ご依頼ありがとうございました!
今回は初めてあやかし荘の歌姫が出てきました。如何でしたでしょうか?

美香さんはピアノで鍛えられた音感がありますので、歌を愛する歌姫は美香さんに好感を持っているようです。
今まで一緒に歌を歌ってくれる人もいなかったので、今後もあやかし荘を訪ねて下さると嬉しいです。
‥‥ええと。確かに、三下が嫌がる怪奇現象も多々あるアパートなのですが(汗)

これからもあやかし荘にて、歌姫と共にお待ちしておりますm(__)m

今後もOMCにて頑張って参りますので、ご縁がありましたら、またぜひよろしくお願いします。
ご依頼ありがとうございました。

OMCライター・べるがーより