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<東京怪談・PCゲームノベル>


   「闇に散る華」

 ――何なんだ、コイツらは。
俺は買い付けたばかりの魔術書を抱える腕に力を込める。
目の前にいるのは、真っ赤なチャイナドレスを着て大きな水晶を抱えた黒髪の少女。そして、黒の上下に白衣姿、青銀色の髪と金色の瞳をした長身の男だ。
 「守護師の司鬼」と「言霊師のミコト」というらしいが、それがどういう存在なのかはよくわからない。
 とりあえず深夜の路上で出会うには、あまりにも奇妙な組み合わせだった。
 しかも少女、ミコトは言った。“闇の匂いがする”と。
『どうした。こちらはきちんと名乗っているのだぞ。だいの大人が、礼儀に欠けるのではないか?』
 ミコトは人形のように整った、無機質な表情で尋ねてくる。
 年齢差も勿論だが、背が高くがっしりした屈強な男を相手に、よくもここまで尊大な態度がとれるもんだ。呆れながらも、ある意味で尊敬する。
「……俺は、書目 志信。神田で『書目』って古書店をやってる。――つっても、店自体と親父と息子にまかせっきりで、俺は買い付け専門だがな」
 反論するのを諦め、身の上を明かす。この2人を信用したわけじゃない。だが、ミコトの言うとおり、相手が名乗っているのにこっちが名乗らないわけにもいかない。
「そうか。……先ほども言ったが、俺たちは守護師と言霊師といって、妖魔退治を請け負う掃除屋だ。お前に危害を加える気はないが、その本から妙な気配がするので案じている」
 恐ろしく美しい顔立ちをした青銀髪の男が、低く艶のある声で語る。
 俺はそれに対し、薄く笑った。
「――俺はな、自分でいうのもなんだが、危険察知には自信がある。確かに、この本はどこかヤバイ気がしたぜ。だがな……お前らの方が、よっぽどヤバイ。違うか?」
 ハッタリではなく、事実だ。
 いわくつきの古書を探し回るせいか、そういうもんには敏感になっている。
「特に司鬼。お前、本当に掃除屋か? 殺し屋の間違いじゃないのか?」
 訝しげに聞き返すと、司鬼の表情が変わる。しかしその瞬間、ミコトが彼の前に立ちはだかった。身長差からして、俺は下を向く形になる。
『失敬なことを言うな! 司鬼は私の守護師だ!』
 ……子供に反論されると、実にやりにくい。瞳を潤ませる子供をいじめるような趣味はない。
「――志信、お前の判断は正しい。俺は……人食いの鬼だからな」
 自分の前に立つ少女の頭をそっと撫で、司鬼は穏やかに、しかしハッキリとそう告げた。
「人食いだとっ!?」
 俺はその言葉に、ぎょっとして声をあげる。
「大丈夫だ、今は薬で抑えている。いきなり襲いかかったりはしないから安心してくれ」
 ――安心してくれと言われて、安心できるか。
 ただでさえ胡散臭い連中だと思っていたが、今まさに、「怪しい」から「危険」に分類されたぞ。
「で、その本のことなんだが……。俺は悪魔についてはともかく、人の使う魔術書には詳しくない。どういったものなのか説明してくれないか?」
「――この魔術書は、“ゲーティア”といって、“ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)”と呼ばれているものの断章だ。魔術書の中ではかなり有名なもので、アレイスター・クロウリーやマクレガー・メイザーズの翻訳で知られている。……現存してる魔術書は普通、写本や翻訳ばかりで中世の原書は残っていないし作者も不明だ。だが、これは……この『ゲーティア』は、間違いなく当時のオリジナルなんだ」
 つぶやきと共に、抱えていた書物を改めて眺める。
 光沢のある黒革の装丁。表紙には、デザインはおろかタイトルさえ書かれていない。古びた合金製の錠がかかっており、この場で中身を確認することはできない。
 ――いや、家に帰ったところでそれは無理だろう。何故なら、鍵は存在していないのだ。
真の所有者が手にしたとき自ずと開かれるというが、真偽は定かではない。
「……内容は?」
「ソロモンが従えた悪魔のことや、召喚の仕方についてだな。写本なら読んだことがあるが、オリジナルには他の本では削除されてしまった内容も載っているらしい」
 正直言って、かなりレアな代物だ。自分の仕事に満足している。
 魔術書の……それも“ゲーティア”のオリジナルなんて、そう簡単にお目にかかれるものじゃない。存在自体が謎、むしろ存在しないとされているようなものを、よく発見し、この手にできたものだと感動する。
「――少し、貸してくれるか」
 手を伸ばされ、俺はさっと書物を抱え込む。
「……言っておくが、俺はまだお前らを信用したわけじゃないんだ。俺の職業が疑問なら教えてやる。この本のことが知りたいなら答えてやる。……だが、渡すわけにはいかない」
「調べてみるだけだ。すぐに返す」
「そんな保証がどこにある?」
『……司鬼。今は何を言おうと無駄だ。確かに妙な気配はあるが、今すぐどうというわけではいようだし、少し様子を見てもよいのではないか? 何より、魔術書に関してはこちらがあまりにも無知すぎる。情報を得た上で、態勢を整える時間が欲しい』
 柳眉を寄せる司鬼に対し、ミコトが淡々と語る。
「――それもそうだな。……だが、何か異常を感じればすぐに本を手放してくれ。こちらでも付近に滞在して妙な動きがないか警戒しておくが、何かあったとき必ず間に合うとは限らないからな」
 俺はじゃあな、とだけ答えて背を向ける。
 ――手放すだと、冗談じゃないぜ。
 こっちだって修羅場には慣れてんだ。初対面の、それもこの分野に疎いヤツに説教される覚えはねぇ。
 魔術書をしっかと抱え、そんなことを考えながら帰路に着いた。
 

 結局その日の夜も、次の日の夕方を過ぎても、アイツらのいうような危険はなかった。月が冴える中、俺は手に入れた本を片手にふらふらと散歩に出る。
 ――しかし、この鍵はなんとかならねぇのか。本を売るときにはそのままの方が価値はあるだろうが、俺自身も読んでみたいし、何より……俺には書物にしおりを挟むことで劣化を防ぐ能力があるんだ。これほど立派な古書を前に、それを使えないのはつらい。
 そう思って、錠に触れる。
 瞬間、カッと眩い光が発せられ、手の平に熱を感じた。
 ただ触れただけなのに、その錠はいとも簡単に開き、地面にぽとりと落ちる。
 ――危険だ、と思った。昨日、司鬼たちと会ったときもずっと。これはヤバイと、身体中が警告を発しているのがわかる。
 だが同時に、抗いがたいほどの誘惑に駆られる。今の時代、誰も目にしたことがないといわれるオリジナルの魔術書……誰の手も加わっていない、版行すらされていない、この世にただ一つの書物。
 読みたい。中を確認してみたい。どうせ、鍵は取れてしまったんだ。書店に置いて誰かの手に渡る前に、一度くらいは……。
「やめておけ」
 不意に、静かな……それでいて厳しい声があがった。
 顔をあげると、司鬼が立ったままこちらを見下ろしていた。
 ……マジで監視してやがったのか。そう思うと実に不快だった。俺は本を抱え込み、睨みつけてやる。
「俺たちは魔術書については詳しくないんで、専門家を連れてきた。その本を見せてやってくれないか?」
 司鬼が指したのは、漆黒の長い髪に赤い瞳をした、やけにヒラヒラした黒いドレスの少女だ。
「……専門家、だと?」
「黒榊 魅月姫です。こんばんは。――あなたが、“ゲーティア”オリジナル版の所有者ですか?」
 尋ねられた瞬間、ぞわりと背筋を寒気が走る。
 ――同じだ。コイツも……。
「お前……人間じゃない、のか?」
「はい。……真祖の吸血鬼であり、『深淵の魔女』とも呼ばれています。数千年ヨーロッパを渡り歩いた身ですから、中世の魔術のことなら多少は詳しいかと」
 多少は、というがその口調は自信たっぷり、といった感じだった。
 ――また、妙なのが出てきたな。
「いい加減にしてくれ。お前らには関係ないだろう。この本のことは、俺が自分で何とかするから……」
 言いながら、本にしおりを挟んでおこうと開いたとき。
 たいした風もないのにパラパラとページがめくられ、読む気はなくとも頭の中にその内容が入り込んでくる。
 解読しづらい字体だが、どうやらヘブライ文字のようだった。
 気がつけば俺は、その内容を口に出して唱えていた。
「――いけません!」
 魅月姫とやらが止めに入ったときには、すでに遅かった。
 本の中から現れ出たのは、一人の男。一見人間のようだが、闇の存在……それもかなり高位のものだということはすぐにわかった。
 “ゲーティア“に登場する、72の悪魔とは違う。きっとこれは……。
「ソロモン……?」
 思わず、つぶやいた。
 知的な面立ちに黒い瞳、蓄えられた顎髭、緋色のマントをまとった威厳のある姿。
 似たようなものは沢山あるかもしれないが、真っ先に頭に浮かんだのは聖書物語に出てくるソロモン王の絵姿だった。
「――これは、悪霊なのか? それとも悪魔なのか?」
 俺は、呆然とそれを見据えたまま、誰にともなくつぶやいた。
 どちらにしても、あまりいい状況ではなさそうだ。
「……わかりません」
 小さく、独り言のように魅月姫がつぶやく。
 ――ソロモンは、72の悪魔の従えた大魔術師だ。
 しかし“ソロモンの小さな鍵”は後世に書かれたものであり、作者は勿論ソロモン自身ではない。
 だが……こうしてソロモンを呼び出すことができるということは、作者はソロモン以上の大魔術師なのかもしれない……。
『我を呼び出したのは、汝か』
 ソロモンは冷たく、こちらに目を向ける。
 ――ヤバイ。思わず冷や汗を浮かべてしまう。
 悪魔は、好奇心や私怨などで呼び出されることを嫌うものだ。
 この状況で“魔術なんて使う気はなかった”という言い訳が通用するのだろうか。
『何が望みだ』
 尋ねる声に、怒りが混じるのがわかる。
 それでも答えられずにいると、ソロモンはざっと、取り出した杖をこちらに向ける。
 バンッと稲妻が閃く。――だが、痛くはなかった。
 目の前には……司鬼が、俺をかばうように立っている。
「何してんだ、お前!」
 力をまともに受けたのか、その腕は火傷を負っている。
 かばわれなければ、俺が受けるはずだったものだ。古武術ならば得意なのだが、こうした魔術戦で、しかも歴史に名を残す大魔術師を相手に勝算などない。
「かすり傷だ。鬼の身体は回復が早いんでな」
 司鬼は軽く笑い、何を思ったのか……白衣の内側から短剣を取り出すなり、自分の腕を切りつけた。
 回復の早さを実演してみせるつもりかと思ったが、違った。
 司鬼は自分の血を使って、ミコトの周囲に円を描く。おそらく結界か何かだろう。
「――“地の玉、鎮めの力”」
 司鬼の言葉を合図に、ミコトの手にしていた水晶が光を放ち、彼女は呪文を唱え始める。テレパシーではなく、声に出して。
 それは、どこかで聞いたような……それでいて初めて耳にするような言葉の羅列。いくつもの言葉が重なり、連なり……言葉の渦が音楽のように美しく鳴り響く。
「ぼさっとするな、来るぞ!」
 ミコトを凝視していた俺に、司鬼の声が飛ぶ。
 本の中から馬、猫に蛙、鴉に大蛇、蠅などの動物から、蛇の尾を持つ狼であったり獅子の顔をした人間であったり、ラクダや馬、獅子や雄牛にまたがった騎士や老人、女性に子供と、多様な姿のものたちが現れる。
「――悪魔たち……か?」
 半信半疑につぶやくと、それらはいっせいに襲いかかってくる。
 悪魔たちをなぎ払うのは、杖を鎌の形に変えて闘う『深淵の魔女』だという、魅月姫だった。
「ここまで助太刀までするとは言っていないのですけどね」
 ため息と共につぶやき、呪文を唱え始める。 
 その間にも、手を休めず続々と悪魔をなぎ払ってゆく。高校生ほどの少女が大鎌をたやすく扱う姿は異様ながらも美しく見えた。
 だが俺も、護られているばかりというわけにはいかない。
 早速、――老人や女子供は気が引けたので――騎士の姿をしたものにつかみかかると、勢いよく投げ飛ばす。
 ……どうやら物理攻撃も効くようだ。
「やるな、志信。悪魔を投げ飛ばした人間は初めて見た」
 司鬼が笑って声をあげ、俺はまぁな、と言葉を返す。
 しかし、何せ敵は72の悪魔とそれを従える魔術師だ。魅月姫や司鬼はソロモンを相手にしているが、中々一筋縄ではいかないようだ。特に司鬼は、防御もせず武器も持たない状態で立ち向かうので見ているこっちがヒヤヒヤするくらいだった。
 俺もはたから見ればそうなのだろうが。
「――いつまでやってりゃいいんだ」
 何度投げ飛ばそうと、なぎ払おうと、しつこく復活してくる悪魔たちに嫌気がさし、悪態づく。
「……もうすぐだ」
 司鬼が低くつぶやき、ミコトに目をやる。
 この戦場の中、そこだけが隔離されており、流れる空気が違う。
「――“闇の名を借り、我は唱えん。この地に集いし魔のものたちよ。怒りを静め、この場を立ち去れ”」
 言霊を唱え終わると、ソロモンは抱え上げていた杖を降ろした。悪魔たちもふ、ふ、と一体ずつ姿を消していく。
「何だ……?」
「地の玉は浄化、鎮魂の力だ。その中でも光は肉体、闇は精神を司る。……この場合、これだけの悪魔たちを祓うというのは難しいし、呼び出しておいてあまりに理不尽だからな。ともかく怒りを鎮めてもらった」
 答える司鬼は、血まみれの状態だった。肉を切らせて骨をたつ、とばかりに攻め込むからだ。傷自体はすでに治りかけだが、あまり余裕のある闘いぶりとは思えない。傷一つない魅月姫とはずいぶん対照的だ。
『……馬鹿者! 何度言ったらわかるのだ、司鬼。魔力の源である角がないのだから、無茶はするな! そのために私は協力を要請したのだぞ!』
 ミコトが、最初と同じくテレパシーで怒鳴りたてる。
「阿呆、守護師の俺が言霊師を護らなくてどうする。――この身一つあれば闘える。そうだろう?」
 司鬼は微笑みを浮かべ、俺に同意を求める。
「あぁ」
 俺もそう思ったので、うなずいた。だがミコトの魅月姫は呆れたような顔をする。――女にはわからないものなのだろうか。
「……ともかく、助かったぜ。ありがとうな、司鬼にミコト……それから、魅月姫もだ。危険には慣れているつもりが、さすがに今回はヤバかった」
『時に志信。その本はどうするつもりなのだ?』
「――俺としては、せっかく買い付けにいったんだから売りに出したいところだな。もう一度錠を付け直して封印をして……。売る相手さえ選べば、今回ほどの危険はないと思うからな」
 俺は言いながら、とりあえず本の間にスッとしおりをはさんでおく。
 これで劣化は防げる。それは俺にとって、重要な作業だった。
「売りに出すのですか?」
 俺の言葉に、魅月姫が口を挟む。
「それなら、是非買わせていただきたいですね」
 止められるのかと思いきや、名乗りをあげられ拍子抜けする。
「ソロモンの秘術を学ぶ必要はないですが、ソロモンを召喚できる中世当時のオリジナルの完本である、ということに関しては非常に興味があります」
 ……そう、そこなんだ。どういった魔術が記載されているかじゃない、この本の価値っていうのはもっと別のところにあるんだ。
 司鬼やミコトと同じく、あまりにも不審で気を許せなかった少女に対し、若干の親近感が沸く。
「――そうだな。やる、というわけにはいかないが、客として店に来るっていうなら、別に構わないぜ。必要とするヤツの手に渡すのが目的で買い付けているんだからな。お前はちゃんと価値もわかっているようだし」
「本当ですか? ありがとうございます」
 魅月姫はクールな表情を崩さないようでいて、少しだけ笑みを浮かべたようだった。
 司鬼とミコトは、満足したのだろうか、無言のまま背を向け、ゆっくりと歩き去っていくのだった。


 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:7019 / PC名:書目・志信 / 性別:男性 / 年齢:45歳 / 職業:古書買付け】

【整理番号:4682 / PC名:黒榊・魅月姫 / 性別:女性 / 年齢:999歳 / 職業:吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】

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■         ライター通信          ■
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 書目 志信様

はじめまして、ライターの青谷 圭です。ゲームノベルへの参加、どうもありがとうございます。

今回は魔術書の買い付けをされたということで、PCの魅月姫様と共に描かせていただきました。別々の視点で描かれておりますので、もしよろしければそちらも覗いてみてください。
志信様につきましては、ともかく本に対する愛情を前面に押し出したつもりです。
本を渡せ、というのは拒絶されるとあったのですが、買うのならば問題ないだろうと思い、その流れで書かせていただきました。大丈夫でしたでしょうか。

ご意見、ご感想などございましたら遠慮なくお申し出下さい。