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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


One day's memory




投稿者:no name
件名:思い出をください
本文:自分の記憶は一日しか持ちません。
   どんなに楽しいことがあっても
   どんなに悲しいことがあっても
   次の日には忘れてしまうのです。

   一日だけでいいのです。
   一日だけ、自分に付き合ってくれませんか。
   長年付き合った友人ですら忘れてしまう自分は、誰かと親しくした記憶がありません。
   誰かと、語り合ったり触れ合ったり…そういうことをしてみたいのです。

   出会い系サイトのような書き込み、失礼しました。』


 ひっそりと掲示板に書き込まれたその文章。
 それに目を留めた吉良原・吉奈は静かに笑みを漏らした。
 メールのアイコンをクリックして、呼びかけに応える旨のメールを投稿者に送る。
 そして思った以上に早く返ってきたメール――それに記された住所に目を細めた。
 その住所は、色々と『特殊な』事情を持つ者が収容される施設の住所だったのだから。

◆ ◇ ◆

 都合をつけ、向かった施設。
 メールに記されていた名前を告げ、彼に会いに来たのだと告げる。
 物々しいボディチェックの後、施設とは不釣合いに豪華な面会室に通された。
 面会相手が来るまでは少々時間がかかるとのことで、部屋の細部を眺めながら思考に耽ることにする。
 つらつらとこの施設にまつわる話を思い返す。そして書き込みをした人物のことも。
 ――書き込みを見た瞬間、自らの勘が告げた。
 あれは、あの書き込みは……。
「待たせてしまって申し訳ない」
 より深く思考に沈もうとした矢先、自分が入ってきたのとは反対側にあるドアが開き、声がかかった。
 俯けていた顔を上げ、声の主――自分をここへ招いた人物――を見る。
「…!」
 吉奈の鼓動が高鳴った。
「これは随分と美しいお嬢さんだ。君のような人を待たせてしまうとは…」
 言いながら近づいてくるのは、壮年の男性だった。
 瞳には知性の光が宿り、顔には穏やかな笑みを浮かべている。
 つまるところその男性は――吉奈の好みだったのだ。
「吉良原吉奈さん、だったかね?」
「はい」
「知っているだろうが、私は仮崎総一郎という。今日一日よろしく頼むよ、お嬢さん」
「こちらこそよろしくお願いします、仮崎博士」
 吉奈の呼びかけに、仮崎は軽く目を見開いた。
「おや、私のことを知っていたのかね?」
「ええ。貴方は色々と……有名ですから」
 吉奈が含んだ意味に気付いているのかいないのか、仮崎は照れくさそうに苦笑する。
「そうか。…博士などと呼ばれるのは久しぶりでね。少々照れくさい」
 そう言って茶目っ気たっぷりに笑う。それにつられて吉奈も笑顔を零した。

  ◆

「恥ずかしながら少々散らかっているが、ここが私の住んでいるところだ。本だけはたくさんあるから、興味を惹かれたのなら手にとっても構わないよ」
 面会室を出て、案内されたのは――一般に『独房』と呼ばれる場所だった。
 彼の生活する場所たるそこは、何冊もの本に溢れていた。
「……すごい蔵書の数ですね」
「他にやることもないからと集めていたら、気付いたときにはこんな有様になっていてね。最近は置き場所に困っているんだ」
 言葉を聞きつつ視線を巡らせてみる。
 ざっと眺めただけでも、様々な書物があるようだ。和書はもちろん、洋書や海外の研究誌などもある。
 『独房』であるはずのそこの意外な姿に驚きつつ、手近な書物に手を伸ばしパラパラとめくる。
「…何故、一日しか記憶がもたない、などという嘘を?」
 ぽつりと問いかける。
 あの書き込み――彼が『一日しか記憶がもたない』というのは嘘だった。
 吉奈はそもそも勘付いていたし、彼自身も隠す様子はなかった。吉奈が気付いていることに気づいていた故だろう。
「日がな一日ここに居ると、人恋しくなることがあってね。ああいう書き込みをして見知らぬ『友人』を招くのだよ。世の中には『物好き』な方が結構いらっしゃるようだから、話し相手には事欠かない――嘘であることを知っても付き合ってくれる人も居る。…お嬢さんのように」
 そう言って悪びれなく笑う仮崎に、吉奈は思わず苦笑したのだった。

  ◆

 次いで案内されたのは、独房に付属しているらしい植物園だった。
「ここの手入れが日課なのだが――お嬢さんは植物は嫌いかね?」
「いいえ。……よろしければ手入れを手伝わせてもらっても?」
 問いかけに首を振り、逆に問う。
 仮崎はその申し出に少しばかり驚いたようだが、快く承諾した。


 汚れても構わないように、と作業用の手袋などを貸してもらい、説明を受けながら手入れを手伝う。
 蔵書に負けず劣らず、植物も様々なものが混在していた。
 観賞用の薔薇など比較的よく見るようなものから、色々な種を交配した結果と思われる見たことのない花々、果ては加工によっては毒となるようなものまで。
 こちらもまた、気付けばこのようになっていたと言う。
 限度と言うものを忘れてしまうのでね、と仮崎は笑った。


 どれほど作業しただろうか。
 スズランの手入れをしていた吉奈は、ふと口を開いた。
「自分の犯した罪について、反省していますか?」
 それは一度聞きたかったこと。
 多くの人を殺した彼が、罪悪感と言うのを感じているのかと。
 しかし、彼は。
「反省? 何をだね?」
 そう不思議そうに、言った。
 吉奈は悟る。
 彼にとっては彼の犯した罪は罪として認識されていないのだと。
 それはとても狂気染みた思考。 
 だがそれ故に彼は彼であるのだろうと――吉奈は思った。
 その後は他愛ないことを話しつつ作業をし、日没のころに彼に別れを告げて施設を出たのだった。

◆ ◇ ◆


 それから数日後。
 何となく付けていたテレビから、あるニュースが流れた。
 『施設』から、彼が脱走した――アナウンサーが淡々とそう告げるのを聞きながら、呟く。
「……我慢できなくなった。という事ですか」
 ならばいつか、相見えることもあるかもしれない。
 そう考えて、吉奈はひそかにひとり笑んだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3704/吉良原・吉奈(きらはら・よしな)/女性/15歳/学生(高校生)】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、こんにちは。ライターの遊月と申します。
 今回は「One day's memory」にご参加くださり有難うございました。

 もっと博士の狂気を前面に出そうかと思ったのですが、あえてはっきりとはせずにおいてみました。
 行間から何かを感じ取ってもらえればと…。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。ご縁がありましたらまたご参加ください。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。