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<東京怪談・PCゲームノベル>


◆模倣魔◆
―― ビュオオオオゥ……
吹き荒ぶ氷雪を背負って疾る少女。
―― ゴオオオオゥッ!
燃え盛る紅蓮を伴って駆ける女。
氷と炎。従えるものこそ違うけれども、2人は互いに同じもの。
喪服の様な真っ黒いドレスに身を包み、氷雪を従えて空を駆ける少女。
その手に携えた身の丈を遥かに超える巨大な鎌は、人の世を恨む数多の怨霊にカタチを与えて作られた凶器の中の凶器。
一方の、漆黒のバイクスーツを身に纏い、符術を用いて無尽の炎を操る女。
その手を飾る白銀の輝きは、Raging Bull(荒れ狂う雄牛)の名を冠する大口径回転式拳銃。
―― ブォンッ!
喪服の少女が踊るように軽やかに、くるりと長大な鎌を振るう。
刃が風を切るその音だけで、人の命など簡単に刈り取ってしまいそうな、それほどの一閃。
しかし、少女が大鎌を振るったその場所は刃圏の外。その一撃は、ただ空に軌跡を描くのみで、決して獲物には届かない。それは誰の目にも明らかだった。
……だが、
―― キリキリキリキリ……
唐突に、矢弓の弦を強く引き絞るような、そんな音が辺りに響く。
冷たく凍りついたような少女の無表情が、ほんの僅かに邪な笑みを形作る。
「……クッ!」
少女の意図を察して、女が咄嗟に符を放つ。
女の手から放たれた符は、ちょうど少女と女の中間地点に落着。瞬間、燃え盛る炎の壁へと姿を変えた。
―― ドジュゥゥゥゥ……
突然の轟音とともに、周囲を埋め尽くす膨大な量の水蒸気。
目を凝らし、よく見れば、いったい何処より現れたのか、炎の壁に氷の刃が突き刺さり、互いに互いを喰らい合っている。
それは、少女が放った大鎌の軌跡。そこから生じた極低温の魔氷の刃。
あれほどまでに猛々しく燃え盛っていた炎の壁は、もはや完全にその姿を消していた。
一瞬でも己の判断が遅かったら……。そう考えると背筋が凍る。
符炎の壁による防御が一瞬でも遅れていたら、あの氷の刃は女が纏った黒革の衣もろともこの身を引き裂いていた筈だ。
―― もしかすると自分はこの戦場から、生きては帰ることは出来ないかもしれない。
氷に引き裂かれる己の姿を夢想して、敵の強大さ、その恐ろしさが、改めて心の奥から込み上げてくる。
「……ふっ、それが……そんなものが、なんだって言うの?」
口ずさみ、意を決する。言葉で、己を奮い立たせる。
そんな感情は、そんな恐怖は、今だけでいい、忘れよう。心の奥に、仕舞ってしまおう。
世界の破滅を願う狂信的なテロ組織『虚無の境界』が生み出した怨霊兵器。
他者の霊力を糧に、その存在を模倣する『ゲシュペンスト・ナーハアーマー(Gespenst Nachahmer)』
いま己の眼前にあるのはそれだ。少女という外見に惑わされるな。
自分に強く言い聞かせる。……さぁ、己の名前を思い出せ!
こいつは、日々を生きる人々に害を成すために生み出された兵器。対する自分は、退魔の業の継承者。
右手の銃を強く握る。胸の奥に灯る小さな、けれど途轍もなく熱い炎。
それはきっと、勇気とか正義とか、そんな名前で呼ばれるもの。
「地力で言えば明らかに向こうが上。でも、そんなコトは百も承知」
パワーやスタミナで自分が劣っていることなど承知の上。長期戦になれば、万が一にも勝ち目はない。
「でも、スピードと瞬発力なら、絶対に負けない!」
短期集中、一点突破。狙う勝機はそれしかない。覚悟、完了。戦闘準備は、言うに及ばず。
喪服の少女がにやりと笑う。それに応えて彼女も笑う。
「いくわ……。第2、ラウンドッ!」
そしてこれが、最終ラウンド。心の中でそう付け加え、火宮・翔子は駆け出した。
魔氷の少女が待ち構える、魂を凍らせる戦場へ。

◆火喰い蜥蜴の輪舞曲◆
ひとつ、ふたつ、みっつ。
休むことなく繰り出される大鎌の連撃。
喪服の様な黒いドレスとは対照的な雪のように白い肌。虚空に刻まれる氷蒼の螺旋。
氷の結晶を撒き散らしながら全身を駆使して大鎌を振るう少女の姿は、まるで氷の妖精が踊る円舞曲のよう。
しかし、対する翔子もまた決して少女に負けてはいない。
一寸でも触れれば首が飛ぶ。そんな大鎌の乱舞に合わせてステップを踏み、ある時は避け、ある時は掻い潜る。
少女の周囲に吹き荒れる氷雪の棘を、その身に纏った炎の外套で悉く受け止める。
少女を中心に輪を描く炎の軌跡。少女の動きが円舞曲だというのなら、翔子のそれは炎を輩とした輪舞曲。
―― ガォォン……!
氷と炎の舞台を彩る轟音と閃光。それは翔子が手にした銀色の奏でる獣の咆哮。
長大な銃身に刻まれたRaging Bull(荒れ狂う雄牛)の文字。
弾丸には勿論のこと、銃そのものにも様々な霊的・術的加工を施したタウルス社製レイジングブル/500SS10M。
猛々しくも誇り高いその名は、曲線を基調とした優美さと『.500Magnum』の凶暴な破壊力を兼ね備えたそいつにこそ相応しい。
……だが、必中を期して至近距離から放たれたその一撃を、少女は手にした大鎌でいとも容易く受け止めて見せる。
「ふふっ」
能面の様な顔に浮かぶ不適な微笑。
「……ツッ!」
少女の微笑とは対照的に翔子の顔に浮かぶ渋面は、銃撃の際に生じた手首から腕を駆け抜けた鈍い衝撃によるもの。
如何に霊的加工を施し反動を軽減しているとは言っても、同様に霊的加工の施され破壊力を増幅された弾丸の発射に伴う衝撃は、そう簡単に抑えられるものではない。
(我ながら、とんでもない銃を作ったモンね……)
心の中でひとり愚痴る。
撃つ度に我が身を削るこの銃の存在もまた、翔子が短期決戦に臨む理由のひとつだった。

―― ブォン……ッ!
少女が繰り出す鎌の一閃をバックステップで躱す翔子。
間を置かず、鎌の軌跡から発生する氷の刃は、炎を絡ませ相殺する。
身の丈を超える大鎌という超重武器を振り回す際にどうしても生まれてしまう隙。それを氷の刃で補うという戦術。
しかしそれも、いまは翔子によって完全に封じられていた。
―― ガァァン!
攻撃から次の攻撃に移行する際のタイムラグ。通常ならば発生し得ないその間隙に穿たれる弾丸。
先程のように鎌で受けるには遅すぎる。普通に考えれば回避不能な一撃だ。
だが、少女には、正確に言えば、少女の姿を模したそいつには、少女を模倣することで獲得した強大な身体能力と神業的な戦闘技術があった。
―― ヒュォォン……ッ!
コンマ以下の世界で迫る弾丸を、眼で『視て』躱す。頭のすぐ横を駆ける衝撃に一瞬の眩暈を感じる。
だけど、それだけ。銃弾を回避したそのときには、既に少女は次の行動に移っている。
大地を蹴り、大鎌を振り上げ、翔子へ迫る少女。
少女の刃圏から逃れようと再度バックステップで後方へ跳ぶ翔子。その際に、
―― ガァン、ガァン、ガァァン……ッ!!!
レイジングブルの断層に残った銃弾3発、そのすべてを少女に向かって解き放つ。
(……これで、5発。もうあの銃に弾丸は残っていない)
冷静にその様を分析する少女。
翔子が使う炎の術は確かに厄介だったが、その殆どは自身が放つ氷雪への対応・防御に使われている。
(氷と炎は互いに相殺しあってプラスマイナスゼロ。敵は弾切れ、だけどコチラにはこの大鎌がある)
それらの事実から導き出される解は……言うまでもない。己の勝利だ。
―― ガチ、ガチ、ガチガチガチガチ……
前面に氷壁を展開し、少女は3発の銃弾を受け止める構え。
対する翔子は、その隙に炎の符術を発動。炎のムチを少女に伸ばす。
「……小賢しい」
少女の絡めとるつもりなのか、地を這い迫る炎のムチに少女は冷ややかに言い放つ。
翔子の放ったそれは、少女の目には悪足掻きにしか見えなかった。
仮にこのムチで少女を縛ることに成功しても、翔子は弾切れ。リロードする間に戒めを解き大鎌を叩き込む自信があった。
―― ビキ、ビキッ、ビキィッ!!
弾丸が氷壁に食い込み亀裂を刻む。
―― ジュゥゥゥ……
同時に、少女は足元に迫る炎のムチに無造作に氷塊をぶつけ、相殺する。
(……勝った)
すべての防御を終え、勝利を確信し、大鎌を振り上げ翔子に迫り……
「えっ?」
そこで少女は、はじめて『それ』に気がついた。
「本当は、使いたくないんだけどね」
そう呟いて、少女を見つめる翔子の視線。
澄んだ湖面の様な青だったその瞳の色が、彼女が操る炎のように真っ赤に染まっていることに。
落ち着いた雰囲気を醸していた緑色の髪が、燃え盛る焔ような紅に染まっていることに。

◆狩人◆
優秀な狩人の条件とは何か。
こう問うたとき、おそらく大半はこう答えるだろう。弓術・射撃術の腕前さ、と。
なるほど、確かにそれも必要であろう。狩人にとっての必須技能と言っても良い。
だが、真に優れた狩人は、弓も矢も、鉄砲すらも必要とはしない。
彼らは相手の行動パターンを読み、罠を仕掛け、そこに獲物を誘い込み、仕留めるのだ。

「あああああああああ!!!!!」
結界中に響き渡るその声は、少女の姿を模していたそいつが上げる断末魔の悲鳴。
自らを構成する骨格が、屍蝋化した肉が、霊鬼兵としての形を維持するすべての部材が、圧倒的な熱量を以って燃え上がり、少女の姿をしたそいつを責め苛んでいた。
―― すべては翔子の策だった。
放たれた3発の銃弾も、弾を撃ちつくした銀の銃も、足掻いて見せた焔の術すらも。
すべては翔子自身の『視線』から、注意を逸らすための策。
魔眼『緋の眼』。対象を目で見て念じる事で対象の温度を急激に上昇させ、対象を発火・融解させる翔子の奥の手。
使用後は、マトモに歩くこともままならない激しい疲労と消耗に晒される為、滅多な事では使わない。正に切り札。

―― あああ、ぁぁ、ぁ……
肉体も、断末魔も、すべてが灰となって消えてゆく霊鬼兵の姿を見て翔子は安堵する。
今回は辛うじて勝利する事が出来た。だが、次もこう上手くいくとは限らない。
しかし、だからと言って戦いを放棄することは出来ない。
人の世に害を成す存在を狩り続ける退魔の業の後継者という生き方
「……この命が尽きるまで、私は戦い続けるわ」
それが己に課した生きる道。狩人(ハンター)としての道なのだから……。


■□■ 登場人物 ■□■

整理番号:3974
 PC名 :火宮・翔子
 性別 :女性
 年齢 :23歳
 職業 :ハンター

■□■ ライターあとがき ■□■

 火宮・翔子さま、お久しぶりです。
 この度は、PCゲームノベル『東京魔殲陣 / 模倣魔』へのご参加、誠に有難うございます。担当ライターのウメと申します。

 他者の霊力を糧にして、その姿を模倣する強敵との戦い。お楽しみ頂けましたでしょうか?
 戦闘結果は……切り札を使ってヘトヘトになりながらも何とか勝利。超・辛勝といった感じでした。
 実を言うと、途中まで勝敗がドッチに転ぶか私にもわかりませんでした。

 大口径のマグナム、と言うことで今回は『レイジングブル』を使っていただきましたが、
 構想段階では『S&W/M500』とドッチを使って頂くか散々迷いました。
 結果『黒革のスーツ&バイク』という暴れ牛を髣髴とさせる(失礼)翔子さんのイメージから
 レイジングブルの方を使っていただくコトと相成りました。気に入っていただければ嬉しいです。

 それでは、あとがきがあまり長くなってもアレなので、今日のところはこの辺で。
 また何時の日かお会いできることを願って、有難う御座いました。