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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


 悲鳴のレコード

 奇妙な客がやってきた、とアンティークショップ・レンの主は思った。奇妙な人間が集まるこの店の主が言うのだから、それは相当な変人と思っていい。
「で、これかい。そのレコードは」
「はい」
 その客――一見普通のサラリーマンだが、その目にはクマが出来ている。疲労が蓄積しきっている。
「悲鳴が聞こえるんだったね」
「はい。詳細は電話で話したとおりです」
 サラリーマン風の男は、かれた声で言った。
 このレコードはどこぞの骨董品店で購入したのだが、かけてみても悲鳴しか聞こえない。女の悲鳴がえんえんと響いているのだという。
「最初は、買ったものだし……不気味だけど、ちょっと聞いていようと思っていたんですが……」
 しかし、段々と変なことが起き始めたのだという。
 部屋でレコードを聴いていると、何かが空気中からぽとりと落ちる。見れば、ハエである。さらに後日その部屋を掃除すると、部屋の隅からゴキブリやらの死骸が出てきたのである。それ以後、その部屋でハエやゴキブリが出ることはなくなったという。
 それからまた聴いていると、飼っている犬が病気になった。
「妻は頭が痛いと言うし……娘は体調を崩して、今休んでいます。このレコードが原因じゃないかと思ってかけていないんですが……」
「状況はよくならないと。だからウチに売りに来たわけだね。わかった、引き取ろうじゃないか」
 蓮は薄く笑って言った。彼女の推測だが、もしかすると身体の小さなものから影響を受けていくのかもしれない。ハエなんかはすぐに死んで、身体の大きな犬は死ぬのに時間がかかるのかもしれない。
 かけると死ぬ、悲鳴のレコード。これを処理するのは骨が折れそうだな、と蓮は思ってしまった。

 高山隆一がその日、アンティークショップ・レンを訪れたのは、最近行ってないから行こうかという、非常にきまぐれな理由によるものだった。
「ああ、あんたかい」
 蓮はいつものように、店の中央で足を組んで座っている。雑多な品物の主であるかのような風格があるが、実のところそれらの厄介な品々にふりまわされているのだということを、隆一はよく知っていた。
「久しぶり……蓮さんも、ここも変わってないな」
「丁度良かった。あんたに女の子を紹介してやろうじゃないか」
 いきなりそんなことを言われて、隆一の動きが止まる。
「あー……なんの話だ? 蓮さん」
「いいから着いてきな」
 隆一の目当ては女の子ではなく、古めのギターやキーボードだったのだが――。
(まさかうごきだす女の人形をどうにかしろと言うんじゃないだろうな)
 そんなんだったら即刻逃げ出そう、と隆一は心に決めるのだった。

「あの、害虫退治の農薬や、家庭用殺虫剤の代わりにはならないでしょうか? ものには影響ないわけですし」
「いえ、駄目ね。ものに影響がないという保証はないわ。数十年もレコードをかけ続けていると、生き物以外にも破壊が起きるのかもしれない。害虫退治にしても、害虫だけじゃなくて肝心のムギやイネ、ほかにもミミズなんかの農業に役立つ生き物まで殺してしまうわ」
 ふぐ、と斉藤智恵子は黙りこむ。隙のない理論的な反論。魔法ならばともかく、現代科学の話は智恵子の得意分野ではないのである。
 目の前の背の高い女性――藤田あやこは、なんでも大学院生。おまけに量子学専攻という、ばりばりの理系であった。
 こういうタイプは苦手ではないが――一緒に仲良く、というわけにはいきそうにないなあ、と智恵子は思ってしまう。
「やっぱりこれはナチスドイツに関連がありそうね」
「な、なちす……?」
「犯人は戦時下ドイツの天才少女! 戦地の彼を心配した彼女は音速を書き換えてソナーの敵識別用資料にこの音楽を録音したのよ! 間違いないわ」
 そもそも何を言っているのかわからない智恵子には、早口でまくしたてるあやこの推理が正しいのかどうかすらわからなかった――ナチスドイツは飛躍しすぎだとも思うけど。
「これで万事解決――」
「やかましいよデカ女っ!」
 あやこが叩かれた。店主・蓮が右手で素早くはたいたのだ。ぱこーんと、とても小気味の良い音がした。
「そりゃ推理じゃなくて妄想だろうが。ほら、霊視できる奴連れてきたから。その殺人レコードも扱いかたが見つかるだろ」
「……ずいぶん物騒なものだな。いっそ兵器にでもつかえばどうだ」
 蓮の後ろから、渋い声の男が現れる。ウェーブのかかった長髪で、なんとなくロックでもやっていそうな気がした。
「高山隆一だ」
「さ、斉藤智恵子といいます。よろしくお願いします」
「ふん? 若いのに礼儀正しいな」
 ぶっきらぼうに褒める隆一。あやこよりは話しやすそうな気がした。
「あああああああのっ! わ、私藤田あやこと申しましてあのっ、よよよろしければお付き痛あッ!」
「挙動不審で交際申し込んでも逆効果だよ。というか色恋沙汰なら外でやっとくれ」
「あんた女紹介するとか言ってなかったか……?」
 理系のイメージが災いして男に縁がない――と先ほどもらしていたが、むしろあやこのその熱心さが男を遠ざけている気がした。
「あの……とりあえずどうしますか?」
 話題をどうにかレコードに戻そうと、智恵子は言ってみる。


 方向性がひとまずまとまった。とりあえず隆一には妥当な案に思えた。
 まず霊視能力を持つ高山隆一が、レコードを『視る』。その際、斉藤智恵子が魔法防御で隆一を守る。あやこは物理的危機のために、簡易ライフルを持って待機。
「それ違法なんじゃないか?」
 隆一は、どこからともなくライフルを取り出したあやこに聞く。唇が引きつっていたのは否めない。
「大丈夫ですよお。これ研究品ですから。実験だったって言えばある程度はもみ消せるんですよお」
「そ、そうか」
 さらりとヤバメなことを口にするあやこに、隆一はなんと言っていいかわからず、適当に話をあわせた。
「んじゃ覚悟は良いかい? 針落とすよ」
「お、お願いします」
 最前列にいるのは智恵子。こんな小さい少女が自分を守るのだと思うと気恥ずかしいが――蓮が言うのだから、その実力はまず間違いない気がした。
 かたんと、針が落ちる。
 その瞬間。
「……うお」
 驚異的悲鳴。
 驚愕すべき断末魔。
(嫌な悲鳴だ……)
隆一は思う。
高山隆一はかつて、家族を事故で亡くしたことがある。その際の映像は鮮明に脳裏に焼きついているのだが――今の悲鳴は、それを思い浮かばせて――。
「気をしっかりもってください」
 智恵子が言った。防壁という割にはとくになにかしているようには見えないが――。
「心に響く音です。気をつけて」
 短い注意が、緊張感をあおる。
 隆一は、レコードをじっと視てみた。なにかが『視える』かと思ったのだが――。
「あー……」
 見えたのは、ただ髪を振り乱して叫ぶ女の映像。その形相が、まるで鬼にでも出会ったかのような表情であったので、隆一は呻く。嫌なものを見た。
「あれ、ヤバイ。早く壊して」


 隆一がつらそうな表情で言うので、あやこは早速ライフルを構える。
 大学で実験用に製作している対戦車ライフルだ。もちろん蓮の許可ももらっているので、問題はない。
(しかし……ライフルでぶち壊しても良いものかしら)
 なにやら変な影響が出そうな気がして仕方がない。
 しかもこのライフルは、あやこの『特別製』なのである。相手の不幸を願えば成就してしまうあやこの能力のために、命中率はほぼ百パーセントを誇る。
 あやこは試しに、レコードの不幸を願いつつ――トリガーをひいた。
 轟音が辺りに響く。


 レコードは、粉々になったが――。
「おい、マジかよ」
 高山隆一は本気で頭を抱えた。
 彼には、レコードの破片一つ一つに女が乗り移っているのが、はっきりと視えてしまった。レコードにはかけられないので、悲鳴は聞こえないのだが。
「……レコードがばらばらなら、憑いている女の人もばらばら……なんですね」
 強烈な形相で歌い続ける女、その数約三十といったところ。
「一つ一つ壊すぞ」
 破片を踏みつける隆一。それでも女の幻影は消えないので、これはもう燃やすしかないですねと智恵子が呟いた。ライフルで焦げているものもあるが、ほとんどは割れただけで無傷だ。
「なにか魔法的な防護がされているのかも……」
「だが焦げているものもあるんだ。高温でやればどうにかなるだろ。あの理系女に頼めばそれくらいやってくれそうだ」
 そんな話をしていると――。
 話の渦中の理系女、あやこがやってきた。手には一片のレコードを持っている。
「ねえ、ちょっとこれ調べてみたんだけど」
「………………」
「……ゆ、勇気ありますね」
 隆一と智恵子には、とてもじゃないが調べる気など起きなかった。禍々しい気配がありありとわかるのだから。
「どうも、音質が劣化してるみたいなのよ」
「…………えっと、つまり?」
「これ粗悪コピーで、どこかにマスター……つまり大元のレコードがあるわけね」


 忌々しそうに、隆一がレクイエムを口ずさみ始めた。


<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   ■
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【7030/高山・隆一/男性/21歳/ギタリスト・雑居ビルのオーナー】
【4567/斉藤・智恵子/女性/16歳/高校生】
【7061/藤田・あやこ/女性/24歳/奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科 三回生 量子力学専攻】

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■         ライター通信                                                  ■
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 はじめまして藤田あやこさま。ライターのめたでございます。
 今回は三人セットです。あやこさまはかなり細かいプレイングを指定なさっていて、他のお二人とは別につくろうかなとも思ったのですが、一人くらいはトラブルメーカー的存在が必要なのと、オチにどうしても必要な存在でしたので、プレイングを反映しきれないのを覚悟で組み込ませていただきました。気にいらなければリテイクの用意もございますので、遠慮なくどうぞ。
 他のお二人との会話の妙、楽しんでいただけると幸いです。

 追伸:うちの異界です。よければ覗いてください。キャラも増えましてお好きなプレイングができるかと思います。
 http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=2248