コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


パーティ・ナイト

 いつもとおなじ、いつもの夜。
 場所は違えどくリ返されるのは同じこと。
 今日も今日とて、三薙・稀紗耶店主の露店飲み屋はいろいろな意味で繁盛していた。
「おいそこ〜。喧嘩すんのはいいが、店の備品は壊すなよー」
 それほど広くもないどこかの空き地。シンと静まり返った夜更けの澄んだ空気の中で、この空き地だけは、宴会の様相を呈している。
「元気でいいじゃないか」
 空き地に置かれたいくつかの椅子とテーブル。その一角が完全に、喧嘩をしている二人……いや、二匹に占領されているのを見ながら、客の一人である老人は飄々とした様子で笑う。
 が、被害を蒙るつもりはないのか、自分の周囲だけはきっちりと結界を張ってとばっちりを防いでいた。まったく、ちゃっかりしている爺さんである。
「元気なのはいいんですけどねぇ」
 対する稀紗耶も老人に負けず劣らず飄々とした雰囲気で。一応注意はしたけれど、喧嘩をそれほど気にしているわけではない。
 なんと言っても、このくらい、いつものことなのだから。
「稀紗耶さーん、こっちにも熱燗いっぽーん!」
 空になった容器を片手に注文をしてきた青年の姿は向こう側の景色が透けている。
「はいよ〜」
 のんびりとした雰囲気を纏いつつもてきぱきと準備をして、稀紗耶はお客に酒を渡してやった。
 稀紗耶の経営する飲み屋に集うのはいつもこんな感じで、普通の人間の方が少ない。
 喧嘩をしているのは、二匹と表現したとおり見た目は四足の獣そのものだけれど、どんな分厚い動物図鑑にも載っていない。いわゆる妖怪というやつで。
 向こう側が透けているお兄さんは言うまでもなく、あの世に行くべきなのに行っていない人。
 結界を張っている老人は普通の人間は人間だが、一般人とは言い難い――霊能力者とか退魔師とか、そういう類の人である。
「ったぁく……」
 稀紗耶は他の客をさばきながらも、喧嘩を続ける二匹から目を離さない。今のところは備品に被害はないけれど、そろそろ止める必要があるかもしれない。
 毎晩毎夜、騒ぎの起こらない日はないので、喧嘩の仲裁も手馴れたものだ。
「おらそこの赤いの」
 風のように駆け抜けていく――巻き込まれてテーブルの上のおつまみを飛ばされてる方はいい迷惑である――獣の片方を、通り過ぎざまに蹴り飛ばす。
「うわった……っ!?」
 無理やりな方向転換をさせられて、蹴られた獣はどかっと勢いよく塀へと激突した。
 見事な突撃っぷりに、喧嘩相手も思わずその場に留まった。反応にしばし迷った挙句に、どうでもいいことを口にする。
「……あいつ、赤いか?」
 蹴り飛ばした獣の体毛は別に赤くない。
 が。
「ああいう速いのは、赤と相場が決まってるんだ」
 わかる人にしかわからない理屈に、客の何人かが楽しげな笑い声をあげた。
「で、そこ」
 騒ぎの隅でこそりと空き地から出ようとしていた一人の妖狐に、稀紗耶は目敏く声をかけた。
「いい度胸してますねえ〜。お客さん」
 にこやかとは程遠い――漫画風に言うとケケケケッとか言う擬音が似合いそうな笑顔で稀紗耶はその客の方へと歩み寄る。
 不穏な空気に、彼はじりじりとあとずさった――が。
 逃がさず稀紗耶は彼へと一発お見舞いしてやった。
 ここはある意味では無法地帯とも言える場所だ。やる時はきっちり締めないと食い逃げ未遂が増えてしまう。
「ぶった……」
 こぶしの勢いに吹っ飛ばされた妖狐はぽそりと呟く。
「お、お父さんにもぶたれたことないのにいいいいいっ!」
 情けない声を出す妖狐はよっぽど甘やかされて育ったらしい。
「知るか。そんなもんは」
 どこかのんびりとした口調が、本当に、どうでもよさそうに聞こえる。
「で。金は?」
 問うと妖狐はそっぽを向いた。手には葉っぱと、お金っぽいお札。どうやら、葉っぱでお金を作ろうとして失敗したものだから逃げたらしい。
 つまりそれは、最初からまともなお金を払う気がなかったということで。
「ほほう……?」
 往生際悪くまだ逃げようとしている様子を見て、手加減はいらないと判断した。
「うわああん、お助けーーーっ!」
 ドカッ! とか、バキッ! とか言う盛大な音と共に空き地の一角で繰り広げられる騒ぎを気にする者はやはり、いなかった。
「あんまり埃はたてんでくれよ」
 聞こえてくるのはそんな暢気な声ばかりである。



 月が西へと傾いて、空が白み始めた頃。露店飲み屋は閉店時刻を迎える。
 カウンターの裏にはしくしくと涙する妖狐。
 こんな光景もまた、いつものことと言えばいつものこと。
「美味かったよ」
「んじゃ、またなー」
 散り散りに去っていく客を見送り、稀紗耶は全てのテーブルと椅子を片付け空を見上げると、最後まで残っていた星が三つほど、ちょうど消えていくところだった。
 賑やかな夜は終わりを告げ、そしてまた、新たな一日が始まる。