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<東京怪談・PCゲームノベル>


『悪魔契約書―第1項―』

 バタバタとホウキを片付けて、水菜は応接室に駆け込んだ。
“知らない人は家に入れてはいけないと言われているけれど、彼女はよく知っている人なので、家に入れていいはずだ”
“で、家に入れたら、お茶を出すんだった!”
「アリスさん、ちょっと待っててください!」
 アリス・ルシファールを応接室に通し、水菜は慌しく掃除用具の片付けに向った。そして今、ちょっと応接室に顔を出したと思ったら、またすぐに出て行ってしまった。
 動き回る水菜を微笑ましく思いながら、アリスはゆったりとしたソファーに身を沈める。
「アリスさん、お茶入れましたー」
 逸る心を抑えながら慎重に向かってくる水菜は、相変わらず幼子のようだ。
「ありがとうございます、水菜さん」
「はいっ」
 アリスにお茶を出した後、自分の分もテーブルに置き、水菜はアリスの向かいに腰掛けた。
「アリスさん、今日は何のようですか?」
 目を輝かせて、アリスの反応を待っている。
 随分と感情を見せるようになったものだと、アリスは感慨深かった。
「近くまで来ましたので、寄ってみました。せっかくですので、皆さんがお戻りになるまで待たせていただきます」
「そうですか。お母さん達は、もうすぐお戻りになるります」
 水菜の変な言葉遣いに、アリスは思わず笑みを浮かべた。
「それでは、こうして待っていても手持無沙汰ですので、お茶を頂いたら、水菜さんのお仕事をお手伝いします」
「てもちぶさ?」
「あ、暇だという意味です。水菜さんのお仕事、手伝わせてください」
「はいっ!」
 元気よく返事をすると、水菜はお茶を一気に飲み干したのだった。

「お掃除も、皆でやるといつもより楽しいです」
 水菜はとても機嫌がいいようだった。
 アリスと、サーヴァントのアンジェラは並んで靴を揃え、水菜は雑巾で下駄箱や置物を拭いた。
「水菜さん、なにかいい事でもありました?」
「はいっ。アリスさん達と一緒なのが嬉しいです。あと、黒い昆虫を見つければ更に嬉しいです」
「黒い、昆虫?」
 アリスは水菜の言葉に眉根を寄せた。
「はい! ええっと……皆にはないしょで、黒い昆虫を探してます。アリスさん、昆虫って何ですか?」
「昆虫は、節足動物の……うーん、水菜さんがわかるようには説明しにくいです。お家に書庫ありましたよね?」
「はい、あります」
 水菜の案内で、アリスは呉家の書庫へと向うことにした。
「でも水菜さん、どうして黒い昆虫を見つけたいのですか?」
 アリスが聞くと、水菜は、嬉しそうに「ナイショですよ」と釘を打つと話し始めた。
 一冊の本を見たと。
 中には見た人は書いてあることを実行しなければならないと書いてあったこと。
 実行すれば、好きな人が嬉しいことになる。やらなえれば、好きな人がいなくなってしまう。
 だから、自分は書いてあったこと――黒い昆虫を焼くのだと、水菜はアリスに話したのだった。
「それは……」
 その本に心当たりはなかった。
 しかし、内容はまるで『不幸の手紙』だと、アリスは思った。もしくは『幸福の手紙』。どちらも、受け取った者が書かれていることを実行しなければ、その者が不幸になるという内容の手紙だ。
 しかも、「昆虫を焼く」という手段が気がかりだ。
「水菜さん、その本見せてはいただけませんか?」
 そう訊ねると水菜は首を横に振った。
「お母さんの部屋だから、ダメです。今度お母さんに聞いてみます」
 アリスはしばし考えた後、あまり規模が大きくないことから、水菜の気持ちを酌み手伝うことに決めた。これも彼女の経験として、活かされるだろうと信じて。
 アリスは書庫でイラストが掲載されている百科事典を見つけ出し、水菜の前に広げてみせる。
「昆虫というのは、こういう生き物です。黒いものといえば、蝶・蟻・ゴキブリ……と色々います」
「あ、これ知ってます!」
 水菜が指差したのは、ゴキブリであった。
「お母さんも、苑香さんも大嫌い大嫌いって言っています」
「はい、この昆虫が好きな人はいないかもしれないですね」
「アリスさん、こっち来てください!」
 水菜はアリスの腕を引っ張っる。アリスは勢いに押され、共に台所に駆け込んだ。
「ここの奥の方に……」
 水菜は食器棚の下に手を突っ込んで、何かを探している。
 アリスには大体見当がついた。
「ありました!」
 そう、水菜が取り出したのは粘着シート装着型のゴキブリ捕獲器だ。
「中にいま……」
 水菜が中を覗いて言葉を発しかけた時、完全に捕まっていなかった黒い物体が、羽を広げ飛び立った。
 ぴたり。
 と、水菜の鼻にその黒い物体が張り付く。
 アリスは息を飲んだ。
 水菜はしばし呆然とした後――。
「やーーーーーーー!!」
 叫び声を上げたのだった。
 水菜の叫び声を聞いたのは初めてだった。
 声に驚いたわけではないだろうが、ゴキブリは彼女から離れ、機敏な動きで食器棚の奥へと消えていった。
「み、水菜さん、捕まっているゴキブリもいますし、とりあえずそれ、ビニールに入れましょうか」
 硬直していた水菜が、こくこくと頷いたかと思うと、素早くビニールを取り出し、ゴキブリ捕獲器を入れて固くかたーく口を縛ったのだった。
 ……その後、水菜は洗面所で顔を洗い、アリスと共に庭に出た。
「水菜さん、先に言っておきますけれど、その本の指示ですが、必ずしも人を幸せにするものではありません」
「そうなのですか? でも、やらないと嫌なことが起きるって……」
 少し不安気な顔を見せる水菜の肩を、アリスはトンと叩いて、水菜の手を取り、今は使われていない呉家の焼却炉の中にビニールに入ったソレを入れさせたのだった。
 紙にライターで火を点けて炉に投げ入れる。
「この結果、たとえ何が起きたとしても、必ずしも人を幸せにするものではないのだと、解っていてください」
 水菜はアリスの言葉に頷いた。
 じきに煙が立ち昇り、炉の中の物は灰へと変わっていった。
「お母さんにいいことがありますように」
「水香さんが嫌いなものをやっつけたのだから、水香さんはもう水菜さんから幸せを貰ってます」
 その言葉には、本の指示に従わなくても、あなた自身が大切な人を幸せにしてあげることができるのだという思いが込められていた。
「はい」
 水菜はアリスの言葉に素直に頷いた。
「それじゃ、掃除に戻りましょう」
「はい。……あっ!」
 小さな音に振り向けば、門扉が開き、水菜の作り主、水香が姿を現したところだった。
「たっだいまー。お、アリスちゃんじゃん!」
「お邪魔してます」
「アリスさん達にお掃除手伝ってもらいました」
 ぱたぱたと水菜は水香に駆け寄って、水香の鞄を受け取った。
「そっかー。ありがとね。せっかくだから、お昼一緒にどう?」
「はい、喜んで」
「では、お昼の用意手伝ってきます」
 水菜が一足先に屋敷に入っていく。……しかし、直ぐに水菜は戻ってきた。
「お母さん、お電話です。お母さんのお父さんからです」
「えっ、ホント? 珍しー」
 靴をもどかしそうに脱ぎ捨てて水香は電話のある居間に駆け込んでいった。
「もしかしたら……」
 これが水香に訪れた小さな幸せなのかもしれないと、アリスは考える。
 呉姉妹の父親は滅多に家に帰ってこないという。
 連絡も仕事の邪魔になるから、姉妹側からは殆どしないということだ。
 たまの父親からの連絡を、姉妹は心待ちにしているのだという話を、妹の苑香から聞いたことがあった。

 それ以上何事も起きることはなく、アリスは呉姉妹達と楽しい時間を過ごした後、帰路についた。
 自室に戻ってすぐ、電話が鳴った。……水菜からだ。
 彼女が電話をかけてきたのは初めてだ。
「お母さんのお父さんが、帰ってくるそうです」
 水菜の声は弾んでいた。
「よかったですね」
「はいっ。本のお陰でしょうか?」
「そう、かもしれない……でも」
「はいっ。必ずしも人を幸せにするものではない。ですよね」
「ええ」
 ふと、アリスは足下に落ちていた赤いものに気がついた。服か鞄から落ちたものだと思うが……。
 それは、赤い栞であった。
「水菜さん……赤い栞を持ってきてしまったみたいなのですけれど、これ水菜さん家のものでしょうか?」
「赤い栞なら、私も持っています。お母さんの本に挟まっていた栞です。でも、今は部屋に入れないのでポケットに入れてあります」
 聞いた話では、黒表紙の本に挟まっていた栞は1枚だったはずだ。水菜と自分、どうして同じ栞を持っているのだろう。
 呉家ではなく、以前立ち寄った本屋で貰ったものだろうか?
「水菜さん、お体とか、身辺に何か異常はありませんか?」
「特にないです」
「では、何かあったら、きちんと水香さん達に相談してくださいね。ご連絡いただければ、私も力になります」
「はい! ありがとうございます」
 会話を終えて電話を切った後、アリスは赤い栞を裏返してみた。
 そこには、こう文字が記されていた。

――悪魔契約書第一項/済――

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6047 / アリス・ルシファール / 女性 / 13歳 / 時空管理維持局特殊執務官/魔操の奏者】

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■         ライター通信          ■
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お世話になっております、ライターの川岸です。
ゲームノベルへのご参加ありがとうございます。
子供の頃「受け取った手紙を書き写し何人の人に送れば、願いが叶う〜」などという手紙流行ったなぁなどと、懐かしく思いながら書かせていただきました。
水菜は善悪をよくわかってはいませんが、アリスさんの言葉を頂いたおかげで、この本を単純に「良い本だ」と思うことはありませんでした。ご助言、ありがとうございます。
では、また機会がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします!