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<東京怪談・PCゲームノベル>


東京魔殲陣 / 模倣魔

◆模倣魔◆
封魔殲滅領域展開型・退魔戦術結界。通称、『魔殲陣』
これまで数多くの魔物をその内で滅してきたが、今宵、その身の内に在るものは、これまでとは何かが違った。
血の様に紅い結界壁の内側に展開する戦闘領域。そこで対峙する2人の少女。
夜露を梳かし込んだような艶やかな黒髪に、黒を基調としたゴシック調の夜会服。
磨き抜かれたルビーの様な深い輝きを放つ真紅の瞳からは、歳相応の可愛らしさとは掛け離れた妖艶な魅力が感じられる。
しかし、それもある意味では当然の事。
何故なら、少女は、人が歴史を刻む遙か古のころに発生した人ならざるもの。
少女は、夜闇に属する存在でありながら日輪の下を歩むもの。
数千年の永きを生きる真祖にして希代の魔女。名は、黒榊・魅月姫。
人を遙かに超えたその存在力に、魔殲陣が震えていた。
だが、そんな少女と相対する者もまた、常人の思考の範疇に収まる存在ではない。
世界の破滅を希う狂信者『虚無の境界』が作り上げた怨霊兵器。対象となる者の霊力を糧に、その存在を模倣する魔物。
そして、そいつがいま模倣する存在こそ、遙か古の昔に呪われし大鎌と契約を交わし、時を凍てつかせた闇の狩人。
喪服の様な黒いドレスに映える雪の様に白い肌。
両手で構える大鎌は、この世のありとあらゆる怨念を凝り固め作られた狂気の産物。
不完全な模倣存在ではあるけれども、その存在力は魅月姫に些かも劣るものではない。
人知を超えた存在力を備えた2人の少女。
それがいま、この魔殲陣の中で、ぶつかり合おうとしていた。

◆深淵の魔女◆
はじめてこの話を耳にしたとき、少女は正直こう思った。勝手にしなさい、と。
『IO2』だか『虚無の境界』だか知らないが、自身に累が及ばないのであれば進んで関わり合いになろうとは思わない。人間同士、勝手に争っていれば良い、と。
だが、たとえ魅月姫にそのつもりがなかったとしても、相手がその強大な存在を放っておくわけがない。『虚無の境界』が魅月姫の周辺を騒がせはじめるのは時間の問題だった。
自ら篝火に飛び込む狂い蛾の様な真似をするつもりはないが、降り掛かる火の粉は払わねばなるまい。
(かりそめとは言え、いま在る平穏を荒らされるのは面白くありませんからね)
魅月姫には『IO2』に力を貸す謂れも無ければ義理も無いが、己の平穏の乱すというのであれば話は別。
(それに、標的の中にいる大鎌を得物にする魔物というモノにも、興味がありますしね)
魅月姫は今回の新型霊鬼兵掃討作戦に協力する気になったのは、そんな理由があってのことだった。

―― ギャリィッ!!
大上段から振り下ろされる漆黒の刃と、下段よりそれを迎え撃つ同じく漆黒の刃。
黒い軌跡を中空に描くふたつの刃は、互いの中間地点でその身を絡ませる。
魅月姫が振るうそれは、彼女が持つ知性杖『真紅の闇』を変化させた大鎌。
闇を凝集させて作ったその漆黒の刃は、斬りつけた対象の存在そのものを喰らう虚空の刃。
だが、魅月姫と同様の強固な存在力を有する者や、己と同属の怨霊を固めて作られた刃にその力を行使するのは難しい。
―― ガシィン!
結果、互いに刃を弾かせて、両者は再び距離をとった。
身に纏う黒いドレスを躍らせて大鎌を振るう2人の少女。
交わす言葉はひとつとしてなく、眉根のひとつも動かさず表情のない顔で向き合うその様は、まるでよく出来た磁器人形(ビスク・ドール)を思わせる。
喪服の少女が一歩、その足を前に進める。
夜会服の少女もまた、それに倣う様に前に出る。
これまでの打ち合いで判ったことは、互いの身体能力はほぼ互角であると言うこと。
必中を期して繰り出された一閃は紙一重のところで躱され、フェイントを絡めた連撃も僅かに肌を掠めるのみで、互いに決定的な一撃を加えることは出来ていない。
だが……
「くす……」
喪服の少女が、ほんの僅かにくすりと笑う。
その微笑む視線の先にあるもの、それは魅月姫の夜会服に刻まれた鎌の痕。
腕と足、そして脇腹に。無数に刻まれた細かな傷跡から、魅月姫の白い肌がのぞいていた。
切り裂かれた際に出来た裂傷は、持ち前の再生能力で既に治癒され今は跡形も無い。失った血液も微々たるもの。
だが、それでもほぼ互角の身体能力を有する両者の間に生まれたこの差は、大きかった。
(いったい、どういうことなの?)
自身の能力に慢心した訳でもなければ、相手の力を見誤っている訳でもない。
相手の攻撃を躱す際、直ぐに攻撃に移れるよう敵の攻撃を紙一重のところで回避する。
しかし、相手の獲物、踏み込み、刃圏。攻撃を決する要素はただのひとつとして余すことなく見極めた筈なのに、それなのに、最後の一瞬で敵の攻撃が魅月姫の予想を一歩、上回るのだ。
いまはまだ浅い切り傷で済んでいるが、長期戦になればそれもどうなるか判らない。
魅月姫の予想を上回る一歩が、いつか致命的な傷を与えるものになるかもしれない。
(この謎を解かない限り、勝ち目はありませんね……)
心の中でそう呟いて、魅月姫はそっと下唇を噛み締めた。

◆墜ちる燕◆
燕という種の鳥がいる。
崖や岩壁など、一般的な鳥類とは異なる場所に巣を作り、近年では都市部の高層建築や民家の軒先などに巣を作り、人々の気分を和ませてくれるあの鳥だ。
同サイズの鳥の中では驚異的な飛行速度を誇り、その素早さを活かして空中を飛び回る虫を捕らえて獲物としている。
しかし、稀に断崖絶壁やコンクリートの高層建築などに巣を作った燕の中で、飛行中それらに激突して死ぬものがいる。
そして、そんな風な死に方をする燕は、得てして他の燕よりも飛行・狩りの技術に優れているのだという。
しかし、ここでひとつの疑問が残る。飛行や狩りの技術に優れているならば、何故そのような死に方をするのか。
理由は、彼らが生まれ持った天性のセンスにある。
普通の燕は、巣立ちとともに飛ぶことを覚え、次に失敗しながら飛ぶ事の危険性を学ぶ。
どのくらいスピードを出すと危険なのか、どのくらいの余裕をもって宙返りをすべきか、彼らはそうして、死なない為の飛び方、を覚える。
だが、絶壁に激突して命を落とす燕たちは、巣から飛び立ち自ら狩りをするようになったその時から、他の燕よりも遙かに上手く狩りをする事が出来たのだ。その生まれ持った天性ゆえに。
だから彼らは飛行の危険速度を知らず、宙返りの限界角度を知らず、その結果、崖や壁に激突して命を落とす。
天性を持つが故の諸刃の剱。それは、人の世界にも通じるひとつの真理である。

―― ヒュン……ッ!
喪服の少女が放つ一閃を、魅月姫は『いつもどおり』に紙一重で躱す。
―― サクッ
だが、身体から数ミリの距離を過ぎていったその刃が、躱したハズの黒い刃が、次の瞬間、魅月姫の身体に紅い筋を刻む。
「ふふふ……」
その様に、喪服の少女が笑みを浮かべる。
躱したハズの刃によって描かれるその傷は、打ち合うごとに、回を重ねるごとに、その深さ大きさを増してゆく。
しかし、少女のその様子とは対照的に、魅月姫の思考は冷え切っていた。
躱したハズの刃。一瞬の間を置いて刻まれる傷。その謎を解くために。
刻まれる傷の痛みも、敵に対する怒りも、湧きあがる闘志も、すべて凍らせて敵の攻撃を見極める。
魅月姫の体から滴る血。少女が振り回す闇色の鎌が巻き起こす颶風。
薄紅色の光が差す魔殲陣を舞台に繰り広げるそれは、まるで見る者を死へと誘う優雅で華麗な死神の舞踏ようであった。

◆終幕◆
引き裂かれた夜会服を身に纏い、漆黒の大鎌を構える魅月姫。
だが、それと向き合う少女の姿は、傷だらけの魅月姫とはあまりにも対照的だ。
永い永い舞踏を終えて、再び距離をとった2人の少女。
もし、この戦いを見る者がいたならば、両者の間で張り詰める緊張の深さを肌で感じる事が出来ただろう。
いまや2人の少女の間に横たわる空気は、まるで雷を帯びているかのような、触れるものを引き裂く鋭さを孕んでいた。
(つぎで、決着をつけます……)
心の中で呟いて、真紅の闇に力を込める。
対する少女もまた魅月姫と同じ考え。手にした大鎌に凍気を込める。
緊張の深さはもはや限界、張り詰めてゆく空気も遠からず限界を迎える。
果たして、魅月姫は少女の攻撃の謎を解き明かす事が出来たのか。
それとも、燕のように最期まで、己の天性を信じて突き進むのか。
少女の鎌をジッと見つめる魅月姫。魅月姫の視線を見据えたまま、微動だにしない少女。
そして、喪服の少女が手にした大鎌から漏れ出た凍気の結晶が、光を受けて僅かに輝き、地に、落ちる。

―― キィン……

澄み切ったその音を合図に、2人の少女の姿は、最期の舞踏を開始した。

―― ぞぶり。
まるで天を疾るかのような圧倒的な速度で魅月姫の元へと駆ける少女を目の前に、魅月姫の姿が影へと沈む。
影から影へ、闇から闇へ。それは、影と闇を媒介にして空間を渡る移動術。
―― ビュオオゥ!
咄嗟に少女は自身の足元、妖しく揺らぐその影めがけて手にした大鎌を振り下ろす。
―― ギィン……ッ!
影の中へ吸い込まれるようにして消えた大鎌が奏でる金属音。それと同時に影の中から姿を現す魅月姫。
―― ギリギリギリギリギリ……
鎌刃の背を摺り合せて肉薄する2人の少女。
突如、虚空から出現する氷柱を、魅月姫は足元から引き寄せた影の盾で飲み込み、防ぐ。
相手の瞳の中に映る自分を確認できる距離で繰り広げられる攻防。
「……ふっ」
少女の顔が僅かに歪む。
「……ッッ!」
あの技が、魅月姫の身体に幾度と無く傷を刻んだ『見えない刃』が来る。
―― ギャァ……ン!
合わせていた鎌の背を弾き、少女は大鎌を降り抜くだけの距離をとる。
対する魅月姫は……鎌を弾かれたその衝撃に体勢を崩し、完全な無防備を晒している。
―― ビュゥゥン……ッッ!
いままさに魅月姫の首を刈り取らんと、大気を切り裂き迫る死神の大鎌。
―― ぶぅん。
体勢を崩しながらも、鎌の軌道上に影を変化させた闇色の盾を展開させる魅月姫。
だが、迫る鎌はそんなものに頓着しない。
たとえ鎌の刃が影に飲まれても、もうひとつ、不可視の刃が魅月姫の首を刈り取る。
それを確信して、少女は鎌を振り下ろす。ここでようやく体勢を立て直した魅月姫が刃から逃れようと身体を逃がす。
―― ビュオォォン!
振り抜かれた大鎌の刃が風を引き裂く音とともに魅月姫の身体ギリギリの所を掠める。
少女は微笑う。一瞬の間を置いて不可視の刃が魅月姫の首を落とすだろう、その様を夢想して。
だが……
―― ざくん……っ!
魅月姫の首が胴から離れる気配は、ない。代わりに大鎌を振り抜いた右の腕、その肩口近くを鈍い衝撃が襲う。
反射的に、右手を見る……が、そこに在る筈のものが、ない。
……右腕が、ない。
「キィィィィィィィ……ッッ!!!!!!」
声に鳴らない悲鳴が、決壊中にこだました。

◆逃走◆
自分ひとりだけとなった結界の中で、胴から切り離され塵と消えゆく右腕を見つめながら、魅月姫は思う。
まさに、紙一重の戦いだった。運命の天秤、その傾き次第では、あそこで塵と化していたのは自分かもしれない、と。

少女が繰り出す不可視の刃。その正体は、限界まで薄く、硬く、鋭く形成された氷の刃。
大鎌の延長線上に形成された薄氷の刃だ。
およそ生物の視覚というものは、超スピードで迫る物体を視認したとき、その他の物体への注意が散漫になる。
更に言えば、視界の中に入ってはいても、それを認識する事が出来なくなる。
如何に優れた天性のセンスと技術を有していたとしても、生物である以上それを回避することはできない。
それは、常人ならば知覚することすら出来ない圧倒的なスピードで振り抜かれる大鎌の刃。それを目視し尚且つ『紙一重』で躱す体術が可能な魅月姫だからこそ陥ってしまった陥穽であると言えた。

ギリギリのところでそれ気付いた魅月姫は、逆にそれを利用してやろうと考えた。
最期に対峙したそのときに空気中に放った微量の雷撃。その光をもって鎌の延長線上に形成された刃を確認した。
そして、ワザと体勢を崩して隙を見せ、少女が大鎌を振り抜いたその瞬間に、空気中の雷撃を束ね不可視の刃を砕いたのだ。
しかし、魅月姫の力もそこで限界。
闇の神力を注いだ一撃で右腕を切り飛ばしたまでは良いものの、敵に留めを刺すだけの余力は魅月姫には既に無く、最期の力を振り絞って大鎌を拾い上げ、術者の疲労とともに拘束力の弱まっていた結界壁を破り、何処かへと逃げていった。

「私もまだまだ……ですわね」
本来の杖の形に戻った『真紅の闇』を手に、魔殲陣の外へと向かう魅月姫。
自分の未熟さを嘆くような言葉を口にしてはいるが、何故かその顔は笑っている。
数千年にも及ぶ生の中で『敵』と呼べるものなど既に無く、力を振るうべき相手もいない。
かりそめの平穏に身を委ねて時を過ごすことに、もしかしたら自分は『退屈』していたのかもしれない。
獲物を逃がしたハズなのに何故か満たされた心持ちでいる自分を、魅月姫はそんな風に考えるのだった。


■□■ 登場人物 ■□■

整理番号:4682
 PC名 :黒榊・魅月姫
 性別 :女性
 年齢 :999歳
 職業 :吸血鬼(真祖)/深淵の魔女

■□■ ライターあとがき ■□■

 黒榊・魅月姫さま、お初にお目にかかります。
 この度は、PCゲームノベル『東京魔殲陣 / 模倣魔』へのご参加、誠に有難うございます。担当ライターのウメと申します。

 他者の霊力を糧にして、その姿を模倣する強敵との戦い。お楽しみ頂けましたでしょうか?
 もしかすると、思いのほか苦戦し、しかも敵を逃がしてしまうという結末にご不満があるかもしれませんが、
 敵も去るもの引っかくもの。強敵とのバトルがラクショーで片付いてしまうのも面白くないと思ったので、
 色々と悩んだ挙句にこういうバトルになりました。

 書き終えて読み返してみると、なんか燕の話とか視覚の話とか、バトルとは関係ない話に花が咲いちゃったりしてますが、
 まぁ、チョッとしたトリビア気分で楽しんでいただけたら嬉しいです。

 『東京魔殲陣 / 模倣魔』は近いうちに直系の続編ノベルを出す予定ですので、
 公開されたシナリオをご覧になって、もし気に入られたらひとつ遊んでみてください。

 それでは、本日はこの辺で。
 また何時の日かお会いできることを願って、有難う御座いました。