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<東京怪談・PCゲームノベル>


  「闇に散る華」

「闇の匂い――ですか」
 不意に投げかけられた言葉に、私は驚くどころか呆れてしまった。
 この私に対して“闇の匂いがする”なんて。
『――人ではないな』
 言霊師と名乗る少女、ミコトがテレパシーで語ってくる。
 その肩書きが本当なら、おもしろい。言霊師というものは術の発動に時間がかかることと、その間無防備になることを除けばどんな敵にも絶大な力を誇るという。
 つまり彼女を護る存在……守護師の力さえ確かならば、かなり驚異的な存在となる。
 ――ただ……。
「そちらの方も、人ではないようですけどね」
 私はちらりと、青銀色の髪の青年に目をやる。
 本来ならば、清浄な存在である言霊師を護る守護師もまた、聖なる力を宿すはず。ところがその守護師を名乗る司鬼という男は、自分と同じ――闇のもののようだった。
「あぁ。……確かに、俺は鬼だよ。だが角を落とし、人と共に生きることを選んだ」
 鬼といえば一言だが、その意味する幅は広い。強いもの、異質なものを全て鬼と呼んだり、中国の影響で死者を鬼と呼ぶこともある。
 しかし、日本の鬼とは本来鬼神を指す。
 擬態しているせいもあり魔力は感じにくいが、角を落としてもなお濃密な闇の匂いを宿し、完全な擬態を保てるということは、彼は鬼神の方なのだろう。――闇の姫神とされる自分とは、どこか近い存在なのかもしれない。
「それで、その鬼神様が私に何の用です? 日本最強とも謳われる妖怪であり、人食いでもあるあなたが、私を悪しき存在だから退治する、とでも?」
 おそらく表情には出ていないだろうが、口調に嘲笑めいたものが混じる。
「……そうだな、お前が人に害をなすものならば、そうしたかもしれない。人の世界に生きるには、あまりに闇の力が強すぎる。……だが、どうやらその危険はないようだ」
 司鬼はふっと、柔らかな微笑みを見せる。
 ――たったこれだけの会話で、私の何を知ったというのだろうか。キッパリと断言する司鬼に、私は拍子抜けしてしまう。
『――司鬼がいうのならば、そうなのだろうな』
 ミコトもまた、いとも簡単にうなずいてみせる。
 それは私自身に対する信用ではなく、司鬼に対してのもののようだった。
「……妖魔退治をしている割に、魔のものに対して随分と甘いのですね」
 そんなことで、やっていけるのだろうか? そう思うと、司鬼は笑って。
「相手は選んでいるつもりだ」
 大した自信だ。けれど彼らに戦意がないのなら、私も自ら攻撃を仕掛けるつもりはなかった。
『引き止めて悪かった。だが、ついでに名を聞かせてもらってもよいだろうか?』
「――そうですね。そちらも名乗ってくださったのですから、それが礼儀でしょう。……私の名は、黒榊 魅月姫。吸血鬼の真祖であり、深淵の魔女と呼ばれている存在です」
『深淵の……魔女?』
 私の言葉に、ミコトがピクリと反応を示す。
「えぇ。闇の神力というようなものを使って魔術をおこなうからでしょうね。自ら名乗ったわけではないのですが」
『魔女というからには、やはり魔術書にも詳しいのだろうな。――“ゲーティア”という書物は知っているか?』
「“ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)”の断章ですね。ソロモンの使役した悪魔の紹介や召喚方法を記したものです。……それがどうかしたのですか?」
 聞き返すと、ミコトはちらりと司鬼の方を振り返る。
「……その原書が……当時のオリジナルが現存すると言ったら信じるか?」
 司鬼はこちらを真っ直ぐに見て、薄く笑って見せた。
「そのような噂はあるようですけど、己の目で見たものはいません。信憑性には欠けますね」
 私はキッパリと答える。
 レメゲトンに限らず、当時の魔術書は写本が繰り返され、バラバラにされて隠されたりなどして、完本自体が少なかった。
 現存するのは、そうした切り張りの写本を翻訳したものがほとんどで、本当の作者も不明。(レメゲトンは“ソロモンの小さな鍵”という名のごとくソロモンの作だとされているが後で書いた人間の作り話だし、メイザーズやクロウリーは翻訳者にすぎない)
「もし現物があるというのなら、私自身見てみたいものです」
『ならば、ちょうどいい。せっかくの機会だ、思う存分検分してやってくれ』
「――何のことです?」
 ミコトの言葉に、怪訝に思い眉をひそめる。
「その現物を、手に入れたという男がいるんだ」
 司鬼の言葉に、私は思わず目を見開いた。
「……まさか。信じられませんね。一体、どういう人物でどういった経緯で手にしたというのです?」
『古書店を営んでいる男で、買い付けを専門とする書目 志信という男だ。経緯はわからないが、書物にはかなり詳しいもののようで、実際その本には妙な気配がした』
「それは……どうでしょうね。普通の魔術書であっても、力のあるものが使っていたり、それによって死んだものの念がこもっていれば妙な気配がしてもおかしくはありませんから」
「その違いは、見ればわかるか?」
「当たり前です。……見ろというのなら、見させていただきますよ」
 答えると、2人は笑みを浮かべて「助かる」と声をそろえる。
 協力するような義理はないが、その魔術書が本物だというのならば確かに興味がある。
『ちなみに、その魔術書を持っていることで危険に遭うという可能性は?』
「……そうですね。普通、魔術書が危険だというのは魔術を実行するからなので持っておくだけで害があるということはないはずです。けれど、実際に持つ主が不可解な死を遂げていくものもあります。そういったものの場合……本に何か魔術をかけられているか、もしくは死んだものや魔物などが本に取り憑いているか、ですね」
『だとしたら、どの程度の危険だろうか』
「――普通の本でも人を殺すくらいです。オリジナルの場合、込められている魔力は更に高いですから……限りなく危険でしょうね。もしもその持ち主を助けたいというのなら、すぐにでも魔術書を取り上げるべきだと思います」
 2人は私の言葉に、さっと顔を見合わせて。
「悪いが、今すぐ来てもらえないか?」
 真剣な表情で司鬼が尋ねてくる。私が小さくうなずいて見せると、彼は片手でミコトをひょいと抱えあげる。
「ついて来れるか?」
「おそらくは」
 短いやりとりの後、ざっと風を切るように駆け出す司鬼の後を追った。


「俺たちは魔術書については詳しくないんで、専門家を連れてきた。その本を見せてやってくれないか?」
 司鬼の紹介を受け、持ち主である志信に挨拶をする。黒い髪に黒い瞳で身長が高くがっしりとした男だった。
 彼は不信をあらわに睨みつけてくる。
「いい加減にしてくれ。お前らには関係ないだろう。この本のことは、俺が自分で何とかするから……っ」
 言葉と共に、彼は書物を開いた。
 鍵の形跡はあるが、かかってはいない。だけど鍵をかけていたということは――……。
 ぼんやりと調子で、魔術を唱え始める志信。それは私でも初めて聞くものだったけれど、危険であることだけはわかった。
 そうでなくては、厳重な封印などされないだろう。
「いけません!」
 声をかけるが、すでに遅かった。
 本の中から現れ出たのは、一人の男。“ゲーティア“で紹介される72の悪魔とは違う。かなり高位の魔術師……知的な面立ちに黒い瞳、蓄えられた顎髭、緋色のマントをまとった威厳のある姿。それは、まさに……。
「ソロモン……?」
 志信が呆然とした様子で小さくつぶやく。間違いなくそうだろうと、私も思った。
「――これは、悪霊なのか? それとも悪魔なのか?」
「……わかりません」
それが正直なところだった。ソロモンの魂だとすれば悪霊になるのだが、分類としてはおそらく悪魔に属するだろう。そもそも悪魔自体、元は精霊だったというのだから、区別すること自体おかしいのかもしれない。
 それにしても……ソロモン自身を召喚するなんて。本人が自分を悪魔化する秘術を生み出し永遠の命を得たか、他のものが彼を使役することができたのか。どちらにしても、おもしろい。
『我を呼び出したのは、汝か』
 冷たい声で、志信に目を向けられる。
 ――まずい状況だった。悪魔は、好奇心や私怨で呼び出されることを好まない。場合によっては呼び出した本人を殺してしまうこともある。
 志信自身に、どうしても護らなくてはならない理由があるわけではないけれど……。
 望みを聞かれても答えられない志信に対し稲妻が放たれ、それを司鬼がかばって受けた。
 火傷を負う腕を見て、何故鬼の力を使わないのかと思う。鬼だって、妖術たるものを使う。日本最強とも謳われるはずの存在が、あんな単純な攻撃を受けるなんて、と失望する。
 ――だけど、そうか。彼には角がないから、魔力の調整ができないのだ。
 それにもしかしたら、鬼の力を極力使わないようにでもしているのかもしれない。……人間と、共に暮らすために。
 そう思うと、バカらしいと切り捨てることもできなかった。
 司鬼は白衣の内側から短剣を取り出し、自分の腕を切りつけた。
 その血を使って、ミコトの周囲に円を描く。鬼の血には魔力か宿るから、それを使っての結界だろう。
「――“地の玉、鎮めの力”」
 司鬼の言葉を合図に、ミコトの手にしていた水晶が光を放ち、彼女は呪文を唱え始める。テレパシーではなく、声に出して。
 それは、どこかで聞いたような……それでいて初めて耳にするような言葉の羅列。いくつもの言葉が重なり、連なり……言葉の渦が音楽のように美しく鳴り響く。
 だが悪魔たちも、黙ってその詠唱を待ってはいない。
 本の中から馬、猫に蛙、鴉に大蛇、蠅などの動物から、蛇の尾を持つ狼であったり獅子の顔をした人間であったり、ラクダや馬、獅子や雄牛にまたがった騎士や老人、女性に子供と、多様な姿のものたちが現れる。
 私は進化する知性杖である『真紅の闇』を大鎌の形に変え、ざっとそれらをなぎ払う。
 こうなってしまっては、言葉など意味はない。彼らに恨みがあるわけではないが、巻き込まれてしまった以上、逃げ出すのは気が引けた。
「ここまで助太刀までするとは言っていないのですけどね」
 ため息と共につぶやき。 
「“ソロモンよ、汝に死天使オスレイルの裁きあれ。冥府の門は今こそ開かれたり”」
 簡単な呪文を唱えるが、相手も魔術においてはかなりの腕だ。互いに相殺することしかできない、拮抗した状態が続く。
 その間にも手を休めず、続々と悪魔をなぎ払ってゆくので大変だった。
 そうでなければ……志信は人間だし、ミコトは人間の上に幼い子供で、しかも結界内に避難している。司鬼は司鬼で、肝心の鬼の力が使えないため、その怪力や素早さなど、身体能力による闘いしかできない。更に攻撃に専念するため防御せず、傷だらけになっている。
 そんな中、志信が不意に悪魔の一人を投げ飛ばす。
 日本の古武術だろうか。鮮やかな身のこなしだ。
「悪魔を投げ飛ばした人間は初めて見た」
 司鬼の言葉に、私も同意する。
 数千年生きてきてそれなのだから、実に貴重な存在だ。
「――それにしても、埒があきませんね」
 どれほど悪魔をなぎ払おうと、ソロモンがいる限りまた復活する。しかしソロモンに集中しようにも、悪魔たちが邪魔で専念できない。
 なにより、73対4……そのうち一人は今のところ戦線離脱。というのは、さすがに厳しい状況だった。
「……もうすぐだ」
 司鬼が低くつぶやき、ミコトに目をやる。
「――“闇の名を借り、我は唱えん。この地に集いし魔のものたちよ。怒りを静め、この場を立ち去れ”」
 言霊を唱え終わると、ソロモンは抱え上げていた杖を降ろした。悪魔たちもふ、ふ、と一体ずつ姿を消していく。
 ――これが、言霊師の力……。
「浄化……ですか」
「あぁ、地の玉は浄化、鎮魂の力だ。その中でも光は肉体、闇は精神を司る。……この場合、これだけの悪魔たちを祓うというのは難しいし、呼び出しておいてあまりに理不尽だからな。ともかく怒りを鎮めてもらった」
 こめかみの血を拭いながら司鬼は言った。傷はほとんど治っているようだけど、血まみれの白衣を洗濯するのは大変そうだ、と思う。
『……馬鹿者! 何度言ったらわかるのだ、司鬼。魔力の源である角がないのだから、無茶はするな! そのために私は協力を要請したのだぞ!』
 ミコトが、最初と同じくテレパシーで怒鳴りたてる。
 ――それは初耳ですね。
 そう思ったが、言わずにおいた。
 ……彼女にとっては、見知らぬ男の命よりも相方である司鬼が怪我を負うことの方が耐えられないのだろう。
 身勝手かもしれないが、そういう考え方は嫌いじゃなかった。
「阿呆、守護師の俺が言霊師を護らなくてどうする。――この身一つあれば闘える。そうだろう?」
「あぁ」
 司鬼の言葉に、志信も同意する。
 ――全く、男というものはわかっていない。そう思って、少し呆れた。
「……ともかく、助かったぜ。ありがとうな、司鬼にミコト……それから、魅月姫も。魔術書に関わることには慣れているが、さすがに今回ばかりはヤバかった」
『その本は、どうするつもりなのだ?』
「――俺としては、せっかく買い付けにいったんだから売りに出したいところだな。もう一度錠を付け直して封印をして……。売る相手さえ選べば、今回ほどの危険はないと思うんだが……」
「売りに出すのですか?」
 志信の言葉に、私はぴくりと反応し、口を挟む。
「それなら、是非買わせていただきたいですね。ソロモンの秘術を学ぶ必要はないですが、ソロモンを召喚できる中世当時のオリジナルの完本である、ということに関しては非常に興味があります」
 魔術を扱うものとしての好奇心だけではなく、その時代を生きた私にとっては当時を偲ぶものにもなる。
 無理やり奪い取ろうとまでは思わないが、売るというのならば買ってみたい。
「――そうだな。やる、というわけにはいかないが、客として店に来るっていうなら、別に構わないぜ。必要とするヤツの手に渡すのが目的で買い付けているんだからな。お前はちゃんと価値もわかっているようだし」
「本当ですか? ありがとうございます」
 私は素直に礼を述べる。不信感をあらわにしていた彼が、若干認めてくれたようだということも嬉しく思った。
 司鬼とミコトは、満足したのだろうか、無言のまま背を向け、ゆっくりと歩き去っていくのだった。


 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:4682 / PC名:黒榊・魅月姫 / 性別:女性 / 年齢:999歳 / 職業:吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】

【整理番号:7019 / PC名:書目・志信 / 性別:男性 / 年齢:45歳 / 職業:古書買い付け】

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■         ライター通信          ■
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 黒榊 魅月姫様

毎度ありがとうございます、ライターの青谷 圭です。ゲームノベルへの参加、どうもありがとうございます。

今回は協力も可、とのことですのでPC志信様の買い付けた魔術書について、知識を授けてもらい、参戦していただく形を取らせていただきました。
別々の視点で描かれていますので、よろしければそちらも覗いてみてください。
魔術書に関しては、使う、使わないはさておき、興味を持ち買い取る形にしていただきました。その方が彼らとしても安心だと思います。

ご意見、ご感想などございましたら遠慮なくお申し出下さい。