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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


ぬいぐるみ達の反乱

□Opening
「だからねぇ、我々だって、休暇が欲しいと思うのは当然じゃないか」
 もっふりとした大きなぬいぐるみ。白地に黒の模様の彼は、パンダを模して作られたものだ。大きさは、丁度大人が両手で抱えるほど。そのぬいぐるみは、碧摩・蓮を目の前にして、吐き捨てるように悪態をついた。普段はラブリーなだけの彼も、表情は険しくとてもじゃ無いけれど、和むものではなかった。
「そうよ! どうして人間ばっかり休暇があって、休んで、楽しむのよ?」
 それに続けとばかりに、ウサギのぬいぐるみもぶーたれる。
 普段は、たるんとした肌触りで人の心を癒す彼女も、今は目が釣り上がり、怖い印象しか無い。
「しかしねぇ、あんた達……」
 蓮は、困り果てて、彼らを眺めていた。
 人を癒すぬいぐるみを仕入れたのは、一週間前。彼らは、すさんだ人間社会において、癒しの一端を担うはずであった。
 が、店に訪れる客に愛想を振りまくるあまり、自分達が疲れてきたと言う。
「俺はよ、そう、なんつの、癒されたい? みたいな」
 今まで黙っていたキリンのぬいぐるみも、今は、妖怪もかくやと言うほどの、怪しさを醸し出していた。
 他にも、犬、猫、イルカなど、大量のぬいぐるみが、癒しを訴えていた。
「さぁて、どうしたもんかね?」
 蓮は、ため息をついて、どうにかぬいぐるみ達を癒してくれそうな人物を探し始めた。

□01
「……そもそも、そんな無理して愛想振りまかなくても良いんじゃない?」
 と、シュライン・エマはぬいぐるみ達を見つめ、小首を傾げた。流石蓮の集めたぬいぐるみ、元の和やかさを全く想像させないほど、それぞれの表情は険しく恐ろしいものだった。
 とは言え、その内容は、こう、他人事と思えないというか……。
 シュラインは、口の端を持ち上げて、ぬいぐるみを撫でてみた。感触だけは、暖かでふわふわで、もこもこだ。
 さて、その隣から、すらりと長い足が伸びてきて、一つぬいぐるみを蹴飛ばした。
「己の存在意義を忘れた奴はもうウンザリだ」
 不愉快そうに目を細め、腕組をしていたのは黒・冥月。仁王立ちして、ぬいぐるみ達を見下ろしている。
 そもそも、草間に頼まれて品を取りに来たのだ。すると、そこには、いつか見たような、己の存在意義を忘れた輩がなにやら文句を垂れ流しているではないか。冥月は、迷わず目の端に居た象のぬいぐるみを踏みつけた。それから、きりんを持ち上げ、その首を結びながら、多分、その場に居るぬいぐるみの誰よりも恐ろしい顔で蓮を見据えた。
「おい蓮、こいつら幾らだった? 私が倍で買って始末してやろう。燃やし尽してやる」
 結構真剣な瞳に、ぬいぐるみ達は一瞬言葉を詰まらせ息を呑む。
「まぁ、待て待て、一応大切な商品なんだ」
 蓮は、売れて行くならそれでも良いかなぁと言う考えをそっと押し込めて、苦笑いを返す。そもそも、蓮はあまり金銭に頓着しない。蓮の反応に、冥月は、むぅと顔をしかめた。
「……そっかぁ、ぬいぐるみさんたち、疲れちゃったのね」
 と、傍らで、ポツリと呟いたのは与儀・アスナ。何やらぬいぐるみ達に同情している、見た目、お子様だ。とは言え、幼いなりにしっかりとした物言いが、彼女がそれだけではないと言うことを物語っていた。事情を知ってか、色々と準備をしてきているようだ。
 その言葉に、樋口・真帆が頷いた。
「疲れちゃってるみたいですね、うん」
 彼女は、仲裁役に『ここあ』と『すふれ』を連れていた。
 使い魔であるところの彼らは、可愛いうさぎのぬいぐるみそのものだ。ちなみに、黒うさぎの方が『ここあ』白うさぎの方が『すふれ』である。
「そうだ、だからこそ、癒しが欲しい」
 シュラインに抱かれたパンダがため息をつきながら、アスナと真帆を交互に見た。
「そうそう、癒されたぁい」
 ぱたぱたと、両手を上下させたのはうさぎのぬいぐるみ。彼女は、真帆の連れてきたここあとすふれの事が凄く気になっているようだ。
「さぁ、きっちり、癒してもらおうか」
 冥月に首を絞められていたキリンは、それでも鋭い視線で一同を見渡した。
 その後ろから、我も我もとぬいぐるみ達が騒ぎ出す。
 蓮は、諦めたようにため息をつき、やってきた四人に全てを託した。

□02
 それにしても、ぬいぐるみ達は本当に、目を背けたくなるほど恐ろしい顔つきだ。皆が皆怖い顔つきなので、それだけ彼らが疲れているのは分かったのだが、やっぱり気になる。
 真帆は、つんつんと唇を尖らせるぬいぐるみ達を覗きこんで、にっこりと微笑んだ。
「ほらほら、みんな怖い顔してたら、せっかくの可愛らしさが台無しになっちゃいますよ」
「むぅ」
「だったら、どうしてくれるというのだ?」
 シュラインの腕の中で、ほんの少しだけまったりしていたパンダだが、それでも表情険しく真帆を睨み返す。イルカも、冷めた口調で、そっぽを向いた。
 真帆は、それでも、ちょっと小首を傾げただけで、一つうんと頷いた。
「それじゃあ、みんなでピクニックにでも行きましょうか?」
 にっこり笑顔の真帆。
 その後ろで、白うさぎのすふれが、それはいいかもねとくるくる回る。
「ピクニックねぇ、って、どうして急に?」
 のんびりとパンダの毛づくろいをしていたシュラインが、面白そうな提案に微笑んで答えた。
「えっと、ぬいぐるみといえばふわふわもこもこ。ふわふわもこもこといえば、ひなたぼっこ」
 真帆はゆっくりと、身振りを交えて優しく主張する。
「それで、ひなたぼっこに休日といえば、ピクニックです」
 そして、えっへんと、胸を張った。
 ココア色の髪が、ゆらりと揺れる。
 外はいい天気だ。暖かい日差しの中で、ゆっくりとすごすのも良いだろう。
 シュラインは、胸元のパンダを一つ撫でて、そうね、いいかもねと頷いた。
「じゃあ、あたしも行くわ」
 真帆とシュラインの足元で、うさぎのぬいぐるみがふんぞり返る。かまわないんじゃない? と、黒うさぎのここあが点呼を取り始める。
 こうして、真帆とシュラインはピクニックに出掛ける事にした。

■05
「いや、もう、愛想笑いは、疲れるね」
「そうねぇ」
 ふぅと、ため息をつきながらイルカのぬいぐるみは、シュラインの膝の上で空を見上げた。穏やかに相槌を打ったシュラインは、イルカの背を撫でながらほつれがないか確認してみる。
 愚痴が相当たまっていたのか、外に出て草むらにシートを敷き座り込んだ途端、イルカは堰を切ったように話し始めた。シュラインは、彼の話の邪魔にならないようにうまいタイミングで相槌を打ちながら、のんびりと青空の下の午後を過ごしていた。
「それについては、同意だな、まったく、口元が引きつる思いは沢山だ!」
 シュラインにもたれかかるようにしてくつろいでいたパンダが、急に話しに入ってきた。
 どうやら、客に愛想を振りまくった、と言う点において、ぬいぐるみ達はかなり疲弊しているようだ。そんな時は、話を聞いてもらうだけでも、ストレスの発散になる。シュラインは、それをわかっていて、ぬいぐるみ達の言葉に頷いていた。
 さぁと、風が吹く。
 ふわりと、その風に乗って、お香からのかすかな匂いが鼻をくすぐる。
 リラックスにと、シュラインが用意した。香りが苦手な客に配慮して、きつい物は避け、虫除け効果も兼ね備えたものだ。
「ん? 良い匂いだ」
 話しに夢中になっていたイルカとパンダが、その香りに誘われるように手足や尾ひれをばたつかせる。
「ええ、飲食は無理だし、せめてこれでリラックスってね」
 シュラインは、笑顔で二つのぬいぐるみを撫でながら、ゆっくりと話し始めた。
「でね、ぬいぐるみを手に入れる人はね確かに癒されたいと思う、けどね、そこがポイントじゃないの」
「ほお?」
 愚痴を吐き出すだけ吐き出してずいぶん気持ちが落ち着いたのか、イルカがシュラインの言葉に興味を示した。パンダも、今はシュラインの膝にのぼり、話しの続きを気にしている様子。
「顔を見て一緒にいたいなって思うのよ」
 そう。
 例えばこうして、一緒に時間をすごす事。一緒に空を見上げて、一緒にお香を感じたりする。それが、とても重要なことだと、ぬいぐるみ達に伝える。
「だからね、自由な顔をして居て良いんじゃないかな?」
「むぅ」
「愛想笑いだけが、ぬいぐるみの役目では無いと?」
 考え込むイルカに、驚くパンダ。
 シュラインは、静かに頷いて、仕事なんじゃなくて生活の一部になりに行くんだものと、付け足した。

□Ending
 さわさわと吹く風が少し冷たくなってきた。
 温かかった日差しが、そろそろ夕焼けに変わりそう。
「と、言うわけで、鬼の島から持ち帰った財宝で、幸せに暮らしました」
 そんな中、シュラインの、静かな声が、優しく響く。
 その膝の上には、イルカとパンダのぬいぐるみ。その表情は穏やかで、ゆったりとした気持ちだと言うことは、言わずもがなである。
 シュラインの用意していた童話が、また一つ終わったところ。
 イルカとパンダは、幸せな結末に、ほっと胸をなでおろし、よかったねと呟いた。
「ん……、あ」
 その隣、草むらに敷いたシートの上で、真帆がゆっくりと目を開ける。
 心地よいシュラインの朗読に、ついついお昼寝をしてしまっていたようだ。真帆の腕の中で、ウサギのぬいぐるみもうとうとと舟をこいでいる。その手には、色とりどりの小さな花。
「おはよう」
「おはようございます、寝ちゃいました」
 シュラインの声に応えるように、少しだけはにかんだ笑顔。そろそろ身体が冷えるわよと言う、シュラインの声に頷きながら真帆は身を起こした。
「良く眠れたようね、そう、ウサギさんも」
「うん、ああ、生き返ったようだわ」
 シュラインに声をかけられて、ウサギのぬいぐるみも、うんと背を伸ばす。その顔は晴れやかで、気分もリフレッシュできたようだった。
「シュラインさんは、どうでしたか?」
「そうね、一日、のんびりと過ごせたわ」
 真帆は、ここあとすふれを揺り起こしながら、シュラインを見上げた。
 それに、にっこりと笑顔が返って来る。
 どうやら、ぬいぐるみ達だけではない。自分達も、ゆっくりと一日過ごせたようで、それはとても気持ちが良かった。
「さて、帰りましょうか」
「はい」
 シュラインは、皆が起きた事を確認して、シートを仕舞いはじめた。
 真帆も、服の裾を正してから、それを手伝う。
 穏やかな表情に戻ったぬいぐるみ達は、こうして、一日を楽しくゆっくりと過ごした。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【1076 / 与儀・アスナ / 女性 / 580歳 / ギャラリー「醒夢庵」 手伝い】
【6458 / 樋口・真帆 / 女性 / 17歳 / 高校生/見習い魔女】

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■         ライター通信          
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 この度は、ノベルへのご参加有難うございます。ぬいぐるみ達との一日はいかがでしたでしょうか? あるいは楽しく、あるいはにぎやかに、楽しく書かせていただきました。
 □部分は集合描写(2PC様以上登場)、■部分は個別描写になります。
 今回は、野外と室内、二つのエンディングを用意しましたので、他の場所で何があったのか、よろしければご覧ください。

■シュライン・エマ様
 こんにちは、いつもご参加有難うございます。『自由な顔をして居て良いんじゃない』と言う言葉に、はっとさせられました。たしかに、笑顔だけが、癒しではないですね。成り行き上、野外へと繰り出す事になりましたが、いかがでしたでしょうか?
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。