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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


トラブル! 〜お片付けは大切です〜



「こんにちは〜」
 気の抜けるような明るい声に、草間武彦は渋面になった。
 出来ることなら一日聞かずに過ごしたいと思うその声の主は、日向明。
 性格も厄介だが、能力も厄介である。関わることなく過ごせるならどれだけよいことか。
「……何の用だ」
 嫌々問いかける。さっさと用件を聞くだけ聞いてお帰り願おう、そうしよう。
「用って言うかですねぇ、なんかここでトラブルが起きるっぽいので来てみました〜」
 草間の顔が引きつった。
「『トラブル』…?」
「そうですそうです〜。ボクの『トラブルシーク』は知ってるでしょう?」
 知っている。よくよく知っている。…知りたくなどなかったが、身をもって。
「…げ、原因は」
「そうですねぇ…」
 ぐるりと興信所内を見回す明。一通り見てから草間ににっこりと笑いかける。
「『部屋の汚さ』みたいですよ?」
 乱雑な興信所内に、草間は頭を抱えるしかなかった。

◆ ◇ ◆

 特に何があるわけでもなく、ただ気が向いたという理由で黒・冥月は草間興信所を訪れた。
 来客を告げるためのブザーを鳴らすこともノックをすることもなく、無造作に扉を開き――。
「…ッ!」
 瞬間、自分に向かって飛来してきたナニカを手刀で叩き落とした。
「大丈夫か――って、なんだ、冥月か」
「なんだとはなんだ。……というかこの惨状は何が起こったというんだ? しかも…」
 まるで室内で竜巻でも起こったのかと問いたくなるような酷い有様の興信所内を見回し、次いでついさっき自身が叩き落としたモノに視線を遣る。
「絶対にいるだろうとは思っていたが、ついにコレが我が物顔で飛び回るようになったか…」
 しみじみと呟く。
 ……そう、冥月の視線の先にいたのは、主婦の天敵、人を小馬鹿にしたようにカサコソ動き回り、あまつさえ宙すら飛び回る、恐ろしくしぶとい害虫――油虫、だった。
「しっかし…アレを素手で叩き落とすなんて、流石男の中の男だな!」
「誰が男だ」
 すでに恒例となりつつある台詞を口にした草間の額に、冥月の拳が決まる。
(…あ)
 冥月は心の中でしまった、と思った。
 ちょっと強く殴りすぎたかもしれない。しかも急所に入れてしまった。
 ぱたりと倒れたその後起き上がる様子のない草間。……マズったか?と少々不安になる。
「おい、草間?」
 呼びかけ、念のため呼気・脈も確認するが問題なし。
 ならば遠慮は無用と、頬を抓ったり叩いたり鼻つまんでみたりがくがく揺さぶってみたり軽く殴ってみたりするものの、何故か目覚めない。
「まったく、なんなんだ。狸寝入りではないようだし…」
 面倒になってぺいっと放り出す。なにやら頭と床が激突したような鈍い音がしたが気にしない。
 改めて辺りを見回す。床は足の踏み場もないほど書類が散らかっているし、机の上など言うまでもない。
 ふと、部屋の片隅に目を遣る。そこには、にこにこ笑顔で突っ立っている少年がいた。まったく気配がしなかった気がするが、普通の何の変哲も無い人間に見える。
 高校生ほどだろうか、栗色の髪と青い目の少年だ。顔の造作は整っていて、どれかと言うと「可愛い」に分類されそうな…。
「初めまして〜。ボク日向明って言いますぅ。草間さんのお知り合いですか〜?」
 ぴくり、と冥月は眉を跳ね上げた。
 …なんだろう、このやたらと癪に障る間延びした喋り方は。
「…まぁ、一応な。私は黒冥月だ」
 名乗り、日向明と言う名前らしい少年の方へ足を向ける。この有様の原因を知っているのだと直感したからだ。
「日本の方じゃないんですねぇ……あ、冥月さん〜」
「なんだ」
「ちょっと止まった方が〜」
 その言葉を冥月が理解する前に、どさどさっと山積みになっていた書類が冥月の目の前で雪崩れた。
「………」
 無言でそれを跨ごうとした冥月に、またも明が声をかける。
「こっち来ないほうがいいですよ〜」
 ばさばさばさっ。
 雪崩れた書類がさらに雪崩れて、冥月の足元を埋めた。
「……………」
「あ〜あ、だから言ったのにぃ」
「……一体何なんだこれは」
 実にタイミングよく書類が雪崩れるなどとは。明が何かしたのかとも思ったが、そういう素振りは無かった。
「ここ片付けないと延々とトラブルが起きるんですぅ。でも草間さんお掃除苦手らしくてですねぇ、さらに酷いことにしちゃいまして。トラブル発生率が大分上がっちゃってるんですよねぇ。だからうかつに動けなくって」
「トラブル…?」
 詳しく聞いてみれば、どうやらこの少年は『トラブル』を感知する能力があるらしい。その能力によれば興信所の汚さが原因でトラブルが起きるらしい。そしてそれは片付けられるまで続くと。
 あらかた事情を聞き終わった冥月は深く嘆息した。ここの所長は色々とどうしようもないと思う。
「起きろ!」
 どうにかこうにか無事に草間の元へと後退した冥月は先ほどより強く殴ったりあまつさえ蹴ったりしてみる。
 ……が。
「起きませんねぇ〜」
 草間はまったく起きる様子もなく、すよすよと眠りくさっている。眠っているというよりは気絶しているという方が実は正しいが。
「どうしろというんだ…」
「決まってるじゃないですか〜」
 またも草間を床に放り出した冥月に、明は満面の笑みを向けている。
「……何だ、つまり私に片付けろと?」
 冥月のどこか諦めを含んだ言葉に、こっくりと明は頷いたのだった。

  ◆

(まったく、何で私が……)
 邪魔な書類を一旦影内に放り込み、掃き掃除をしていた冥月は思った。
 掃除を始めてから何回思ったか知れないが、しかし冥月は掃除を放り出して帰ることはしない。
 それは別に草間を昏倒させた原因が自分にあるからその詫びだとか言うわけではなく、ただ単に放っておけなかっただけである。
 ちなみに草間はソファに放置、明は掃除を手伝うでもなく部屋の片隅で突っ立っている。本人曰く「今ボクが動いたらさらにトラブル発生しちゃいますよ〜?」とのことだ。それが真実か確かめる術が無いので――確かめて本当にトラブルが起きたら面倒だからだ――そのまま放って置いている。
 掃き掃除の後は拭き掃除、それが終わったら一度ごみを捨て、そうそう綺麗にする機会のない壁に取り掛かる。
 所長がヘビースモーカーゆえのヤニ汚れは、深夜の通販番組でおなじみの洗剤を使って落としてみる。
(おお、本当に落ちるものだな)
 ひそかに感心していたりする冥月。
 それでも落ちない頑固な汚れは影で表面を撫でて、汚れだけを影内に吸い込む。
 そうして徹底的に磨き上げれば、見違えるほど美しくなり――これが本当にあの興信所かと問いかけたくなるほどの整然たる室内に生まれ変わった。
 そして影内に収めていた書類を取り出して、適当に分類して棚へ仕舞っていく。
 実に手際のいい冥月の姿に、明が心の中で絶賛していたなど知る由も無い。

◆ ◇ ◆

(……よし)
 ぐるりと室内を見渡し、頷く。
 どこもかしこも文句のつけようが無いくらい美しい。建てた当時を髣髴とさせる。
 棚には整然と書類が並べられ、デスクとして機能していなかったデスクもすっきり綺麗に片付いている。
 ちらりとソファで未だ寝こけている草間を見る。起きる様子は微塵もない。
「今度酒でもおごらせるか」
 もちろん興信所がいつでも赤字であることなど知っているが、それくらいしてもらわねば割に合わない。
 影から取り出した油性ペンのふたをきゅぽんと開け、すらすらと草間の顔に伝言を残す。
 書き終えたそれをじっくりと見て満足げな笑みをこぼした冥月は、軽い足取りで興信所を後にした。

 後に、目を覚ました草間があまりの興信所の変わりぶりに驚いてソファから落っこちたり、明に笑顔で渡された手鏡を覗き込んで悲鳴を上げたり、数日後泣く泣く冥月に酒をおごったりしたが――それはまた、別のお話。






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、冥月様。ライターの遊月です。
 今回は「トラブル! 〜お片付けは大切です〜」にご参加いただきありがとうございました。

 かなりてきぱきとお掃除なさる冥月様を書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。
 明はどうやらあまりの手際のよさにちょっかいかける気が失せたようです…。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。