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<東京怪談・PCゲームノベル>


とまるべき宿をば月にあくがれて  参


 
 相も変わらず賑やかな茶屋の中、テーブルに出された膳に向けて丁寧に手を合わせ「いただきます」と一礼。
 汁碗に手を伸ばし旨そうにそれを口にする北斗を見やりながら、侘助が相も変わらずに安穏とした声音で言を述べた。
「もうそろそろ梅雨時ですねえ」
 言われ、北斗は碗を置いて小さなうなずきを返す。
「もう六月だもんな。はやいよなー。もう半分終わるんだぜ」
「ええ、まったくですね。――今年の夏も暑いんでしょうかねえ」
 やんわりと目を細める茶屋の店主を上目に見上げながら、北斗は休ませる事なく箸を動かした。
 膳に並んであるのは玄米に大根の味噌汁、漬物。生姜焼きが盛られた白磁の皿に箸を向けながら、北斗ははたりと顔をあげた。
「梅雨っていえばさ、四つ辻ってわりといっつも晴れてるよな。や、いつ来ても夜だから晴れてるっていうのもアレかな。まあいいや。月があるわけでもないし、曇ってるんだとかそういうのもわかんない感じでさ」
「ええ、そうかもしれませんね」
「そうかもしれませんねって、なあんかあいまいな言い方だなあ」
 わずかな不平を口にしつつ湯呑を持ち上げる。湯呑のなかで小さな波を立てるそれは、どうやら温かい麦茶のようだ。
 北斗は茶を啜りながら侘助を振り仰ぎ、次いで酒に酔った妖怪達の横やりに受け答えを返しながら、腹の底で小さな息を吐き出した。

 六月も半ばに差し掛かり、初夏を充分に満喫できるほどの季節になった。
 授業を終え、その後に続く部活などを終わらせてからの帰路に着く。少し前までは帰路時にはもう薄闇が広がっていたものだったが、気がつけば陽も随分と高くにある。夕暮れ時の薄い橙色に背を押されながらゆったりと足を進めていた矢先、北斗はまたもや四つ辻へと踏み入ってしまったのだった。
 ちょうど小腹も空いていた。夕飯時までには未だ少しばかり時間がある。
 これ幸いと、嬉々として茶屋に向かい、馴染んだ店主や常連客の面々に挨拶を述べた後で晩御飯前の軽い腹ごしらえを楽しむ事にしたのだ。

「なあ、四つ辻って雨降ったりするわけ?」
 再び侘助に顔を向けて訊ねると、侘助は「ええ」とうなずき、北斗の隣の椅子を引いた。
「そりゃあ雨ぐらい降りますよ。雨にまつわる妖怪だって少なくありませんしね」
「そりゃそうか」
 当たり前のようにあっさりとした応えに、北斗は「ごちそうさま」と告げて再び両手を合わせた。
「水がないんじゃ河童だって困るしなあ」
「そりゃあそうさね」
「皿が干乾びちまうもんなあ」
 横にいた妖怪がそう口を挟みいれてゲハゲハと笑う。
 当の河童は、どうやら不在らしい。
「今ごろ河童のやつ、どっかでくしゃみでもしてのかな」
 ぽつりと落とした北斗の言葉は、賑やかな茶屋の中に一層明るい喧騒を呼んだ。
「ちげえねえ」
「風邪ひいちまったかななんてボヤいてるかもしれないよ」
「河童が風邪ひくたあ情けねえなあ」
 ゲハゲハと続く喧騒に頬を緩めつつ湯呑を口に運ぶ北斗に、隣に腰を落とした侘助が穏やかな声音で口を開けた。
「で? なんでまたそんな事を今さら気にするんです?」
「ん? いや、なんとなく。梅雨だっていうからさ、ここにも梅雨ってあんのかなーって思っただけ」
「長雨は……まあ現世のものよりは続きませんがね。こちらも現世も、季節やなんやといった部分はあまり変わらないんですよ」
「そういえば桜も咲くしな」
 北斗はうなずき、それからふと思い浮かんだ言葉を続ける。 
「なあ、狐の嫁入りっていうの? そんなのがあるっていうじゃん。俺も昔いっぺん聞いたきりだから詳しくは覚えてないんだけどさ」
「は? ええ、まあ、ありますね」
「あれってようは天気雨の事なんだよな、たぶん。でも太陽が出てるのに雨が降るのってのは、やっぱりちょっとした怪奇現象っていうのかな」
 首を傾げた北斗の湯呑に茶を淹れながら、侘助は眸をゆるりと細めて笑みを浮かべた。
「昔のひとは、さっと降ってさっと止んでしまうのを、狐の悪戯だとでも思ったのかもしれませんねえ」
「だよなあ」
 足された茶の湯気に目を細め、北斗は短い息をひとつ吐く。
「狐が嫁に行くってのも昔だったら本当にあったのかもしれないよな」
 言って、侘助の顔を覗きこんでみた。が、侘助は「そうですねえ」とうなずいたきり、きちんとした応えを述べようとはしない。ただにこにこと穏やかに頬を緩めているばかり。
 北斗は椅子を引いて侘助の傍に寄って問いかけを続けた。
「そういえばここって妖怪がうろうろしてる場所じゃん。狐も当然いるわけだよな」
「ええ、もちろん」
「じゃあさ、今の東京よりもこっちの方が見れる確率はあるわけだよな」
「何をです?」
「狐の嫁入り」
 嬉々として顔を綻ばせた北斗の問いかけに、侘助はわずかに驚いたような色を浮かべる。
「そうですねえ」
 しかし、応えた侘助の顔にはもういつもと同じく安穏とした笑みばかりが滲んでいた。
「世の中に冠婚葬祭の四つの礼儀ある。そが中に大礼と言うものは婚儀なりってえ唄があるのをご存知ですか、北斗クン」
「またそうやってはぐらかすんだもんなあ」
 大仰なため息を落とす北斗に、侘助は小さな笑みをこぼして言葉を続けた。
「狐は畜生の身でありながら人間の真似事をして、結納を結び、方位やら日柄やらをちゃあんと選ぶってんですよ。それで衣装箱やらなんやらの嫁入り道具を抱えて、猩々の血で染めた赤い傘を掲げて、神さんのところへお嫁入りしていくんだそうです」
「へえ、狐の嫁入りって、神さまんとこに行くんだ」
「まあ、実際のところはどうでしょうかねえ。好いた相手のところへ行くのやもしれませんし、それは嫁入り行列の行灯が教えてくれるのかもしれませんねえ」
「おや、大将。その行く先を隠しちまうってんで雨を降らすんでしょうが」
 横手からろくろ首が揶揄を挟む。北斗はそれに大きくうなずいた。
「でもさ、嫁入りに雨降っちゃせっかくの綿帽子も濡れちまうよなあ」
「お嫁さんは籠に乗ってるんですから大丈夫なんだと思いますよ」
 返された侘助の言に、北斗は再び大きくうなずく。
「なるほどなあ。……さってと、とりあえずそろそろ家に帰るかな。晩飯前の腹ごなしも済んだし。夕飯作る当番が自分じゃねえのって、それだけでなんかイイ気分だよなあ」
 晩飯のメニューは何かなと続ける北斗に首をかしげ、侘助が膳の片付けをしながら苦く笑う。
「まだ食べるんですか」
「そりゃあなあ。だって俺伸び盛りの少年だぜ。栄養だっていろいろ摂っておかなくちゃだめなんだって」
「なるほど。……そういやあ、北斗クンたちは一緒にこちらに見えたためしがありませんねえ。たまには揃って見えたらどうです」
 微笑む侘助に、北斗は小さく肩を竦めた。
「向こうが話に乗ったらな。……本当、出不精でさ。今はやりの引きこもりっての?」
「随分言いますね。……でもほら、噂をすれば来ちゃうかもしれませんよ」
 言った侘助の笑みが何やら意味ありげなものであるように思えて、北斗ははたりと口を閉ざした。
 と、その時、茶屋の戸板がかたりと揺らぎ、来客のあるのを報せた。
 侘助はやんわりとそちらに顔を向け、それから安穏と微笑んだままで北斗に視線を寄せる。
「どうやら狐の嫁入りで姿を隠さなくっちゃあいけないのは北斗クンみたいですねえ」
「は?」
 思わず返した、その次の瞬間。
 
 北斗の視界が刹那天気雨のただ中に放りやられ、次の瞬間には自宅の門前、古びた表札の文字を映していた。

 仰ぎ見る空には濃い橙色が広がっている。足元には雨染みが見られ、風は水気を帯びて心なしかひやりと冷えていた。
「夕立か」
 呟きを落とし、数度ばかり目を瞬いてから門をくぐる。
「帰り道、だいぶ楽出来たな。ラッキー」
 言いながら玄関に手を伸べる。
 きっと夕飯も旨いものであるに違いない。
 なんとなく、漠然とした予兆を抱きながら。
    





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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【0568 / 守崎・北斗 / 男性 / 17歳 / 高校生(忍)】



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          ライター通信          
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お世話様です。いつもご発注、まことにありがとうございます。

今回はちょっと変わった趣向内容のプレイングで、書き手としても、構成をどのようにまとめようかとあれこれ楽しく考えさせていただきました。
後半にかけて、うまい具合につなげさせていただきます。がんばりますね。

狐の嫁入りも、わたしはてっきりただのお天気雨だとばかり思ってたんですが、調べてみたら案外といろいろな説があって、こちらもまた楽しめました。

少しでもお楽しみいただけていればと思います〜。それではまたご縁をいただけますようにと祈りつつ。