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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


ボイス・トレーニング

 都会でありながら辺鄙な場所に聳え立つ、あやかし荘。
 妖怪変化達に大人気スポットとしても知られる、妖怪が普通に同居するアパート。
 そこの管理人、因幡・恵美は今日も今日とてアパートを綺麗にすべく、箒片手に正門に出た。

「え? あれ? 歌姫さん、どうなさったんですか?」
 長い黒髪と艶やかな着物姿。疲れた時には癒しの曲を頼まれてもないのに歌ってくれる、心優しいあやかし荘のシンガーだ(※注意:妖怪)
「‥‥〜♪」
「え? 何ですか?」
 聞き慣れないリズムだっただけに、恵美は身を乗り出して耳を澄ませた。

「ど下手な歌にぃ〜‥‥影響されぇ〜♪ 歌が歌えぇなぁああいぃ〜〜〜♪♪」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 ──かなり、音が外れていた。


●登場、シュライン・エマ
「え、歌姫さんが?」
「そうなんです‥‥」
 いつも可愛らしい笑顔で出迎えてくれる歳若い管理人だったから、その思い悩んだ表情に挨拶どころでは済まなくなった。
「歌姫さんが歌を歌えない、って初めて聞いた症状ね‥‥」
 シュライン・エマ。通常草間興信所に居る彼女は、久々に顔見知りのあやかし荘に尋ねていた。
 そして訊いたのが、今の話。
「そんなに音痴なの?」
「ちょっと‥‥私には形容し難いというか」
 目が泳いでいる。ふむ、とシュラインが唸ると、丁度歌姫が通りがかった。‥‥確かに、若干やつれている。
 久々に挨拶に伺ったのだから、歌姫さんの歌声で癒されていこうか、という思いもあったので。

 ──とりあえず、ちょっと歌ってもらおうかしら。

●歌講師、大集合
「あは、音程外した歌姫さんてある意味レアよね」
 くわんくわんいってる耳を押さえ、シュラインが苦笑した。歌わせてしまったのは自分なのだから、責められない。
 それとは正反対に食って掛かるのが、和正だ。聞いた時の立ち居地が悪かったらしく、見事に流血している。
「てんめぇえええ! 歌が下手にも程があるだろうがっ」
 微妙にツッコミどころもおかしくなっている。
「歌姫の分際で歌が下手なんてサイアクだ。存在する意味がねぇ。消えろ」
「あああああののののっ」
 暴言にアリスが取り成そうとするが、いい台詞も思い浮かばない。えっと、と考え込んで思い浮かんだのは、こんな一言だった。
「ボイス・トレーニングしましょうっ!」
 言った瞬間しんとしたが、いいな、と隆一が同意を示す。幸いにも彼は楽器を持参している。しかもギタリスト。音痴を治す講師としてはうってつけと言える。

「とにかく歌え、根性で歌え、魂込めろ」
「‥‥‥‥」
 和正は暴言でなくても暴言であった。歌姫の顔が既に半泣き。
「下手だって思い込んで歌わねーから下手のままなんだよ。とにかく声に出せ。出せっつーんだよオラ」
「あ、ああのっ。歌姫さんも心の準備などあると思いますしっ」
 睨みをきかせる和正を前に、どんどんテンションの下がっていく歌姫に気付いたアリスが割って入る。
 体格のいい和正が大人げなくアリスを見下ろし、アリスはおろおろとツインテールを揺らす。子供か、と歳の近い隆一が呆れた。
「歌の練習も大事だけれど、またその音痴な人に引きずられちゃ意味ないわ。部屋を変えてもらうとか‥‥」
「あっ、そうですね。この後の事も考えなくちゃ」
 シュラインの提案にはたと気付くアリス。場の空気が柔らかく解れた事にもホッとした。だな、と隆一も頷く。
「ド下手な奴を訓練するか、引きずられないよう音感を取り戻すかだな」

 偶然集まったこのメンバー、果たして無事歌姫の歌声を取り戻す事が出来るのだろうか?

●ボイス・トレーニング
「まずは私の謳を聞いて下さいね」
 齢十三にして場の空気に苦労するアリスが、元気に申し出た。歌で魔法を使う為、リズム感には自信がある。
 ──この世界に来て、大好きになった曲を。歌の大好きな歌姫さんに、プレゼントします。
 高いソプラノは本格的な張りと艶も持っている。上手いな、と仕事柄隆一が真っ先に反応するが、もちろん素人である他の面々も聞き惚れている。
 夢のような一時を終えた後、ぺこんとツインテールが下がる。お粗末様でした、という挨拶はここへ来て覚えたものだろうか?
「とても上手だったわ。天使と間違えてしまうほど」
「えっ」
 この世界の者らしくない言動を取ってしまったかとアリスが慌てているが、もちろんシュラインにそんなつもりは毛頭ない。金色の髪と繊細な顔のラインが天使を思い浮かばせたのだ。
「で、では次は歌姫さんも一緒に歌って下さい。あ、音感の確認をするだけですから、緊張しなくっても大丈夫ですよ」
 にこ、と安心させるような笑みに歌姫も微笑む。
 穏やかな空気を醸し出す女性陣に、隆一が立ち上がる。この人数で一人を指導するのは無理だろう。
「んじゃ俺はド下手な奴を訓練するか」
 また引きずられちゃ意味ないからな。
「俺も行くか」
 ここに居たってつまんねぇ、と和正まで立ち上がる。ついて来る和正に、思わず隆一が目を眇めた。
「‥‥お前、脅すなよ?」
「は?」
 若干嬉しそうなのは何故だ。

●ボイス・トレーニング?
「あんたか」
「てめぇか」
「‥‥は?」
 男性陣、三名。歌姫は女性陣に任せる事にし、原因となった超弩級の音痴をトレーニングに家庭訪問だ。
「あ、あああのあのっ?」
 部屋の入口で立ち尽くす中年の男の肩を押し、強引に和正が侵入する。続いて、ギター担いだ隆一が。閉まった瞬間にガチャリンコと施錠する音が響く。
「は‥‥え?」
「さァて‥‥軽く一汗流すか」
 コキ、と和正が首を回す。
「あんたが音痴なんだろう。俺達がボイス・トレーニングをしてやるからしっかりついて来い」
 隆一の目は、逃げる事を許さない。
「ぼっ、ぼぼぼぼボイストレーニングってっ」
「こいつが440Hzの音叉だ。Aの音‥‥真ん中のラの音だ」
 問答無用。これに合わせて声が出せるかやってみろ。
 勝手に知らぬところで始まった、ボイス・トレーニング。あわあわとついていけないでいると、和正がぱきんと指を鳴らした。
「根性出せ」

 ──どんな根性?

●歌姫
「‥‥どう? 自分の歌声、随分良くなったでしょう?」
 歌姫から水色のバケツを受け取ったシュラインが、反響を利用して自分のリズムを理解出来たか問いかける。
 間延びした妙な音程に歌姫はショックを隠しきれなかったが、シュラインは大丈夫、と笑ってみせる。
「ドレミファソラシドの音程確りコントロール出来れば良いわけだし、元々歌えるのだからすぐ体が思い出すわよ」
 ──そう、風邪で耳がおかしくなったのかとも思ったけれど、そうではなかったのだし。
 唯一歌姫自身の体調を気遣ったシュラインだが、それは杞憂であった。熱もないし、喉も荒れていない。ならば、リズム感を取り戻せば良いだけの筈。
「そうですよ」
 何曲でも付き合います、とアリスが真剣に頷いた。真面目に自分を案じてくれるのがひたすらに嬉しい。歌姫はちょっぴり涙ぐんだ。
「歌のリズムを忘れそうになったら、私がフォローします。歌姫さんは安心して歌って下さいね!」
 はい、と微笑み返す歌姫の微笑みは‥‥ここ数日振りの事であった。

 あやかし荘に、繰り返し、繰り返し、女性特有の高いソプラノ声の合唱が響く。
 それは時折蛇行運転するように頼りなかったが、
「無理に歌ってはダメ。喉を痛めるだけよ」
「その調子です、歌姫さん。もう少し、大きな声で歌ってみましょう?」
 二人のボイス・トレーナーが見捨てる事なく傍にずっとついていた。

 一方、上階の諸悪の根源‥‥もとい、ただ歌が好きな、破滅的に歌唱力のない男も同様に指導を受けていた。
 ただし、下の階とは指導方法は若干違う。
「おい。何だその音は。俺が出した音をトレースするつもりで発生してるか?」
「あ? 出来ねぇ? 何言ってんだテメエ俺が逃がすと思ってんのか?」
 責められ、脅され、休憩もなかったのであるが。
「ひっ、ひっ、ひぃいいい!!!!」
 中年男性がぷるぷる震えたところで可愛くも何ともない。音では容赦しない隆一と、逃げようとすれば窓から蹴落とそうとする和正が、容赦なく次のレッスンへと促す。
「違う、まだ基本のAが外れた。さっきから何度言ったと思ってる」
「泣け、喚け。体力がなくなるだけで逃がしゃしねぇぞ、オラ」
 中間管理職より厳しい。

●トレーニング効果
「お疲れさん」
 一通り本職の隆一がその発声を認めた事で、男性陣のトレーニングは終了し、軽やかな女性陣のハーモニーの輪の中に舞い戻る。
 諸悪の根源=音痴の中年男性は自室に放置プレイだが、別に血反吐吐くまでレッスンしたわけでなし、そのうち起きるだろうと隆一と和正は俄か講師陣の輪に入った。
「歌姫さん、大分以前の形に近づいてきました」
 ウサギのようなツインテールを嬉しげに揺らし、アリスが報告する。シュラインもウインクした事から、合格ラインなのだろう。
「こっちも一先ず合格、だな。もうこのあやかし荘で音痴な歌声が聞こえる事はないと思うぜ」
 だから安心しな、と言われた歌姫は感謝いっぱいに隆一に頭を下げる。今後がちょっと憂鬱でもあったので。
「もうこんな時間だからな、お暇しなきゃなんねぇが」
 最後に、一曲やるか?
 偶然集ったこのメンバーで。一期一会に近い演奏会を。
「えっとえっと、それじゃキラキ」
「だっせぇー」
 うぐぐ、とアリスが和正のイジメに口ごもる。隆一は呆れ果て、シュラインは肩を竦めている。
「歌えるようになっていきなりハイレベルじゃあ歌えんだろうよ」
「そうね。丁度星もよく見える時間帯だし」
 歌姫はパチパチと手を叩いている。元々あやかし荘で一人で歌っていたので、合唱がやけに嬉しいらしい。
 ギターがバックミュージックというのも珍しいが、この日この時ばかりは誰も何も文句を言わなかった。あの和正でさえ。

「ありがとう〜ござい〜ます〜♪」
 即席の歌なのだろう歌姫の声が、柔らかく藍色の空から降ってくる。丘を降りながら、四人はその歌声を聞く。
「今日一日でよくこれだけ歌えるようになったもんだ」
「歌姫さんが、本当に歌を好きな気持ちがあったからですよ」
 隆一の言葉に、同じく歌を愛するアリスが微笑む。細雪のように降る優しい歌声は、シュラインも足を止めたくなった。
「‥‥また来ようかしら」
 即席の歌合せもいいかもしれない。
 これからあやかし荘に来る事も増えるかもしれないわね、と微笑む。
「──ん」
 ぴた、と和正の足が止まり、他の三人の足も自然と止まる。どうしたんですか、と訊ねようとしたアリスはいつしか歌声が二つに増えていた事に気付く。
「男の人の声、ね」
 シュラインの微笑みは、二人の男性陣に向けられる。
「ま、あれだけの歌声がここまでになったのなら上出来、だな」
「根性で何とかなったな」
 悦に入っている二人がおかしい。アリスとシュラインはくすくすと、重なり合う歌声に合わせるように声を上げた──。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

 7002 / 國井・和正 / 男 / 23 / 大学生

 6047 / アリス・ルシファール / 女 / 13 / 時空管理維持局特殊執務官・魔操の奏者

 7030 / 高山・隆一 / 男 / 21 / ギタリスト・雑居ビルのオーナー

 NPC / 歌姫 / 女 / − / 妖しの者・歌姫 


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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマさま、ご依頼ありがとうございました!
当方の都合ですっかり遅くなってしまい申し訳ありません。シナリオの方は如何でしたでしょうか?

最初の『登場、●●』の部分は個人シナリオとなります。どこからでも読めますが、時系列的に
アリスさん・シュラインさん→和正さん・隆一さん
となります。

今後もOMCにて頑張って参りますので、ご縁がありましたら、またぜひよろしくお願いしますね。
ご依頼ありがとうございました。

OMCライター・べるがーより