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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―unu―



 アリス・ルシファールは小さく息を洩らす。
 この胸騒ぎと期待感はなんなのだろう? 朝からずっとこうだ。おかげで授業も上の空だった。
(何かが起こるということ……?)
 時空管理維持局に所属しているアリスは現在、神聖都学園の中学生としてこの世界に居る。
 アリスは自身が連れている従者を見遣った。今は、まるでアリスの「姉」のように見えなくもない――従者・サーヴァントの『アンジェラ』だ。
 偽装ホログラムのおかげで一緒に居てもおかしくはないだろう。
 深夜、姉がコンビニに行くというので一緒についてきた妹、という風にとらえる者もいるかもしれない。とはいえ、どちらも『女』の姿なので危険はある。
 夜の町は静かではない。ひと気のない場所はそうかもしれないが、最近は夜も人間が歩き回っているからだ。
(眠くないのでしょうか……)
 うーんと唸るアリスは、ひらり、と上空を舞うものに気づいて顔をあげた。
 何かを脇に抱えて建物と建物の間を跳んでいる誰かが、見える。闇の中、怪しげな光を纏って飛ぶ、その人。
「……え」
 小さく呟くアリスは目を見開く。
 燕尾の黒服を着ている少年は、高く高く……月まで届くような感じで宙をとぶ。
 彼は隣の建物の屋上に着地したらしく、アリスのところから姿が見えなくなった。
「あれ、は……?」
 あれは――――なに?
 あれは――――人間じゃない。



 屋上をさらに跳び、燕尾服の少年は、今度は道路の上に着地する。歩道の上に抱えていたものを降ろし、そして向かい合う。
 追っていた標的が、こちらを振り向く。
 赤い瞳の犬。口から零れる唾液。覗く牙。
 犬の形をしているくせに、別物に見える。けれども犬だ。あれは間違いなく犬。
「う……っ、あ……はぁ……ハル、」
 呼ばれて、振り向くべきか燕尾服の少年・ハルは一瞬悩む。だが振り向かない。歩道の上に腹這いになっているものは……ハルの主だ。
「ころせ……ぜんぶ、ぜんぶ……っ!」
「了解しましたマスター」
 小さくそう囁いてハルは拳を作る。そしてそれを……振り下ろした。
 襲い掛かってくる犬が木っ端微塵に砕けた。いや、それでおさまらない。犬は血も肉も、砂粒の状態まで破壊されたのだ。
「これで今夜は全てでしょうか……」
 ふぅむと悩むハルは振り向いた。そして、主に駆け寄る。
「マスター・ニレイ、無事に全て破壊しました」
 主のすぐそばに片膝をつき、うかがう。倒れているのは大学生くらいの青年だ。これといって特徴のない顔立ち。ただ痩躯が彼の特徴ともいえる。
 早乙女仁礼。それが彼の名前。そして、ハルの今の主人の名。
「は……はは……よ、よくやった……」
「…………マスター、無理をして喋らなくともよろしいですよ……?」
 苦痛を感じる。主人はもう長くない。それなのに、どうすることもできない己が呪わしい。
 仁礼は虚ろな瞳でハルを見る。もう焦点が合わないようだ。
「おまえと会った時のこ、と……思い出す……ぜ」
「…………」
「こんな……夜……で……。ヤツらが……今日と、同じよう……」
 喋るなと忠告してもムダだろう。ハルは「そうですね」と同意した。
「あなたは私と契約し、本の持ち主となった」
「……後悔、してねぇ……。だってよぉ……あいつ、ら……」
 光のない瞳に、憎悪が浮かぶ。
「俺の……俺の恋人……よくも……よくも……」
 運が悪かったとしか……思えない。だがハルは口には出さなかった。
 仁礼はハルの手を掴む。人間にしては強すぎる握力だ。
「いいか……おまえが無理だと思ったら……そう、判断した……ら……! 俺を、殺せ……!」
「ニレイ……」
「殺せ……! いいな!」
 ハルは首を横に振ることはない。殺せと命じられなくとも、殺さなければならないのだから。
「えぇ……一瞬で殺します」
 ハルの声に安心したのか、仁礼は微笑んだ。



「えっと、たしかこっちに……」
 アリスが道の角を曲がった先には、横たわった男を気遣う少年の姿。入り込めない空気だったので思わず足を止める。
(け、怪我人ですか……?)
 そっと様子をうかがう。
 男は意識を失ったようだ。少年は嘆息する。
 そして、彼はこちらを見た。目が……合う。
(あ……)
 アリスは思わず見惚れてしまった。
 銀髪が月光にきらめき、紅玉のような瞳がこちらを見据えている。正直に、かっこいい、と思ってしまった。
 数秒ほど魅入っていたアリスはハッと我に返って顔を赤く染める。
(見惚れている場合ですか!)
 己を叱咤し、近づこうとした。困っているようなら手助けをする。それはアリスの信条でもある。
 なにより……あの少年を手助けしたいとはっきり思っていた。
 私にできることなら。なにかありますか。救急車は呼びましたか。
 ぐるぐると掛けるべき言葉を探す。けれども。
「止まりなさい、ミス」
 制止の言葉が銀髪の少年から放たれた。声も、これまた凛々しいものだ。
「それ以上近寄ってはなりません……。まだ、『手遅れ』ではない」
「え……? あ、あの……?」
 戸惑うアリスは咄嗟に足を止めたまま、おろおろとする。
 と、少年のそばの男がぴくりと反応した。ぎらり、と瞳に『暴力』をこめる。
 少年の頭が吹っ飛ばされると思った。無残に腕を引き千切られ、圧倒的なまでの暴力で……。
 あまりの唐突さにアリスは動けない。アンジェラを動かす暇もない。判断する時間もない。
 男は少年に襲い掛かった。けれども少年はそれがわかっていたかのように――拳を受け止めたのだ。
「……ウミ・パーレ・ラウ」
 少年は囁いた。同時に受け止めていた拳ごと男が『砕けた』。まるで氷を粉砕したかのような不可思議な光景だった。
 本当に氷の破片のように見えた。肉も血も、男だった何もかもが砂粒のように成った。
 しーん、と静まり返る。
 アリスは慌てて周囲を見回した。他には誰もいないようで、ほー、っと長い息を吐き出す。
(なんだかすごい人に会ってしまった気がします)
 そう思っていると少年は立ち上がった。着ている黒服には一切の汚れがない。
 こちらを真っ直ぐ見てくる少年は目を細める。
「ミス、身体に異常はありませんか?」
「……は?」
「は、ではありません。どこか妙なところは?」
 淡々と訊いてくる相手は、先ほどとは別人とも思えるほど冷たい印象を持つ。
 アリスは「ありません、けど」と小さく応える。
「それなら結構。…………ミス、こんな夜更けに危ないですよ」
 そう言って彼はこちらに背を向けた。アリスを家まで送ろうとか、そういう考えはないようだ。
 アリスは思わず隣のホログラムに目を遣る。いや、応えてくれるわけはないのだが。
「あのっ!」
 声をかけると彼が振り向く。後ろ髪だけが微妙に長いのは、こちらに背を向けた時にわかったことだ。……って、そんなことを思っている場合じゃない。
「あなたは誰ですか? ここで何を? 私、何かお手伝いできますか?」
 そこまで言ってから、アリスは顔を引きつらせて真っ赤にした。
 明らかに困っていない人に向けて「手伝えませんか?」とはまた……おかしなことを言ったものだ。頭の悪い娘に思われたかもしれない。
 だが、彼はじっ、と真っ直ぐこちらを見てくる。昨今の人間にはない、一直線に見据える瞳だ。それは後ろめたい人間にとっては恐怖に思えるほど、強い。
「では……覚悟があるなら、私の本の主になりますか?」
「……ほん?」
 数回ほど瞬きをするアリスは、首を傾げる。本の主? 所有者になれということだろうか?
(本を預かるくらいなら……。今の言い方ですと、本を私にくれるということでしょうか?)
 んん? なんだかよくわからない。少年の言い方が不明瞭だからだろうか。
 少年は体をこちらに向けると近づいて来る。
(わっ、わわっ……)
 内心驚くアリスである。目の前に立たれた。
「ミス、よければ手を」
「手、ですか?」
 つい反射的に片手を出してしまう。罠だったらとか、考えもしない。
 少年に握られる。あまりにも冷たい手だったのでアリスは驚いて腕を引っ込めようとした。
「……ミス、適性はそこそこあるようです。ただし、よく聞いて」
「はい?」
「私と契約すれば、あなたはその横にいる彼女を使えなくなります」
 なにを言われたかアリスはわけがわからない。
 アリスは従者使い。サーヴァントを使役する者だ。
「ほとんど使えなくなります。他にも……色々と。あなたの中の、私には不要な知識も消えるかもしれない」
「……それは、ここにいる普通の人たちみたいになるということですか?」
「そういうことになりますね。普通の人よりも、ほんの少し、今のあなたに近い……そんな状態です」
「わかりました!」
 あっさりとアリスが言うので、少年は少し言葉に詰まる。
「……即断ですか。あまり賢い選択とは思えませんが、ミス。
 それに私はダイス。あなたはこれから……」
「いいんです! それであなたの力になれるのならっ」
 満面の笑顔で、「任せて!」とばかりに言うアリスを、彼は苦笑気味に見た。
「あなたがそれでいいならこちらも構いません。ミス、お名前を教えていただけますか?」
「私の名前ははアリス・ルシファールです」
「ミス・ルシファール。では、これを受け取って」
 差し出された白い表紙の本。厚みのあるそれを、アリスは受け取る。刹那、「きゃっ!」と悲鳴をあげた。
 電撃が頭から落ちたような衝撃が、身体の隅々まで走る。アリスの魂が容赦なく屈服させられ、『書き換えられた』。
 管理維持局の様々なテクノロジーを動かす知識などがこぞって『見えなく』なる。サーヴァントを動かす方法が『霞んで』しまう。謳術が『遠ざかる』。
「うえっ……!」
 思わず嘔吐するアリスは、うずくまった。それほど、強烈だったのだ。
 そんなアリスを見下ろす少年は名乗った。
「私はダイスのハル=セイチョウ。ハルとお呼びください、ミス・ルシファール。
 あなたは何もせずともいいのです。ただ私の本を所持していれば。やつら――ストリゴイと戦うこともない」
 淡々と言うハルはアリスの前に片膝をついた。アリスは顔をあげられない。 
「それでは次の『夜』にまた……」
 目の前にいたはずのハルが完全に消え去り……残ったのはアリスの手元にある一冊の本だけ。それは『ダイス・バイブル』。それを、アリスは理解していた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6047/アリス・ルシファール(ありす・るしふぁーる)/女/13/時空管理維持局特殊執務官・魔操の奏者】

NPC
【ハル=セイチョウ(はる=せいちょう)/男/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、アリス様。初めまして。ライターのともやいずみです。
 ハルとの契約に成功し、ダイス・バイブルの所持者となりました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!