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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―unu―



「ん……うーん……」
 そう呟いてから後頭部を掻く。
「まさか……変な物に追われる事になるとは……。いやはや大変ですね」
 苦笑する高ヶ崎秋五は走って逃げていた。これでもかなり必死だ。軽口を叩いている暇など、本当はない。
 最近、巷で流れ出した化物の噂の真意を確かめるため、夜な夜な街を探索していた結果が…………これだ。
 追ってくるのは犬。赤い瞳の犬。唾液を零しながら追って来る。たどたどしい足取りなのは、その犬が「半壊」しているからだ。
 血はこぼれていない。血は流れていない。けれども肉体は半分ほど破壊されている。強い、何か大きなものが横からぶつかったように、犬はひしゃげている。
 秋五は後方から迫る犬を肩越しに見遣り、能力を使用した。
 パラサイト・ボム――その能力で撒こうとしたのだが、失敗した。音と煙だけの爆発では、無理もないかもしれないが。
 それでも、普通の生物ならば耳と視界がやられるだろうに……。
(なんなんですかありゃあ……)
 左半身があんな状態で走れる犬など見たことがない。なんであれでまともに走れるのか……。
 秋五は角を右に曲がり、そして「しまった」と思う。行き止まりだ。
 犬が迫ってくる。迫って……。
「アリサ」
 声が割り込んだ。どこから? と秋五は周囲を見回す。
 秋五の背後の塀の上に、うずくまるようにしている女がいた。苦しそうに眉をひそめ、それでも足を踏ん張っている。短いスカートなら下着が丸見えだろうが、彼女は動き易そうなジーンズ姿だ。年は大学生くらいだから二十歳前後だろう。かなり若い。
「召喚」
 短い女の声。その声に導かれるように、彼女の眼前に本が出現した。
 何もなかったはずの空間に突如として現れた紅色の表紙の本はぱら、とページを開く。そして、ドンっ、と何かを『吐き出した』。
 空中に出現したソレは、髪をなびかせて秋五の目の前に着地する。ざん、と着地音がした。
 見た限りは十代の中盤くらいの年の少女だ。黒のゴスロリ服は、何かのイベント帰りかと思われるが、日本人特有の……なんというか、アンバランスさが、ない。似合う格好なのだ。
 それは彼女が西洋人だからかもしれない。後ろ姿ではあるが、似合っていると誰もが思うはずだ。
「アリサ」
 秋五の頭上から、女が指示を出す。
「ソレで最後よ……。せ、殲滅、し、て」
 途切れ途切れの言葉に少女が頷いた。
「了解しました、マスター。御身のお心のままに」
 少女が身構える。だがそれは武道家たちの「構え」のようにしっかりとした型があるわけではない。ただ単に身構えただけだ。
 犬はこちらを見ている。そして、駆けて来た。珍入者たちのために一時的に停止して様子見をしていたようだが、はっきりと『敵』と認識したようだ。
 少女に襲いかかる。噛み砕くべく、顎を大きく開ける。半分ひしゃげた口を広げる。
 けれども。
 少女はそのグロテスクさに無反応で、拳をただ、振り上げた。
 子供を叱る母親のように、拳を振り下ろす。だがその速度。
 犬が攻撃を仕掛けている最中だというのに、少女は問答無用で「破壊」した。
 そこで秋五の合点がいく。この犬をこんな姿にしたのは目の前の少女なのだ。
 少女の振るった拳は犬を粉砕した。文字通り、粉々に砕いた。血も肉も、なんの関係もなく、容赦なく。
「完了です、マスター」
 そう言うなり彼女は秋五の背後を振り仰ぐ。塀の上にいる女は苦しそうにしながらも「よく、やった」と言って少女を労った。
 秋五は唖然、とした。
 振り向いた少女の顔を、間近ではっきり見た。
(……美しい)
 幼い少女ではあるが気高く、凛々しい。その雰囲気によってか、彼女の周囲の闇夜だけが特別な色を与えられたかのよう――。
 年甲斐もなく幼い娘に見惚れていた秋五は、少女がこちらを見たことに気づく。女に向けていた態度とは違い、氷のような瞳で見据えた。
「そこをどきなさい、ミスター」
「えっ、あ、はい」
 素直に従って隅に避ける。少女はつかつかと歩き、塀の上の女に手を差し伸べた。
(……どういう関係なんだ……この二人)
 全く似ていないし、一人は西洋人、一人は日本人。関連性が見かけからはわからない。
「マスター、大丈夫ですか?」
「……ん。う、うん」
 自身の体を抱きしめて必死に頭を縦に振る。どう見ても「大丈夫」ではない。
 少女は手を引っ込める。女は俯かせていた顔を少しあげた。
「……も、だめ……よ。むり、だ……」
「…………」
「ころして」
「……承知しました」
 あっさりと承諾し、少女が拳を振るった。殴る、というのに似ていた。だが破壊力の桁が違う。
 塀の上の女は後ろに吹っ飛ぶこともなく、その場で粉々に破壊されて絶命した。女が今まで生きていたことさえ信じられないくらい、鮮やかな破壊だ。
 少女はなんとも思っていないように視線をおろし、それから秋五のほうを一瞥する。だがそのままそこから去ろうとした。
「お嬢さん」
 呼び止めた秋五のほうを、視線だけで見る少女。
「先ほどの犬といい、あなたといい……よければ私に教えてもらえないですかね」
「…………」
「私は最近巷で噂の化物について調べてまして」
「あぁ」
 少女はこちらに向き直る。
「ミスター、それとは無関係と存じます。我々の『敵』は表立った噂にはなりません」
「ほぅ。噂にならない?」
 興味津々の秋五はずいっと少女に近づく。秋五は彼女に興味を抱いたのだ。
「あっ、失礼。先に自己紹介とお礼をば……。私は高ヶ崎秋五。情報屋と探索屋をしています。以後、お見知りおきを。あと、先ほどはありがとうございました」
 わりと軽く、柔らかく言う。相手の見た目は女子高生くらいだ。いくら周囲に誰もいないとはいえ、誰かが通りかからないとも限らない。下手をすれば女子高生をナンパしているように見えることだろう。
「……名乗られたからには名乗りましょう、ミスター。ワタシはダイスのアリサ=シュンセン。それに礼はいりません。ワタシは役目を果たしただけですから」
「ダイス? それはどのような? 種族とか、家名とかですか?」
 シュンセンとは、珍しいファミリー・ネームだ。
 彼女はかぶりを振る。
「ダイスは『ストリゴイ』を狩る狩人のこと」
「すとりごい?」
「吸血鬼、といえばわかりやすいでしょうかミスター・タカガサキ」
「……それは、さっきの犬と関係がありますか?」
 次から次へと質問していく秋五に対し、アリサは嫌な顔一つしない。というのも、彼女はずっと無表情なのだ。
 嫌がる素振りや、迷惑がられたらすぐにやめようと思っていた質問だったが、彼女はなんの反応も示さないので続けることにした。
「そうです」
「それで、あなたはその狩人をしているのですか。なるほどなるほど。先ほどの女性はどうしたので?」
「…………」
 ぴりっ、とアリサの纏う空気が変わった。どうやら訊いてはならないことだったようだ。
「すみません……あの、つい調子に乗って。はは……」
 後頭部を掻きつつ言う。なんだろう。おかしい。いつもの自分はこんな風に取り乱したりしないというのに。
(やりにくい……というわけではないんですがねぇ)
 年下の娘さんに対する態度ではない、と思う。
「ミスター」
 呼ばれて、秋五は「はい?」と返事をした。
「ミスター、覚悟があるならワタシの本の主になりますか?」
「……は?」
 本?
 えーっと。
「そ、そうですね……。それは何か大事な本なのですかねぇ」
「……雑に扱われては困りますが」
「…………」
 それを預かる、もとい、主となればこの少女との縁は切れないわけだ。
 秋五はしばし逡巡する。
 目の前の少女はこの闇の中でもかなりの美少女だ。こうして立っているだけで秋五は少々落ち着かなくなるくらいに。普段の自分からは想像もできない。
 秋五からしてみれば彼女は……単純計算をしても一回りくらい歳が離れているのだから、周囲から見れば……ろりこん、と思われても仕方がない立場にいるわけだが……だとしてもアリサに興味があるのだからしょうがない。
 ここで断ち切られるには……かなり惜しい「縁」だ。
「その、本の主になると……何かあります? 必ず中を読めとか、丁寧に扱わないと呪われる、とか」
「主になると…………そうですね」
 アリサは目を細めた。
「それほどあなたは影響されないようですが、まずは手を」
「手?」
「適性があるか、見ます」
 アリサが差し出した手に、恐る恐る重ねる。冷たい。まるで氷だ。
「……相性は悪くないですね。それでも多少は『いただく』ことになりそうですが……」
「?」
「あなたの、普通人にはない能力を少々、本当に少々ですがいただくことになると思います。できるだけ普通の人に近づく、と理解してください」
「それは……まぁ、それくらいは」
 許容範囲だろう。なくなってもそれほど困らない。いざという時は確かに困ることは困るが、生きるためには困らない。
 しかしまぁ、一体どのような本なのだろう。
「いいですよ。よくわかりませんが、本の主になるくらい」
 愛想よく微笑んだつもりだが、長めの前髪で見えないだろう。
 彼女は無表情のままで手を離す。
「わかりました。ミスター、『覚悟はできた』ようですね」
 アリサの手に、一冊の本が握られていた。忽然と、だ。さっきまで左手は何も持っていなかったはず。
 紅色の表紙の本。見覚えがある。それは先ほど死んだ女が持っていたものだ。
 なぜ。
 なぜアリサが今、それを持っている?
「では、この本を受け取ってくださいミスター。安心してください。戦うのはワタシの役目です。あなたは、ただ本を持っているだけでいいのです」
 囁くようなアリサの声は、途中で聞こえなくなる。秋五が本に手を伸ばしたのは「安心」のところだったからだ。
 脳をぐちゃぐちゃに乱されたような感覚。命を鷲掴みにされ、弄ばれる。魂を、足蹴にされた。
 思わず口元を手で塞ぐ。下手をすれば吐きそうだった。吐き気は一瞬でおさまったが。
「な、……な」
 動揺するなというほうが無理だ。
 アリサは少しだけ笑っていた。
「契約完了です、ミスター」
 そう言うと彼女の姿が空気にとけるように消えてしまう。残されたのは、一冊の本と、秋五のみ。
 本の名は『ダイス・バイブル』。秋五はそれを見て、おぞましさに青くなった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6184/高ヶ崎・秋五(たかがさき・しゅうご)/男/28/情報屋と探索屋】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、高ヶ崎様。初めまして。ライターのともやいずみです。
 アリサとの契約に成功し、ダイス・バイブルの所持者となりました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!