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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


果たされなかった約束
●オープニング【0】
「人を……ある女性を探してもらいたいんです」
 その日、草間興信所を訪れた依頼者の女性――不知火由香は草間武彦に向かってそう告げた。
「人探しですか。失礼ですが、どのようなご関係の方です」
 草間が由香へ尋ねた。人を探すのはいいが、もしそれで何か悪用する気配があるのならばさすがに依頼を受けるのが躊躇われてしまう訳で、もっともな質問であった。
「……曾祖母の知り合いの女性の親類かもしれないんです。先日、この近くで似た女性の人をお見かけして……だからこの興信所にお願いしようと思って」
「曾祖母の、ですか。似ていると分かるということは、写真か何かある訳ですね?」
 由香へさらに尋ねる草間。すると由香は鞄から封筒を取り出し、その中から古ぼけた1枚の写真を出してテーブルの上に置いた。
「曾祖母が、その知り合いの女性の方と撮った写真です。袴姿なのが、私の曾祖母です」
 その写真には2人の女性が映っていた。右には由香によく似た袴姿の少女が立っている。そして左には――。
「えっ?」
 草間の後ろから写真を覗き込んだ草間零が一瞬息を飲んだ。左に立っているのはドレス姿の女性。だが……非常に見覚えのある女性。
「…………」
 草間は無言でその写真を見つめていた。何も言わないが、草間もその女性が誰に似ているのか分かっていたのだ。
「曾祖母は果たせなかった約束があるって、私が小さい時によく言ってました。大正12年の9月1日に、あの人にまた会う約束だったのに……って」
 大正12年9月1日――それは関東大震災の発生日である。写真の奥には、その関東大震災で倒壊した浅草十二階、凌雲閣の堂々たる姿が映っていた。
「お願いします。この、左の女性によく似た方を探してください」
 由香が深々と頭を下げて草間たちへ頼んだ。
 その左の女性は……あの高峰沙耶にとてもよく似ていた……。

●写真【1】
「これは……」
 草間から連絡を受け事務所へやってきた天薙撫子は、着いた早々に件の写真を見せられていた。一瞬はっと息を飲んだ後、撫子は写真をしげしげと見つめる。
「……どうも似た反応になるな」
 その様子を見て、草間がぼそっとつぶやいた。そして、すでにやってきていた者たち――冴木紫、シュライン・エマ、守崎啓斗、守崎北斗の顔を見る。
 シュラインは無言で何やら思案していた。啓斗も同様で、難しい表情を浮かべている。紫はというと、零が持ってきた明治・大正期の東京風俗について触れられた本を熱心に読んでいる。で、北斗は……。
「お、ケーキ見っけ。なあ草間ー、食べていいかー?」
 台所で冷蔵庫を覗いていたりする。まあこれはいつものようによくあることだが。
「1個だけだぞ。それ以外は残しとけよ」
 苦笑しつつ答える草間。
「うわ……エレベーターなし?」
 凌雲閣に触れられた箇所を読んでいた紫が驚きの声を発した。
「時代が時代だからまぁ当たり前とはいえ……12階建てでエレベーターなしって……」
 眉をひそめる紫。念のため言っておくが、凌雲閣にもエレベーターはあった。日本初となる電動式エレベーターが設置されていたのだ。だが故障が頻発して短い期間で使用中止となったため、実質紫の言った通りである。紫の読んでいた本にもそのように書かれている。
「で……どう思った?」
 撫子が写真から顔を上げた頃合を見て、草間が尋ねる。
「服装こそ少し異なるものの、高峰様……のように見えますが……ですが……」
 そう答える撫子から、困惑の感情が読み取れる。草間は今回の依頼の子細を改めて伝えた。
「……大正時代なのですか」
 困惑の中に、納得の感情が生まれる撫子。まさかとは思っているが、その一方妙に納得も出来るのだ。やはり相手が相手だからだろうか。
「それで武彦さん。依頼人の方は、見付かった時にはどのようにしたいって言っていたのかしら?」
 思案していたシュラインが口を開いた。依頼者である由香は今ここには居ない。彼女が帰ってから草間は皆に連絡したのだ。
「出来るなら、会ってみたい。曾祖母の約束していた浅草で、ということだ」
「……つまり接触のセッティングまでこちらでやるということでいいのね?」
「そうなるな。本人かどうかはともかくとして、だな」
(高峰さんのことだもの……きっと本人でしょうね……)
 草間の言葉を聞きながら、シュラインは心の中でそんな風に考えていた。
「しかし草間」
 今度は啓斗が口を開いた。
「遭遇したというのは1度だけか?」
「ああ。1度だけこの近辺で擦れ違ったらしいな」
「だとしたら……可能性から言うと『よく似てる人』だと思うんだが」
「そう思う根拠は?」
「本人同志が顔を合わせて確認したんじゃないんだろう? それに写真があったとしても間違いは起きる。そこに思い込みが入ったらなおさらだ。一旦そうだと思い込んでしまうと、なかなか修正は効かない」
「……けれども、同じ顔の人間がそうそう居ると思うか? 時代が時代だ、本人じゃなくとも血縁者である可能性はあるだろう? そもそも写真に映っている曾祖母か、彼女と依頼者もよく似ているんだからな」
 啓斗の意見を聞いて、草間はそう言った。
「それはそうかもしれないが……そのことを抜きにしても、気になることが別にある」
「何だ、気になることって?」
「……曾祖母の探していた人だといっても、何故こうも熱心に探そうとするんだ?」
 啓斗が疑問を口にした。確かにそうなのだ。会って、由香は何をしたいというのだろう。
「気になることは私もあるわ」
 本を閉じ、紫が口を挟んできた。
「探すのは簡単っちゃー簡単ではあるのよねぇ……だってもう、こっち知ってる訳だし。『似た方』を探してほしいんだから」
「だな。関係あるかどうかは別にして、探す必要は今はない訳だ」
 草間が紫の言葉に頷く。
「でも。『約束』ってのとその日にちがすっごーく引っかかるのよねぇ……」
「……関東大震災がなけりゃ約束は果たされていて、俺たちがこうして依頼を受けることもなかっただろうがな。そう考えりゃ不思議な話だ」
 腕を組み、草間が唸った。
「あ、俺も気になることあったぜ」
 台所からケーキを皿に載せて出てきた北斗が、今度は口を挟んできた。
「食べ物関係か?」
 笑いながら草間が北斗へ言った。
「違うって。写真の服装」
「服装がどうしたんだ?」
「人の服装の趣味に口出しする気はねーけどさ……絶対目立ってたぜ、それ?」
 北斗はそう言って笑った。確かに、このドレス姿はモガなんて言葉のあった当時でも目立つことだろう。
「あ、そうだ。兄貴」
「……何だ」
 北斗が声をかけると、啓斗が振り向いた。
「さっき兄貴が言ってた探そうとする理由って、もしかしたらあれじゃね? 憑依。由香だっけ、依頼人? 大婆さんが憑依してて……」
「……それで約束を果たそうと?」
「そ、そ。もしくはあれかなー。高峰のねーちゃんがよっぽど若作り……」
「殴られるぞ、お前」
 北斗のその言葉に草間が苦笑いした。
「しっかしこの写真に映ってるのが本物の高峰サンだとしたら、何年あのまんまな外見なワケ?」
 紫の語尾が思わず上がる。女性としてはやっぱり若さ維持というのは気になる所であるのだろうか。
「やっぱり……本人に確認するのが一番の早道よねえ……」
 シュラインがしみじみとつぶやいた。まあそれがいいだろう。ここでうだうだ言っていても、何ら進展はないのだから。

●高峰沙耶直撃【2A】
 電話で高峰にアポイントメントを取り付けた後、紫、シュライン、啓斗、撫子の4人が高峰心霊学研究所を訪れることとなった。草間や零、そして北斗は事務所に残って依頼者である由香から話を聞くこととなった。
「ようこそ。お電話で伺ったことによると、私に会いたいという方が居られるとか……?」
 出迎えてくれた高峰は、いつものように黒猫を抱いていた。
「ええ。それについてはごゆっくりお話させていただきます」
 シュラインが代表して高峰にそう答えた。そして応接室に通される一同。ソファに腰をかけて早々に、撫子が件の写真を取り出して高峰の前に置いた。
「シュライン様がお電話でも仰られていたと思いますが、これがお話に出てきました写真です」
 高峰をまっすぐ見据え言葉を発する撫子。対して高峰は相変わらず目を閉じたまま。その代わりとでもいうのだろうか、黒猫がじっと写真を見つめている。
「浅草十二階……」
 ややあって、高峰が静かに答えた。
「はい、その通りです。ですが、ただの写真ではありません。この写真には……そこに映っておられます、平野由利様の想いが詰まっております。いえ……心残りと言ってもよいかもしれませんね」
 撫子はここへ来る前に龍晶眼で霊視していた。それで由香の曾祖母――平野由利という名前であった――の想いや心残りが写真に非常に詰まっていることを感じ取ったのだ。だがしかし、その奥にまた何かあるようにも思えたが、その先をはっきりと見ることは撫子には残念ながら出来なかった。
「……心残り?」
「大正12年9月1日。この日の約束に心当たりは?」
 紫が率直に質問を投げかけた。高峰の反応は……特には見られない。いつも通りの様子だ。
「その日の約束がどうかしたのかしら?」
 少しして答える高峰。だがよく聞けば分かる、紫の質問に正面から答えてはいないことが。恐らくは、この先もまともに答えてはくれないことだろう。上手く、煙に巻かれて。
「由利さんは、その日に会う約束をしていたそうですね」
 今度はシュラインが言った。けれども高峰の様子に何も変わりはない。
「……しかし果たせなかった」
「ええ、そうです。関東大震災の発生のために」
 高峰の言葉にシュラインが頷いた。
「依頼人の曾祖母は、よく言っていたそうだ。果たせなかった約束がある……と」
 それまで黙っていた啓斗が今度は高峰に言った。
「その約束を……果たしたい。そういう訳かしら?」
 くすっと高峰が微笑む。ここに来て、初めての反応らしい反応かもしれない。
「相手が承諾してくれるのであれば、会いたい。そう仰っています」
 シュラインが高峰にそう伝える。
「会えばいいのね?」
 即答する高峰。4人はその言葉に一瞬面喰らった。
「あ、え、ええ。日時はお互いの都合のよい時にということで……」
 言葉に多少詰まりながらも、シュラインは高峰からきちんとした約束を取り付ける。ともあれ、由香の希望は叶えられそうである。
「高峰サン……若さ維持の秘訣って何なのかしら?」
 帰る間際、紫は高峰にそのように尋ねた。だがしかし、高峰はただ微笑んでいるだけだった……。

●受け継ぐ想い【2B】
 その頃、草間興信所では由香を草間、零、北斗の3人が囲んでいた。
「そっかぁ、大婆ちゃんは小さい時に亡くなったのか……」
 しんみりと北斗が言うと、由香はこくんと頷いた。
「その小さい時に、何度もお話を聞いたんですよね」
 今度は零が確認するように尋ねると、またしても由香はこくりと頷いた。
「はい。曾祖母はよく言っていました。あんなに素敵な人には、もうお目にかかることはないだろう。何でも知っていて、何でも見ている……それでいて痛みもちゃんと知っている人だったって」
「……それであなたも興味を持ったと?」
「それもあるかもしれません」
 草間の質問に由香が答えた。
「ですが……曾祖母の意志を継いでという想いが強いと思います。あの写真、曾祖母の形見なんです。だからこそ……果たせなかった約束を果たしてあげたいというか……」
「んー、時を越えた友情って奴?」
「ですね」
 北斗の言葉に由香が笑みを見せた。
「結果的に、他人の空似でもいいんです。でも同じ顔の人なら……同じように素敵な人なのかなって。それを確かめたいのかもしれません」
 なるほど、高峰が件の写真の女性と関係あるかどうかは今の由香の言葉からすると、無視してよいということだ。ならば、願いは叶うことだろう。
 実際その直後、高峰の約束が取り付けられたという連絡が事務所の草間へとかかってきたのだから。

●僅かに垣間見えた言葉【3B】
 そして約束当日。草間たちは由香とともに浅草へやってきていた。待ち合わせ場所は写真の場所である。もちろん辺りの様子は当時とは一変している訳だけれども、これだけは由香としてはどうしても外せなかったようである。
「あ、来ましたよ」
 きょろきょろと辺りを見回していた零が、高峰の姿を見付けて由香や草間たちへ伝えた。高峰はいつもの黒ドレス姿で、黒猫を抱えたままゆっくりとこちらへ向かって歩いてきていた。
「……あ……」
 由香が高峰の姿を目の当たりにしたその瞬間――ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ち始めた。
「どうしたんですかっ?」
 慌てて零が尋ねると、由香はゆっくり頭を振りながらこう答えた。
「……分かりません。分からないんですけど……何故だか懐かしくて懐かしくて……涙が……」
 そのうちに高峰は、由香たちのすぐそばへやってきた。
「こんにちは。私にお会いしたいという方は……?」
 高峰がそうつぶやくと、由香が1歩前に進み出た。涙をぼろぼろこぼしたまま。
「は……初めまして……。不知火由香……平野由利の曾孫です……」
 由香がそう挨拶すると、高峰は挨拶を返しそっと由香の頬に手を当てた。唇が言葉を発せず動いたように見える。まるで『そっくりね』と言ったかのように……。
「……これで……約束が……」
 由香の涙が激しくなる。高峰は無言で、そんな由香を抱き締めてあげた。
 この先のことは、あえて語る必要もないだろう――野暮というものだ。

【果たされなかった約束 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
         / 女 / 18 / 大学生(巫女):天位覚醒者 】
【 0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 1021 / 冴木・紫(さえき・ゆかり)
               / 女 / 21 / フリーライター 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全5場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここに、ちょっと謎の残るお話をお届けさせていただきます。
・えっと、珍しく高峰沙耶絡みなお話でした。浅草は高原の『ほろびのうた』の方で少し出てきてはいるんですが、あちらの方はこちらで高原がちょっと考えていた内容を先にあちらで出したという形になります。順番として逆になってしまっているために混乱された方も居られるかもしれませんが、こちらとあちらは切り離して考えていただいて結構です。
・ついでに触れておきますが、『ほろびのうた』の方からの影響は向こうがある程度一段落するまで高原は発生させるつもりはありませんので。その点はどうぞご安心ください。
・話を戻しますが、相手が相手ですから、案の定といいますかまともに答えは返ってきていませんね。果たしてあれは高峰沙耶本人だったのか、謎のままということで……。ともあれ、今後も機会があれば高峰沙耶絡みのお話は出してゆきたいなと考えています。
・シュライン・エマさん、120度目のご参加ありがとうございます。上でも触れていますが『ほろびのうた』とはこの先も切り離して考えてくださって結構です。会わせる場所が写真の場所というのは、こういうお話での定番ですよねえ。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。