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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―unu―



 いい風が吹いている。どこか故郷を思わせるものだ。
 欧州から日本に渡って以来、黒榊魅月姫はこうして暇さえあれば散策していることが多い。
(いい月夜……。今夜はどこへ向かおうかしら)
 その時だ。妙な気配を感じた。魔力かと思うが、そうではない。
(でもこれは……普通の人間、ですよね?)
 誰に問うでもなく思う魅月姫はそちらに向かうことに決めた。いつもなら通り過ぎるというのに……今日は気まぐれが過ぎたのだ。



 梅景ひづめは、もはや虫の息だった。アリサと共に駆け抜けた日々は短いようで、長い。
 荒い息を吐き出す彼女は、持っている分厚い本を見遣る。
「しょ……しょう、かん」
 本が開き、そこから一人の少女が姿を現した。黒い衣服の彼女はこちらを見下ろしてくる。
「あり、さ……ありさ……ころして……」
 殺して欲しい。
 その懇願を聞き入れる。もはやひづめは、手遅れだ。
 アリサは片膝をつき、真っ直ぐうかがう。
「マスター……短いお付き合いでしたが、ワタシはあなたのことを尊敬しておりますよ……?」
 その囁きは、ひづめには聞き取れていないだろう。彼女は目の焦点が合っていない。
 アリサは座り込んでいる主をもう一度見て、それから立ち上がった。
「一撃……粉砕です、マスター」
 片足をあげる。真上に、振り上げた。そして――振り下ろす。
 ひづめは、笑ったような気がした。
 主の姿は一瞬で粉々に壊された。まるでダイヤモンド・ダスト。
 血も肉もなんの意味もなく、氷の破片のように粉微塵にされた。一瞬で。
「ノアプテ・ブーナ……マスター。あなたはとても勇敢でした。誇り高く、なんの力ももたぬ人間でありながら」
 とても、素晴らしいと思えるヒトでした。
 アリサはつい、と視線を向ける。
 闇の中、アリサの立つ道の真っ直ぐ先――――そこに、一人の黒髪の少女が立っていた。
 赤い目の美少女はアリサを見て驚きもしない。その理由をアリサは理解していた。
 あの少女はヒトではない。大きな力を感じる。けれども……。
(なんという『重荷』でしょうか……)
 見るだけで、こちらの気が滅入ってしまいそうだ。



 魅月姫も相当な美少女ではあるが、それとは種の違う美しい少女だった。
 染めたわけではない桃色の髪は、後頭部でおだんご状にまとめてある。黒い帽子と黒いゴスロリの衣服は魅月姫の黒のドレスとはまた違う趣きがあった。
(まぁ……)
 珍しい、と思う。
 人間ではないことがこうもはっきりわかる。隠そうともしていない。
 それに。なんとなくではあるが、自分に似ているような気がする。
 つい先ほど、この少女は女を殺した。粉砕するところを、魅月姫は見ていた。
 一体どのような理由で殺したのか、魅月姫は知らないし、知るつもりもない。桃色の髪の少女は何か理由があって殺したのだけわかった。快楽や暴力で殺人をおこなうタイプではないのは、見ただけでわかる。
 何か、あるのだ。理由なり、事情なり。
 魅月姫は微笑む。
 魅月姫が笑みを浮かべるのは珍しい。だがその珍しさを、目の前の少女は知らない。
「あなたを気に入りました」
 唐突の魅月姫の言葉に少女は怪訝そうに目を細めた。
「あなたの望み・願いは何? 私が手伝いましょう」
 差し出した魅月姫の手を見遣り、それから彼女は視線を戻す。
「それは……ワタシと契約する気がある、ということですか?」
「契約?」
 魅月姫は瞬きをする。なんだかよくわからないが……。
「私が契約する側になるとは思いもよりませんでした。更に興味が湧きました」
「…………『手伝いましょう』。なんとも素敵な申し出ですね、ミス」
 鈴のような声の少女は冷たく魅月姫を見ている。
「ですが、最近の人外は礼儀がないのでしょうか」
「え?」
「いつからワタシがあなたより下位にあたる存在になったのか、ワタシは理解できていません。ミス、お友達は少ないのではないですか?」
 随分と失礼なことを言う少女だ。
 魅月姫は数千年も生きる吸血鬼だ。生粋のハイ・デイライトウォーカーでもある。
 その自分に。
 その自分に対してこうも無礼な物言いとは。
「お断りします、ミス。ワタシの望みも願いも、あなたに叶えられるほど安くも、易くもないのだから」
 きびすを返して歩き出す少女に、魅月姫は驚いた。
 自分の言い方がまずかったのは、すぐにわかる。だが自分は手伝おうとしただけだ。彼女に親切を働いただけだ。
「……私では、役不足だとでも……?」
 怒りを抑え込んで言うと、彼女は足を止めて振り向く。
「そういう意味ではありませんよ、ミス。けれども、見ず知らずの相手に『望みは何。手伝いましょう』というのは、あなたにその気がなくとも相手の気分を害することにはなりませんか」
 彼女は体もこちらに向けた。
「それにその言い方では……あなたにできないことはないようですね。ミス、少々浅慮です。あなた如きでは、ヤツらに太刀打ちできません」
「私……『如き』ですって……?」
 聞き捨てならない。
 激しくプライドを傷つけられた。
 彼女は真っ直ぐこちらを見つめた。
「失礼。ですが、今のは意地が悪かったですが、あなたのやった『言い方』を真似ました。不快になったなら、ミス、あなたも少々改めることをおすすめします。
 どのような存在であれ、我々ダイス以外はヤツらの前ではエサ。家畜。繁殖の苗床。それはミス、あなたとて例外ではありません」
「それは私のような存在でも? そんなの、聞いたことがないわ」
「世界はあなたが思うより広く、狭いものですよミス。あなたより格下のものがいれば、格上の存在も有り、あなたとは異なる存在もあるでしょう。
 あなたがワタシを手助けするということは……あなたは普通人と同じになるということ。果たして、あなたのプライドはその状態に納得できるでしょうか」
 淡々と、ただ事実を述べるように呟く少女。魅月姫に向けて彼女は近づいて来る。
 近づけば近づくほど、彼女のあまりにも透き通った青い瞳がわかる。まるでガラス玉だ。
「見たところあなたは人外の存在でも、なかなかの高位でしょう。
 ワタシと契約すれば、契約が終わるまでその状態が続きます。あなたは普段の生活が一変し、普通の人間と同じになってしまう。
 呼吸をするように使っていた能力が、全く使えない。それに耐えられますか?」
「………………」
 使えなく、なる? 一切? 全て?
 吸血鬼の能力も? 影や闇を触媒とした力も? 召喚術も、何もかも?
 それは……それはあまりにも…………。
 魅月姫が生きてきた数千年を一瞬でチャラにしてしまう行為にほかならない。
「……あなたは何者ですか?」
 魅月姫の問いに彼女は静かに応える。
「ワタシはダイス。ダイスのアリサ=シュンセン。ストリゴイを狩る狩人」
「ストリゴイ……ルーマニア地方の吸血鬼の総称ですね?」
 なんだ、と魅月姫は内心せせら笑った。吸血鬼ならばこちらの領分。自分ならば、敵にもならない相手だろう。なぜなら自分は真祖。いやしかし、長いこと人間世界にいたために少々自分も人間くさくなったものだ。表面上はクールで無表情だが、内面はこれなのだから。
「さすがですねミス……と言いたいところですが、あなたの生きた年数と、種族ならば『知っていて当然』ですから、褒めるのは筋違いですね。
 ストリゴイという名は、人間にとってわかりやすく説明するためのものです」
「では、ダイスとはなんなのです?」
「ヤツらを狩る唯一の存在です」
 聞いたことがない。ダイスなんてものは。
 自分を脅かす存在はあるにはあるだろうが……とてもではないが、彼女の言う『敵』がそうだとは思えない。それほど魅月姫は強い。強すぎる。普通の人間ならば歯が立たないどころか、逆らうだけムダなのだ。
 魅月姫はそこで気づく。周囲から生命エネルギーを吸収している魅月姫は、目の前の少女からそれを『奪えない』ことに。
(どういうこと……?)
 生物ならば多少はあるエネルギー。確かにそれを感じてはいるが、奪えない。まったくだ。まるで高い場所においてある食べ物のように……『手が届かない』。
 いま、魅月姫の目の前にいるのは、理解できないモノなのだ。そう、『モノ』だ。
 ただ手を差し伸べて、「どうぞお願いします」と頭を下げてくる下賎な連中では決してない。
 思い違い。
 自分が手を差し出せば、彼女が無条件にその手を掴むと思っていた。
 たとえそうでなくとも、自分は興味を失うはず。それで終わるはずだった。
「ミス、手を」
「え?」
 いきなり言われてしまい、混乱していたために手を差し出してしまった。その手が握られる。冷たい指先はぞくりとするほど、だ。
 アリサはすぐに手を離した。
「やはり相性が悪いようです。適性が低い。
 契約すればあなたはもう、普通の人です。ワタシの睨んだ通りですね」
「……普通の人間になったら、あなたの足手まといではないのですか?」
「『逆』ですよ、ミス」
 彼女は冷たく言う。
「あなたのような者のほうが、より足手まとい。足を引っ張るのです。『余計なもの』は邪魔にしかなりません」
 薄く笑うアリサは魅月姫に向けて手を差し出した。
「それでもよければ、どうぞ。契約しましょう、ミス」
 魅月姫が先ほどしたように、彼女はこちらに手を差し伸べている。その手をとれば、魅月姫は何もかもを失うだろう。自身を支えているものも、自身を構成しているものも、何もかも。
 魅月姫はその手を見つめ、判断に迷う。果たしてどうするべきなのか。
「安心してください、ミス。断った場合は、記憶をいただきます。ワタシのことなど、何も憶えていませんから」
 その言葉は嘘ではない。アリサはできるだろう。魅月姫がどれほどの能力を持っていても『関係ない』のだから。
「あぁ、心配いりません。ミス、あなたは戦う必要はないのです。戦うのは我らダイスの役目。あなたはただ、ワタシの本の主でいればいいだけなのですから」
 アリサは元の無表情に戻った。その背後には、輝く月の姿が――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4682/黒榊・魅月姫(くろさかき・みづき)/女/999/吸血鬼(真祖)・深淵の魔女】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、黒榊様。初めまして。ライターのともやいずみです。
 アリサがあまり気を許さなかったため、契約完了まではいきませんでした。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!