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<東京怪談・PCゲームノベル>


東京魔殲陣 / 両儀の獣

◆ 両儀の獣 ◆
「さ〜て、それじゃあ……いっちょやったりますか」
おおよそ、この場の雰囲気にはそぐわない気の抜けた軽い調子の声。
声の主は、茶色の瞳に茶色の髪。Tシャツにジーンズと言うラフな格好の、どこか人懐っこい感じのする少年。
おいっちにー、さんしー、とあまり気合の篭っていない掛け声で柔軟運動をしながら傍らの『相棒』に呼び掛ける。
「……そうですね。気をつけて、いきましょう」
それに対する学生服の少年は、人懐っこい方の少年とは対照的な緊張感に満ちた表情。
その精悍な顔つき故に少年の実年齢からすると若干大人びた感じがする。その意味でも『相棒』の少年とは好対照だ。
「……なぁ、しーたんよぉ」
だが、そんな少年の言い様に、人懐っこい感じがする少年、弓削・森羅は何か思うところがあったのか、はぁとひとつ大きな溜息をつく。
「……はい?」
その問いに「しーたん」という愛称で呼ばれた少年、櫻・紫桜がぐるりと首をまわして森羅の方へ視線を向けると……
―― ぎりぎりぎりぎり……!
「いた、いたたた。な、いきなり何をするんですか、森羅さん!」
憮然とした表情の森羅が繰り出す必殺のグリグリ(こめかみに握り拳を圧し当ててグリグリするアレ)をお見舞いする。
「何するんですか、じゃねーっての。敬語禁止! タメ口推奨!」
こうしている姿を見ると、とてもそうは見えないのだが、紫桜は15歳、森羅が16歳。
年度で言えば同年代になるのだが、幼い頃から古武道・古武術を習い礼儀・礼節と言うものを身体に叩き込まれた紫桜は、同年の森羅が相手でもどうしても敬語を使ってしまう。
どうやら森羅にはそれが勘弁ならないらしい。
わかりました。いえ、わかったから、と涙目で訴える紫桜の様子に満足して、森羅が紫桜のこめかみを開放する。
「わかればよろしい」
そう言って、腕組みをしてウンウンと頷く森羅。こめかみを手で押さえながらくすりとわらう紫桜。
これから戦いの場に臨もうというのに、ややもすれば命を落とすかもしれないというこの状況で、いつもと変わらぬ調子でいられる森羅の姿に、紫桜は張り詰めた緊張の糸が解れていくのを感じていた。

◆ 獣面双鬼 ◆
―― ブォン……ッ!
牛頭がその手にした得物、人間ならば持ち上げることすら難しいであろう超重量の金棒を、その人外の膂力で軽々と振り回す。
振り下ろされたその先にあるのは、牛頭よりも二回り以上小さい少年の顔。
その顔を己の金棒が直撃し、ぐしゃりと無残に粉砕する様を夢想して、牛頭は下卑た笑いを浮かべる。
だが……
―― ドスン!
直撃の瞬間。防御を企図し半ば反射的に前に出された少年の右腕、金棒がそれ諸共に少年の顔を直撃したその瞬間。
牛頭の手に伝わったのは奇妙な感触だけ。空を切り、大地に金棒を打ち付けたような、そんな有り得ない感触だけだった。
「フゥ……ッ!」
―― ひたり。
一瞬の間を置いて、誰かが小さく息を吐くような音。そして脇腹付近に何かが当てられたような感触。
それを、牛頭の意識が認識した、刹那。
―― ズドン……ッッ!!!
牛頭の全身を貫く圧倒的な衝撃。全身に波紋のように広がってゆく破壊力。
「……ッッッッッ!!!!」
強制的に肺腑から息を吐き出させられ、声に鳴らない悲鳴をあげて悶絶。
その隙に、その衝撃を牛頭に与えた何かが懐からするりと抜けてゆく。
霞む視界の中に映るその姿は誰あろう、先ほど顔を潰したハズの、潰せたハズの少年の顔。
学生服に身を包み、浅く、早く、調息の息を吐く紫桜の姿だった。

膝を折って蹲る牛頭の姿を視界の隅に捉えつつ、馬頭はその脚に力を込める。
「へっ、残念だけどそーはいかないぜ。オマエ自慢のその脚『禁』じさせて貰ったからな」
だが、その声が告げるとおり、何かが絡みつくような感覚があり、脚に力が入らない。
常ならば、力を込めて地を蹴る、それだけで人間などには及びもつかない、まさに風の速さで走れたものを。
声の主に視線を向ける。左手に持った術符をまるで扇のようにヒラヒラとさせながら笑顔でこちらを見つめる少年の顔。
「グ、ウウウウウウ……」
少年が展開した結界に囚われ牛頭を助けに行くことも叶わず、結界の浄気に侵され思うまま力を発揮することも出来ない。
牛頭も、そして馬頭も、完全に相手の術中に嵌ってしまっていた。

戦闘開始と同時に単騎掛けを掛けてきた学生服の少年と後詰にもう一人。
何か策があるのだろうと思いはしたが、相手はまだ年端も行かぬ少年、何を恐れる事があろうか。
そう思い、油断したのが牛頭と馬頭の最初の過ちだった。
学生服の少年に同時に襲い掛かる牛頭と馬頭を、背中に張られた防御の符によって生じた小規模結界で弾き飛ばし、牛頭と馬頭との間に距離を作る。
そして、その隙に後詰の少年が符術の結界を張って、それぞれを孤立させる。
二対二の戦局を一対一×2に。そうすることで牛頭と馬頭の連携を阻み、対し易くなったところを各個に撃破する。
それぞれを一人で打倒できると言う自信があって始めて出来る策ではあるが、それは非常に有効な策でもあった。

◆ 紫桜vs牛頭 ◆
「グルオォォォォッ!」
眼を血走らせ、涎を垂らし、その筋肉をはちきれんばかりに隆起させ、牛頭が超重の金棒を滅多矢鱈に振り回す。
紫桜の放った発勁(正確に言うと紫桜のそれは浸透勁に近い)をまともに撃ち込まれ、牛頭は頭に血を上らせていた。
「……っと、危ない」
つい一瞬前まで自分の頭があった場所を吹き抜けるそれに背筋が凍る。
発勁の一撃をその身に受けてなおこの動きが出来るのも、やはり人外の獣ゆえだろう。
状況的に有利にあるとは言えまだまだ油断は出来ない。
―― ブォン……ッ!
袈裟懸けに振り下ろされる金棒の一撃。それは、先に発勁を叩き込んだ時をほぼ同じ軌道。
一歩、脚を大地に叩きつけるが如く大きく踏み込む。
生まれた反発力に自身の力を加え、更に腰を中心に全身を捻るように纏絲の勁力を加える。
下肢から上肢へ、生まれた力のすべてを中空に掲げた掌に集中、振り下ろされる金棒のインパクトの瞬間を確と捉える。
(よし、ここだ!)
気を込めた掌に伝わる金棒の感触とその内に秘められた暴威。直撃すれば、命はない。
だが、それに対して『力』で抗してはいけない。
如何に気を込めようと基となる肉体の力では決して敵わない。それ故に技がある。
打ち落とされる金棒の力の流れには逆らわず、掌がそれに触れたと同時に一動。
上から下への力の流れに対して、右から左への流れを加えてやる。すると、どうなるか。
―― ドスン!
流れの落着点は横に逸れ、当初の目標を捉えられずに地に落ちる。
一連の動作で生まれた運動エネルギーを敵の身体に叩き込む技を発勁とするならば、これは敵の攻撃に対する発勁に近い。
エネルギーをそのまま撃ち込むのではなく、ごく僅かな勁の流れを作り敵が発する力の流れを見極め、逸らす。
無論、これは誰にでも出来ると言う芸当ではない。
力や気の流れといった不可視のものを体で感じる事が出来るようになるまでの修練、相手の動きを的確に読む眼、敵の攻撃に身を晒す胆力、そして何より基本となる武芸。どれが欠けても行なえない。
「フゥ……ッ!」
息を吐くと同時に、そのまま流れを殺さずに右手を円転させ再び懐に収め、ガラ空きになった敵の脇腹へ、そして、再度の震脚。
―― ズドン……ッッ!!!
まるで砲が炸裂したかのような衝撃音。
全身を用いて収斂した気と運動エネルギーとが牛頭の体内で炸裂した音である。
―― ズゥゥゥゥ……ン
白目を剥いて倒れる牛頭。
見たところ目だった外傷はない。強いて言うならば二度、発勁の直撃を受けた脇腹にある軽度の打撲傷程度。
だが、その身体の内への破壊、即ち内傷の被害は想像を絶する。気を用いた打撃の真髄は相手の内部に対する破壊である故に。

◆ 森羅vs馬頭 ◆
「ほーれほれ、鬼さんこっちら〜……って、コイツの場合比喩じゃなくて、マジで鬼、なんだよな。ハハッ」
魔殲陣の中に森羅が張った浄気結界。その中で繰り広げられる正真正銘の『鬼ごっこ』
その様子は外の紫桜と牛頭の戦いとはまったくの好対照。
浄気に足を絡め取られながらも森羅に一撃を喰らわせようと迫る馬頭を、森羅は軽口を叩きながらひらひらりと身を躱す。
無論、躱したあとに馬頭の隙を縫って浄気を込めた符を投げるのも忘れない。
浄気で縛られ動きが鈍っているとは言っても、その動きは普通の人間に比べれば十分速い。
だが、古流の武道をその身に修めた森羅にとって、その程度の動きに応じるのはまったく苦にならなかった。
「……ブフゥッ、ブフウッ」
しかし、対する馬頭は既に吐く息荒く足元も覚束ない。
人であれば、傷を癒し気息充実を促す浄気の結界も、彼ら魔に属するものにとっては毒でしかないのだ。
「さて、それじゃあそろそろ……トドメといきますかぁ」
牛頭と戦う紫桜の方を見れば、どうやら勝敗が決したらしく、ゆっくりと倒れる牛頭の姿が見て取れる。
別に対抗すると言う訳ではないが、こちらもグズグズしてはいられない。
意を決し、森羅は馬頭の爪撃の間合いに入らぬよう注意しつつゆっくりと歩み寄る。トドメの一撃を食らわせるために。
しかし、それは同時に馬頭にとっても絶好にして恐らくは最後の好機。
歩み寄る森羅の姿に、馬頭は全身に残された力を結して攻撃の機を窺う。
森羅の身体が、ついに馬頭の一足一刀の距離、その僅かに外側まで迫り、そこでピタリと足を止め馬頭の様子を窺う。
筋肉を縮ませて何時でも飛びかかれる姿勢を取る馬頭に、静かに腰を落として拳を作り全身に気を巡らせる森羅。
森羅もまた紫桜と同じく、気を用いた武術の遣い手。だが、両者では若干その毛色が違う。
ぐぐぐ、と、そんな音が聞こえてきそうなほど張り詰めた馬頭の筋肉。その内に込められた力が解放されれば、その威力・速さは手負いと言え決して侮れるものではない。
「ゴアアアァァァァッッッ!!!」
そして、極限の咆哮とともに、爆発するように、筋肉から力が解放される。
地を蹴る蹄が生み出す突進力に身体を乗せて、一気に身体を前方に飛ばす。
森羅は……まだ、その場を動いてすらいない。
勝った。
大きく右腕を振り上げて、馬頭は己の勝利を確信する。刹那の先に訪れるであろう血の悦楽を夢想して、邪な笑みに顔を歪ませる。
「ザンネンだけど、そりゃ無理だね」
だが次の瞬間、馬頭の耳に届いたのは肉を切り裂く爪の音でもなければ、森羅が上げた断末魔の悲鳴でもない。
―― バチン……ッ!
中空で何かが爆ぜたような、そんな音。
それは、その場から一切動くことなく放たれた森羅の拳打が空を打ち、宙を伝わり標的の肉を穿つ音。
纏絲によって全身を巡らせた力を拳に集約し、拳に握りこんだ術符によって生み出した浄気とともに練り上げて放つ技。
それは、日本古武道に於いて『遠当』と呼ばれる技術を、森羅が独学で学んだ符術と併せて昇華させた技。
相手に拳をまったく触れずして浄気を込めた拳打を撃ち込む必倒の一打であった。

◆ 戦い終わって ◆
「ふうっ、なんとか勝てましたね。森羅さん」
戦いが終わり、魔殲陣の力で塵となって消えてゆく牛頭と馬頭を見ながら紫桜が呟く。
終わってみればこちらはほぼ無傷。楽勝と言えばそうなのだろうが実際にはそうではない。
一手でも読み違えれば勝負の結果は判らなかった。全力を以って当たらねば勝負の結果は違っていた。
人間を遙かに超えた力を有する者、人外の者との戦いと言うのは得てしてそう言うものだ。
「まぁ、な。うん、確かに勝負に問題はないよな」
しかし、答える森羅はその言葉とは裏腹に眼を瞑り難しそうな顔で腕組みをしている。
……何か気になることでもあるのだろうか。
「……どうか、したんですか?」
堪らず問い返す紫桜の言葉に、森羅の顔がその険しさを増す。
心なしかこめかみのあたりがピクピクと痙攣しているような気もする。
「……なぁ、しーたんよぉ」
難しい顔のまま呟く森羅。
「……はい?」
あれ、このやり取りはどこかでした覚えがあるなぁ……。何の気なしに返事を返す紫桜の脳裏を突然の既視感が過ぎる。
「俺、最初に言ったよなぁ……」
ゆっくりと持ち上げられる森羅の両拳。それは何故か味方であるはずの紫桜の、そのこめかみを目指している。
迫るような既視感に紫桜のこめかみがズキリと痛み、そこでようやく思い出す……が、時既に遅し。
「敬語禁止! タメ口推奨!」
再び紫桜のこめかみを森羅のグリグリが襲う。
「ああっ、痛い! 痛いですって、森羅さん……じゃなかった、森羅ぁ!」
笑いながら紫桜を攻める森羅に、同様に笑顔でそれを受ける紫桜。
戦い終わり、世はすべてこともなし。
まるでじゃれ合うような二人からは、そんな雰囲気が感じられた。


■□■ 登場人物 ■□■

整理番号:5453
 PC名 :櫻・紫桜
 性別 :男性
 年齢 :15歳
 職業 :高校生

整理番号:6608
 PC名 :弓削・森羅
 性別 :男性
 年齢 :16歳
 職業 :神聖都学園高等部一年生


■□■ ライターあとがき ■□■

 櫻・紫桜さま、おひさしぶりです。弓削・森羅さまは、はじめまして。
 この度は、PCゲームノベル『東京魔殲陣 / 両儀の獣』へのご参加、誠に有難うございます。担当ライターのウメと申します。

 地獄の獄卒鬼ペア牛頭・馬頭との戦い、お楽しみいただけましたでしょうか?
 全体的な楽勝ムードと前後のコメディチックな二人のやり取りもあり、
 なんとなくギャグっぽい空気が感じられる仕上がりになってしまいました。

 お二方とも『気』を用いた徒手空拳の遣い手ということでしたので、決め技は二人とも気を用いた打撃となりました。
 紫桜さまの方は、主に中国武術の技術として有名な『発勁』
 これは似たような技法が日本の古武道をはじめ様々な武術流派に存在しているのでワリとメジャーですね。
 森羅さまがウマにトドメを刺した『遠当』
 実在(すると言われている)のそれは『気』を飛ばして相手の姿勢を崩す程度のものと言われており、
 二階堂平法に伝わる「心の一方」や「居竦みの術」のような代表される喝声術がそれに当たるのかもしれません。
 でも、きっとこういう使い方も出来るはずです! いや、出来たほうが面白いですよね!
 
 さて、微妙にヘンな方向にテンションが上がってしまいましたが、本日のところはこの辺で。
 また何時の日かお会いできることを願って、有難う御座いました。