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<東京怪談・PCゲームノベル>


特攻姫〜特技見せあいっこパーティ〜

 名門、というものは、概して束縛が多い。
 とりわけ退魔の名門には。

 そんな『退魔の名門』に含まれる葛織[くずおり]家では、現在次代当主と目される少女が、その『魔寄せ』の能力が高すぎるため、生まれてすぐに結界が張られた敷地に閉じ込められた。
 現在13歳となる少女、葛織紫鶴[くずおり・しづる]。彼女は毎日退屈だった。
 そこで、彼女の世話役如月竜矢[きさらぎ・りゅうし]は思いついたのだ。親族の親睦パーティと称していい人材をまぎれこませ、姫――紫鶴のために何か特技を披露してもらおうと。

     ■□■□■

 そして今日も今日とてパーティが紫鶴宅の庭で催される。
 立食パーティだ。さすが退魔の名門に相応しい料理長を呼び、庭にはいい香りが漂っている。
 親族だけでなく関係者も呼んで、いい社交の場だ。
 ただし――催した紫鶴本人は、パーティから少し離れたあずまやで、ひとり紅茶を飲んでいた。
 ――昔は開催者が――たとえ名義だけでも――紫鶴だということで嫌がられたものだが。今は反紫鶴派の叔父も利用する方へと傾いたらしい。
 この館に数人つけられているメイドも、今日は立食パーティの方で手が一杯だ。
 パーティの喧騒は右から左へ流れていく。紫鶴はううんと伸びをした。
 と――
「お待たせしました、姫」
 背後から竜矢の声が聞こえて、紫鶴はぱっと振り向いた。
 竜矢の隣に、1人の青年がいた。
「こちらが今日のお客様の――」
「三薙稀紗耶ってんだ。よろしくなー姫さん」
 ひょうひょうとした体の青年が、ひょろっと手を差し出してくる。
「稀紗耶殿か……! 初めまして」
 紫鶴は喜んで握手をした。
 一見どこかでふらふらしてそうなにいちゃんタイプの稀紗耶だったが、好奇心旺盛な紫鶴は、どんな人間であろうと元気一杯で迎え入れる。
 竜矢は少し困ったような顔をして、稀紗耶にそっと耳打ちした。
「……礼金は出しますから、ちゃんとお願いしますよ」
「分ぁってる分ぁってるって」
 ひらひらと手を振った稀紗耶は、まず立食パーティの場にずかずか乗り込んでいった。
 うわ、と竜矢が早速顔を覆う。紫鶴はきょとんとそんな竜矢を見つめる。
 察するに今回の『客』は、竜矢の歓迎するタイプの人間ではないらしい。
 早速パーティ内は、どこの小僧だこいつは、とざわざわし始める。
 そんなことはどこ吹く風、稀紗耶は「ちょいとごめんよ、ほいほい、頂くよ」といくつかの酒をチョイスした。
 その後、紫鶴を手招きする。
「どーせパーティなんだから姫さんもこっちに来ればいいだろうよ」
 竜矢が頭を抱えた。――紫鶴の立場を、説明したはずなのにまったく通じていなかったらしい。
 しかし、紫鶴は大きくうんとうなずいた。
 彼女にそんなことを言う人間は初めてだった。だから従った。
 竜矢の手を引きながら、勢いよくパーティの中にまざっていく。親族には嫌な顔をされ、関係者には恐れるような顔をされても、向こうで稀紗耶が待っているから平気だ。
 たどりついた時、稀紗耶の足元には何本もの酒が置いてあった。
 稀紗耶はメイドから栓抜きを借り、まず1本目のテキーラの栓をポンっと抜くと――
 そのまま、その瓶の中身を一気飲みした。
 おお、と周辺で様子を見ていた大人たちが感心して手を叩く。続いて2本、3本。ウォッカ、ラム酒まで。
 紫鶴が割り込んできたことであれほど険悪になっていた親族たちが、稀紗耶の芸を歓迎して拍手が起きた。
 しかし肝心の紫鶴だけが、
「……? 何を騒いでいるのだ?」
 理解できないのが申し訳ないのか、小さな声で竜矢に尋ねる。「あ――ひょっとして、それだけの量を一気に飲めるからか?」
 酒に縁のない少女。残念ながら強い酒一気飲み芸はハズレだったようである。
「姫さん。酒は早いうちに知っとくべきだぞぉ」
 稀紗耶は希薄な口調で言った。
「そ、そうなのか?」
 紫鶴が真剣に、稀紗耶が空にした酒瓶を見つめる。
 その紫鶴の肩をぐいっと押して視線を酒瓶からそらさせ、
「未成年に酒など教えないでください!」
 竜矢がかみつきそうな声で稀紗耶を叱った。
「うるせえなあ……あんた俺より歳下だろ……」
 ぶつぶつと意味深なことをつぶやきながら稀紗耶は酒瓶を蹴って転がす。
「き、稀紗耶殿! それは行儀が悪い! だめだと思う!」
 紫鶴が慌てて言った。「あー悪ぃ」と稀紗耶は首をかいた。
 転がった空の酒瓶は、メイドたちが慌てて回収にくる。
「じゃあどうすっかなあ……」
 稀紗耶は髪を軽くかき乱し、それから純真な目で見上げてくる紫鶴を見る。
 ――相手は子供だ。
「てことはだ」
 稀紗耶は懐をごそごそさぐり、どう考えても懐に入りきらないサイズの車輪を取り出した。
 紫鶴は目を丸くした。
「すご……すごい! 今のは『手品』というやつか!?」
「いや……俺の場合はてきとーな感じの……」
 言いながら稀紗耶は次にぽいっとルービックキューブを取り出す。
「どーだ。どんな天才でも絶対に6面揃わないことで有名なルービックキューブだ」
「……それって不良品じゃないんですか」
 竜矢がつぶやくのは無視。
 わあっ綺麗だ、と紫鶴は渡されたルービックキューブをもてあそぶ。
 次に青年の懐から飛び出したのはなぜか檻。
 その次はなぜか欠けたグラス。
 その次はなぜかダンボールの山。
 その次。使い古した感じのぶりきのおもちゃ(値打ち品かもしれない)。
 ……絶対起き上がらない、起き上がりこぼし。
 とにかく次々と稀紗耶の懐から、がらくたが飛び出す。
「稀紗耶殿、すごいっ!」
 紫鶴は大喜びでがらくたの山をながめた。
「まあな」
 稀紗耶はひょうひょうと肩をすくめたが――
「で、その懐に収納することは可能なんですか?」
 竜矢がぼそっとつぶやく。
「………………」
 ――というわけで、メイドたちががらくた回収にあたふたした。
 大迷惑。
 今度は先ほどの強い酒一気飲みに拍手していた親族関係者も微妙な雰囲気となり、稀紗耶はぽりぽりと頭をかいた。
 こうなったら。
 稀紗耶は立食パーティのテーブルへと行った。そこでごそごそと何かをやると、ひょうひょうとした顔で戻ってきて、
「ほらよ、姫さん。あんたにはジュースだ」
 とオレンジ色の飲み物を差し出す。
「わあ、ありがとう!」
 紫鶴は喜んで受け取ろうとした。が、
 ばきいっ
 紫鶴が受け取る前に、渡そうとしていた稀紗耶の手首が手刀によって痛打された。
 かしゃん。グラスが地面に落ちて転がる。
「……なかなか痛かったぜ……あんた」
 稀紗耶は手首をふりふり、気にした様子もなく竜矢を見る。
「オレンジジュースに見せかけて……」
 竜矢の手刀は震えていた。
「カクテル『レディ80』! どこから持ってきたんですか!」
「いやそこのテーブルにちょうどあったからよ」
「それ以前にお酒を姫に飲ませないでください!」
「いいじゃんそれ甘口だし」
 酒に慣れるきっかけになれるぜ〜HAHAHA、とどこまで責めても稀紗耶は聞く耳持たず。
「あんたもすげえなあ、ええと、如月とか言ったっけ? 見ただけで分かるなんてぇな」
 はははは! と周囲の親族たちから笑い声が聞こえた。
「これはいい! 葛織家の次代当主様をカクテルで酔わすとは、いい余興を考える!」
 竜矢はその言葉の主――反紫鶴派筆頭たる紫鶴の叔父京神を一瞥して舌打ちしてから、
「姫。これはジュースではありませんから。いいですか、飲んではいけません」
 すでに地面にこぼれてしまったオレンジ色の液体を指してしつこく言った。
「で、でももったいない……」
「あ・な・た・は・み・せ・い・ね・ん・で・す!」
「わ、分かってはいるが……」
 未成年はお酒を飲んではいけない。それくらいの常識はいかに紫鶴といえども知っている。
「本当はオレンジジュースなんだぜ」
 稀紗耶がぼそっと言う。紫鶴がはっとして竜矢をにらむ。竜矢はぎりっと稀紗耶をにらむ。
「うそうそ、カクテルです」
 どこまでもひょうひょうと受け流すと、さらにわははと京神が笑った。
「いい度胸だ小僧。どうだ一杯」
 京神が自分の杯を稀紗耶に示す。この場でもっとも威圧感のある男の傍らにあるのは日本酒だ。
「おお、酒! ちょいと行ってくらあ」
「ちょ……三薙さん!」
 竜矢が慌てて止めようとするが、紫鶴がその竜矢のすそを引いた。
 世話役が眉をひそめて主を見る。
 紫鶴は重々しい顔立ちで首を横に振り、
「稀紗耶殿は客だ。客が喜ぶよう最高の歓迎をもって迎えるのは当然だろう」
「………」
 だからと言って、反紫鶴派の京神叔父の味方になられては困るのだが、と渋い顔をしてそう考えた竜矢。その思いが伝わったらしい、
「いいのだ、竜矢。京神叔父とだっていつかは仲良くなれる。何より稀紗耶殿は、たった今までは私を楽しませようとしてくれただろう」
 それで……充分だ。
 少し離れたところでは、稀紗耶がまた京神たちに囲まれて、酒の一気飲みをしていた。
 それも一種の特技なのだろうか、稀紗耶は他の人間に酒をすすめるのが得意らしい。稀紗耶の周囲にいる人間はどんどんべろんべろんになっていく。
 パーティの場から離れたあずまやに戻りながら、こんなお酒くさいパーティは初めてだ、と紫鶴は思った。
 同時に、こんな社交的ではない――砕けたパーティも。
「天賦の才、というのかな」
 紫鶴が遠目にパーティの様子を見ながら微笑んで言うと、
「……あまり、その言葉をあの方に当てはめたくはありませんね」
 と竜矢が盛大なため息とともに言った。
「竜矢、あの方を連れてきて失敗だったと思うのか?」
 紫鶴はまっすぐな視線で竜矢を見る。
 竜矢は肩をすくめて、
「……いいえ」
 と短く答えた。
 ちらっとパーティ会場を見て、
「……京神様があんなにはしゃいでいらっしゃるのも初めて見ましたからね」
 カメラでも持ってくればよかった、と竜矢は言って少し笑った。

 夜も暮れて、パーティもそろそろ解散の雰囲気になってくる。
 親族より先に関係者たちが次々と帰っていき、その次に親族たちが再会を約束して帰っていく。
「……紫鶴よ」
 最後まで残っていた京神が、紫鶴の傍まで寄ってきた。
 紫鶴は立ち上がって、
「本日はありがとうございました」
 とスカートのすそをひろげる。
「ふん」
 京神は鼻を鳴らし、
「お前の体質は邪魔だ。今回は許したが、今後関係者もいるパーティ会場内に決して近づくな」
「はい、心から反省しております」
「その反省がどこまで続くものだか」
 嫌味を言うだけ言って、京神は竜矢に連れられ帰っていく。
 紫鶴はほっと息をついた。と、
「――ほんとにあんたにだけは嫌味なおっさんだなあ……」
 傍らから声がして、紫鶴はひゃっと飛びあがった。
 そこには、いまだに酒の入ったグラスを持った稀紗耶がいた。
「き、稀紗耶殿! もうお帰りになったものだと!」
「俺はあんたの世話役に雇われてきてんだぜ。世話役殿に会わなきゃ帰れねえだろ」
「あ、ああ……」
 やがて竜矢が戻ってきて、稀紗耶の方を見ると、
「ああ、はいはい。礼金ですね。今屋敷から――」
「いらね」
 稀紗耶はあっさりと、竜矢の言葉を遮った。
「…………は?」
「だから、いらね」
 くいっとグラスの中味を干し、それを竜矢に押し付けると、
「ま、散々酒もらったしよ。姫さんを充分に楽しませることができたかっちゅーと微妙だしよ。せめてこれを最後にやらあ」
 ズボンの尻ポケットから一枚の写真。
「俺のガラクタで取ったもんだけどな」
 一枚のインスタント写真。
 ……あの京神が、あの京神が、にらめっこをしている顔だった。
 絶対に負けぬとばかりに、珍妙な顔をしている。
 ぶっ、と紫鶴が吹き出した。
「あ、あはははは、あははははは! お、叔父上すまない、あはははははは!」
 竜矢も必死に笑いをこらえている。
「おいおいあんたも盛大に笑え」
 がっしと竜矢の肩をつかみ、「いーか、世の中盛大に酒を飲みコーヒーを飲み盛大に笑っときゃ楽しく生きられる」
 稀紗耶は――当然まだ酔っているのだろう――盛大に奇妙な歌を歌いだした。
 紫鶴は楽しそうに、その奇妙な歌にノッた。
 それはありがとうという心の現われ。
 楽しそうに顔を見合わせる稀紗耶と紫鶴。その2人に挟まれ竜矢は苦笑して空を見る。
 陽が完全に落ち、暗闇となっても、自分たちのいる、そこだけまるで月の光がスポットライトとなっているかのように明るかった。


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7008/三薙・稀紗耶/124歳/男/露店飲み屋店主/荒事師】

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■         ライター通信          ■
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三薙稀紗耶様
初めまして、笠城夢斗と申します。
初めてのゲームノベルへのご参加、ありがとうございます。そして……納品が信じられないほど遅くなって申し訳ありません!
ひょうひょうな「ダメダメ」と書かれていましたが、私の中では稀紗耶さんはかっこいいですw書かせていただけて嬉しかったです。
よろしければまたお会いできますよう……