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<東京怪談ノベル(シングル)>


運命のお泊まり・後編

 ファム・ファムは、立花 香里亜(たちばな・かりあ)が食器を片づけているのを、何故かドキドキしながら待っていた。
「お風呂は初めてなのですぅ」
 ここに来る前に、色々と『お友達』については調べてきた。友達は『お泊まり』をすると知り、今日は香里亜の所に泊まる気でいたが、まさかお風呂に一緒に入るとは。
「理論は知っているけど、ドキドキなのです……」
 夕飯を食べてすぐにお風呂に入ると体に悪いということで、香里亜はテレビのスイッチを入れた。クイズ番組なのか、賑やかな声が画面から聞こえている。
「ファムちゃんは、普段お風呂とか入るんですか?」
 種族が違うので、ファム達にもそういう習慣があるのだろうかと香里亜が聞くと、ファムはぷるぷると首を横に振った。
「いえ、あたし達にはそういうのは必要ないのです。なので食事だけではなく、お風呂なども初めてです〜」
 なるほど。どうやらファムの姿は人間型であれど、生命維持システムが全く違うらしい。なら、無理に風呂に入れるのは良くないだろうか……そんな事を思っていると、ファムがぴょこんと立ち上がる。
「でも今日は、香里亜さんと一緒にお風呂に入ります。お友達はお風呂も一緒のようですから」
「初めてのお風呂ですね。じゃあ、今日はにバブルバスにしましょう」
 普段はバスボムや、小袋に入った入浴剤を使うのだが、お風呂に初めて入るファムに喜んでもらえるよう、バブルバーを入れるのもいいだろう。香里亜は甘いお菓子の香りがするバブルバーを湯船に入れ、勢いよく湯を溜め始めた。
「今日は泡あわですよ〜。背中の流しっこもしましょうね」

 香里亜の部屋の風呂は、ファムと二人で入るのに丁度いいぐらいの大きさだ。湯船にはたくさん泡が浮かんでいる。
「さ、服を脱いで下さいね」
 自分が着ている服や、首に付けているリボンを外しながら、ファムは服を脱いでいる香里亜をじっと見る。
「むー。やっぱり、もうちょっと胸欲しいなー」
 そんな事を呟いているところを見ると、相当気にしているようだ。しかしここで「人には、持って生まれた器の大きさがあるのですぅ」とは言えない。ファムはハンドタオルを持って香里亜の後に続き風呂場に入る。
「銭湯や温泉とかだと、先に体を洗ってから湯船に入るんですけど、自分のお家だから先に暖まっちゃいましょう。お外でやっちゃダメですよ」
 泡を避けるように香里亜が先に湯船に入る。そして、風呂が初めてだというファムが滑らないようにと、そっと手を取った。
「泡がいっぱいなのです〜」
「ふふー、こんな遊び方も出来ますよ」
 そう言うと、香里亜は泡を手に取りふーっと息を吹きかける。すると泡がシャボン玉のように辺りに飛んだ。
「何だか面白いのですぅ。お風呂も暖かくて気持ちいいですね」
「のぼせないようにして、髪の毛洗いましょうね。初めてだから私が洗ってあげますよ」
 髪を洗うというのも、ファムには初めての体験だ。
 そのせいか、香里亜が最初に髪を洗う様子を見て、ファムは何だか不安げな表情をする。
「あの〜、シャワーで髪の毛を濡らすのは怖くないですか?」
「あ、顔にお湯がかかるのも初めてなんですよね…」
 本当はシャンプーハットでもあれば良かったのだろうが、あいにく一人暮らしなのでそんな物はない。子供の頃自分も髪を洗う時に目を瞑っているのが怖かったので、ファムの気持ちは何となく分かる。
「んー、じゃあタオルを絞りますから、それを目に当てて瞑ったまま下を向いていてください。そうしたらシャンプーも目に入りませんし」
「瞑ってないとダメですかぁ?」
「シャワーを弱くしますし、ちゃんと合図しますから」
 絞ったタオルを持ち、香里亜はファムに「こうするんですよ」と、やって見せた。これならタオルがあるので、あまり顔にお湯もかからない。それに流した後すぐに顔が拭ける。
「じゃあ、行きますよー」
「は、はいっ!たくさんかけないでください〜」
 シャワーでファムの髪を濡らし、香里亜は手を使ってまんべんなくお湯を行き渡らせた。ファムはぎゅっと目を瞑ったまま、一緒に息も止めているようだ。
「はい、もういいですよ」
「……ぷはぁ。そんなに怖くありませんでした」
「だったら良かったです。髪の毛洗いましょうね」
 シャンプーを手で泡立てながら、香里亜はあることに気が付いた。
 髪の毛と体を洗うのは良いが、そう言えばファムには羽が生えている。今は水に濡れてぺしょっとしているが、羽は洗った方が良いのだろうか……。
「あの、ファムちゃん。羽は洗っちゃってもいいんですか?」
「どうしてですかぁ?」
 髪の毛にシャンプーの泡をつけたまま、ファムが振り返って首をかしげる。
「洗っちゃって油が取れて飛べなくなっちゃったりしたら、困るかなって」
 水鳥などは、洗ってしまうと羽が水を弾かなくなると言う。ファムは天使のようなものなのでそんな事はないだろうが、洗ってしまってから飛べなくなったとか言われたら大変だ。
「それは大丈夫ですぅ。あたし達は羽で飛んでるわけではないのでー」
 するとファムがふわっと宙に浮いた。そしてまたゆっくりと着地する。
 これなら羽も一緒にシャンプーで洗ってしまおうか。香里亜はファムの頭を丁寧に洗い、泡だらけの髪の毛を角のように立てる。
「じゃーん、角ー♪」
「はううー、何だか自分の髪じゃないみたいなのです」
「こうやってシャンプーしてる髪で遊んだりするんですよ。ほら、とげとげウニ頭ー」
 最初シャンプーに怯えていたファムも、そうやって遊んでいるうちにすっかりそんな事を忘れてしまったようだ。洗った髪を流し、また暖まりながら湯船の中でタオルでくらげを作ったり、ボディスポンジに石鹸をたっぷりつけて背中を流したりする。
「お風呂って楽しいですぅ」
「でしょう?私、お風呂大好きなんですよ。ファムちゃんが喜んでくれたなら、良かったです……えい」
 そう言いながら、香里亜はファムの鼻の頭にバブルバスの泡をちょんとつけた。

 初めてのお風呂を楽しんだファムは、ドライヤーで髪と羽を乾かしてもらった後、香里亜と一緒に窓際で涼んでいた。火照った体に夜風が心地よく、今日の空は東京なのに妙に澄んでいる。
「湯冷めしないぐらいに涼みましょう。それにしても、今日は星が綺麗ですね」
「一緒に星を見られて、嬉しいのですぅ」
 香里亜はマグカップに入った牛乳を飲みながら、ファムに星の名前を教えたりしていた。多分ファムは知っているのだろうが、ニコニコと笑いながら聞いている。
「こんなに綺麗な星も、何千年かけて光が地球まで届いてるんですよね」
「そうなのです。人類が生まれる前から光っている星もあるのですぅ」
 手を伸ばせば届きそうなほどなのに、永遠のように遠くにある星。一口牛乳を飲んだ香里亜は、ふぅと息をついてからこんな事を呟いた。
「……宇宙の果てって、どうなっているんでしょうか」
 ふい……と視線をファムに向けると、にこっと笑い何かを言おうとする。
「それはですね……」
 そう言った時だった。
 突然ファムの動きが止まり、口からピーガガーと、壊れた機械のような音がする。
「ファムちゃん?」
 何かまずいことを言ってしまっただろうか。慌ててマグカップを置いた香里亜は、ファムの手をぎゅっと握った。
 ややしばらくの沈黙の後、ファムは唐突にフリーズから解けたように目をぱちくりさせ、香里亜を見て少ししょんぼりとする。
「ごめんなさい、禁則事項のようなのです。地球の科学レベルではまだ知ってはいけないみたいですぅ」
「良かったー、一瞬どうしようかと思いました」
 どうやら言ってはいけないことを言おうとしたせいで、何か制限がかかったらしい。それでもファムが無事なようで良かった……それなのに、ファムの表情は何だか暗い。
「お礼のために来たのに、お友達なのに答えられませんでした」
 別にそんな事は気にしていないのだが、ファムは張り切って色々なことに答えたいようだ。それが何だかいじらしいので、香里亜はファムの柔らかい髪を撫でながらにこっと笑う。
「気にしないで下さい。そろそろ窓閉めましょうか、子供は寝る時間ですよ」
 もっと気が利いていればたくさん質問できたのだろうが、いざ質問と言われるとなかなか出てこない。それよりも香里亜としてはファムが泊まりに来てくれているというだけで、充分すぎるほど礼になっている。
 寝る時間と言われたファムは、きょとんとした後で何かに気付いたように手をポンと叩いた。
「睡眠……あたし達は必要ないので忘れていました」
「寝なくてもいいんですか?一緒のベッドに寝ようかなって思っていたんですけど……」
「はい。でも、香里亜さんはお友達なので、お布団には入ります〜」

 普段ならベッドに入ればすぐに寝られるのに、今日は何だか寝付けなかった。それは隣にファムがいるからなのか、それとも別の理由なのか。
「ファムちゃん、起きてますか?」
「起きてますぅ。香里亜さんは寝ていないんですか?」
「ええ……」
 ファムを隣にして考えていたこと。もしかしたら寝付けない理由はそれなのかも知れない。香里亜はファムの方に寝返りを打ち、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「あの……神の子事件は禁則事項じゃないんですか?」
 知ってはいけない事を言おうとすると、ファムがフリーズするのはさっきのことで分かった。だが、神の子事件に関する事をファムは全部香里亜に教えた。それは、一つの宗教がひっくり返るような大事件で。
 ファムも香里亜の方に顔を向けた。窓から入る薄明かりが、ファムの銀色の目に反射する。
「あの時は許可を貰ったのですぅ」
 それはファムが敬愛する神から、特別に許されたことだった。少ない可能性ではあるが、香里亜も「彼」と同じような道を歩む危険性がある。ならば、先に香里亜に教えておくことで、これからの危機を防げるかも知れないという判断だ。危機を防ぐということは、ファムが聞かされていない事実ではあるのだが。
「……あの事件は、予測できなかったんでしょうか?」
 ファム達は、運命が狂わないように監視し修正をする仕事をしている。それはたった一人の人間の些細な運命であったり、世界樹を植えるような大がかりな物まで様々だ。ならば、神の子事件も前もって防げたのではないだろうか……。
「………」
 しばらく黙り込んだファムが、静かにゆっくり言葉を吐く。
「地球の生命は珍しいのです」
 宇宙の生命はほとんどが肉体を持たない。そんなファムですら情報体生命で、この体は有機端末に過ぎない。だから食べることも、お風呂も、睡眠すらも必要ない。更に宇宙には思念体やエネルギー体など肉体を持たない種族がほとんどだ。
 それを話すと、香里亜が真剣な表情をする。
「珍しい中でも炭素体生命は更に稀で、精神活動はあたし達には未知に等しく運命予測を超えた結果招いてしまったのです」
 くすん。
 少し鼻をすすったファムに、香里亜は少し近づいた。そして、ぎゅっと抱きしめる。
「大変だったんですね」
「はい。でも、今は改良を重ねたので対応可能ですぅ。なので安心してください……お友達の運命も、しっかり守ってみせますぅ」
 お友達。そう言われ、香里亜はくすっと笑った。
 きっと初めての友達が嬉しいのだろうが、あまり何度も言われると何だか嘘っぽく聞こえてくるから不思議だ。
「ファムちゃん、本当のお友達は『お友達ですから』って何度も言わないんですよ」
 頭を撫でて頬笑むと、ファムは驚いたように目を丸くした後、急に泣きそうな顔になった。
「お友達ダメですか……?」
「いえ、ダメじゃないですよ。だけど、大事なお友達は『お友達だから』って何度も言わなくても、ちゃんと分かるんですよ。もちろん、ファムちゃんがお友達だってのに変わりないですから」
 そう言っても、まだファムは悲しそうだ。これは何か質問したりした方がいいだろう……香里亜は布団を直しながら、ファムの鼻の頭を突く。
「あ、そうそう。この前植えた世界樹って、花とか咲くんですか?」
「運命演算補助デバイスですけど、何年かに一度演算した運命の処理をするときに花が咲くのですぅ」
 質問をされたのが嬉しいのか、今まで泣きそうだったファムがぱぁっと笑う。きっとたくさんの質問に答えたいのだろう。そんなファムに目を細め、香里亜は色々な話をする。
「あんなに大きな木に花が咲いたら綺麗ですよね。見られると良いなぁ……その時は何歳になってるのかな。素敵な人と結婚できてたらいいなぁ」
「それは内緒なのです。先に知ってしまったら楽しみがなくなるのです」
「やっぱりそうですか。今、地球に来てるのはファムちゃんだけですか?」
「はい。あたしが頑張っているのですぅ〜。香里亜さんにも、また色々頼みますね」
「頑張りましょうね」
 友達が泊まりに来た時の醍醐味。
 それは夜遅くまで、色々な話をすること。
 薄明かりが差し込む中、二人の話がいつまでも小さく楽しげに部屋に響いていた。

fin

◆ライター通信◆
前後編での発注ありがとうございます。水月小織です。
今回はお風呂に入って寝るまで…という話ですが、質問をするというよりは本当にお泊まりに来てくれたファムちゃんを、とにかくかまい倒してます。でも、突然の機械音はかなり吃驚した模様……。
シャンプーをした髪の毛で遊ぶのは、お約束だと思っています。版権にかからないためにウニにしてますが、もっと色々ありますね。ファムちゃんよりも香里亜が楽しんでいたような気が。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。