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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去の労働の記憶は甘美なり

「小太郎さー、今度の土曜日暇?」
 矢鏡 小太郎(やきょう・こたろう)が、アルバイト先の蒼月亭のマスターであるナイトホークにそんな事を言われたのは、グループの客が帰り、そのグラスを片づけていたときだった。客の波が引け、店の中にはのんびりとした静寂が戻ってきている。
 小太郎は秋ぐらいから、蒼月亭で週に二度ほどアルバイトをしていた。
 最初は河川敷で面倒を見ていた野良犬や野良猫の面倒を見るため、半ば強引に雇って貰ったのがきっかけで、その子達が全部いい飼い主に引き取られた今は、将来盲導犬のトレーナーになるための学費を貯めようと思い、アルバイトを続けていた。客商売は何かと大変だが、人と話すのは良い勉強になるし、色々と学ぶことも多い。それに小太郎は、ナイトホークのことを尊敬している。
「土曜日ですか?僕は予定ありませんけど、香里亜さんお休みですか?」
 小太郎がアルバイトをしているのは夜なのだが、蒼月亭は昼間もカフェとして営業している。香里亜さん……とは、従業員の立花 香里亜(たちばな・かりあ)のことだ。
 そんな事を言うと、ナイトホークは煙草をくわえたままゆるゆると首を横に振る。
「いや、俺と香里亜が店から出らんないから、小太郎に頼みたいんだわ。出られたら店放り投げて、俺がバイトしてぇ」
「はぁ……」
 何だろう。
 ナイトホークが店を放り出してまでしたいというバイト。小太郎は小さく小首をかしげると、取りあえず頷いてみることにした。どっちにしろ土曜日は蒼月亭のバイトもないし、学校も休みだ。一日中寮にいるのもなんだし、他のアルバイトをしてみるというのも、いい社会勉強だろう。
「いいですよ。どこに行けばいいんですか?」

 ナイトホークから聞かされたアルバイトの内容は、とても簡単なものだった。
『俺の友達の太蘭(たいらん)が、ちょっと手放せない仕事してるらしくて、夕方ぐらいまで猫の世話して欲しいんだって。日曜日だったら、俺が行って猫触り倒したのに!』
 夕方からは人がいるので餌出しなどはやってもらえるそうなのだが、昼間は人気がなくなるので餌やりなどの手が欲しいらしい。それにこれから毛の生え替わり時期なので、毛も梳いてやらないと毛玉を喉に詰まらせたりして体調も崩す。
「楽しみだな。太蘭さんの家ってどんなところだろう」
 太蘭には、小太郎が河川敷で飼っていた猫六匹を引き取ってもらった恩がある。久々に猫たちと会えるということで、足取りも軽い。
 手渡された地図には「大きな蜜柑の木が目印」と書いてある。
「大きな蜜柑の木……あ、あそこかな」
 古い家並みが並ぶ小路を歩くと、やがて蜜柑の木がある日本家屋が見えてきた。平屋だが庭が広く、塀越しに蔵や別の建物も見える辺り、旧家の屋敷という感じだ。
「な、何か緊張してきた……」
 確認するように地図を見ると、下に小さな字で「家が広いからびっくりするな」と書かれてあった。小太郎はそっと玄関先に回ろうとする。
「みゃー」
「うわぁ……みんな元気だった?」
 玄関先には、たくさんの猫が小太郎を待っていたかのように日向ぼっこをしていた。思わず嬉しくなって近づくと、猫たちも小太郎を覚えていてくれたのか、喉を鳴らして頭をすり寄せてくる。
「子猫も生まれたんだね。元気そうで良かった」
 可愛がられているのだろう。毛並みも良いし、元気そうだ。久々の再会にしゃがみ込んで猫たちを撫で回していると、不意にカラカラと玄関の引き戸が開いた。
「矢鏡殿か?」
「あ、こんにちは。矢鏡 小太郎です」
慌てて立ち上がろうとする小太郎に、太蘭は目を細めて中へと上がるように促す。その足下には、クリスマスの時に小太郎達に悪戯をしようとした黒い子猫又が、ポインセチアの付いた首輪をつけ「んにー」と鳴いている。
「ひとまず中に上がってくれ。遠いところ疲れただろう」
「いえ、大丈夫です」
 居間に通されると、太蘭は冷やし緑茶とわらび餅を小太郎に出してくれた。
「猫たちみんなが元気そうで安心しました。柱で爪を研いだりとかしてませんか?」
「矢鏡殿の躾が良くて、皆良い子だ。子猫たちや他の猫も増えているが、皆仲良くやっている」
 だったら良かった。この家はほぼ木造なので、柱などで爪を研いでいたらどうしようかと思っていたのだが、そういうこともないようだ。
「すまないな。普段刀は気が向かないと打たないんだが、嫁入り短刀の注文があって断るわけにはいかなくてな。昼食は冷蔵庫に入っているので、暖めて食ってくれ。あと、猫たちの名前と注意事項を書いておいた」
 そう言って渡されたのは、筆で書かれた達筆な文字だった。楷書なので読みにくいということもなく、こういうのはかえってありがたい。小太郎はそれを受け取り、大きく頷く。
「分かりました、夕方まで僕に任せてください」
「そう言って頂けてよかった。俺は裏のタタラ場にいるから、何かあったら遠慮なく呼んでくれ。お前達も矢鏡殿を困らせるなよ……特に村雨(むらさめ)」
 太蘭がそう言うと、子猫又が返事をする。どうやらこの子が村雨らしい。小太郎は村雨の頭を撫で、嬉しそうに笑ってみせる。
「ちゃんと良い子にしてるよね、村雨」
「んにーぃ」
「悪さをしたら容赦なく叱ってやってくれ。では」
 スッ。
 音もなく立ち上がった太蘭の様子を見て、小太郎は思わず声を掛けた。
「あの、太蘭さんって何か武術とかやってるんですか?」
「どうしてだ?」
「いえ、立ち上がり方とかがそんな感じだったので」
 合気道をやっているので、何となくその独特な立ち方は分かる。太蘭は嬉しそうに目を細め、側にいたロシアンブルーの頭を撫でた。この子は初めて見る顔だ。
「ああ、ちょっとな。立ち上がり方でそれが分かるなら、矢鏡殿も何かやっているのか」
「合気道を少し」
「そうか。その辺りの話もしたいところだが、それはまた次の機会にしよう。では、よろしく頼む」

「さて、まずは毛を梳いてあげようか」
 名前の書かれた紙を見て、小太郎は猫たちを呼び寄せた。河川敷にいた頃は特に名前を付けていなかったのだが、今は何だか立派な名前が付いている。成猫たちは日本刀から名が付けられているようだ。
「安綱(やすつな)に虎徹(こてつ)……カッコいい名前つけてもらって良かったね」
 太蘭の家にあるゴムのブラシを使い、小太郎は次々と猫たちの毛を梳いた。猫にも個性がありあまり毛が抜けないものや、梳いても梳いても毛が沸いて出ているのではないかと思うほどごっそり抜ける子もいる。特に白猫の一文字(いちもんじ)は、フエルトが出来そうなほどだ。
「一文字は毛が厚いのかな?」
 それでも嫌がっている様子はないので、ブラシをされるのは好きなのだろう。渡された紙には『一文字はキリがないので、適当なところで切り上げていい』と書いてある。
「久々だと何か嬉しいな。そこの……えっと、紫苑(しおん)もこっちおいで」
 他の猫たちは小太郎のことを知っているし、子猫たちは初めて見る小太郎に好奇心で一杯なのだが、今日初めて見たロシアンブルーだけが、何だか遠くから小太郎を眺めている。
「警戒されてるのかな」
 紙には『人見知りする方』という文字と、その下に『ちくわをやると喜ぶ(冷蔵庫にあり。一本に限る)』と書かれている。小太郎はそのメモを持ちながら、冷蔵庫に向かった。その足下をぞろぞろと猫たちが付いて歩く。
「そっか、ちくわ好きなんだ。猫はちくわとか鰹節とか好きだよね」
 冷蔵庫を開けると、お膳の上に昼食が用意してあった。その隣にちくわが一本だけラップにくるまれている。
「これかな……紫苑。こっちおいで」
 ちくわを出し、小さくちぎって紫苑を呼ぶ。紫苑はくんくんと鼻を動かすと、そっと辺りをうかがうように小太郎の側にやってくる。そしてちくわを食べようとした瞬間……。
「あっ、村雨!」
 横からやって来た村雨が、それをくわえて逃げていった。そしてたたっと離れると、得意げに紫苑を振り返り、二本の尻尾を揺らす。
「んにーい」
 見るからにしょぼんとする紫苑に、美味しそうにちくわを食べる村雨。本当は叱らなければならないのだろうが、その様子が微笑ましい。
「はい、紫苑。まだあるから大丈夫だよ」
「ニャー」
「うん、他のみんなにもちゃんとあるから、ちょっと待ってね」
 小太郎が手からちくわを食べさせたのが良かったのか、紫苑は小太郎の手元に頭をすり寄せる。それを見た村雨が悪戯っぽく目を細めた。
「もしかしたら、僕が安心できるって分からせるためにわざと悪戯したのかな?」
「んにー」
 真相はどうだか分からないが、これで紫苑の毛も梳くことが出来そうだ。ロシアンブルーは寒い地方の猫なので毛が厚く、かつ夏の気温に弱い。今のうちから毛を梳いていれば、夏バテするようなこともないだろう。
「でも太蘭さんの家って涼しい所多そうだから、大丈夫そうだよね」
 毛を梳いたら餌皿にご飯と水をやる。子猫と成猫は餌が違うので、間違わないようにしなければ。そう思いながら小太郎はまたメモを見る。
「村雨はどっちのご飯なのかな……っと『気まぐれに食べるので、放っておいても良し』そうだよね、猫又なんだもんね」
 人間の食べている物を食べさせないようにしなければ、何を食べさせてもいいようだ。うにゃうにゃ言いながら餌を食べている子猫たちが、妙に可愛い。
「神領(しんりょう)に蘭契(らんけい)、千代鶴(ちよつる)と是秀(これひで)……お母さんは国広(くにひろ)なんだ。たくさん食べて大きくなるんだよ」
 あとは長船(おさふね)と正宗(まさむね)、十二匹もいれば立派な猫屋敷だ。餌を食べ終わると、それぞれ縁側で日向ぼっこをしたり、廊下の涼しい場所に行ったりと各々のんびりとしている。
「あ、携帯で写真撮ろうかな。メール送りたいし」
 猫の世話と言われても、ある程度皆好きなようにしているので、小太郎が気をつけなければならないようなことはあまりない。せいぜい猫を入れないようにしているという道場と、太蘭の自室に入りそうになったらそっと止めればいいぐらいだ。
 猫じゃらしとネズミのおもちゃを取り出し、片手でそれを振り回しながら写真を撮る。
「みんな元気だね」
 ネズミを遠くに投げると、それを子猫たちが追いかける。投げて貰うのが楽しいようで、誰かがそれをくわえると、また小太郎の所に持ってくる。何だか犬のようだが、それも個性なのだろう。
「また投げて欲しいのかい?ちょっと待っててね」
 追いかけているうちに、猫の届かない場所に入り込んでしまったネズミを取ってあげたりするのは小太郎の役目だ。携帯電話をポケットに入れ、今度は紐の先に毛玉がついた物をもって少し走り回る。
「付いてこないと逃げちゃうよ!」
 今度は成猫達が喜んで追いかけてくる。庭などに出ているときはスズメなども捕るようで、きっと狩り気分なのだろう。捕まってしまったスズメには気の毒だが、猫は狩りをするように出来ているので、それも仕方がない。
 走って、転んで。また立ち上がって。
 こうやっておなかいっぱい遊べるのが本当に嬉しい。自分が河川敷で飼っていたときは、限られた資金の中から餌を買い、こうやってゆっくりたくさん遊べる暇もなかった。
 自分の元から離れてしまうのは、やっぱり少し寂しかったけれど、それでもこうして元気なのを見るとそれが良かったんだと思う。
 きっと他の人たちに引き取られた子達も、元気で幸せに暮らしているだろう。時々送られてくるメールや、ナイトホークの話からそれが分かる。
「今日は僕がいっぱい遊ぶからね」
 晴れ晴れとした寂しさを感じながらも、小太郎は笑顔で猫たちの頭を撫でた。

「矢鏡殿、疲れたか?」
 誰かが自分を呼ぶ声がする。それにそっと目を開けると、太蘭がしゃがみ込んで小太郎を見下ろしていた。
「はっ!寝てました」
 どうやらたくさん遊んだあと、小太郎と猫たちは風通しの良い部屋で皆で眠ってしまっていたようだ。そこはキャットタワーのある部屋で、あちこちで寝ていた猫たちも、太蘭が来たのに気付いて眠そうに目を開ける。
 慌てて起きあがろうとすると、上にタオルケットがかかっているのに気付いた。
「あの……これ、太蘭さんがかけてくれたんですか?」
 だとしたら、ずいぶん熟睡していたのだろうか。だが、太蘭は目を細めて首を横に振る。
「いや、俺は一段落したから様子を見に来ただけだ。もしかしたら、村雨がかけたのかもしれんな」
 自分の名を呼ばれた村雨が、小太郎の側で丸まりながら「んにー」と顔を洗っている。よく見ると足下にも子猫が背中をくっつけて丸まっていた。
「村雨がかけてくれたの?ありがとう」
「んにぃ」
 目を細め、大あくびをする村雨。
「もう少しゆっくりしていくといい。今茶でも入れよう」
「なんかすみません……お手伝いに来たのに、一緒に寝ちゃって」
 初めて来た家ですっかりくつろいでしまった。だが、太蘭は足下に来た紫苑を抱き上げると、くすっと少しだけ笑う。
「猫の寝顔は眠気を誘うからな。こんなに良い天気なら俺だって猫と一緒に寝てるだろう」
 ふあぁ……と、紫苑が太蘭に抱かれながらあくびをする。
 それにつられてあくびをかみ殺しながら、小太郎は足下にいる子猫たちをそっと撫でた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6615/矢鏡・小太郎/男性/17歳/神聖都学園 高等部生徒

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
ナイトホーク経由で太蘭の家の猫の世話ということで、ほのぼのとした話を書かせて頂きました。ほぼお任せでしたので、色々猫たちと遊んだりしています。一応十二匹全員の名前を出してみました…結構村雨が出張ってますが、最初に知り合ったきっかけだったりするので、気に入っている模様です。
猫たくさんと遊ぶのは楽しいですね。ナイトホークじゃありませんが、触り倒したいです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
また機会がありましたら、よろしくお願いします。