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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


硝子桜



 男が店に入ってきた瞬間、碧摩蓮が気付いたのは、異様なほどの桜の匂いだった。
「……やけに重装備なもんだね」
 すっと目を細める蓮。男はその視線に怯えるように、手に持っていた、何かの符にぐるぐる巻きにされたそれを蓮に差し出した。
「これは?」
「江戸時代の遊女が使っていたと言われる、かんざしです…」
「それはアンティークというより、骨董品じゃないのかい?まぁ、確かにうちは何でもあるけど…」
 店の棚に置いてあるものは、どれも西洋のものばかりだった。その中で、受け取ったかんざしの存在は確かに際立っている。
 西洋と東洋の違いというものは言葉ではあまり表せない、感覚的なものだと蓮は思っている。
 それはともかくとして、男は蓮の様子を伺いながら、ぽつりぽつりと話し始める。
「先日手に入れたのですが、どうも気味が悪くて…夜な夜な誰かが歩き回るような音がしたり、声が聴こえたり…」
「そりゃ完璧に何か憑いてるねぇ」
「だ、だからこちらに持ってきたんです!どうかお願いします…!」
「この札は?」
「近所の神社で貰ったお札を…」
 それじゃ効果なんて期待できないだろう、と蓮は思った。

 男が帰った後に、蓮は改めてかんざしを見た。間違いなく、桜の匂いはこれから漏れている。
 匂いが出ている時点で札の効果も無いのだろうと、蓮はかんざしから札をゆっくりとはがしていった。
 そこから出てきたのは、桜色のガラスで出来たかんざしだった。
「ほぅ…なかなか綺麗じゃないか」
 薄暗い照明に透かしてみると、鈍い光ながらも確かにきらきらと反射し、美しい。
「……あんたも、訳アリなのかい…?」
 独り言のようにかんざしに問うと、返事代わりのように、風もないのにガラスが微かに揺れた。
 かちん、とかんざしのガラスが当たった音と同時に、店のドアがひらいた。



 入ってきたのは、手に古びた袋を持っている天波慎霰だった。蓮を見ると、意外そうな表情を作る。
「……珍しいな、かんざしか?」
「やっぱりあんたもそう思う?」
「いや、何か日本のものがここにあるのが…」
「最近外国のものばっかだったからねぇ」
「あァ、コレ。頼まれたもの」
 話しながら、慎霰は持っていた袋を手渡す。蓮が受け取った瞬間に『ギャァァァァ!』という悲鳴が袋の中から漏れたが、蓮は気にせずに店の棚の上に置いた。
「さすが『呪われた袋』だな………何であんなもん探してたんだ?」
「興味本位さ。深い意味は無いよ」
「……………」
 じゃぁ用件は済んだ、と帰ろうとする慎霰を止め、蓮は手に持っていたかんざしを渡した。
「呪いとかはウチの担当だけど、これには何か憑いてるみたいなんだ。あんたの管轄だろう?」
「…………何が、」
「さぁね。ま、天狗も幽霊も同じ和モノじゃないか。任せたよ」
 何だよ和モノって…と思ったが、笑顔でそう言ってきた蓮に、慎霰は何も言えなくなる。
 極端に女性に弱いこの性格を恨めしく思ったのはこのときだけでは無かったが。
「こういう仕事は俺よりも坊主とか、人間の方が向いているだろう……」
 かろうじて言えた言葉も聞き取られることはなく、蓮は既に店の奥へと消えていた。



 慎霰は夜、近くの森へと入っていた。ここは慎霰が時折訪れる場所で、人の手が加わった形跡が全く無い。一軒の廃れた寺はあるが、それは既に200年以上前からあるものだと聞いている。
 不気味な雰囲気を持ちながらも静かな自然と共にあるその寺が、慎霰は結構好きだった。
 昼間の喧騒の中では幽霊も出づらいだろう、とこの場所に来ていた。
「さて、と」
 森の中だというのに月明かりが差し込み、明るい。差し込んだ月光が一番当たる部分に、かんざしを置いた。
 その目の前に座り、懐から出した笛を吹いた。
 慎霰の奏でる深い音色が、風によって木々が揺れる音と調和し、空気に溶け込んでいく。
 笛は、先日も人間を懲らしめる為に使ったものだったが、そのときとは全く違う音色と旋律だった。
 やがて月光を浴び、笛の音を聞いたかんざしから桜の香が漂ってきた。既に桜の時期は終わっており、勿論周囲にも桜の樹は無い。
 かちん、かちん……とかんざしが鳴る。
 慎霰は一度目を閉じた。そしてゆっくりと目を開けると、かんざしがあった場所には一人の女がいた。
 袖や裾には桜の花びらの模様が金糸とまじえて描かれており、それは鮮やかな紅色の着物に良く映えていた。
 月光を浴びる白い肌に紅い着物はとても美しいが、女のいる場所には影が無い。それは女がこの世の存在では無いことをあらわしている。
『……………』
 女と目が合い、慎霰はハッとする。いつの間にか見とれていたらしい。
「あ、あー……俺は、天波慎霰って言うんだが…あんたは?」
『慎…?お前、慎なのかい……!?』
「は?」
『ああ慎…あたしのかわいい坊や…』
「はぁ!?」
 女の手が慎霰に伸びる。咄嗟にそれを交わすと、女は悲しそうに顔を伏せた。
 それを見ると、無性に悪いことをしてしまった気がした。
「えっと…悪ぃが、俺はその慎って奴じゃねぇんだ…」
『……あら、本当だわ…坊やよりも少し大きいぐらいかしら…?』
「あんたの名前は?」
『竜胆、と呼ばれていたわ』
「リンドウ…?」
『ふふ、桜のかんざしから出てきたあたしの名前が竜胆ってのがおかしいかい?これはねぇ、遊女の名前さ。本名は忘れてしまったよ』
「……なんで竜胆、さん、は、このかんざしにいるんだ…?」
 慎霰は慣れない異性との会話で、普段よりも緊張していた。普段会う蓮のような感覚ではなく、これはまるで。
『このかんざしはねぇ、あの子が初めてくれた贈り物だったんだよぉ』
 恋でも無く、尊敬でもなく。
『可愛いあの子が、小さかったあの子が一生懸命働いて、ずうっとずうっと働いて、あたしなんかにくれた大事な大事な宝物さぁ…』
 既に記憶を失っていた慎霰は覚えていなかったが、覚えていたらきっとこれは母親に感じる情に似ているのだと気づいただろう。
「その、慎…ってのは、どうした?」
 言ってから、後悔した。
 慎霰がその名前を口にした途端、竜胆は目を見開き、口を開けた。その瞬間にぶちぶちと音がして、竜胆の口が裂ける音がした。
『慎は、慎は…殺されちまったのさぁ!あたしにくれたかんざしにかける金がどうしても足りないって、やばいところから盗んできてしまった…あたしなんかのことを考えたばっかりに、慎は、慎はあたしの目の前で殺され……!』
 赤い血がだらだらと流れる口をそのままに、竜胆は慎霰へと襲い掛かる。先ほどの美しい姿は無く、今は異形のモノと化していた。
 生前の記憶で一番衝撃の大きかったものに触れると、暴走してしまうことがある。だからこそ、幽霊相手の会話というものは静かに、慎重にすべきものだったのに。
「くそっ……」
 竜胆が何かを叫ぶと―おそらく子供の名前だろう―、慎霰の周りには風が起きた。その風が頬を掠めると、鋭利な痛みとともに血が流れる。
「かまいたち、か…?」
 よく見ると竜胆はかんざしが月光に当たっている部分しか動けないらしく、咄嗟に木の陰に逃げた慎霰を追ってこない。代わりにだんだんと恐ろしいく竜胆の声が響くだけだ。
「…これじゃ埒があかねぇ…」
 頬を伝う血を拭う。
 聞こえてくる、異形の声。
 慎霰には、竜胆の存在を消してしまうことは簡単だった。幾多の道具を持ち、技を持つ慎霰からすれば、それぐらいのことは出来て当然なのだ。ただかんざしを吹き飛ばしてしまえば終わることだったのかもしれない。
 だけど、手が震えている。
「何で……」
 その時、慎霰の潜む木にかまいたちが襲い掛かる。それを避け、再び別の木の陰に隠れた。その拍子に見えてしまった、竜胆の表情。
『ぼう…や…なんで……坊やぁ……なんであたしのところにいないんだい…?」
 口が裂け、爪が伸び、ゆがんだ顔から流れるのは、涙。
『慎……!」
 見ていられなかった。普段の慎霰なら、普段の異形相手なら、こんなこと思わなかった。
 だけど、彼女は。
 竜胆は、まるで。
「頼むから……頼むから目を覚ましてくれよォ!!」

 ふと、背後に濃い桜の香りを感じた。

『情を捨てろ、天波慎霰』
「お前……」
『久方振りだな。花見以来か?』
 黒い衣と対照的な白い肌に、紅く爛々と輝く目。竜胆が起こす風のせいで露になった額に見えるのは、紛れも無い角。
「酒天童子!」
『騒がしいと思ってきてみればこの有様か……お前がやらぬなら、俺がやろうか』
「やめろ!」
『…以前に会ったときは、もっと力の有る奴だと思っていたが。予想外だったな』
「…………黙れ」
『お前、生まれながらの天狗ではないな?』 
 酒天童子の言葉に、思わず俯いていた顔をあげた。
「なん、で」
『…俺も、生まれながらの鬼ではなかったのだ』
 ぽつりと呟いた言葉を慎霰が問い返す前に、酒天童子はかんざしに向かって走り始めていた。
「おい!」
『まだお前には早い相手だったのかもなぁ、いい女だったのにな』
 慎霰が後を追うが、間に合わなかった。酒天童子はかんざしを手に取ると、ためらうことなく握りつぶした。
 ぱきぱきと音を立てて砕け散る。
『このようなものに、鬼の力なぞ必要ない』
 異形の姿になっていた竜胆は、かんざしが砕けた瞬間に悲鳴をあげた。同じように身体の節々が砕け始め、最後には何も残らずに消えてしまった。
「酒天童子、お前自分が何をしたか…何をしたかわかっているのか!」
『……まるで母親を殺されたような顔だな……』
「黙れ!あの幽霊は…竜胆は……!」
「息子に会いたがっていたのだろう?なら会わせてやればいいだろう」
 酒天童子が指差した先には、元の美しい姿になった竜胆がいた。膝から崩れ落ちてその背に月光を浴び、涙を流している。その涙は砕けたかんざしに当たり、弾ける。
 と、その破片からふわりと一人の少年が現れた。
「あ………」
『慎!!』
 竜胆は立ち上がり、少年を抱きしめた。少年は小さく母上、と呟いて、その胸に顔をうずめた。
 そしてそのまま、跡形も無く今度こそ消えてしまった。
「………」
『盗みをしてまで母親に送りたかった品だ。その想いは母親に負けずあのかんざしにとりついていた』
「…じゃあ、あのかんざしには二人の幽霊が……」
『さぁな』
「あ?」
『自分で考えろ。半人前』
 くしゃ、と慎霰の頭を撫でると、酒天童子はまたどこかへと消えていった。
「………母親、か」
 自分にはもう、その記憶が無い。慎霰にはもうわからなくなってしまったものだ。
 なんとなくそれは、今日のこの出来事で思い出した気がする。
 でも。
「…俺は、天狗だ」
 もう戻れない道にいるんだと。
 今更気づいた。



 酒天童子は、気づいていた。
 竜胆が慎を抱いて消えたときに、慎霰が流していた涙に。
 たった一筋だけ流したそれは、すぐに乾いてしまっていたが。
『……複雑なもんだ……』



 いつの間にか、夜が明けていた。
 




■■■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■■■

【1928 / 天波・慎霰/ 男性 / 15歳 / 天狗・高校生】


■■■ライター通信■■■

二度目のご発注ありがとうございました。前回の作品も気に入っていただけたみたいで、本当にありがとうございました。
今回もお言葉に甘えさせていただきまして、酒天童子が再登場致しました(笑
当初予定していた内容よりも暗い感じになってしまいました(汗
個人的に好きな設定をつめこんでしまった感にあふれているのですが…大丈夫だったでしょうか(汗
ご期待に添えられたかどうかわからないですが、少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。
今回も、本当にありがとうございました。