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<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

「今日、君たちは僕の秘書役だから」
 ここは蒼月亭に二つあるテーブル席の一つ。龍宮寺 桜乃(りゅうぐうじ・さくの)は、そこに座っている篁 雅輝(たかむら・まさき)の後ろに立ちながら、引きつったような微妙な笑みを浮かべていた。
 本当は雅輝にはちゃんとした秘書がいるのだが、今日は桜乃たちが秘書役を務めている。本当は緊張するから嫌で嫌で仕方がないのだが、雅輝の命令とあれば仕方がない。
「命令だからいいとしても、なんでこんな警備しにくい蒼月亭の奥で取引すんのよぅ」
 まだ商談の相手が来ていないのをいいことに桜乃がそう言うと、雅輝は目を細めながら桜乃の隣に立っている髪の長い女性に目を向ける。
「女性秘書二人の方が、相手が油断しやすいからね。葵(あおい)は不満はないかい」
「私は雅輝様のご命令なら」
「ちょっ、それじゃ私だけが嫌がってるみたいじゃない。無論従います、全力で」
 端から見ると、二人も美人を連れて歩いているだけのようだが、それは違う。雅輝は二十七歳の若さにして篁コーポレーションを束ねている社長であるし、葵と桜……普段桜乃は誰にでもこう名乗っている……は、雅輝が持っている個人組織『Nightingale』に所属している。桜乃は諜報部だが、葵は実働部隊だ。
「桜、君のやることはちゃんと分かっているね」
「まっかせてください。命令通りちゃんとやって見せます」
 サングラスの下の目がにこっと笑う。こう言うとき迂闊に「今から逃げてもいいですか?」など冗談でも言えない。雅輝は命を狙われていたりしても、隠れたりすることのない度胸はあるが何か異能があるわけではない。本当にただの人間なのだ。
 しかし、その代わりに持っている力。
 それは人を引きつける強いカリスマ。Nightingaleは、ある意味雅輝の懐刀だ。雅輝がよほど気に入っているか、そうでなければ雅輝を助けようと思っている者ばかりで構成されている。無論桜乃もその一人だ。
「ま、私は命令通り相手の嘘見抜いたり、汚い方言の外国語でこそこそ話すのを盗み聞きしたり、一瞬見せてもらった書類を全て暗記して、不利な条項を探したりするだけだけど!」
 諜報部は地味な部署に見えるが、ある意味一番重要な部署でもある。情報を制する者は、戦争を制するという言葉もあるぐらいだ。相手に先駆けて情報を握ること、不利な情報は前もって握りつぶすこと。桜乃の力を発揮するには絶好の場所だ。
「二人一緒は新人研修以来だっけ?」
「そうですわ。久しぶりですけれど、よろしくお願いしますわね、桜さん」
 ぺこっ。
 葵が丁寧に頭を下げる。その仕草が意外すぎて、桜乃はちょっとだけ吃驚しながら笑う。出合った頃はプライドが高く偉ぶってツンツンしてたのが、なんだか落ち着いて丸くなった感じだ。上昇志向のない桜乃とはあまりぶつからなかったから、研修時代も仲は割と良かったが、やっぱり今は昔より接しやすい。
「久しぶり。こっちこそよろしく、葵ちゃん。そんな頭下げなくてもいいって、同期なんだし」
 二人一緒の任務と聞いたときから、桜乃は葵にメールを出したりしていたのだが、実際会ってこう頭を下げられるとやはり意外だ。笑顔も何だか柔らかい。
「……そろそろ来るかな。二人ともよろしく頼むよ」
「了解」

 今日の商談は、フランスの製薬会社との業務提携の話だった。
 本当なら本社の応接室などでやるのが適当なのだが、今回は「そちらが堅苦しくないように、外でやりましょう」と、蒼月亭でやることに雅輝が決めたのだ。
「……いつもながら、まさきちの考えてることは分からないわぁ」
 桜乃は密かに雅輝のことを心の中でそう呼んでいたりしているのだが、無論絶対表では呼べない。そんな事を迂闊に口に出そうものなら、多分死ぬほど恐ろしい目に遭う。
「ミスター篁は、美しい秘書を二人も持っていて羨ましいですな」
「どういたしまして」
 そんな和やかな会話から、既に商談は始まっている。会話のトーンや癖、そんなところから嘘が分かる。
「秘書褒めつつ、心の中で何か思ってるなぁ」
 笑顔を作り「光栄です」などと言いつつも、桜乃は会話の端々に隠れている言葉やスラング、悪口などを聞いては記憶の中に処理していく。
 桜乃の能力は『絶対記憶』と『絶対感覚』だ。
 五感で得た情報を精密に記憶し、再現する。そしてその五感が相手の嘘や焦りなどを見抜くのだ。
『喰えない奴だ』
『この笑顔が心を読ませないような仮面だな』
 笑顔のまま相手二人がそう言ったのが聞こえた。当たり前だ。絶対感覚をもつ自分でさえ、雅輝の考えが全く読めないことがあるのに、容易く考えを見せるはずがないだろう。
「その辺はちょっと優越感かな」
 ある意味桜乃から雅輝の考えが読めないからこそ、Nightingaleにいられるのかも知れない。
 雅輝には恩があるが、やはりそれだけでは近くにいられない。相手の考えが分かったり読めたりしてしまえば近くに居づらいし、多分そのうちお互い辛くなってしまう。その点雅輝なら、肝心なところを見せないようにしている。それはある意味能力なのかも知れないが。
「何かこいつら、いやーな感じがするのよね。業務提携とか言いながら、篁研究所の一部をフランスに移したいとか書類に書いてあるし」
 チラリと見えた書類に書かれていた言葉。
 篁コーポレーションが持っている研究所は、製薬や菌の研究では日本でもかなりの施設を持っている。しかも雅輝の兄である雅隆(まさたか)が、天性の才能と運をフルに発揮し、バイオ燃料の材料になりそうな菌や、ビニールなどを分解できる菌などを見つけたりしている。
「その特許が提携できたら、向こうは美味しいかも知れないけど、こっちにうま味はあんまないなぁ」
 向こうは雅輝が若いと思い、侮っているのだろう。雅輝もそれに気付いているのか、少し溜息をつきこう言った。
「少し休憩しませんか?ここのコーヒーはとても美味しいんです」

「ふぃー、やっと休憩だ」
 流石に、長い時間色々なものを記憶しようとすると疲れる。カウンターで桜乃が軽く伸びをすると、葵がコーヒーの入ったカップを持ってやってきた。
「お疲れ様ですわ、桜さん。少し休憩しましょう」
「そだねー。雅輝さんに感謝だわ……私が疲れてくるとすぐ分かるもんね」
 そんな事を言いながら桜乃はコーヒーを飲む。この店のことは知っていたが、コーヒーを飲んだのは初めてだ。よく見ると皿には小さなクッキーも添えてある。
「葵ちゃん、この店来たことあるの?」
 クッキーをかじってそう聞くと、葵はにっこりと頬笑んで頷く。
「ええ。雅輝様のお使いでも来ましたので、マスターのナイトホーク様と、従業員の香里亜(かりあ)様とは知り合いですわ」
「ふーん、仕事じゃなくてプライベートで来たい店だわぁ」
 今日は雅輝が貸しきっているようで客がいないが、普段の時に葵と一緒に来たいものだ。
 メールでは話をしていたが、実際会うのはかなり久しぶりなので、桜乃は色々と葵に話を聞いたりする。
「研修後はどうだった?」
 研修の間は一緒だったが、社員として配属されてからは部が違うのでなかなか会うことがなかった。すると葵は肩をすくめたように雅輝の方を見る。
「大変でしたわ。自分が自分で思っているほど強くないって、思い知らされましたもの」
「そっかー。でも、丸くなって可愛くなったねぇ」
 その瞬間、葵がパッと赤くなる。
「か、可愛いって、全然変わってませんわ」
「いや、変わったよ」
 桜乃はそんな事を思ってクスクス笑い、コーヒーを飲んだ。出合った頃に同じ事を言ったら「からかわないでください!」と怒っていただろう。今みたいに恥ずかしがったりしない。
「可愛くなったのは、好きな人が出来たからかな〜。ええい、吐け」
「好きな方って……尊敬してる方はいますけど、そういう桜さんこそどうですの?」
「ああ、私?そんな暇もなかったわよぅ、結構のんびり出来ると思ってたら大変なんだから」
 実働部隊の方がハードに見えるが、実際は諜報部の方が忙しい。会社は情報の塊だ。それが外部に漏れたりしないようにしなければならないし、かつ相手の情報は拾わねばならない。そんな仕事の愚痴や他愛ない話などをしているうちに、そろそろ商談を再開するようだ。椅子から降りた桜乃は、そっと葵に耳打ちをする。
「商談が失敗した時、右隣のフランス人が銃抜く気だから気をつけて」
「了解ですわ」
 何となくだが、桜乃はこの商談はダメになることが分かっていた。何せ条件がこちらに不利で割に合わない。それでも最初の時点で断らず、わざわざ出向いて商談している理由は……。
「まさきち、誘導上手すぎだわぁ」
 話は段々芳しくなくなってくる。相手が苛ついてきている中、雅輝は涼しいかおで否定の言葉を吐いている。
「その条件では『業務提携』ではなく『子会社化』です。祖父から引き継いだこの会社を、易々とそちらに預けるわけにはいきません」
「……こちらにも考えがありますが」
「何を考えられても、ダメなものはダメです。僕の会社を切り分ける訳にはいきません」
 くすっ。
 雅輝の口元が上がる。それが合図だとでも言うように、右隣の男が銃を抜こうとした。
「これでもか」
 その視界を黒い物が遮る。自分の髪を伸ばし男の銃を絡め取る葵を見て、桜乃は雅輝を庇うように前に出た。そして小さな声でこう言う。
「雅輝さん、このつもりで蒼月亭に来たんでしょ」
「成果がないまま帰る気はないよ」
 割に合わない商談に来た理由。それは相手の弱みを握り、自分が優位に立つための罠だ。本社で商談をしたら、きっと相手は尻尾を出そうとしないままお互いの譲らずに話が進む。それは時間の無駄だ。だが外でなら相手も油断して本音を見せる。しかも秘書が二人とも女性ならなおさらだ。そしてその読みは当たっていたらしい。
「雅輝様に危害を与えようとは……このまま締め上げて差し上げましょうか?」
「ば……化け……」
 その言葉を言う前に、桜乃が絡め取られたままの男の頭をガスッと殴った。いきなり銃を突きつけようとしておいて、暴言まで吐こうとするとは……口の中にたわしでも詰めてやろうか。
 そんな二人を見ながら雅輝が立ち上がる。
「さて、商談ではなく取引をしましょうか。命が助かるならきっと安いものですよ。それに、僕は割に寛容ですから無茶は言いませんが、どうします?」
 寛容な人は、こんな罠なんて張らないと思う。
 心の中でそう思いながらも、桜乃は相手が持ってきた書類をさっと手に取りいい笑顔で笑ってみせた。
「はい、情報確保ー。取引が上手くいかなかったら、ライバル社にでも売っちゃいましょう」

 結局、ほぼ雅輝の思惑通りの商談?を終え、桜乃は持っていた書類を雅輝に渡した。
「相変わらずえぐい事するわよね。私達が守れなかったらどうするつもりだったのよ」
「僕一人守れない相手を連れてくる気はないよ。それとも、上手く行かなかった方がよかったかい?」
「………」
 雅輝はただの人間だ。だが、そのぶん一番タチが悪いような気がする。そう思っているとカウンターの中にいたナイトホークが、煙草の煙と共に溜息をついた。
「わざわざ手紙寄越すからなんだと思ったら、店をそうやって使うのやめてくれ。撃たれてたら商売出来なくなる」
「部下を信用してるからね。だから大丈夫だよ」
 やっぱりタチが悪い。アルカイックスマイルでカウンターでコーヒーを飲む雅輝から離れ、桜乃はテーブル席の葵の前に座る。
「葵ちゃん、お疲れ様。ケガとかなくて良かったよね」
「そうですわね。桜さんがお教えして下さったから、撃たれる前に準備することが出来ましたわ。ありがとうございます」
 研修中はそんな事言われたこともなかったので、面と向かって言われると何だか照れてしまう。それをごまかすように、桜乃は少しだけサングラスをずらし葵を見る。
「ねえ、葵ちゃん。今度体術の訓練に付き合ってよ。何か私もちょっとぐらい復習しよっかなって……」
 今日一緒に任務について思ったこと。
 体術訓練をもう少し頑張れば、また葵と一緒に仕事が出来るのではないだろうかと。殺気を読んだりするのは得意なので、今日のように見えないところまで見破る「目」になれば、もっと上手くできるだろう。
「桜さん、体術訓練苦手じゃありませんでしたっけ?」
「しんきょーのへんかってやつかな。葵ちゃんも変わったんだから、私も変わらなきゃね……それとも、私と訓練するの嫌?」
 テーブルに頬杖を付いてじっと葵を見ると、何だか嬉しそうに笑っている。
「そうですわね、復習も兼ねてお付き合いいたしますわ。久々にご一緒したら、もっとお話ししたくなりましたもの」
「きゃー、葵ちゃん大好き」
 Nightingale、小夜啼鳥。
 夜ばかりではなく、日の光の下を飛べるよう働く場所があって、仲のいい友達がいて。
「雅輝さーん、ケーキ食べてもいいですか?葵ちゃんのぶんもー」
「好きなだけ食べるといいよ。今日はお疲れ様」
「やった、何食べよっかなー。ほらほら、葵ちゃんも選んで選んで」
「ありがとうございます、雅輝様」
 夜だけ飛ぶ鳥などと言わせない。
 ケーキを選びながら、二人は仲良くそんな事を考えていた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
7088/龍宮寺・桜乃/女性/18歳/Nightingale特殊諜報部/受付嬢

◆ライター通信◆
ご参加ありがとうございます、水月小織です。
秘書役として葵と共に雅輝のお供で、その間に研修時代から友達だった話などを盛り込んで話を書かせて頂きました。葵はあまり同年代の友人がいないので、桜乃さんが友達と言うことで嬉しく思ってます。今後とも仲良くしてあげてください。
そしていつもながら雅輝が微妙に黒いです。身内に優しく、他人に厳しすぎですね。敵に回したらかなり嫌なタイプです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。