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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


蒼天恋歌 7 終曲

 門は閉じ、虚無神の暴走は食い止められた。
 ヴォイド・サーヴァンは霧散し、状況が不利になった不浄霧絵は姿を消した。
 未だ虚無の境界が生きていることは同じ事件が起こる可能性を秘めているのだが、この門を閉じ、ある程度平和な世界に戻したことが何よりの功績である。

「終わったのですね」
 レノアはあなたに言う。
「私は、何もかも失った。家族も……でも」
「いま、私がしたいことを言っても良いですか?」
 と、彼女は嬉しそうに行ったのだ。
 そう、何もなくなった、というわけではない。
 ささやかに、何かを得たのだ。


 非日常から日常に戻った瞬間だった。

 日常に戻るあなた。
 只、少し違うと言えば、隣に子犬の様なレノアがいる。
 相変わらず方向音痴、料理は修行中。掃除は上手くなったようだが、謎に、精密機器を壊す。というお茶目なところは残っている。
 あなたは、このあと、彼女とどう過ごすのだろう?

 未来は無限にあるのだ。
 

〈仕事は続く〉
 草間興信所。
 その外には、粗大ゴミや、すでに使い物にならない生活物資などが山と積まれていた。廃品回収業者は、“なぜここまで?”と、首をかしげながらもそれをトラックに詰め込んでいる。信頼おける所に頼んでいるため不法廃棄はされないだろう。興信所は一変し、かなり無駄なものがなくなったかのように見えるが、殺人ブザーや、黒電話に鉱石ラジオなどは健在であった。これには驚かされる。それ以外のもといえば、修繕すれば何とか使えるソファーに多少きれいになった草間のデスクだった。幸い過去の資料やファイルは、あの戦いの中でも損失することはなく、今まで隠れていた座敷童子が整頓してくれていた。
「ふう、あらかた終わったわね。」
 動きやすい工務店でよく使われる作業着で、興信所の掃除を済ましたシュライン・エマは汗をタオルでぬぐう。
「お疲れ様です。」
 草間零が、冷えた缶ジュースを持ってきてくれた。
「ありがとう。」
 元から雑多なものがあって、草間零と辟易していたこともあったので、今回の事件は何かと都合がよかったかもしれない。要らないものを一気に捨てられる滅多にないチャンスなのだ。集めた主は、“集めるつもりは毛頭もない”と否定していたが、半分真実だろう。
「武彦さんはいろんなものに縁があるからだわ。ああ、すっきりしたわ。」
「勝手に言ってろ。」
 草間はそう言いながらタバコを吹かす。
「そう言えば、レノアさんを迎えに行かないといけないのでは?」
 零が時計を見やって、つぶやく。
「あ、もう、そんな時間!」
 と、シュラインは、急いで着替えて、出かける。
「行ってらっしゃい。」
 零が笑って、見送った。
 草間は、焔を抱いて、頭をなでた。
「兄さんはいかなくていいのですか?」
「俺は待機だ。レノアのことはあいつに任せている。俺ができることはただ一つ、何かと“戦う”ことだけだ。」
「そうですか。」
 草間の、哀しい口調に、零はそう答えるしかなかった。

 井ヶ田病院。そこにシュラインはやってきた。
「えっと、心療内科は……っと。」
「こんにちは、シュラインさん。」
 シュラインと同じ年齢ぐらいの白衣の女性がほほえんで声をかけてくれた。
「はい、先生。あの、レノアちゃんは?」
「今日も落ち着いています。ショックなどにも早く立ち直っているわ。大丈夫ですね。強い子よ。」
「よかった。」
 あの事件から解決後、彼女の心身を考えるに、良いところがないか探した結果、加登脇美雪に託す方が良いと言うことに落ち着いた。IO2直属の医師では何かと不安なのだ。ディテクター自身がそう言ったのだから、さて、誰が良いのかということを探すと、結果、影斬経由の紹介になる。シュライン以外でのカウンセリングと言うより、彼女の能力制御テストなどが目的なのだ。
「シュラインさん。お待たせしました。」
 レノアが明るく、駆け寄ってきた。
 うっすらと、きれいな白い翼が見えるが、透明だった。
「たしかに、感情の起伏で翼を押さえきれないときはあるみたいだけど。それ以外は問題ないですよ。」
「大丈夫です。私はがんばれます。」
 明るく笑うレノアに、
 シュラインは安堵していた。

 それでも問題は山積みなのだが。


〈鬼鮫、そして〉
 とあるショットバーにて。
 シュラインは、いつものような服ではなく、少しおしゃれをしていた。
 そんな場所に行きそうな雰囲気にさせるショットバーである人物と待ち合わせしていたのだ。
「よう。」
 やくざ風の男が、シュラインが入り口を通ると声をかけた。
 前にもみた、鬼鮫である。
「遅れてごめんなさい。」
「なに、あんたのおごりってんだから待つ。それにここは禁煙となりゃ居心地は良い。」
 ショットバーで禁煙というのは珍しいかもしれない。
 ウィスキーを頼み、しばらく沈黙する。
 どこかで聞いたジャズのレコードは、ノイズがはいっており、何年か前の懐かしさを感じさせた。
 シュラインがその沈黙を破る。
「あのね。聞きたいことがあるの。」
「前に言っていたことか? 紅の宿敵のことか?」
「ええ。」
「それは、紅自身から口止めされている。俺からは何も言えない。」
「そう。」
「ほかの奴らもよく知らないからな。あの、神のガキでも、其処まで知らない。」
「でも、あたしは、知りたい……。」
「“俺からはいえない”だけだ。……。」
 と、鬼鮫は考え込んだが、足下に置いていた鞄から、分厚いA4サイズの封筒を静かにテーブルにおく。
「罪状は山積み。過去については俺も詳しくはしらねぇ。ただ、知っていても守秘義務ってのがある。」
「そう。」
「俺が何とか持ち出せた資料はこれだけだ。ただ、ほとんどガセかもしれない危険性がある。それでも良いなら持っていけ。」
「ありがとう。何か良いもの頼みたい?」
「ああ、このところ安酒しか飲んでないからな。」
 シュラインの言葉に鬼鮫は笑う。
「さて、本題として……、」
 鬼鮫は今後のこの事件についてどうするかを話し合うことになった。

 草間が、興信所からあまりでない理由は、単に出かけるのが面倒だからではない。IO2から謹慎を受けている。勝手な行動をとり、虚無の境界の盟主を取り逃がしたということで。もっとも、あの地点にいたのは偽物だったわけなので、私生活に問題はなく、表の探偵業もできるのだが、興信所自体が無惨な姿になっているので、ここぞとばかり怠けているように見える。ほかにも紅化の連続で、精神的に参っているのかもしれない。
「早い五月病?」
 と、レノアが言う。
「それはないと思います。兄さんはいつもあんなのだから。」
「そうなのですか?」
 レノアが小首をかしげると、零と五月はうんと頷く。
「零、タバコ買ってきてくれ。」
「何言っているんですか? 今回粗大ゴミの量でまた赤字なんですよ? 明日には仕事探さないといけません!」
「そういわずに。俺はタバコがないと死んでしまうんだぁ。」
 と、もがき苦しむふりをしている草間。
 ちょうどそのときに、シュラインがドアを開けて、
「何馬鹿なことをしてるの?」
 冷めた目で言い放った。
「……。」
 そんな、ゆったりとした雰囲気に、レノアは吹き出して笑う。
 そして、その場にいる全員が笑い出した。

 結局、いろいろな隠蔽工作などに奔走しては、順調に、忙しいが、何か充実する日々を送っていくのである。


〈レノアの迷い〉
 レノアは屋上の給水タンクの上に座り、空を見上げて鼻歌を歌っている。その下にシュラインがいた。
「ねえ、レノアちゃん。これからはどうしたい。」
 シュラインが尋ねる。
「私は、この力以外では、ただの女子高生ですから。でも、殆どのものをなくしたから……。どうするべきか全く考えつきません。」
 と、身軽に彼女は地に降りて、悲しい顔になっていた。
「いろいろご迷惑おかけして。」
「いいの。困ったとき、助け合うのが人だから。……そうか、レノアちゃんは高校生なのね。」
「はい。……ただの、高校生に、でも責任もいろいろあり……。」
「落ち着いて。ね?」
 いろんな非日常な出来事がありすぎ、日常においての必要なことを考えられなくなっている。特にこの先どう進むべきのかなど。彼女は記憶をなくし彷徨って、そして記憶が戻り、状況が突拍子もないことになれば、ふつうの考えが浮かばない。まだ、精神的には子供なのだ。
「あたしに、良い考えがあるから。大丈夫よ。」
 シュラインは、レノアを優しく抱きしめて頭をなでた。
「温かいです。ありがとう。でも、私はシュラインさんたちと一緒にいたいです。ずっと。」
 レノアは、そう、言うと静かに泣き出したのであった。
 彼女は、シュラインたちと、離れたくないのである。シュラインは痛いほどわかった。しかし……。

 シュラインがレノアのために奔走する日々は続く。
「そう、彼女は一人に。」
 不思議な館で紅茶を飲む黒ずくめの女性。高峰沙耶。
「ええ、もう、いろいろわかっていると思うけど。彼女は確実に時の砂を制御しているわ。暴走の危険はないと先生は言っているし。」
「なら、大丈夫ね。私は観測者であるから。でも、状況によっては、何かしらできると思うから安心して。」
「それは本当に助かるわ。」
「しかし、聴いてみないわ、あのこの歌を。」
「良い歌よ。」
 と、すんなり彼女の助力が得られるようである。
 今のレノアは人見知りしない。たぶんこの人にあっても、大丈夫だろうと、シュラインは確信していた。
 数日後、連絡なしに高峰がきたので、当然全員驚くのだが、レノアとの会話は充実したものだったようで、高峰は満足していた。

「さて、一通り、事件が落ち着いた。しかし、最大の問題が残っている。」
「あたしに任せっきりなのに、そこで仕切らない。」
 草間がデスクで格好をつけていったのだが、シュラインのつっこみで台無しである。
「そうよね。レノアちゃんがどこに住むべきか……。仕事も……ね。」
 ここにはたくさん人が出入りするし、レノアの存在は、ちょっと仕事に支障がでそうだ。レノアの存在が時の砂と関わっているためである。制御していると言うより歌でしか効果を持たないよう制限されている形なのだが、力は力なのだ。
「そうだわ。彼なら頼めるかも。」
 と、早速シュラインは電話をかけた。
 その電話番号をみたときに、草間武彦は苦い顔をした!
「あいつに頼むのか!」
 いつもやっかいごとの張本人に。
「そうですかぁ。それは、とてもすばらしいことですねぇ。」
 と、次の日にカトリックの神父姿であらわれたのは金髪で若い男であった。
 ユリウス・アレッサンドロ、こう見えても枢機卿という、偉い人物なのだが、草間からすれば、依頼料踏み倒す疫病神にしか見えない。
「あの、こちらは、どちら様ですか?」
 レノアが、彼の隠された霊力に驚いて、シュラインに尋ねる。
「ユリウスさん。近くの教会の神父さんをしているわ。でも……。」
 言いかけた時に、ユリウスが少し苦笑したので、シュラインは途中で止めた。
「は、初めまして。レノア=シュピーゲルと申します。ユリウス神父。」
 と、おずおずお辞儀をすると、
 ユリウスは優しそうに笑い、
「そう堅くならなくて良いですよ。私はユリウス・アレッサンドロです。よろしく、レノアさん。」
 と、ユリウスもお辞儀をした。
 しばらく雑談も交えた、レノアのいきさつをユリウスに話す。
「彼女の生い立ちや才能を考えて、教会的にとてもすばらしいこととは思うのだけど。どうかしら?」
 ユリウスは、頷いては考え、真剣なまなざしで全員を見、そしてレノアを見つめる。
「そうですね。私としては歓迎しますよ。聖霊や天使が我が家にお迎えになることは喜ばしいことです。ただ、残念なことに教会では少し住めないかもしれません。」
 考えてみれば、あの教会は人でいっぱいだった。
「聖歌隊や、教会のお手伝いなどで、よろしければ。いつでもきてください。歓迎いたします。それにあなたはまだ、シュラインさんが申されているように若い。しっかり勉学や青春を満喫してから、先のことを見据えることこそ、主が望むべきことと思います。」
 と、ユリウスは言った。
 これで、何らかの奉仕活動なりで何かを見つめることが可能だろう。


〈未完成の未来〉
 さて、住まいはというと。
「しばらく、この興信所だな。」
「そうなるわね。」
 まだ、彼女が住める場所が決まっていない。
「さて、俺は大阪に向かう。」
 草間は立ち上がった。
「え?」
「ああ、彼女が引っ越し前に行方不明になっていることらしく、家はそのままなんだとさ。俺が謹慎中に電話などで、後かたづけをしておいたぞ。そこでレノアの所持品だけを持って、住んでいる場所を何とか今月中に決めればいい。あ、ほかにも神聖都の寮という手もあるな。」
 と、うんうんと勝手に頷いている。
 謹慎中と言っても、その文書手続きなどの前置きなどは何とかできるようだったのだ。
「まさか、武彦さん。」
「なに、最後の仕事は俺にもさせろ。」
 と、照れ笑いする。
「レノアは方向音痴だからくるな。」
「草間さんが、私の家を詳しく知っているわけがないでしょう? 私もいきます。前の我が家に。でも、思い出を取りに行くだけです。新しい生活はこの東京です。」
「では、全員でいくことが良いわね。」
「はい♪」
 零とレノアが、大阪がどういうところで話し合っているところで、
「なあ、シュライン。あいつの後見人とか養子関係って俺たちでやっても良いよな?」
 と、草間が言う。
「え? 養女にするの?」
 驚きを隠せない。
「無理だとおもうか? 確かに、俺たちよりふさわしい、後見人ができる組織や偉い人物が、多岐にわたっているだろ? しかし、彼女は悩むだろう。」
「そうね。彼女の意向も考えないと……。」
「彼女の言うこと、決まっていると思うがな。」
 と、草間がタバコをくわえて笑っていた。
「どうして? あたしじゃ……。」
 シュラインはとまどう。
 しかし草間はまじめな顔で答えた。
「まあ、まだ時間はあるさ。この社会的な問題は、俺たちがする義務がある。だろ? 確実に安心して後見人をできるのは、おまえしかいない。俺はそう思う。」
 と、草間は自室に戻って身支度を始めるのであった。
「……そうね、これから始まるのだもの。」
 何もかも始まったばかり。
 まだ選択の余地は十分にある。
 彼女が未来の大空に羽ばたける土台を、必ず作らないと、とシュラインは心の中で決意を新たにするのであった。

END

■登場人物
【0086 シュライン・エマ 26 女 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


■ライター通信
滝照直樹です
「蒼天恋歌 7 終曲」に参加して頂きましてありがとうございます。
 いろいろどたばたした感じのなかに、何かしら安堵感と達成感を入れた描写を目指してみました。
レノア以外にもシュラインさん自身の未来はどうなるかも描写させていただいております。
民法上は養女や後見人などの諸問題をクリアできると私は思ってます。ユリウスもIO2につながっていることもありますが、緩やかな関係です。
レノアの意志はこの場合、シュラインさんと一緒に過ごしたい。そう思っていることは変わりないです。
 このたび、全部の恋歌に参加まことにありがとうございました。

 では、また別のお話でお会いしましょう。

滝照直樹拝
20070530