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<東京怪談・PCゲームノベル>


【D・A・N 〜First〜】




「突然ですが美人サン、お時間ありましたら俺とお茶でもどうでしょう?」
 本当に唐突に、その男は法条風槻の前に現れてそう言った。
 少々長めの明るい茶髪は後ろで無造作に纏められ、モデルだと言われても納得できそうな整った顔には人好きのする笑みが浮かべられている。ありふれた白シャツとスラックスに黒い上着を羽織っているだけなのに、人目を惹く雰囲気があった。
「悪いけど、仕事中だから」
 ナンパに付き合ってる暇はないと言外に告げる。にべもない風槻の返答に、男は目を丸くして突っ立っている。
 それに構うことなくすたすたと歩みを続け――ようとして立ち止まる。
 今日の風槻の仕事はショッピングタウンの競合店の調査。
 未だ突っ立ったままの男を見る。…自分と同年代くらいだろう。情報サンプルに使えそうだ。
「お茶に誘ったってことは、暇だね? ちょっと付き合って、青年」
「いいけど…。せいねん、って…」
「じゃ、早速」
 呼び名に微妙な顔をした男の呟きは無視して、さっさと歩みを再開した。

◇ ◆ ◇

(テナントは服飾系が多め? 若者向けを意識してのことか…。食事処も結構あるし、甘味系もなかなか。設備もサービスも、まあ悪くはないかな。難があるとしたら些か女性向けに偏ってて男の人が来にくそうなことだけど)
 現に隣を歩く人物は少々居心地悪げだ。ランジェリーショップの前を通ったときなど落ち着きなくそわそわしていたものだから、こっそり笑ってしまった。
 ちょくちょく男に意見など訊きつつ、一通り回った後。
 二人は少し早い夕食のために小ぢんまりとしたレストランに来ていた。
 メニューをざっと見て注文を決める風槻。鶏肉・魚貝類以外の肉類が食べられない菜食主義者故に、決めるのも早いのだ。
「あたしは決まったけど、青年は?」
「俺も決まった。じゃ、頼むか」
 てきぱきと手際よく注文を終える。
「っつーかさ、ずっと気になってたんだけど、『青年』ってナニ? 俺の呼び名?」
「そうだけど」
「俺には『陽月』っつー立派な名前があるっての! ちなみに太陽の陽に月でヒヅキな。呼び方はお好きにどーぞ。ひーちゃんでもひーくんでも…ひっきーとかは勘弁だけど。ひきこもりっぽいから。んで、あんたは?」
 呼び捨てという選択肢はないのかと思わずつっこみたくなるが、面倒なので流すことにする風槻。
「法条風槻」
「法条さん、ね。…結局なんだったわけ? お茶断ったかと思えば付き合えって言うし、それにしてはウインドウショッピングとかそういう感じでもないし。あれが仕事?」
 いまさらな自己紹介を終えて、陽月はそう訊ねる。その通りだったので、風槻は頷いた。
「そう。ちょっとした調査でね。情報サンプルに都合がよさそうだったから付き合ってもらったんだけど」
「俺サンプルかよ…。ま、いいか。こっちも暇は潰せたしな。――調査ってことは、情報系の仕事してんの?」
「情報屋だから」
「へェ…」
 陽月が静かに笑った。
 ダークブラウンの瞳に煌めくのは、どこか暗い――喜び。
(な、に……?)
 ぞわり、と。寒気がした。その瞳は、どこか狂気をも感じさせて。
「んじゃ、もしかしたらお世話になるかもだな。俺ちょっと探してるものがあるから」
 そう言ったときには、既に先ほどの暗さは微塵も見えなかったけれど。
 タイミングが良いのか悪いのか、そのすぐ後に料理が運ばれてきたおかげで、それについて深く聞くことは出来なかった。

  ◇

「しっかし日ィ長くなったよなー」
 レストランを出て、茜色に染まった街並みを見ながら陽月が呟く。
「そろそろリミットかぁ…」
「リミット?」
 聞き返せば、陽月は笑う。
「そ。これからどんどん俺のリミットって伸びてくから、なんかさっちゃんに悪い気ィするけど」
「は?」
 全くもって意味がわからない。陽月も陽月でそれを承知の上で喋っているようだ。
 今にも沈もうとする夕日を見つめながら、感情の読めない声音で陽月は言う。
「俺、今から別人になるから。不機嫌そーで融通きかなそうな顔してるけど、実際は結構ボケだから。よろしくしてやって。あ、名前は『さっちゃん』ね、『さっちゃん』」
 笑みを浮かべるその顔の輪郭が、揺らぐ。色彩が褪せて、薄れる。空気に溶ける。
 そして極限まで薄れたそれは、陽が完全に沈むと同時、再構築される。
 揺らいだ輪郭は、先ほどよりもやや細身の身体を形作り。
 褪せて薄れた色彩は、色を変え、鮮やかに。
 そして先ほどまで陽月が立っていたそこには――…見知らぬ男。
 日に当たったことがないような白い肌、陽月よりも短い夜闇の如き黒髪。
 鋭い対の瞳は、髪色よりなお深い漆黒。
 夜を纏った青年は、風槻を見てため息を吐いた。
「陽月の奴、面倒な説明丸投げしたな…」
(……ええと)
 考える。ついさっきまで陽月だったはずが、今は見知らぬ青年で。
 変化する直前の陽月の言葉からすると、この変化は当然のことらしく。
 ということは、不機嫌を隠そうともせず眉間に皺を寄せているこの人物は――。
「『さっちゃん』?」
「……『さっちゃん』? 何だそれは」
「あなたの名前。さっきそう聞いたんだけど…違った?」
「違う。俺の名前は朔月だ。断じて『さっちゃん』ではない。――やかましい。何故俺が女子のような名で呼ばれねばならないのだ。余計な世話だ」
 前半はともかく、後半はどうも自分に言ったのではないらしい。では誰に言ったのかと内心首をかしげていると、朔月がその疑問に答えた。
「ああ、今のはお前ではなく陽月に言ったのだ。『さっちゃん見た目怖いからとっつきやすくしようと思って』などと抜かすから…!」
 拳を固める朔月に、風槻は問う。
「会話できるの?」
「あぁ。俺たちは元々同調率が高かったから、こうなってからも多少の会話が出来る。――そうだった、一応説明しておこう。俺と陽月は全くの別人だが、今は同じでもある。太陽が出ている間は陽月が、太陽が沈んでからは俺が存在できるのだ。まぁ、理解するうえでは二重人格とでも思ってもらえばいい。実際は違うが」
「ふぅん…」
 なかなかに奇想天外な話だが、実際に変化を目の前で見たのだから信じざるを得ない。それにしたってギャップが激しすぎるけれど。
「やかましいぞ陽月。言われんでもやるというのに。……法条風槻さん、だったな?」
「何で名前……あ、聞いてたの?」
「いや、陽月が……。それでだな、その――これを」
 そういいながら朔月が差し出したのは一枚の紙片。見てみれば携帯の番号らしきものとメールアドレスが書かれている。
「よければ、だが……連絡をくれると嬉しい」
「……ナンパ?」
 一瞬ぽかんと間抜け面をした朔月は、次の瞬間顔を真っ赤にして慌てだした。
「ち、違う!」
「今日会ったばっかりの人間に携帯番号やら渡しといて、何が違うの」
「そうではなく! 情報屋をやっているのだろう、だからもしものときのために連絡先を確保しておくべきだと――」
「わかってるって。ちょっとからかってみただけだから」
 予想以上に楽しい反応だった。弄り甲斐がありそうだ。
 風槻の言葉にしばらく口をぱくぱくさせていた朔月は、がっくりと肩を落とした。
「どうしてこう俺の周りは……。まぁいい。仕事用のものでも構わないから、そのうちに連絡をくれ」
「今じゃなくて?」
「気が向いたらでいい。どうせまた会うだろうしな」
 薄く笑みを浮かべる。それは自嘲にも似て、感情の窺い知れぬものだった。
「陽月がお前に目を留めた。それは偶然だが、そこには必ず意味がある。俺たちと関わったからには、必ず次がある」
 それはまるで、予言のように。
「では、また」
 囁くように別れを告げて、朔月は姿を消した。
 文字通り、消えたのだ。
「何だか妙な人達に関わっちゃった、かな」
 呟く。けれどそれは悪い気分ではなく。
(色々秘密もありそうだし…)
 なんだか楽しめそうだ、と思いながら、風槻は帰路を辿り始めた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6235/法条・風槻(のりなが・ふづき)/女性/25歳/情報請負人】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、法条様。ライターの遊月と申します。
 「D・A・N 〜First〜」にご参加くださりありがとうございました。

 陽月と朔月、如何でしたでしょうか。
 昼メインなのに陽月があんまり喋ってない!…という体たらく。
 『調査』ってこんな感じでいいのかな、とドキドキしているのですが…。
 法条様の喋り方も色々悩んでこんな感じに。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。