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彷徨う想い
那智三織は、ある少女を捜していた。
ビルの谷間の小さな広場で、たまたま出会った一人の少女。
かわいらしい声で歌を歌い、そのくせそれ以外ではなぜか無口な、でもとても人なつこい幽霊の少女。
そして――自分の知らない師の姿を、記憶にとどめていた少女。
彼女は、なぜ師を知っていたのだろう?
そして――一体、彼女は何者なのだろう?
初めて彼女に出会ったあの日、彼女の記憶の中に師の姿を認めた時。
三織は、走り去っていく少女をとっさに追いかけることはしなかった。
それは、自分が予期せず見たものを、まだ頭の中で消化しきれていなかったからかもしれない。
しかし、三織の脳裏に焼き付いたその映像は、日増しに大きくなっていき。
あの少女に聞きたかったことは、いつしか「聞かねばならないこと」へと変わり。
――やはり、あの子にもう一度会って聞くしかない。
その結論に至るまで、さほどの時間はかからなかった。
三織が最初に向かったのは、彼女と最初に出会った広場だった。
彼女のお気に入りの場所であっただろうこの広場にも、今日は彼女の姿は見あたらない。
それでも、三織にはサイコメトリーの能力があった。
あの時彼女がいた祠の裏に立ち、意識を集中させて少女の痕跡を探る。
つい最近も、彼女はここにいた。
この場所に残っていた「記憶」は、三織にそう確信させるには十分だった。
――こっちか?
その一つを辿って、三織はビル街の方へと歩みを進める。
この時点では、あの少女を見つけることは、さほど難しくないことのように思われた。
ところが。
三織の予想に反して、少女はなかなか見つからなかった。
あまり昔のことは調べていないからわからないが、少なくとも結構な期間に渡ってこの近辺にいたらしく、彼女の痕跡はあちらこちらに見受けられる。
それなのに、彼女の姿はなかなか見あたらない。
むしろ、多すぎる痕跡が支障になってきている感すらある。
彼女が今もこの近辺にいることは、ほぼ疑いようのない事実だが。
「この近辺」は、その中にいるであろう一人の少女の、現在の居場所を特定するための手がかりとしては、さすがに広すぎる。
――一体、どこにいるんだ……?
そう遠い過去を探っているわけではないとはいえ、何度もサイコメトリーを使えば、それなりに体力を消耗することは避けられない。
加えて、延々と街中を歩き回ったことによる疲労も徐々に蓄積してきている。
それでも、三織は捜すのをやめる気にはなれなかった。
と、その時。
何気なく目をやった人並みの向こうに、ちらりとあの少女の姿が見えた。
――あの子だ!
そう思う間もなく、その姿が通りの向こう側の路地の奥へと消えていく。
気がつくと、三織は疲れも忘れて走り出していた。
――今度は、絶対に聞こう。師のことを……。
そう、心に決めて。
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泣きそうな顔で、少女はあてもなく歩いていた。
彼女の姿は、他の誰にも見えないが故に――いや、仮に見えたとしても、誰とも知らぬ少女に興味を払う人などほとんどいなかったかもしれないが――同じところをずっと歩いていても、誰に気づかれることもない。
彼女の名は結。幽霊である。
そんな彼女が泣き出しそうにしているのには、ある理由があった。
――どうしよう、どうしよう! ばれちゃった!
ある人物に、自分の「正体」がばれてしまった。
それが、彼女が悩んでいる理由だったのである。
あの時、歌っていたのが悪いのだろうか?
――だって、ゆいのうたがきこえるひとなんて、いるとおもわなかったんだもん。
「かかさま」と同居している「あの子」が一緒に遊んでくれるのが嬉しくて、つい「実体化」してしまったのが悪いのだろうか?
――だってゆい、ゆうれいさんだもん! ものにさわるの、こうしなきゃできないもの。
それとも、「実体化」した足で、石に躓いてしまったのが悪いのだろうか?
――それは、うれしくてはしゃいじゃったせいだけど、わざとじゃないもん。
一体、何が悪かったのか――そんなことは、今さら考えても仕方ない。
そう思ってみても、今度は自分の身体に触れた時の、「あの子」のはっとした顔が何度も頭に浮かぶ。
「私たちのことを知られちゃいけないよ」
「ととさま」からは、何度もそう言われていたのに。
お話ししているとついつい口を滑らせてしまいそうだから、わざわざ声も出さないでいたのに。
「触ると人の記憶が読めるみたいだ」ということも知っていたから、それにも特に気をつけていたのに。
――しってるの、だってずっとゆいとととさま、とおくからかかさまをみまもってたから。
知っていたのに。
わかっていたのに、触れられて――そして、知られてしまった。
今の時点で、彼女がどこまで「知ってしまった」かはわからない。
けれども、それが例え中途半端だったとしても、彼女はきっとその残りのピースを求めて動き出すだろう。
――ゆい、どうしたらいいんだろう?
そんなことを考えながら、何の気なしに手近な路地を曲がって、少し歩いた時。
後ろから追いかけてくる足音が、やけにはっきりと聞こえてきた。
気のせい――では、ないだろう。
この路地に用がある人間も、そうそういるとも思えない。
そして、普通には見えないはずの彼女を追いかけてきたのだとすれば――それができ、かつ、そうする理由がある人物は、おそらく一人しかいない。
おそるおそる、結が後ろを振り返る。
そこに立っていたのは、結の予想した通りの「あの子」――三織だった。
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<<ライターより>>
撓場秀武です。
このたびは私にご依頼下さいましてありがとうございました。
ノベルの方、このような感じでよろしかったでしょうか?
結さんパートの方、最初の時点で三織さんの名前を(地の文でですが)出してしまうことも考えたのですが(実のところ、その方が書きやすかったので……)、発注文から見ても、話の雰囲気から見ても、そうしない方がいいかと思いましたので、三織さんの名前は最後の最後に出すのみにとどめさせていただきました。
ともあれ、もし何かありましたらご遠慮なくお知らせ下さいませ。
続きの方も楽しみにしておりますので、もしよろしければまた私にご用命いただければ幸いです。
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