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<東京怪談・PCゲームノベル>


「黒雨の中で」

「あなたも迷子?」
 背中まで届くココア色の髪に夕焼け色の瞳をした少女は、傘を傾け、花柄の可愛らしいハンカチを差し出した。
 白い髪に金色の瞳。中国の死装束をまとった少年は、怪訝な表情で少女を見返す。
「私の友達も迷子なの。『すふれ』っていって、白うさぎのぬいぐるみみたいなコなんだけど。見なかった?」
「――見てない」
 言葉と共に白い髪の少年はスッと立ち上がり、傾けられた傘を彼女の方へ押し返す。
「……探しに行ってやれ。迷子なんだろう?」
「でも」
 ずぶぬれになった少年を心配し、少女は動こうとしない。
「我は、大丈夫だから。――迷子ではないんだ。だから、お前はお前の友達を見つけてやって欲しい。……きっと、寂しがってる」
 どこか切なげな言葉を受け、少女は一瞬迷うようにしてから微笑んだ。
「うん、わかった。じゃあ、代わりにコレあげるね」
 渡そうとしていたハンカチを丸めてリボンをくくり、即席のてるてる坊主をつくり出す。そしてもう一度、少年に差し出した。
「早く雨、あがるといいね」
 少年は無言でそれに手を伸ばし、小さなうなずきと共に受け取った。


「こんばんは、また会ったね」
 次の日。少女は両肩に黒いうさぎと白いうさぎのぬいぐるみを乗せ、少年のもとへと現れた。
「そういえば自己紹介してなかったよね。私、樋口 真帆っていうの」
「――白(ハク)だ」
「よろしくね、白くん。それで、こっちのコが『ここあ』で、こっちのコは『すふれ』。こないだ迷子になってたコだよ」
 真帆は黒うさぎと白うさぎとを順番に紹介する。
 どこから見てもぬいぐるみしか見えないそれは、真帆の肩の上でぺこりとお辞儀をしてみせる。
「……そうか。見つかったんだな」
 白髪の少年、白は無愛想ながらもどこかホッとしたような表情を浮かべる。
「うん、心配してくれてありがとう」
 真帆はにっこりと、人なつっこく愛らしい笑みを浮かべる。
「すふれったらね、どこにいったのかと思ったら、ケーキ屋さんの前にずっとはりついてて。甘い匂いに誘われちゃったみたいなの。見た目もキレイで可愛いっていうから、おうちに帰ってたらつくってあげるから、っていってやっと離れてくれたんだよ」
「――けーきや?」
「うん。クッキーとか、プリンとかも売ってる洋菓子屋さん」
「“くっきー”なら、聞いたことがある。確か、前に深藍(シェンラン)が食べていた。甘くておいしいものらしいな」
「白くんは食べたことないの?」
「その頃、我は猫だったから。……今では、何を食べても問題はないが、食事をとらなくとも動けるからな。ものを食べる必要がない」
「それは違うよ。甘いものってね、食べることで心がふわってするものなんだよ。身体に必要なくても、心には必要なの」
 吐き捨てるような白の言葉に、真帆は笑顔で答える。
「ふわっと……?」
 よくわからない、というように首を傾げる白。
「うん。そうだ、白くん、明日もここにいる?」
「――わからない。今は情報をまとめて、態勢を整えているところだから。いつ呼び出しがかかるか……」
 意味深な言葉に、真帆は小さく首を傾げながらも深く追求することはしなかった。
「お前は、来るのか?」
 ふと、白は思いついたように真帆を見た。
「うんと、白くんがいるならまた来ようかな、と思ったんだけど」
「……じゃあ、できるだけここにいる」
 ぶっきらぼうな言い方で、つぶやくように口にする。真帆はそれに、にっこりと微笑み返した。


「白くん、見てみて〜。クッキー焼いてきたよ」
 明くる日、真帆は紙袋の中から、リボンのかかった可愛らしい包み紙を取り出した。
「くっきー……」
 白の瞳が若干輝き、渡された包み紙にそそがれる。
「あとね、一応紅茶も淹れてきたんだけど」
 真帆は細身の魔法瓶を取り出し、どこか座れるようなところはないかと、辺りを見回す。
「確か、近くに公園があった」
「離れても平気?」
 いつ呼び出しがかかるかわからない、という白の言葉を思い出し、真帆は心配そうに尋ねる。
「少しくらいなら、平気だと思う」
 月明かりを受けながら白と真帆、その肩に乗った使い魔の2匹は公園へと歩いていった。
 路地裏から表通りに出るが、車がちらほらと走る他に動く影はなく、閑散としたものだった。
「どうせ公園まで来るなら、お弁当つくって昼間に来ればよかったかなぁ」
 公園のベンチに座り、月光に手をかざす真帆。
 新緑の色彩と風薫る初夏の公園は、ピクニックにはもってこいだっただろう。
「……昔、深藍としたことがある。確か、植物園だ。芝生の上にシートをひいて、少しだけ弁当をわけてもらって。一緒になって、寝転んだ」
 白はどこか遠い目をして、静かにつぶやいた。口調は切なげだったが、幸せな日々を思い返すため、表情は柔らかだった。
「深藍さんって、白くんのお友達?」
 こないだも口にしてたよね、と。紙コップにそそいだ紅茶を手渡し、尋ねる真帆。
「友達……でもあった。家族でもあった。深藍は、我の主だった」
「猫さんだった頃の?」
 無言のまま、こくりとうなずく白。
「――今はもう、違うの?」
 静かな問いかけに、白はハッとしたように真帆を見る。
「あ、ごめんね。別に無理に聞くつもりじゃ……」
「違う。……猫だった頃に、殺されて。猫鬼となり、甦った。術者に縛られ、人を呪い殺すことで生き永らえている、化物だ。深藍の元になど、帰れるわけがない」
 吐き捨てるような言葉。
 闇に包まれた公園に、しん、と静寂が訪れる。
 沈黙に耐えかねるかのように、白は渡された紙コップの紅茶に息を吹きかける。
 真帆はじっと、嫌悪も同情も見せない、真っ直ぐな瞳を向けていた。
「……だから、ずっとつらそうにしてたんだね」
 そしてふと、独り言のようにつぶやく。
 白は肯定も否定もせず、黙って紅茶に口をつけた。
 一口飲んで、息をつく。
 すると白の表情は不意に緩み、小さく……本当に小さく、うなずいて見せた。
 肩の力が抜けるような効能が、その紅茶にはあった。もしくは、真帆自身の人柄のせいなのかもしれない。 
「でもね、自分から心を閉ざしてちゃ、いつまで経っても迷子のままだよ。ちゃんと見ようとしなきゃ、本当に見つけたいモノは見つからないんだよ」
「我は、目をそらしてなどいない。何も見失っては……」
「深藍さんは……きっと今でも、白くんを探してるよ。ずっと、心配してる。生きていてくれたら嬉しいと思う。どんな風に変わっても、帰ってきて欲しいと思う。だって、白くんは白くんだもん。昔のことなんて、私は知らないけど……迷子のすふれを心配してくれた、優しいヒトだもん。」
 真帆は一生懸命になって、語りかける。
 見つけてあげて欲しいと、寂しがっていると言ったのは白だった。きっと、それは自分自身のことでもあっただろう。
 白は無言で、すでにカラになった紙コップの底を眺める。
 目を閉じ、投げかけられた言葉を味わうかのように、じっと考え込んでいる。
「悪い夢を終わらせたかったら、自分で断ち切らなきゃ。私も、一緒にいてあげるから」
 大丈夫だよ、と。微笑みと共に手を差し伸べる真帆。
「――どう、やって……?」
 白はその手をじっと見つめ、それから真帆の顔をうかがった。
「まずはね、術者さん。白くんを苦しめてる人に、解放してくれるようにお願いしてみる」
「そんなの、無理だ」
 何かとてつもない打開策を期待していたのか、白はため息まじりにつぶやいた。
「あと、解放する方法は本当にないのか聞いてみる」
「あったとしても、教えるわけがない」
「それでもダメなら……その人の負の感情を媒体に、悪夢を見せてあげる」
 不意に、前向きで優しげな真帆の口から出てきた言葉に、白は耳を疑うかのように彼女を見た。
「私、こう見えても見習い魔女だから。夢を操るのは得意なの。……誰にだって、夢を見る権利はあるもの。無理やりそれを奪うような人には、おしおきが必要でしょ?」
「――おしおき……」
「うん。それでその後、もう一度お願いするの」
「それ、脅迫って言わないか?」
「えぇ? 違うよぉ! ただ悪夢を味わうことで、他の人のつらさもわかってくれるようになるかな、って……」
 白の言葉に、慌てて否定する真帆。
 その様子に、白はぎこちない……実に不器用な笑顔を浮かべた。笑いなれていないものが、久しぶりに笑うかのように。
「楽観的だな」
「そ、そうかなぁ。でも……」
「けど……お前が言うと、本当にそうなるような気がしてくる」
 白はそう言って、懐を探った。
 取り出したのは、出会ったときに渡した、ハンカチとリボンのてるてる坊主。
「――気休めのようなお守りにも、効果はあったからな」
 白はそうつぶやき、満天の星空を仰ぎ見た。
 真帆も一緒になって、空を見上げる。
 闇を照らす、小さな、たくさんの光たちを。


 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:6458 / PC名:樋口・真帆 / 性別:女性 / 年齢:17歳 / 職業:高校生/見習い魔女】

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■         ライター通信          ■
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 樋口 真帆様

こんにちは、ライターの青谷 圭です。ゲームノベルへの参加、どうもありがとうございます。

今回は心を閉ざした白との交流をメインに、ということでしたので戦闘などもなく、会話のやりとりで構成させていただきました。
真帆様の能力については(紅茶も含み)ほとんど触れず、彼女の人柄によって救われた、という形にいたしましたが問題なかったでしょうか。

ご意見、ご感想などございましたら遠慮なくお申し出下さい。