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【虚無の影】視線
●オープニング【0】
彼女――神聖都学園高等部に通う原田文子が『それ』を感じ始めたのは、新年度が始まって少ししてからのことであった。
学校への行き帰り、何者かの視線を感じるようになっていたのだ。振り返れどもそれらしい姿は見えず、文子が訝しむ回数は日を追って増えていた。
(……誰が私を見ているの……?)
ストーカーなのだろうか。もしそうだとすると、ぞっとする出来事だ。『あの時』のような被害に遭うのはもうこりごりなのだから……。
「どうかしたの、文子ちゃん?」
そんな文子の異変に気付いたのは、同級生かつ友だちの影沼ヒミコだった。そこで文子は視線のことをヒミコに包み隠さず話した。
「うーん……」
話を聞いたヒミコは少し思案してから、文子にこのような提案をした。
「雫ちゃんの知り合いに探偵さんが居るって言ってたはずだから、その人に調べてもらう?」
雫とはヒミコのネット友だちである瀬名雫、そしてその知り合いの探偵とは……もちろん草間興信所の草間武彦のことだ。
かくして雫経由でこの話が、草間興信所へ持ち込まれたのである。
果たして視線の主はいったい何者なのだろうか……。
●詳しく話を聞いてみる【1A】
その日、草間興信所には人が多く集まっていた。雫が文子やヒミコを事務所へ引っ張ってきただけでなく、話を聞いて集まった者たちの姿もあったからだ。草間や草間零を含めて、その数は総勢10人である。
「ちょうどよい……などと言っては語弊がありますけれど、神聖都学園には所用のためしばらく通う予定でしたので」
草間から話を聞いた時にそう返したのは天薙撫子だった。今年の正月に桜桃署管内で起きた殺人事件に関わった時に知った、神社関係が購入したという美術品・骨董品について調べるべく図書館へ通うつもりでいたのである。
「……という訳みたいなの」
集まった者たちを前に、雫が子細を説明した。一旦文子から聞いた話を、雫が整理して皆に伝えたのだ。
「んっと、視線だけ感じんの?」
守崎北斗が文子に顔を向けて尋ねた。こくんと頷く文子。
「下駄箱とか机の中になんか知らない物入ってねぇ? あー、あと、知らない奴からのメールや無言電話は増えてねーの?」
矢継早に質問を投げかける北斗。しかし文子はそれについては静かに頭を振った。
「……そういうことはなくて、ただ視線だけが……」
「視線だけか」
文子の言葉を聞いて、北斗はふうと息を吐いた。
「何もなしで視線だけなら、ストーカーって断定するのは早いんじゃね?」
「……ですけど……」
うつむく文子。普段から思い詰めたような表情に見えるが、それが一層強くなる。その姿をじっと亜矢坂9・すばるが見つめていた。
「北斗」
草間が、ちょいちょいと指を動かして北斗を呼んだ。
「ん、何だよ草間?」
と北斗が近付くと、突然草間は耳を引っ張って文子に聞こえぬような小声で話した。
「お前はもう少し言い方ってもんを考えろ。……あの娘、以前通り魔に殺されかけてるんだからな」
「……そーゆーことは先に言ってくれって。知ってたら言ってねぇって」
北斗がばつの悪そうな表情を浮かべると、兄の守崎啓斗が呆れたようにそれを見ていた。どうやら啓斗の方はそのことを知っていたようである。
そんな時、シュライン・エマがすっと文子の背後に回り、そっと肩に手を置いた。
「ん、大丈夫よ。以前のことで恐怖もよりあるでしょうけど……気をしっかりね」
そしてぽむぽむと文子の頭を撫でるように叩くシュライン。これが安心させたか、文子の表情が少し持ち直した。
「……その視線だけど、どの位置から感じるか、分かるかしら?」
「あの……いつも後ろからです。同じような感じの距離感……?」
思い出しながら文子はシュラインの質問に答える。すると撫子も質問を投げかけてきた。
「原田様。その前後に、何か変わったことを見たりとか聞いたりとかしておられませんか? 他にも、行き帰りの道で何か拾ったりされたとか……」
「あ、何か買ったとかも含めて。例えば、美術品とか骨董品みたいな物なんかは?」
撫子の質問にシュラインが付け加える。しかし文子は頭を振る。
「いいえ何も……。普段通りに生活していました。行き帰りの道も変えてませんし……」
「視線に何か感情は感じた? 羨望とか、妬みとか……」
「いえ。全く何も……何もなくて」
シュラインの質問に文子は静かに答えた。
「質問を変えましょう。視線を感じるのは、どの辺りを通った時なのでしょうか?」
撫子がさらに文子へ尋ねた。
「場所は……決まっていません。けれど、学校の行き帰りに視線を感じるんです」
「学校の行き帰り以外だと?」
今度は啓斗が文子へ尋ねた。すると、文子がはっとなった。
「……そう言われてみると、普通に外出する時には視線は……」
「感じないのか」
啓斗のその言葉に文子はこくんと頷いた。
「なら学園内では?」
この質問には、文子は少し考えてから頭を振った。これらから分かることは、視線を感じるのは学校の行き帰りの際だけだということである。
「……通学時にだけ感じる視線か……」
啓斗がぽつりつぶやくと、草間が頭をぽりぽり掻きながら言った。
「まさか制服フェチって訳でもないだろうしなあ」
「……それだったら犯人はすぐ見付かりそうな気もするけど」
じっと草間を見つめるシュライン。
「お前な、シュライン。だから、それは誤解だと前から何度も……」
「それは冗談として、調査と並行して実際に現場を押さえるしかないのかしら」
草間の抗議の言葉をさっくり無視して思案するシュライン。
「そうですわね。お話を伺う限り、行き帰りをともにしていればそのうちに相手から現れることでしょうし……」
撫子も思案顔で頷く。
「ならば……一時的にどこか宿泊施設なりを使用して生活をした方がよいのではないか。周囲を固めて」
それまで皆の話を黙って聞いていたすばるがそんな提案をした。確かにそうすれば文子の行動も限定されて、より今回の問題の肝の部分だけが残るようになるかもしれない。
「じゃあ、ここを使っていただくというのはいかがですか?」
零が皆に聞こえるように言った。……それは妙案かも。
そういう訳で、一時的に文子は草間興信所で寝起きすることが決まった。あとは行き帰りを警戒しつつ、調査を並行して進めてゆくだけである。
●それは呆気無く【3A】
調査開始から3日が経った。その間の文子の生活は、草間興信所を出て学校に行き授業を受け、そして再び草間興信所へ戻るというものであった。それ以外は1歩も外には出ないようにした。
行き帰りについては、ヒミコとすばるが文子に付き添って登下校していた。それから前後に距離を取って、草間や零、そしてシュライン、撫子、啓斗、北斗が3、4組ほどに分かれて警戒を行っていた。これだけ人数が居れば、誰かしら視線の主を発見することが出来るはずである。
ちなみにすばるの提案で文子のダミーを使用するというというものがあったが、それは草間によって却下されていた。理由は万一ばれた時に事態が悪化することの懸念と、相手が1人とは限らないかもしれないことも考えてのことであった。もしチームを組まれていたら、そういうことはすぐにばれる可能性が高くなる訳で。
3日目の登校時まで、文子が視線を感じることはなかった。しかし、事態が動いたのはこの日の放課後……つまり下校時である。
草間興信所へ向かう道のりの半分以上を過ぎた辺りで、不意に文子の足が止まったのだ。
「文子ちゃん?」
ヒミコが文子の顔を覗き込んだ。文子の顔が少し青くなっているように見える。
「……また……視線が……」
それを聞き、ヒミコがぐるぐると右腕を回した。予め決めていた、文子が視線を感じたというサインである。と同時に、他の者たちが一斉に周囲の様子を窺い始めた。だが、どうも芳しくない。
「……おかしいわ……皆の他に足音も心臓の音も聞こえないわよ……?」
首を傾げるシュライン。
「どこに隠れているんだ……?」
「……どこにも居ねぇぞ、兄貴」
啓斗と北斗も懸命に相手を探そうとするが、どうも上手くゆかない。
「透明人間か?」
草間がぼそっとつぶやいたその時である――すばるがある1点をまっすぐ指差したのは。
「あの先に……?」
撫子はすばるの指差す先を見た。あるのは、電柱の影のみ。
(まさか?)
あることを思い出した撫子は、その『影』に向かって霊視を行った。――『電柱の影』ではない。
「正体見たり!!」
『影』に向かって妖斬鋼糸を投げる撫子。妖斬鋼糸は確実に『影』を捉え――次の瞬間、『影』は霧散していた。
「……消えた……?」
文子がぽつりつぶやくのをヒミコが聞いた。そして大きく手で丸を作るヒミコ。
「やっぱり……」
難しい表情を浮かべる撫子。一同は文子たちのそばへ向かった。
「いったいどういうことなんだ?」
皆が集まった時、草間が撫子に尋ねた。撫子が『影』に向かって妖斬鋼糸を投げてから、事態が収束したのは草間にも分かる。けれども、そうなる理屈が草間には分からなかった。
「……簡単なお話です、草間さん。あの『影』が視線の主だったのですから」
「話が見えないんだが……」
「その場には、シュライン様も居られたはずかと」
撫子はちらりとシュラインを見た。それを聞いて、シュラインの顔色が変わる。
「『影』って……まさかあの時のっ?」
それは結構前のことになるだろうか。影を操る女性が言う所の『実験』とやらに巻き込まれたのは。
まさか……その女性が今回の事件に関わっているとでもいうのだろうか。
しかし、この翌日から文子が視線を感じることはなくなったのは事実である――。
【【虚無の影】視線 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
/ 女 / 18 / 大学生(巫女):天位覚醒者 】
【 0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと)
/ 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
/ 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 2748 / 亜矢坂9・すばる(あやさかないん・すばる)
/ 女 / 16? / 日本国文武火学省特務機関特命生徒 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全7場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここに謎多き視線のお話をお届けさせていただきます。
・まずは本文中に対する注釈をいくつか。文子の遭った通り魔事件につきましてはVSN『娘坂殺人事件』で触れられております。そして本文最後、一部の方がご存知な『影』については高原のゲームノベル『Detour』にて触れられております。
・タイトルからして何絡みかはおおよそ想像つくと思いますが……まあそういうことです。どうして文子を狙っているのか、その他諸々謎は多いですが、今後徐々に分かってくることでしょう。
・シュライン・エマさん、121度目のご参加ありがとうございます。本文中でも触れていますが、相手は音がない『影』でした。ご存知ですよね? まあ……厄介な相手かもしれませんねえ。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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