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<東京怪談・PCゲームノベル>


東京魔殲陣 / 模倣魔

◆ 模倣魔 ◆
―― ドゥン……ッ!
―― カシャ……ン
魔殲結界に響く銃声と、氷が割れる、澄んだ音。
男は、恐るべきスピードで四方から迫る氷の矢を、それを凌駕する速度で以って回避。回避不能と判断したものだけを、的確な銃捌きで撃ち落してゆく。
一切の無駄な動きを省いた最高の運動速度と、考え得る最適の運動効率で成されるそれは、熟練の技を超えてもはや曲芸の域。
(くそっ、なんなんだアイツは。アレが本当に人間に可能な動きなのか!?)
眼前の敵が見せるその人間離れした運動能力に、凰華はくっと舌を鳴らす。
正確に言えば、凰華の目の前に居る物は『人間』ではない。
世界の破滅を希う狂信的テロ集団『虚無の境界』が生み出した心霊兵鬼。
他者の霊力を糧にして、その姿形はもちろん、能力特性や思考パターン、口調や癖に至るまで、ほぼ完全に模倣するという機能を備える『模倣魔』と呼ばれる心霊兵鬼であった。
(劣化コピーでこれだ……。まったく、IO2にはとんでもない人間が居るのだな)
黒のロングコートにサングラス。右手に構えた怨霊兵器は六連装の回転式拳銃。
そして、いまソイツが模倣している存在は、『IO2』が抱えるエージェントの中でもトップクラスの凄腕として知られた男。
相手をただの模倣存在と、或いはその模倣元を人間と甘く見た……と言う訳ではない。
ただ、その実力が、凰華の予想の遙かに超えたものだった、と言うだけ。
「どんなに優れた模倣能力を持っていたとしても、所詮、贋作(フェイク)は贋作。……そう、思ったんだけどね……」
どうやら、考えを改めなくてはならないらしい。
互いに視線を逸らさず向かい合い、相手の様子を窺いながら、凰華は魔術で強化した身体の具合を確かめる。
筋肉の張り、神経の伝達速度、末端からの情報への反応、魔力残量などなど。身体の隅々まで意識を通し、確認する。
―― 全能力、完全正常。
強大な敵と向かい合い、張り詰めた糸の様な空気が支配する空間にあって、凰華の身体には髪の毛一筋ほどの異常もない。
だが、それは敵も同様。戦いが始まってから凰華の攻撃はまだ一撃たりとも敵の捉えては居ないのだから。
(この戦い、厳しいものになりそうね……)
それは、これまで幾多の戦場、数多の強敵との戦いを経てきた凰華だからこそ感じる事が出来る確信めいた予感であった。

◆ 魔銃vs魔氷 ◆
戦場を駆けながら、凰華は己が掌に意識を集中させる。
練り上げられた魔力が掌へと集められ、収斂され、不可視の弾丸として装填される。その数、右と左にそれぞれ五発ずつ。
―― ドン……ッ!
魔力を込める際に発生する瞬間、凰華の身体に生じるコンマ以下の一瞬の隙を衝いて、男は手にした拳銃の引き金を引く。
引き金に連動して落とされる撃鉄。主の意を得て弾倉から放たれる弾丸。
だが、男の持つそれと通常の拳銃とでは決定的に違う点がひとつだけある。それは、
―― オオオオォォォォン……。
男の持つ拳銃は、そのカタチこそコルト社製の回転式拳銃、ディテクティブスペシャルのそれだが、その構成素材は世に怨みを遺して果てた怨霊たち。男が引き金を引く度に、憎い、苦しい、痛い、寂しい、と声にならない怨嗟をあげる。
「……ッッ!」
迫る怨念の固まりに対し、凰華は掌に装填した弾のひとつに命令を下す。
―― 我が魔力よ。魔氷の盾を成して、我に向けられし敵意を阻め!
掌に込められた魔力は、その命令を受け、怨霊弾と凰華とを結ぶ直線状に氷の盾として結実、主意に応じる。
―― ギシィッ……カシャン!
一瞬の拮抗の後、怨霊弾と魔氷の盾は互いに相殺しあい澄んだ音を残して虚空に消えた。
並みの遣い手ならば隙とも思わないような僅かな間隙を縫っての一撃。
しかも、隙を衝いたからといって決して無駄撃ちはせず、必要最小限の攻め手で最大限の効果を生む練達の技だ。
(油断できない……どころの話じゃないな、これは)
それどころか全力でやり合っても果たして勝てるかどうか……。そんな不安が凰華の脳裏を過ぎる。
(……ダメだ。弱気になって勝てるようなヌルい相手じゃない!)
沈みそうになる心を奮い立たせ、凰華は次は僕の番だ、とばかりに攻撃に転じる。
右と左、それぞれに装填した魔力弾に意を込めると、それは大気中の水分を吸収、増幅と収斂を繰り返し、その形を成してゆく。
先は無数の氷の矢を使って全包囲攻撃を試みたが、その驚異的な速度と銃捌きによって回避され無駄に終わった。
ならば、今度は銃の一撃や二撃ではどうしようもないようなモノを見舞ってやろう。撃ち落せるものなら撃ち落してみろ。
―― バキ、バキバキ、バキバキバキィッ!
巨大な音を響かせて現れたそれは、凰華の身の丈を超える氷の塊。肉厚の氷身に研ぎ澄まされた穂先を備えた巨大な突撃槍。
「……くらえッ!」
日頃から冷静沈着を旨とする凰華が珍しく声を荒げ、気を吐いた。
だが、男は撃ち出された氷の突撃槍(アイシクル・ランス)を無表情のまま、ただ見つめるのみ。
如何に粉砕しようのない巨大な氷塊とは言え、なんの捻りもない直線の軌道を描くそれを回避するなど、それこそ眼を瞑っていても出来る容易い芸当。焦る必要はどこにもない。
余裕を持って回避した後、横合いから怨霊弾を食らわせてやればいい。
男は即座に戦略を組み立て、その通りに身体を動かす。その間、氷の槍が撃ち出されてから男の初動まで僅かにコンマ七秒。
闇色のコートを風に靡かせ、氷槍の弾道、その外側に移動し、手にした拳銃の照準を凰華に合わせ……ようとして、
「なにッ!?」
その姿を、見失う。正確には、照準を向けたその先に、居る筈の人間が、居なかった。
―― ズドドドドド……ッ!!
「……があっ!」
次の瞬間、上空から降り注ぐ氷の雨を全身に受けて、男は堪らず膝を着き、天を仰いだ。
果たしてそこに在ったのは、二対の竜の翼を背に生やし悠然と佇む凰華の姿。その血に宿る古の竜の力を顕現させた姿だ。
巨大な魔氷の突撃槍。それは敵の目から己の姿を隠すためのまやかし。
凰華は氷槍を出現させたその裏で翼を開放し、それを放つと同時に上空に飛んだのだ。
距離をとり、翼を消し、地表に降り立つ凰華を冷めた視線で見つめる男。
だが、それは単なる虚勢。男が如何に強固なパワードプロテクターを、防弾防刃加工の施されたコートを纏っていようとも、完全に不意を衝き氷雨を直撃させたのだ。ダメージは免れない。そう凰華は考えていた。
すっくと立ち上がる男と凰華、その彼我の距離は完全に互いの間合いの内。男の怨霊弾、凰華の魔氷、どちらも的を外さぬ距離。
男の手が、銃把を強く握り、その指がゆっくりと引き金に添えられる。どうやらこの戦いを止めるつもりはないらしい。
(其方がそのつもりなら、此方も退く気は……ない)
心の中で呟いて、使い果たした魔力を掌に再装填。再び戦闘態勢を取る。
魔氷と魔獣の戦いは、いよいよ最期の局面を迎えつつあった。

◆ 勝敗の行方 ◆
互いに黒衣をはためかせ、魔殲結界の内を猛スピードで駆ける二つの影。
その二つの影から撃ち出される魔氷の弾丸と怨霊の弾丸。
「……ぐっ!」
凰華の放つ魔氷が男の肩口を捉え、男は小さく苦悶の声を漏らす。
(……いける!)
その様に、いよいよ勝利への確信を強める凰華。
魔氷の雨で負わせた傷、そして先ほど見せ付けた「空を飛べる」という事実。それが心理的な枷、潜在的なフェイントとして働き、男の動きを鈍らせていた。
(……そろそろ、蹴りを着ける頃合か?)
男が放つ怨霊弾を躱し、或いは魔氷の盾で受け止めながら、凰華は最期の一手を考える。
そもそも凰華が最も得意とする戦術は、闇色の魔剣を用いて振るう剣術と氷の魔術とを使った二重殺法。
決して遠距離戦術のエキスパートと言う訳ではない。その証拠に、魔銃を用いた中・長距離戦術のエキスパートである男に対して、未だ決定的な打撃を与える事が出来ていない。
(……よし)
そして、凰華は意を決し、決着へ向けての行動を開始する。
「ハァッ!」
左手の掌に装填した魔力弾に意を込めて無数の魔氷弾を生成。それと同時に右手の魔力弾にも意を込め、先程と同じ巨大な氷の槍を形成。
―― ドン、ドン、ドンッ!
しかし、男はそれを許すつもりはないのか、怨霊弾、怒涛の三連射を以ってそれに応じる。
放たれた怨霊弾は、氷槍の破砕点(最も効率よく物質を破壊できる点)に的確に衝き、氷槍はガラガラと音を立てて崩れ去る。
―― ドン、ドンッ!
崩れ去る氷槍の影から立て続けに飛び出してくる魔氷弾を、回避運動と銃撃で躱す。
これで放った弾丸は計五発。弾倉に残る弾はあと一発。おそらくそれは凰華の読みどおりの展開。
(……同じ手を二度、食うとでも思ったか!)
氷の槍、氷の弾丸。しかし、苛烈極まるその攻撃も、すべては最後の一手への布石。
見上げる中空に翻る影がひとつ。男は迷わずその影に向けて弾倉に残った最後の一発を撃ち放つ。
―― ガシャァン……
そして、着弾。人の形を模した氷の塊が、澄んだ音を立てて砕け散る。
それは、氷による変わり身の術。もう一度、男の目を欺き、怨霊弾を撃ち尽くさせるために凰華が張った罠。
しかし、中空へ飛んだのがダミーだったのならば、本物の凰華は一体どこへ消えたのか?
「いくら他人を真似ても所詮は兵器、パターン化された動きには弱いか……」
答えは単純にして明快。凰華は氷の槍を放ったその場所から、ただの一歩も動いてはいなかった。
その姿を認めた男の顔が驚愕の色を見せ身を翻し、魔銃を握る右手とは逆の左手がコートの中に差し込まれる。
(リロードなど……させると思うかッ!)
砕かれた魔氷が舞う中を凰華が駆ける。駆けながら、その手の内に漆黒の魔剣を喚び出し強く握る。
背を向ける男に向かって迅雷の如き速さで駆ける。あとは、このまま男の懐に飛び込み、止めの一撃を呉れるのみ。
「チェック・メイトだッ!」
完全に勝機を取った。そう断じられる一撃を振りかぶり、黒塗りの刃が男の身体を捉えようとした、まさにその刹那。
「そうだな。確かに、チェック・メイトだ。……ただし、おまえがな」
凰華は男の背中越しに聞こえるそんな声を、そしてそこから撃ち出される怨霊の声を、聞いたような気がした。
―― ドォン……ッ。
男がコートの影から後ろ手に放った怨霊弾が、男のコートを食い破り、そのまま凰華の脇腹へと突き刺さる。
リロードの隙を、衝いたつもりだった。だが、男が弾を撃ちつくしてから、凰華が剣を召喚し男に駆け寄るまでの僅かに数秒。
確かに全弾六発をリロードしようとすれば間に合わなかっただろうが、凰華の攻撃に応じ、それを仕留める一発を再装填するだけならば、男にとって、それは十分すぎる時間だった。
「……か、はっ」
我が身を苛む激痛に、凰華が血を吐き頽れる。
怨霊を凝り固めて形成された弾丸の威力は、その身に流れる竜の血、強大な再生力を以ってしても容易に抗えるものではない。
身の内で暴れまわる怨霊弾が生む激痛に、遂に凰華は手にした漆黒の魔剣を取り落とし、そして、意識を失った。

凰華はもっと深く考えるべきだった。この男が、この兵鬼が模倣したオリジナルが一体何者であったかを。
優れた観察力、研ぎ澄まされた洞察力、鋭い分析力、的確な判断力。そして、それらを支える集中力。
『探偵』の異名を持つその男を模倣した今のコイツに、下手な策など通用しない。
通じたかに見えても、如何にフェイクに掛かったかに見えても、それこそが男の仕掛けた真の罠だったのだから……。


■□■ 登場人物 ■□■

整理番号:4634
 PC名 :天城・凰華
 性別 :女性
 年齢 :20歳
 職業 :退魔・魔術師

■□■ ライターあとがき ■□■

 天城さま、お久しぶりです。
 この度は、PCゲームノベル『東京魔殲陣 / 模倣魔』へのご参加、誠に有難うございます。担当ライターのウメと申します。

 ノベルをご覧になって頂けると判りますが、勝負の結果は残念ながらこのようになりました。
 敗因を強いて挙げるなら、敵に対する認識、反撃に対する予測・対応が甘かった、と言う点でしょうか。
 並の相手なら問題ないでしょうが、相手は「あの男」を模倣した相手。流石に騙し合いでは分が悪かったようです。

 勝負とは、確かに勝つに越したことはありませんが、敗北してはじめて学ぶこともあると言います。
 そんな訳で、たまには負けてみるのも、もしかすると面白いかもしれません。
 難易度★5つはやっぱり甘くなかったぜ。そんな感じで楽しんで頂けたのなら幸いです。

 それでは、今日のところはこの辺で。
 また何時の日かお会いできることを願って、有難う御座いました。