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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


東京狂想曲

 晴れ渡った東京の空に、一陣の強い風が吹き抜ける。
 その風と共に空を駆けていた伊葉 勇輔(いは・ゆうすけ)は、山羊の着ぐるみを着たまま東京都庁の知事室へ向かっていた。
「つったく、誰だ。臨時ニュースなんか流したのは」
 勇輔がこんな格好をしているのには訳がある。
 昔に別れた女性との間に出来た大事な娘が一人旅をすると聞き、心配でいても立ってもいられなくなり、こっそりと北海道に行っていたのだ。だが東京都知事である勇輔が、北海道まで行くと騒ぎになるし、娘にも気付かれたくないという思いから、散々考えて「羊の着ぐるみ」を着て行った。
 紆余曲折はあったが娘とも触れ合えた?し、ジンギスカンもなかなか美味かった。
 ただ、不満があるとしたら……。
 バン!
 着ぐるみのまま少し乱暴にドアを開けると、知事室の中では勇輔の秘書である九原 竜也(くはら・たつや)が溜息混じりの苦笑と共に、勇輔を見た。
「やっとお帰りですか?」
「当たり前だ。臨時ニュースなんか使いやがって、大事になったらどうする」
 自分が公務を放り出したことを棚に上げ、椅子に座ってぼやく勇輔。だが竜也も、勇輔とは短い付き合いではない。大体どこに何をしに行ったかぐらい見当は付く。
「勇ちゃんが行ってると思ったところ限定で呼び出したんだけど、当たってたみたいだね」
 人がいないとき、竜也は勇輔のことを「勇ちゃん」と呼ぶ。口元に笑みを浮かべながら言われたその言葉を聞き、勇輔も机に肘を突き足を組む。着ぐるみのままで。
「おめぇも大概性格悪いな。こういうときは気を使ってだな……」
「気を使っていたら、勇ちゃん仕事しないでしょ。ところで、一つ聞いてもいい?」
「なんだよ」
 カチャ……とドアの開く音がして、女性職員が冷たいお茶を持って入ってきた。そして、椅子に座っている勇輔の姿を見て、一瞬微妙な表情をする。
「し、失礼いたしました」
 こほん。竜也は一つだけ小さく咳をし、ポケットから鏡を出しそれを勇輔に差し出した。
「何故、山羊の格好をしているのですか?」
「何言ってるんだ、山羊……うおっ!」
 まじまじと鏡を見ると確かに山羊だ。慌てて被り物を取りにらめっこしてみるが、何度見てもやっぱり山羊だ。
「伊葉 勇輔ともあろう者が、不覚……っ」
 本当は羊の変装で近づく予定だったのに、道理であんなに「山羊山羊」言ってたはずだ。完璧な変装だっただけに、このミスは痛い。
「………」
 もっと他に憂うことはたくさんあるだろうと、竜也は心の中で思っているが、それはあえて口にしない。言ったところで直らないことは分かっている。それに、こうやって突然何をやらかすか分からない勇輔の秘書でいることを、竜也はかなり愉しんでいる。
 このまま落ち込まれていても困るので、竜也は手帳を開き有無を言わさずこれからのスケジュールを勇輔に告げた。
「知事、今日はオーストリア大使主催のパーティーがあります。知事として出席を」
「行きたくねぇ」
「ダメです。以前会議をドタキャンしたときに、大使には取りなしをして頂いたご恩があります。知事は、その義理を忘れるような人ではないと信じてますが」
 ……痛いところを突かれた。
 そもそもドタキャンしたときは竜也も一緒にいたのだが、こうやって先読みをして取りなしや根回しが出来るからこそ、キャンセルをしても良いと判断したのだろう。全く、秘書としては最高で、友人としては最悪だ。無論褒め言葉だが。
 麦茶を一気に飲み干し、勇輔は仕方ないというように立ち上がる。
「分かった分かった、行けばいいんだろ。んなくだらねぇ事で、国際問題になったら面倒だからな」
「そうですか。では急いで着替えてきてください。どうしてもそれで行きたいというなら止めませんが」
「……そこは止めてくれ」


 パーティー会場は政治家や財界人御用達の、高層ビルにあるフロアだった。
「ミスター伊葉、来てくれてありがとう」
「いえ、お招きありがとうございます」
 愛想良く紳士的に。
 若き都知事として勇輔は、会場内にいる政治家や大使などと挨拶を交わす。パーティーなどと言っても、ほとんど何かを口にする暇などない。晩餐会形式ならコースで料理が出るのだが、あいにく今回は東京の美術館で行われる展覧会のためのパーティーなので、立食形式なのが落ち着かない。せいぜいシャンパンで喉を潤すぐらいだ。
 竜也が監視しているので紳士的に振る舞っているが、勇輔は心ここにあらずでこんな事を考えていた。
「あいつ、一人で変なのに絡まれたりしてねぇだろうな……」
「あのラム肉、後一切れは食いたかったぜ。ここにあるローストビーフなんか目じゃねぇな」
 頭の中は娘とラム肉のことで一杯だ。まあこんなパーティーで話す事など、大抵うわべだけの挨拶か、そうでなければ皮肉などだ。現に今目の前にいる太った男は、こんな事を言って東京のことをけなす。
「『東京には空がない……』と、智恵子抄では言ってましたが、本当に空が狭くて息苦しいですな。何とかなりませんか、ミスター伊葉」
 ……だったら国に帰って、脂身食って寝てろ。
 思わずそう言いかけると、背後で竜也の目が光ったような気がした。その視線は「挑発に乗らないでください」と、無言の圧力を与えてくる。
「『狭いながらも楽しい我が家』という言葉もありますよ、ミスター」
 知事というのもなかなか面倒だ。
 言いたいことも満足に言えやしない。政治屋になったときから覚悟はしていたはずだが、時々それが窮屈になる。
 さっと会釈をして離れると、竜也が冷えたシャンパンのグラスを差し出した。
「お疲れ様です。よく堪えましたね」
「これも仕事のうちだからな。ちょっと外出てヤニ喰ってくる。お前はどうする?」
 その言葉に、普段あまり表情を変えない竜也が眉間に皺を寄せる。
「私が禁煙中だって、知ってるはずでしょう?」
「ダイエットと禁煙は、邪魔するもんだって相場が決まってんだよ。それとも知事一人にする気か?」
「そう簡単に挫折しませんよ。行きましょうか」


 広い喫煙ロビーには人が全くいなかった。窓から見える夜景を見下ろし、勇輔は溜息と共に煙を吐く。
「……疲れた」
 もう一回煙草をくわえると、竜也がさりげなく空気清浄機の方へ移動した。
「こっちに向かって煙吐くのやめてください」
「流れるんだから仕方ねぇだろ。にしても、何が『東京には空がない』だ。こんなに広いじゃねぇか」
 眼下に広がるのは瞬く夜景。その灯り一つ一つに人がいる。
 確かにビルなどの所で見れば、空は狭く見えるだろう。だが、空の広さは変わるものではない。東京の空だって、北海道や世界中どこの空にも繋がっている。
 そんな事を思っていたときだった。
「知事、人が来ます」
 コツコツと革靴を鳴らす音。
 ロビーにやってきたのは、篁コーポレーションの若き社長である篁 雅輝(たかむら・まさき)だ。直接話をしたことはないが、今回の展覧会のスポンサーになっているということは知っている。
 雅輝は勇輔と竜也の姿を見ると、ふっと頬笑んで礼をした。
「初めまして、伊葉知事。篁 雅輝です」
「噂は聞いてるよ。一服しに来たのか?」
 二十代の若さで社長の椅子に就いた、「篁」の名を持つ青年。確か前の社長は祖父で、父親は行方不明になっているはずだ。そして、雅輝は秘密裏に能力者などを集めているという噂もある。その真偽は謎だが、癖があるのは確かだろう。
 ポケットから差し出した煙草を、雅輝は軽く手を上げて押しとどめる。
「いえ、煙草は吸わないんです。喧噪から離れて夜景でも見ようかと思いまして」
 何だか隙のない笑顔だ。
 勇輔と雅輝の会話を聞きながら、竜也はそんな事を思う。それに、こんなに人の多い場所に一人で来ているのか。
「失礼ですが、お一人なのでしょうか?」
「ええ。今は」
 今は。
 それを聞き、竜也が考えようとしたときだった。勇輔が軽く肘を突き小さな声で注意をした。
「馬鹿、お前。馬に蹴られても知らねぇぞ」
 多分勇輔が考えているようなことではない事は確実だが、わざわざ訂正するのも何だ。雅輝もそんな二人のやりとりを聞かぬ振りをして、夜景を眺めている。
「どうだい、東京は?」
「騒がしくて乱暴で、せわしないですけど僕はここが好きですよ。全てを受け入れる懐の深さがある、この街が」
 煙草の煙が宙に消える。
「なら良かった。嫌いだとか言われたら、どうしようかと思ってたぜ」
 そう言いながら不敵に笑ってみせると、雅輝は目を細めて闇へと目を向けた。目に映っているのは東京の夜景なのか、それともガラスに映る自分の姿なのか。
 その時だった。
 ……チリッ。
 修羅場をくぐり抜けてきた者にだけ分かる気配。本気で人の命を取ろうとしている、独特の殺気。
「………」
 勇輔が竜也に目配せをする。戦うことには慣れているし、負ける気はない。それは竜也も同じだろう。勇輔が攻撃をし、竜也が防御結界を張る。打ち合わせなどしなくても、目配せだけで何をしたらいいか、お互いちゃんと分かっている。
 しかし、ここにいる雅輝はどうだろうか。
 能力者を集めている者が、更に強い能力を持っているとは限らない。
「都民を守るのは俺の役目だよな……竜也、頼むぜ」
 風が吹く。
 それと共に勇輔が殺気に向かって飛び込んだ。不意を打たれる前に、相手に不意打ちをかます。生まれ持った格闘センスと反射神経、そして白虎の力がそれを可能にした。
「篁さん、私の後ろから離れないでください」
 雅輝がいなければ勇輔と一緒に攻撃に行くのだが、今回は防御に徹さなければ。スーツのポケットから札を出し、竜也は防御結界を展開する。
「殺気がダダ漏れだぜ!」
 壁を蹴り、勇輔は天井に隠れていた者に風撃を与えた。どうやら相手は、虫類のように自分の体の色を溶け込ませることが出来るらしい。くるりと着地した小柄の男は、口元にだらしのない笑みを浮かべながら、竜也の後ろにいる雅輝を見る。
「よそ見してる場合じゃねぇぞ」
 容赦なく勇輔は足と手を使った連撃を繰り出す。それを紙一重で避けながら、刺客は手に持っていた銃を雅輝に向けた。
 サイレンサー独特の風圧音。
 だがその弾は竜也の結界に防がれ、跳弾となって相手へ返っていく。
「鉛玉ぐらいなら、結界二枚もあれば充分です」
「………!」
「獲物が銃ならこんなもんだろ」
 跳ね返る弾を風で防ぎながら、勇輔は全身の勢いを使った蹴りで相手を吹き飛ばした。


「あんた、何か狙われる覚えでもあるのか?」
 全てが終わった後、勇輔は煙草を吸いなおしながら雅輝に向かって質問をした。
 普通命を狙われれば、もう少し怯えたりするはずだ。なのに、雅輝は顔色一つ変えず二人が戦っているのを見ていた。
 その事に関しては竜也も気付いていた。言われた通り、全くその場から動かなかった雅輝は、口元に笑みすら浮かべていたのだ。普通なら考えられない。
「狙われる覚えは十二分にあります。でも、ここで死ぬならそれまでだったって事です……投げやりという訳じゃなく、死なない自信がありますから」
「私が守らなくても、それだけの力があると?」
 時々この東京には、人でないものやとんでもない力を持った者がいる事がある。代々続いている血筋で、そういうこともあるかも知れない。
 だが、雅輝はくすっと笑って否定するように首を小さく横に振る。
「残念ですが、僕には何の力もありません。正真正銘ただの人間ですよ」
 自分達のように何らかの力はなく。
 だが死なない自信は誰よりもあり。
「クッ……ハハハハ、やっぱ東京は面白れぇ」
 可笑しくてたまらないというように笑う勇輔に、竜也は溜息をつく。
 もしここに自分達がいなくても、雅輝は死ななかっただろう。狙われていることを知りつつ、自ら囮になる程の度胸がある者。確かに勇輔の言う通り東京は面白すぎる。
「もしかしたら、私達が守ったせいで計画が狂ったりしましたか?」
「いえ、助けて頂いてありがとうございます。人との出会いの方が大事です……これでも江戸っ子ですから」
「いいねぇ。つまらねぇパーティーだと思ってたが、収穫はあったな」
 政界と財界。違う場所に身を置いていても、同じ東京に住んでいる限り、会う機会はたくさんある。それにお互い繋ぎを取っておいて損はないだろう。
「よし、パーティーは放っておいて飲みに行くか。予定はどうだ?」
「僕は大丈夫です。お付き合いさせてください」
「それはいいですけど、挨拶をしてから出てください」
 舞台は東京。
 役者が揃い、狂想曲の幕は開ける。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6589/伊葉・勇輔/男性/36歳/東京都知事・IO2最高戦力通称≪白トラ≫
7063/九原・竜也/男性/36歳/東京都知事の秘書

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
イベントノベルの続編的なものでありながら、さらにまた何処かへ続く…という感じで書かせて頂きましたが如何でしたでしょうか?東京都知事という所から、色々言いつつも東京を愛していそうです。
お二人の普段のやりとりなどを考えたりするのが楽しかったです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたら、よろしくお願いします。