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<東京怪談ノベル(シングル)>


Anniversary

 今日は五月十五日。
「早く冥月さん来ないかな〜」
 蒼月亭のカウンターに座りながら、立花 香里亜(たちばな・かりあ)は何度も入り口を見てそわそわとしていた。今日はいつもの制服ではなく、ラベンダー色のキャミソールに生成のショートボレロ、それにスキニータイプのデニムだ。足下はベージュのサブリナシューズを履いている。
 香里亜が待っているのは黒 冥月(へい・みんゆぇ)だ。香里亜は秋口から冥月の弟子になって護身術の修行をしているのだが、この前「出合って一年になるのだから、記念に何か贈ろうか」と言われ、特に欲しい物もないので今日一日付き合ってもらうことにしたのだ。そして今日は、東京に来てから丁度一年になる。
「あの時は、ドキドキしてたんですよね……」
 迎えに来るはずだった人が急に来られなくなって、代わりに迎えに来てくれた人たちの中に冥月がいた。思えばずっと北海道の実家にいたら、その誰とも知り合えてなかったかと思うと、思い切って東京に来て良かったと思う。
 確かに楽しいことばかりではなかった。
 怖いこともあったし、色々驚いたりすることも多い。それでもやっぱり、一年の間に少しは成長したような気がする。
 そんな事を思いながら待っていると、カランとドアベルの鳴る音がした。
「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
 この挨拶も様になった。
 にこっと笑うと、冥月も少し笑って香里亜の方に近づいてくる。
「香里亜、一周年記念は思いついたんだろうな。何でもいいぞ。酒も許すし金も気にするな」
 今日が香里亜が東京に来て一年と言うことは、冥月も知っていた。だから金に糸目を付けず、香里亜の思う通りにさせる気でいる。一度クリスマスプレゼントとして、デパートで上から下まで一式を揃えたこともあるが、気持ちとしてはあの時よりも記念に残ることをしてやりたい。
 すると香里亜は嬉しそうにこう言った。
「はい。行きたいところを考えておきました」
「そうか。ただしホストクラブやカジノは駄目だ。あれで身を滅ぼす奴は多い」
 香里亜がホストやギャンブルを望むとは思えないが、釘は刺しておいた方が良いだろう。どちらかというと純真な香里亜が、悪い男に騙されるのは困る。
 もしそんな事をした奴がいたら、多分死ぬより恐ろしい目に遭うのは確実なのだが。
「いえいえ、それはないですよ。でも、ちょっとパチンコはやってみたかったかな」
「パチンコか……それぐらいならいいだろう。ただし、一人で行くのはダメだぞ」
「一回だけでいいんです。結構お客様の話で聞くので、そんなに面白いのかなーって」
 ……何となく、誰がそんな話をしているのか見当は付く。
 今の時間ならモーニングタイムだから、少しだけ遊ばせるのはいいかも知れない。ただ、店は女性でも入りやすくて、明るく、禁煙スペースがあるところに限るが。
 冥月は少し溜息をつき、それでも楽しそうに目を細める。
「じゃあ、初パチンコにでも付き合うか」

 冥月が選んだ店は、女性専用スペースがあるパチンコ店だった。ここなら変な男に絡まれる心配もないし、並んで遊ぶにはいいだろう。
「最近は何でもパチンコになってるんですよね。時代劇のが面白そう」
 香里亜はお婆ちゃんっ子だったせいか、時々年寄りっぽいものに興味を示すことがある。ただアニメなどの気恥ずかしい物よりは、冥月としてもこっちの方がありがたい。
「じゃあ、五千円だけだぞ。それがなくなったら終わりだ」
「はい。なんか確率変動とか、何とかリーチとか予告とか難しい言葉も聞きますけど、さらっと一回やってみたいだけですから」
 ……そんな話までしてるのか。
 缶ジュースを買い、二人並んでパチンコをする。それも何だか変な感じだ。それでも喜ぶならいいだろう……そう思いながら冥月がやる気なく玉を打っていると、隣で香里亜が急に慌てだした。
「な、何か悪代官が出て、画面がピコピコ言ってます」
 どうやら初手で当たってしまったようだ。そんな事をしているうちにじゃらじゃらと玉が出始め、香里亜は更におろおろする。
「えっ、えっ。冥月さん、どうしたらいいんですか?」
「ちょっと待て、店員を呼んでやる」
 箱を持ってこさせ、出た玉を横から入れてやる。
 どうやら自分で打つよりも、香里亜を見ている方が面白そうだ。まだリーチ画面が出続けている香里亜の台を見ながら、冥月は呆れるように笑って見せた。

「はう〜心臓に悪かったです」
 ビギナーズラックなのか、それとも天性の才能があるのかは分からないが、香里亜の初めてのパチンコは快勝で終わった。冥月が出した五千円が、特殊景品……つまり、ちょっとしたお金になって戻ってきている。
「その様子なら、何処かの誰かみたいにパチンコにはまることはないな」
「いえいえいえ、もういいです。お金が簡単に増えちゃダメです。チョコレートもらえたらいいなーぐらいだったのに」
 どうやらこの様子だと、香里亜はパチンコを『怖いもの』と認識したようだ。これなら中毒になり、身を持ち崩すこともないだろう。
 パチンコ屋にいたのはせいぜい一時間ほどだったので、まだ時間はたっぷりと残っている。
「次はどこに行く?豪遊、買物、頼み事、お願い、何でもいいぞ」
 その言葉でやっと安心したのか、香里亜はくすっと笑い、持っていた小さなバッグから地図を出した。
「えーとですね、私、遊園地に行きたいんですよ」
 それは日本でも最大級の遊園地で、年間パスポートを買って何度も行くリピーターがいるらしい。名物は遊園地内で売っている、ネコの耳を模したヘアバンドなどだ。
「遊園地……」
「はい。修学旅行の時もそっちには行かなかったので、やっぱり一度ぐらいは行っておこうかなって」
 遊園地が嫌なわけではないが、冥月はああいう「本気のアトラクション」が苦手だ。あの遊園地の中にいるうちは、そこの住人になって……などと言われると、頭痛すら覚える。
「でも、やっぱり子供っぽいですか?」
「いや。今日は特別だ。行くぞ」
 今日一日は、何でも付き合う気だったのだからいいだろう。電車で行くと時間が勿体ないので、冥月の影を使い一瞬で移動する。
 だが……。
「待て、ネコ耳は勘弁してくれ」
「えー。可愛いですよ。私はリボンがついた方つけますから、冥月さんはこっちの方〜」
 はっきり言えば、パチンコ店の方がハードルが低かった。
 香里亜がまず向かったのは、コースターやアトラクションではなく売店で、しかもここの遊園地のメインキャラでもあるネコ耳のヘアバンドだったのだから。
「やっぱりダメですか?」
「うっ……」
 そうやってしょんぼりされると辛い。結局譲歩する形で、冥月はヘアバンドをつけて香里亜と仲良く歩く。隣を歩く香里亜は妙に嬉しそうだ。
「うふふー♪あ、クマさん。冥月さん、一緒に写真撮りましょう」
「何?」
 香里亜がクマに手を振ると、クマも可愛らしく手を振り返す。本当はここで「可愛い」とか言っておくべきなのかも知れないが、この「中の人などいない」という本気加減がやっぱり恥ずかしい。
「カメラお願いします。クマさん真ん中の方が良いかな?」
 クマが「それは良い考えだ」と言うように頷く。冥月は本当なら逃げ出したい気持ちで一杯だったのだが、それを堪えクマの隣に立った。
「今日は香里亜に付き合うと言ったんだ。記念写真も撮らないとな」
 本当なら、クマは食料なのだが。
 写真を撮ると香里亜はまた嬉しそうに、冥月に向かって頬笑んだ。
「クマさん結構好きなので、会えて嬉しいです。この広い遊園地で、会えるのって限られてますから」
「そうだな」
 まあ、香里亜が楽しんでいるならいいだろう。ヘアバンドは自分では見えないし、クマやリスとの写真も、それはそれで思い出だ。コースターなどのアトラクションも、二人で待っているのは楽しいし、隣でキャーキャー叫ぶのを見ているのもまた楽しい。
「香里亜はネコが好きなのか?」
 ちょっとしたショーを見終わり、レストランで食事をしながら冥月は香里亜に聞いた。今まで可愛い物などが好きとは知っていたが、ネコが好きというのは聞いたことがなかったからだ。すると香里亜は、前菜のシーフードマリネを食べながら少し考える。
「うーん、ここのお姫様が好きなんです。昔から憧れだったんですよね、お姫様」
 なるほど、それでか。
 なら、食事が終わったらそっち側のアトラクションに行けばいいか。そう思いながらアイスコーヒーを飲んでいると、香里亜はパンフレットを見ながら突然こんな事を言った。
「あ、今限定アトラクションで『お姫様の衣装で記念写真』やってます。行きたい♪」
「………っ!」
 一瞬、コーヒーを吹き出しそうになりながらも冥月は耐え、少し引きつり笑いを浮かべて香里亜を見る。
「あ、ああ……香里亜が撮ってもらうといいだろう」
「冥月さんも一緒にですよ。どの衣装がいいかなー、冥月さんのも選んじゃいますね」
「なっ!」
 逃げたい。
 逃げ出してしまいたい。
 だが、今日は何でも付き合うと言ったのだから、最後まで付き合ってやろう。
 香里亜は青いワンピースにエプロンドレス、冥月は中近東風の衣装で写真を撮ったが、それは香里亜と知り合ってから、一番恥ずかしいお願いだったわけで……。

「あー、面白かった。あ、もうヘアバンド取らないと」
 夕方までたっぷり香里亜は楽しみ、遊園地のゲートを抜けた。夜にもパレードがあるようだが、それは次に来るときのお楽しみにするらしい。
 取りあえずヘアバンドを取り、冥月は香里亜に向かいこう言う。
「少し私の用に付合ってくれ。六月が誕生日だよな、誕生石を贈るから下見……いや、注文に行こう」
「ほえ?」
 今度は香里亜がびっくりする番だ。冥月は香里亜の手を引き、ニヤッと笑い歩いていく。
 色々解釈はあるが、六月の誕生石はパールとムーンストーン、アレキサンドライトなどが有名だろう。高級そうな宝石店に入り、冥月は六月の誕生石を使ったデザインの物を色々と見せてもらう。
「うわー、見てるだけでクラクラしそうですね」
 香里亜はそう言っているが、何だかどのデザインも面白味に欠ける。出来れば豪華でありながらも可愛らしく、引き立てるようなデザインの物を。店員を呼び、冥月はあっさりとこう言った。
「すまない。オリジナルで作ってくれ。六月の誕生石と……そういえば何日生まれだ?」
「へ?十一日……」
「ならその誕生石や星座石も含めて、全種類の宝石をふんだんに使った豪華な指輪とネックレスと……イヤリングもだ。デザインは任せるがこの娘に似合う様に、それとネックレスの中心には世界最大級の真珠を据えてくれ。値段はこれ位で」
 懐の影から電卓を出し店員に見せると、店員が少し怯んだように目を丸くし「少々お待ち下さいませ。ただいま店長を呼んでまいります」と、慌てて奥へ下がっていく。
「冥月さん、いくらって言ったんですか?」
 ぴょんと飛び上がって電卓を見ようとする香里亜を避け、冥月はふっと笑う。こういう時は、値段を見せない方がいい。元よりたくさん金があっても使うこともないのだから、プレゼントぐらい派手に行かなくては。
「秘密だ」
「みみみ、冥月さん?流石にそれはもらえないです……身分不相応です」
 そう言うとは思っていた。だが、香里亜の弱点を知っている冥月は慌てない。黙って肩を落とし、少し悲しげにこう言ってみせる。
「私からの誕生日プレゼントはもらってくれないのか?」
「うっ……」
 これが香里亜の弱点。さらに溜息などつけば、効果は満点だ。
「あうう〜……わ、分かりました。誕生日プレゼントとして頂きます。でも、心臓に悪いので、次は身の丈にあったもので……」
 そう言われても、その時は何か別の物を考える気満々なのだが。冥月は、緊張して顔を手でパタパタ扇ぐ香里亜の頭をくしゃっと撫でる。
「皆の前では渡し難いからこっそり贈ろう。誕生日を楽しみにしてろよ」
「ちょっと怖いですけど、楽しみにしてます」
 これで、お姫様の格好で撮った記念写真とおあいこだ。むしろ、まだあっちの方がきつい。
 次は何をしてびっくりさせようか。誕生日の日が楽しみだ。
 その日のことを考えながら、冥月は香里亜に見えないようにそっと不敵に笑った。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
香里亜状況一年をお祝いして頂けると言うことで、色々とやりたい放題お願いさせて頂きました。基本的に冥月さんは賭け事はしないそうですが、一度だけパチンコにお付き合いしてもらっています。でももう二度とやらないでしょう…香里亜としては別の意味で怖い場所だったようです。
お姫様の衣装で記念写真は嫌がったり恥ずかしがりつつも、頑張って付き合ってくれるのが目に浮かびます。
宝石は次に繋がるようですが、ドキドキですね。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またよろしくお願いいたします。