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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


原稿回収大作戦?




 桂は急いでいた。出社時間に遅れると上司である碇麗香女王様…じゃなかった、編集長がお怒りになるからだ。
 故に時間と空間を超えられる、便利極まりない時計の能力を使ったのだ。いつも通り。
「あ、すいませんっ」
 空間に穴を開けて、そこに入ったところで誰かにぶつかる。結構思い切りぶつかったせいで手に持っていた原稿の束がばさばさっと落ちた。
「いや、こっちこそよそ見してましたからねェ。すいません」
 ぶつかった相手は感じのいい青年だった。灰銀の髪に銀の瞳が綺麗だな、と桂は思った。
「ってあぁ! すいませんボク急いでるんで、失礼しますー!」
 散らばった原稿をがさがさとかき集め、あわあわしながら一礼し、桂は走ってその空間を抜けたのだった。
 ……数枚の原稿が青年の足元に残っていたのにも気づかずに。


「あ、あれ?」
 アトラス編集部の自分のデスクで原稿をチェックしていた桂は引きつった声を漏らした。
 ……足りない。どう考えても足りない。今日提出の原稿が。
「な、なんで…? ちゃんと昨日枚数チェックしたのに」
 いつ無くしたのか、と考えてみる。そして答えに行き着いた。
「あ! あの人にぶつかったとき…?」
 そのときしか思い浮かばない。…しかしあれは自分の創った通路の中だった。もう穴は閉じているだろうが、ぶつかった人が拾っておいてくれているかもしれない。しかし問題はその人が誰かさっぱりわからないと言うことで。
「うぅ…書き直す時間はないし…」
 この原稿以外にも出さなければいけないものはある。そんな時間は取れない。
 やっぱり探しに行くしかないかと結論付け、さて誰に手伝ってもらおうかと考えるのだった。

◆ ◇ ◆

「それで、私に白羽の矢を立てたと言うわけか」
 編集部に資料を漁りに来たところを桂に捕まった黒冥月は、事情を聞き嘆息してそう言った。
「冥月さん顔広いですよね。心当たりとかありませんか?」
(銀髪に銀の瞳、ついでにこいつの創る空間に出入りできる奴、か…)
 考え、思い浮かぶのはただ一人。
 いつでも薄っぺらい笑みを浮かべて飄々としている――吉良ハヅキという男。
(明よりはマシだろうが…)
 興信所で会って以来、時折顔をあわせるようになった日向明。『トラブル』を感知する能力を持つが、むしろトラブルを呼び寄せる能力があるのではないかと疑いたくなるような目に散々合わされた。しかも厄介事を引っ掻き回すだけ引っ掻き回してだけいつの間にか居なくなっていたりするのだから性質が悪い。
 経験上、明よりは吉良の方がまだマシだと思うが。
(しかし、進んで会いたい奴でもない)
 厄介事を持ち込むことに関しては、吉良は明にも引けをとらない。何を考えているのだわからないという点でもあまり関わり合いたくない。
「多分、お前がぶつかったという奴は知り合いだ」
 とりあえず告げれば、桂はぱぁっと顔を輝かせた。
「本当ですか!?」
 あまりに喜ぶものだから、協力しないとは言い出しづらい。
 断るか否か、心の中で葛藤する。
 ちらりと時計を見た桂が青ざめた。
「うわぁ、早くしないと他の原稿書く時間がなくなる…!」
 わたわたと机を片付け始める桂。
「あの、冥月さん。その人のところに連れてってもらえませんか?」
 困り顔で言われ――放っておくのも気が引けて。
「仕方ないな。…後で資料探し手伝え」
 結局、承諾するのだった。

  ◆

(……やはり無理か)
 自身の影内の亜空間から吉良が居るだろう『狭間』へと空間を繋げ、桂とともにそこへ降り立った。
 普通なら面識のある相手は影の形からその居所を知ることが出来るが、吉良の存在は探せない。
 影がないわけではない。ただ、見つけられない。
(『世界とのつながりが薄い』か。なるほどな、こういうことか)
 以前ちらりと聞いたことが頭を過ぎる。聞いたときはいまいちよくわからなかったが…。
 つまりは、存在が希薄なのだろう。理由はわからないし、もしかしたら吉良本人も知らない可能性もある。様々な者たちが集う東京なのだから、そういう存在だって居るだろう。
 頭を切り替えて口を開く。
「恐らくここに居ると思うんだが…詳しい場所まではわからないな。地道に探すか」
「その前に降ろしてくださいよ冥月さん…」
 歩き出そうとした冥月に桂が言う。
 移動の際に首根っこを掴まれそのままだったのだ。
「あぁすまない。忘れていた」
 どうしたら自分の手にかかる人一人分の負荷を忘れられるのかは疑問だが、とりあえず降ろしてもらえた桂はほっと一息ついた。
「とりあえず歩いてみればどこかに着きますよね?」
「……どうだろうな」
「不安になるようなこと言わないでください…」
 ただでさえ足元に地面があるかもわからないような真っ暗な空間だというのに、そう言われては永遠にここから出られないような気がしてしまう。
「この空間の外になら出られる。心配するな」
 不安げな桂に向かって不敵に微笑して、冥月は歩き始めた。

  ◆

「あれ、冥月さんじゃないですか〜。どうしたんですかぁ? 『狭間』に迷い込むタイプの人には見えませんけど実はうっかりぼんやりお間抜けさんだったんですか?」
 突如空間に響いた声――それは出来るならば聞きたくなかった声で。
 冥月は声の主の姿を目に入れることもなく強い口調で言った。
「失せろ」
「うわぁ、酷いですぅ。なんでそんなに邪険にするんですかぁ」
「胸に手を当ててよく考えろ」
 すたすたすたすた。
 足を止めることなく進もうとする冥月と、それに戸惑いつつも小走りでついていく桂。
 2人の前にひょいと現れたのは、まさしく声の主――日向明。
「えい」
 気の抜ける掛け声とともに明が手を伸ばしたのは、冥月の胸で。
「……っ!」
 予測不可能だったそれを何とか避けた冥月は、流れるような動作で明の腕を掴み、そのまま影内の亜空間へと投げ飛ばした。
「…………」
 眉間に皺を寄せつつ再び歩き出す。
 桂はびくびくしつつ冥月の後をついて歩く。
 そしてまた、声が。
「何するんですかぁ」
 冥月たちの頭上の空間を割って降り立った明に、冥月の眉間の皺はさらに深くなる。
「当然の仕打ちだ。むしろ生温いくらいだな」
「『胸に手を当てて』って冥月さんが言うからやろうとしただけじゃないですか〜」
「そんなお約束な行動をとるな!」
 わかっててやっているだろうから性質が悪い。
 予測がつくようでつかない行動をとるから厄介なのだ。
 あぁ、だから会いたくなかったのに。
 と、どこからか唐突にぴぃぴぃという鳴き声が聞こえた。
 それは冥月にとって聞き覚えのある――。
「ありゃ、姫様を守るナイトくんのお出ましみたいですねぇ。それじゃボクはこれで〜」
 さっと空間の裂け目に身を滑らせて、明は居なくなった。
 一体何しに来たのか……単にちょっかいをかけに来ただけのような気もする。
 明と入れ替わるように現れたのは、水色のひよこ……のような生物。
 それは冥月の腕の中に飛び込むと同時、ぽん、と軽い音を立てて空色の髪の子供へと変化する。
「うー、と。ひさしぶり?」
 ことりと首を傾げつつ、クライア。
「ああ、久しぶりだな。いい子にしてたか?」
「いいこ、してた」
「よし」
 ぐりぐりと頭を撫でてやる。クライアは満面の笑顔できゃっきゃと声をあげる。
「その子は…?」
 不思議そうに冥月とクライアを見遣る桂に向き直り、簡潔に紹介する。
「名前はクライア。前に吉良――ああ、お前とぶつかった奴だ――が興信所に連れて来たことがあってな。一体どういう生き物なのかは知らないが、まぁ懐かれている」
 冥月に抱っこされている状態のクライアは、じいっと桂を見つめ、にぱっと笑った。
 桂もつられて笑い返す。
「そうだ。クライア、吉良の居所知らないか?」
 勝手に世界を渡ったとは考えづらい。吉良がクライアを狭間につれてきたのではないかと思い、そう訊ねれば、案の定クライアは頷いた。
「しってる。さっきいっしょ、いた」
「じゃあ、連れて行ってくれるか?」
「ん。こっち」
 ぽて、と冥月の腕から抜け出し、ててて、とある方向に向かって走り出すクライア。とはいえ冥月たちにとっては歩く速さと同等だったが。
 ともかく、クライアの道案内で冥月たちは先に進むことと相成ったのだった。

◆ ◇ ◆

「おや、珍しいお客さまですねェ」
 辿りついた先――何故だか普通の住居のようになっている空間に、吉良は居た。
「冥月サンはともかく、そっちのヒトは…」
 冥月とクライアに目を遣り、次いで桂を見た吉良は、不自然に言葉を切った。
「あァ、そういや今朝ぶつかったヒトじゃないですか。その節はすいませんでしたねェ。で、慰謝料でもふんだくりに来ましたか?」
 そうでないことを知っているだろうに、あえてそう問う性格の捻じ曲がり具合が吉良らしいと言えば吉良らしい。
「いえ、そうじゃなくて……あの、ぶつかったときにボク何か落としていきませんでしたか? それを訊きたくて」
「落し物、ねェ? ……ま、ホントに困ってるみたいですしねェ」
 意味深に笑って、吉良は何の気なしに空間の裂け目に手を突っ込んだ。
 そしてそこから引き出された手には数枚の紙が。
「これでいいですかねェ?」
 差し出された紙を受け取った桂はそれを確認し、ほっと安堵の息をつく。
「はい、これです! ありがとうございますっ!」
「や、礼はいいですよ。届けなかった俺も悪かったですしねェ」
 いつ見ても薄っぺらな笑みだ、と思いながら、冥月はじゃれてくるクライアを構ってやる。
「ねーちゃ、あそぼ?」
「……『ねーちゃ』とは私のことか?」
 こくりと頷くクライア。
 恐らくもとは「姉ちゃん」なのだろうが……なんというか呼ばれ慣れない故にむずがゆい気持ちになる。
「まぁいいか。……そうだな、いい子にしてたみたいだし、今日は思い切り遊んでやろう」
 口元に笑みを浮かべ、冥月はクライアを抱き上げた。
 そしてクライアが疲れて眠るまで、『狭間』で遊び倒したのだった――。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、黒様。ライターの遊月です。
 「原稿回収大作戦?」ご参加ありがとうございました。毎度ありがとうございます!
 お届けが遅れまして申し訳ありません…。その分いいものになっていれば良いのですが。

 プレイングにクライア登場が書かれていましたので、出させていただきました!
 最後の方はもう、桂とか吉良とか放ってクライアと遊びに…。きっと資料探しは次の日に持ち越したのだと。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。ご縁がありましたらまたご参加ください。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました