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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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自動人形は発条猫の夢を見るか? 第二幕【 Bifronte 】
◆ 追われる青年 ◆
―― キリキリキリトンキリキリトン
どこまでも、どこまでも、追いかけてくる螺子の音。
―― トテチテトテチテトテチテタン
いつまでも、いつまでも、追いかけてくる歯車の音。
―― チクタクチクタクチクタクテン
逃げても、逃げても、追って来て、最後にボクは捕まって
―― キリキリチクタクトテチテタン
ボクはアイツの夢を見る。アイツはボクの夢を見る。
†††
「はぁぁぁ……どうしたもんかねぇ」
アンティークショップ・レンの店内に響き渡る盛大な溜息ひとつ。
溜息の主は、言うまでもなくこの店の女主人、碧摩・蓮である。
「どうしたんですか? 朝から溜息なんかついて」
そんな蓮の様子を心配して声を掛けてきたのは、金髪に青い瞳が印象的な若い女。
彼女の名はフィリオラ。
美しい外見は美女と呼ぶに相応しいものなのだが……正確に言えば『人間』ではない。
とある事件を経て、アンティークショップ・レンに居候するコトになった自動人形だ。
「ああ、いやね……このあたりも最近物騒になったなぁ、って思ってさ」
蓮はそう言うと、テーブルの上に広げた新聞に目を落とし……また、溜息をひとつ。
新聞の一面を飾る見出しには、こう書かれている。
―― 止まらない凶行。5人目の犠牲者 ――
今月に入って既に3人。前の月に発生した同一犯のものと思われる事件を含めて5人。
この短い期間に発生した連続猟奇殺人事件に、新聞もテレビも最近はこの事件一色。
無責任なメディアは『切り裂きジャックの再来』などと言って積極的に煽り立てる始末。
そんな過熱する報道の中で、東京に暮らす人々の間には、
『自分がいつ被害者になってもおかしくない』そんな漠然とした不安が蔓延していた。
しかし、それがどんな凶悪な事件でも、単なる殺人事件なら蓮が思い悩むことなどない。
(まさか、こんな厄介なコトになるなんてねぇ……)
蓮が頭を悩ませる理由は他にあった。
生きたまま解剖し臓器や体組織を持ち去る。そんな惨い方法で殺された5人の女性。
常軌を逸した殺害方法。警察が血眼で捜して証拠のカケラすら見つかってはいない。
そんな不気味な事件の犯人に、蓮はひとつだけ心当たりがあった。それは……
「ん、どうしました? 私の顔に、なんかついてます?」
自分を見つめる蓮の視線に気付いたフィリオラが、掃除する手を止め振り返る。
あんた、何かこの事件について感じるところはないかい?
意を決した蓮がそう訊ねようとした……その時だった。
「た、たた、助けてくださいッッ!!!」
ドアベルを乱暴にガラガラと鳴らし、1人の青年が店に飛び込んできた。
◆ 骨董店に集う人と人形 ◆
「とりあえず……みんな、よく集まってくれたね」
今回の事件を聞きつけて、或いは蓮が協力を頼んで、アンティークショップ・レンに集まった面々の顔を、蓮はぐるりと見回した。
「なに、大したことじゃあありませんよ。今回の事件には僕も個人的に興味がありますし」
そう言って、ハハハと少々場にそぐわぬ感じの笑いを上げるのは、いわゆる「魔法使い」を髣髴とさせる衣装を身に纏った少年。自称「魔法少年レイ」こと、千石・霊祠。
「ま、私もどっちかってーと私的好奇心で首突っ込む訳だし、お礼なんて必要ないわよ」
そんな霊祠に同調してそう言葉を続けるのはセーラー服姿の女性の名前は藤田・あやこ。
日頃から様々な先端技術・軍用技術の研究を行なうあやこも霊祠と同じく事件を起こす「人形」に興味を持ったのだ。
「ま、これも仕事。蓮直々の頼みって言うんじゃ断れないし、ね」
「このところの連続殺人事件。わたくしも気になっていましたから……」
篠原・美沙姫とササキビ・クミノ。以前、今回と同じ人形がらみの事件の解決を蓮に依頼されたことのある二人があとに続く。
あともう一人。今回の事件に協力を申し出てくれた女性がいるのだが、彼女はいまその堪能な語学力を活かしてレンの店に駆け込んできた自称イタリア人青年の相手をしてもらっている。
もちろん、ただ相手をして貰っているだけではない。母国語の通じる相手ならば青年も落ち着いて話しが出来るだろうし、そうすれば何か新たな情報も得られるのではないかと考えてのことだった。
「まぁ、今の段階じゃあ、いかんせん情報が少なすぎだよ。とりあえず皆には事件の手掛かりになりそうな情報、何でも良いから当たってみてくれないかい?」
突然「助けてください」と店に飛び込んできて、人形に命を狙われていると言う青年。
女性ばかりを狙い猟奇的な犯行を続ける、巷を騒がす連続殺人犯。
「任せてください。そんな悪い人形には私がガツーンと言ってあげますから!」
蓮の言葉に素っ頓狂な返事を返して胸を張る女。
フィリオラという名の、一見すると普通の人間にしか見えない彼女が、実は人を模して作られた人形であると云う事実。
そして、彼女が蓮のもとへやってきたその日に起きたあの事件。
蓮には『人形』という言葉を核に、すべてが繋がっているように思えてならなかった。
いまは亡き天才人形作家、マノン・カーターが遺した自動人形を核にして……。
◆ それぞれの思惑 〜美沙姫〜 ◆
「その節は、本ッ当に失礼を致しました」
そう言って、美沙姫は深々と頭を下げる。
まずは情報の収集を。蓮にそう言われ各々が事件解決に向けて動き出した中、美沙姫が真っ先に向かったのは、とある事件をきっかけに蓮の店に居候することになった自動人形、フィリオラの所だった。
フィリオラが蓮の元に身を寄せるきっかけとなった事件に美沙姫は深く関わり、誤解から刃を交える。そんな事があったのだ。
「え、あ、その……いいんですよ、私ってばあの時のこと全然覚えてないんですから」
しかし、美沙姫の謝罪の言葉に当のフィリオラは困惑するばかり。わたわたと少し焦った風に手を振って、頭を垂れる美沙姫に「顔を上げてください」と声を掛ける。
いえ、そう言う訳には。もう気にしてませんから。
そんな押し問答を数分に渡って続けてから、ようやく「おあいこ」ということで話をつけ、美沙姫はことの本題に入った。
「今回の、その……ティミード様、ですか? この方を狙っているという人形について、フィリオラ様は何か心当たりは御座いませんか?」
美沙姫が考えたのは、ティミード青年を追ってくるという人形の特徴だった。
人間と区別できないほど精巧に作られた人形が、そう何体もあるとは思えない。
もしかすると『それ』は、このフィリオラと同じ出自、或いは同系のものではないか。
「うう、ごめんなさい。私、昔のこととか他の人形さんのこととか全然覚えてないんです」
しかし、フィリオラはそう言うと「すいません、お役に立てなくて」と言って頭を下げた。
以前の事件で得た情報から何か関わりがあるのでは……と思ったのだが、どうやら彼女から新たな情報は掴めそうにない。
「そうですか……、判りました。大丈夫です、そんなに気にしないで下さい」
役に立てなかった、と落ち込むフィリオラに励ましの言葉を掛けて、美沙姫はその場を後にする。
気になることは他にもあった。
(ティミード様は一体どうやって人形と人間を見分けたのか。それ以前に、蓮様が言うように連続殺人事件と今回の人形に関わりがあるなら、なぜ男性のティミード様が狙われるのでしょう……)
しかし、こればかりは一人で考えていても答えは出ない。……ならば、本人に直接聞きに行けば良い。
(まさかとは、思いますけど……ね)
胸に浮かんだ疑念と推理。その真実を確かめるため、美沙姫はティミード青年の元に向かうのだった。
◆ それぞれの思惑 〜あやこ・クミノ〜 ◆
「やっぱり……ね」
手にした携帯端末に送られてきたメールの内容を確認しながら、クミノはポツリと呟いた。
「どうしたの? なにが、やっぱり、なワケ?」
そして、それをクミノの頭の上から覗き込むようにしながら訊ねるあやこ。
青年を追う人形とはいったい何者なのか。その目的は。青年はなぜ人形に追われねばならないのか。
気になることは色々あったが、その人形とやらの存在すらまだ確認出来ていない今の段階で出来ることなど限られている。
そう考えたあやことクミノは、まずティミード青年の身元を当たるところから捜査を始めたのだったが……
「見て、これ。いきなりビンゴ」
そう言ってクミノが差し出した携帯端末のディスプレイに表示されていたのは、ディミード青年が何時・何処で、どんな親の元に生まれ、どのような少年時代を過ごし、どんな学校に入り……などと言った個人データ。
他にも彼が籍を置く大学の学生証や運転免許証、パスポートなどの写しが並んでいる。
「……これが、どうしたの?」
しかし、あやこにはそれの何が「ビンゴ」なのかイマイチよく判らない。
その経歴に特に怪しいところはなく、犯罪暦もゼロ。どこから見ても彼がただの一般市民である、とその情報は告げていた。
「確かに。表向きは完璧。サラッと眺めただけなら判らない。けど……」
首を傾げるあやこの前で、クミノは携帯端末を操作する。
するとどうだ、画面上に表示されたデータが次々と真っ白に変化していくではないか。
「これって!?」
驚きに息を呑むあやこ。淡々と端末の操作を続けるクミノ。そして、ほどなくして、
「このとおり、真っ白。ディミードさんとか言う、あの人の経歴は全部キズあり、簡単に言えば全部偽造。入国記録どころか本国の戸籍データすら改竄されてる」
彼が何事か隠しているであろうことは薄々感づいていた。恐らく蓮も気付いてはいるだろう。だがまさか、これほどとは……
その素性と人間関係を調べれば何か判るかもしれない。そう考えて調べてみれば、まさに瓢箪から駒とも言うべき結果。
「うっわぁ〜、もしかして、一気に雲行きアヤしくなってきた……ってコト?」
「普通なら、依頼人の言葉を信じて事に当たるんだろうけど、今回は別。用心しておいた方が、良さそう」
今後の困難を想像して不安そうな表情を浮かべるあやこ、淡々と事実のみを告げるクミノ。
ティミードと名乗る過去のない青年と、それを追う人形。
どうやら。あやこやクミノが想像する以上に、事件は複雑怪奇な方向に向かいつつあるようだった。
◆ それぞれの思惑 〜シュライン〜 ◆
「へぇ、それじゃあ、あんたの名前は『恥ずかしがりや』って意味なんだ。私はてっきり『神経質な』って意味だと思ったんだけど、たしかにそう考えると……なんだかカワイイ名前だね」
アンティークショップ・レンの一室。普段は使われることもない客間のベッドの前に、流暢なイタリア語で談笑する青年と女性の姿があった。
ベッドに腰掛け頬を赤らめている青年の名はティミード。恐慌状態で蓮の店に助けを求めて飛び込んできた青年その人。
もう一方の、青年の母国語で優しく宥めるように話しかけている女性はシュライン・エマ。
今回の騒動を聞きつけて駆けつけてくれた協力者の一人だった。
「いや、それにしても驚きました。まさかこんなにイタリア語の上手な人がいるなんて」
シュラインの思惑が当たったのか、ティミードの様子は最初のころから比べると随分穏やかになってきている。
(心音は……うん、平常。どうやら恐慌状態は脱したか)
だが、そんな風に取り留めのない会話を続けながら、シュラインは内心様々なことを考えていた。
その優れた聴覚でティミード青年の心音などからその心理を推理し、会話に交えて向ける視線の端々で身体を確認する。
しかし、そうやって調べては見たもののイマイチ状況はパッとしない。
人間を遙かに超えた運動能力を有する人形に追い回され命を狙われたにも関わらず無傷なのは如何にも妙だ……と思ったが、注意深く観察してみれば、服に覆われて外部に露出していない部分には打撲傷が多々見られた。
時折、怪我した部位を庇ってみせたり痛がってみせたりするのも嘘ではないようだ。
(外面的には異常なし……か。でも)
だが、気になる点はまだあった。
人形に追われていると言う青年が助けを求めて飛び込んだ場所が、同じような人形、フィリオラが身を寄せる蓮の店だったということ。偶然と言ってしまえばそれまでだろうが、その一言で片付けてしまうには余りに不自然。
「ねぇ、話は変わるけど、あんたどうしてこの店に……アンティークショップ・レンに駆け込んだのかしら? 命を狙われてるって言うなら、普通真っ先に行く場所は警察だと思うんだけど」
シュラインは意を結してそれを訊ねてみることにした。虎穴に入らずんば虎子を得ず。
「さぁ……。言われてみれば、どうしてでしょうね? あはは、ボクにもよく判りません」
だが、ティミード青年から帰ってきたのは、ある意味予想通りの答え。
深い理由などは特になく、逃げている最中に偶然目に付いた店に飛び込んだ。ティミード青年はそう答えた。
「そっか……。いや、悪かったね、ヘンなこと訊いて。じゃあ、後のことは私たちに任せて、あんたは少し休みなさい」
これ以上ここに居ても得られるものはありそうにない。
ティミード青年の返事からそう察したシュラインは、最後にそう告げてその部屋を辞した。
彼がもし嘘をついていれば、心音の微妙な変化でそれを察する事が出来る。
だが、青年の心音は一貫して安定。嘘をついているような気配は微塵もなかった。
「……ホント、難しい。これは一度、皆のところに戻って情報の再確認をしたほうが良さそうね」
部屋を出たシュラインは誰に言うでもなくそう呟くと、蓮が待つ店のホールへその足を向けた。
◆ それぞれの思惑 〜霊祠〜 ◆
アンティークショップ・レンの扉を出てすぐ、一年中どんよりとした風でさえある東京の空の下。
―― カァ、カァ!
「ふぅん、なるほど、そうですか。ありがとう、ご苦労様。それじゃあ引き続き二人の監視、よろしく頼みますね」
そこに、眼前に掲げた自らの腕に止まって鳴くカラスを相手に、まるで会話をするかのように呟く一人の少年、千石・霊祠の姿があった。
普通に考えれば、鳥と人間が会話を行なうなど馬鹿げた話だが、少年の手に止まるカラスもまた、少年の言葉を理解したかのように小さく頷くと、カァと一声鳴いて空へ飛び立っていった。
「ティミードさんの方に変わった様子はなし、か」
少年は、たったいま使い魔のカラスから受けた報告を口に出して反芻する。
今回の事件。死霊術師としての抱いた人形への興味から協力を申し出てはみたが、事の経緯を聞けば聞くほど奇妙な点・疑問点ばかりが霊祠の頭に浮かんできた。
人間を超えた能力を有する人形を相手にして、青年は一体どうやって逃げおおせたのか。
外見からはそれと判別不能な人形を、一体どうやって見分けたのか、など。
霊祠はそれらの疑問点を解決するため、使い魔のカラスを使ってティミードとついでにフィリオラの監視させていた。
だが、ティミードの方からは特に目新しい情報はまだ得られていない。
蓮の店の一室で身体を休めながらシュラインと会話をし、その後に部屋を訪れた美沙姫とも何事か話をしていたようだが、その内容に不審な点は見られなかった。
部屋の窓からその様子を監視する使い魔のカラスを介して、霊祠が得意とする死霊術でティミードの身体を調べてみたが、体中から溢れる命の気配、心臓の鼓動や全身を巡る血流が生み出す生気が、彼が間違いなく人間であることを告げていた。
「まいりました。新しい手掛かりはゼロ、これじゃあ動きようがありませんね」
困ったようにそう呟いて、口元に手を当て考え込む霊祠。
カラスの報告に拠れば、ティミードはいまシュラインや美沙姫との会話に疲れたのか、ベッドで寝息を立てているという。
突拍子もない話だが、このティミードと言う青年自身が、フィリオラと同じ人間を模して作られた人形なのではとも思った。
だが、死霊術による検査の結果はシロ。そもそも寝息を立てて眠る人形なんて、霊祠は今まで見た事も聞いた事もない。
「しょうがないですね。結局、事が動くまでは今ある情報を精査して待つくらいしか出来ないようです」
それが、霊祠の出した結論。とりあえず他のみんなと合流して情報の再確認に務めよう。
そう考えて、霊祠はアンティークショップ・レンの店内に戻るのだった。
◆ それぞれの思惑 〜蓮〜 ◆
「それじゃあ、ここらでひとつ今ある情報を確認してみようかね」
店の真ん中に設えられた年代物のテーブルに、部屋で眠っているティミードを除く全員が揃ったことを確認して蓮が口を開いた。
何事か対策を立てようにも情報が少なすぎる。蓮自身もそれは判っていた。だからこそ、集まってくれた皆にどんな方法でも良い、何か手掛かりになるような新たな情報を見つけて欲しかったのだ。
しかし、現実は厳しいもので、そんな重要な情報、そうホイホイと手に入るものではない。
それは、集まった皆の顔を見れば一目瞭然だった。そんな中、
「ティミードさんとか言うあの人の経歴。私と藤田さんで調べてみたんだけど……」
クミノがそう言って自分たちの調査結果を記した資料を皆に配る。
蓮、美沙姫、霊祠、そしてシュライン。その資料を確認し内容を理解すると、皆一様に驚きの息を漏らした。
「ご覧の通り、真っ黒……って言うか、真っ白?」
クミノの言葉を引き継いであやこが告げる。
彼の経歴はすべて嘘っぱち、ティミードと言う人間の存在を裏付ける資料はこの世の何処にも存在しない、と。
「……何かしら隠し事や嘘の類があるとは思っていたけど、まさか存在自体がペテンだったなんてねぇ」
心中の驚愕を誤魔化すように蓮が煙管を燻らせる。
命を狙われている、と助けを求めて駆け込んで来た、この世に存在しないはずの青年。
そうなってくると、あるひとつの考え、と言うか予測が、俄然真実味を帯びてくる。即ち、
「ディミード様ご自身が、人形……若しくはそれに類する関係者、ってことですか?」
もし彼が何者かによって作られた人形であるとすれば、戸籍などあるはずがない。あったとしてもそれはすべて偽造。
若しくは、彼は人形を使って何事かを企む人間であり、自ら己の経歴を抹消・偽造し偽物の人生を生きていると言う説。
どちらにせよ、その経歴が不明と言う時点で、彼が人形とは無関係の単なる被害者という可能性は限りなくゼロに近い。
「蓮さん、ひとつ聞きたいのだけれど……連続殺人事件の犯人はカーター作の人形が犯人、そう考えて良いのよね?」
シュラインのその問いに、蓮は頷きを以って返す。
先の事件で得た情報、数々の状況証拠、フィリオラの無自覚記憶領域に残されていた犯行の映像。そのすべてが「フィリオラ以外の自動人形」の存在を、そいつが巷を騒がす連続猟奇殺人の犯人だということを示していた。
「そう、それじゃあもうひとつ。マノン・カーターが残した最終作品。蓮さんが判る限りで良いわ、それは全部で何体?」
訊ねるシュラインの視線が蓮に突き刺さる。他の4人の視線もまた同様。
「マノン・カーターが遺した最後の自動人形。その数は、そこに居るフィリオラを含めて全部で八体」
一番目(Primo)から八番目(Ottavo)まで、番号ごとにそれぞれ異なるテーマを与えられ作られた自動人形。
現在その所在が確認されているのは僅かに一体。三番目(Terzo)のフィリオラだけ。
「彼がいったい何者なのかは判りませんが、カーターの遺した人形が事件の鍵になっているのは、間違い無いようですね」
税陰が俯き、何事か考え込む中、霊祠の呟いたその言葉だけは誰も否定できない間違いのないことだった。
◆ それぞれの思惑 〜???〜 ◆
ビルとビルの向こうに沈みゆく太陽の射光を背に受けながら、ゆっくりと歩く一人の青年。
その顔はまるで人形の様な無表情で、彼がいったい何を思い、何処へ向かって歩いているのか、それを推し量ることは出来ない。
―― ぴたり。
不意に、青年の足が止まる。
昼の青と夕の赤が混ざり合った紫色の空をほんの一瞬だけ見上げて、すぐに視線を落とす。
もうすぐ、夜が来る。果たして自分は間に合うだろうか。そんな考えが脳裏を過ぎる。
掌を持ち上げ、胸の前で握る。まるで油の切れた機械の様なぎこちないその動作は、この身体に残された時間があと僅かしかないことを告げていた。
―― に゛やあ
まるで自分を先導するように前を歩く青灰色の猫が、夕日の色にも似た黄金の瞳で青年を睨み、低い声でなく。
その途端、体の中に燻っていたぎこちなさが消える。今夜が峠だろうなと、そんな自覚が胸の内に沸く。
―― ならば今晩の内に蹴りをつけるまで。あの『臆病者』に、これ以上、凶行を続けさせてなるものか。
前を歩く青灰色の猫に導かれて、青年は再びその歩を刻み始める。
◆ Bifronte ◆
―― なぁ、いったいドコまで逃げる気だい? ドコまで逃げてもムダなのに。
ソイツはボクに問い掛ける。『部屋』の隅でソイツの影に怯えて縮こまるボクを、まるで嘲笑うかのように。
―― どこまでだって? そんなのは決まってる。何処かオマエの手が届かない所まで、さ。
震える声でボクは答える。だけど、ボクはその答えが実現不可能な馬鹿げた者だってコトを誰よりも理解している。
どんなに必死に走っても、どんなに上手く隠れても、ソイツは必ずボクを見つけて捕まえることが出来るからだ。
―― おいおい、そんなつれないこと言うなよ。オレとオマエの仲じゃないか。
今度はケタケタと耳障りな声を上げて哂いながら道化て見せる。
ボクが決して逃げられないことは、コイツも理解している。いや、それ以上にコイツはボク以上にボクのことを知っている。
考えるだけで吐き気がしそうなほど忌々しいことだけれど、ボクとコイツは生まれたときからずっと一緒なのだから。
―― うるさいうるさいうるさい! いまに見てろ、いつか必ずオマエから逃げてやる!
ボクは、まるで子供が駄々をこねるような口調でそう言い放ってから、膝を抱えて蹲る。
ソイツは、そんな僕の様子をニヤニヤ笑いを浮かべながらジッと見つめる。
―― 逃げるって、いったいどうやって? 『表』に出たとき、この『部屋』で起きたことを何ひとつ覚えちゃいないオマエが、いったいどうやって?
それは、ボクがコイツから逃れられない理由のひとつ。
ボクが『ここ』でどんなに決意を固めても、どんなに巧妙な作戦を思いついても、目が覚めたボクはそれを一切覚えてない。
―― なぁ、いいかげん諦めて仲良くやろうぜ。太陽と月、昼と夜、男と女、オレとオマエ。それが世の中の仕組みってもんだ。
極めつけに意地の悪い表情を浮かべて、ソイツはボクに言い放つ。それと同時に感じる、上空へ引き上げられる様な感覚。
―― おっと、どうやらお目覚めの時間みたいだな。まぁ、もうすぐ夜(オレの時間)だが、それまでせいぜい足掻くんだな! といっても、何も覚えちゃいねぇオマエには無理な話か。ヒャッハッハ……
上へ上へと引き上げられていくボクを見上げながら、叫ぶようにソイツは哂う。
そしてボクは……『ここ』で起きたすべての事を忘れて、ゆっくりと目を覚ます。
◆ 人形と猫 ◆
「あのぉ、ほんとうに大丈夫なんでしょうか?」
その青年は、老朽化した街灯だけが唯一の光源となってしまっている暗くジメジメした路地裏を歩きながら、それぞれ彼の前と後ろをはさむ様にしてゆっくり歩く女と少年に、オドオドした声でそう訊ねた。
「あなたねぇ、もう少しシャンとしなさいよ。私たちが一体誰のためにこんな薄汚い路地ウロウロしてると思ってるの?」
その言葉に、前を歩く女がくるりと青年のほうを振り返り、少し厳しい口調で返事を返す。
「まぁまぁ、あやこさんも、ティミードさんも、少し静かに、落ち着いてください」
そんな二人を宥めるのは、さっきからずっと、後ろを歩く霊祠の役目。
件の人形を誘き寄せるためティミードにオトリになってもらい、人形が現れたらときは、隠れて様子を窺っている美沙姫とクミノ、フィリオラでその相手をする。
どうしようもない情報不足の中で事態を解決するために考え出された作戦がそれだった。
「ティミードさん、心配なのは分かりますがそんなに怯えないでください。あなたの身は私とあやこさんが守りますから」
そして、ティミードの護衛を担当するのがあやこと霊祠という訳だ。
「って言うかさ、あなた本当に人形に命狙われてるんでしょうね? さっきからずっと人気のないとこブラブラしてるけど、それらしい人も人形も全然出てこないじゃない」
日が暮れたのを確認してから、ティミードとともに人気の無いところ、つまり「襲撃する側にとって都合の良さそうな場所」を歩いて回ったのだが、かれこれ三時間が経過しようというのに、あやこの言うとおり襲撃の「し」の字すら感じられない。
こうまで何も起こらないと、ティミードという青年の経歴の空白は何かの間違いで、人形に命を狙われているというのもただの妄想なんじゃないか。そんな気さえしてくる。あやこ的にはワリと本気で。
しかし、本当にそうだったならどんなに幸せだっただろう。現実とは常に非常なのだ。
あやこは、そして霊祠は、これから暫く後、それを思い知らされることとなる。
「……現れませんね」
ビルの影に身を隠し、気配を殺しながら、美沙姫は小さく呟いた。
「まだまだこれから。私がもし襲う側なら、敢えて襲撃せずに敵の気が緩むのを待つ、なんてこともするから」
その呟きに答えるのは、同じく気配を殺し息を潜め十数メートル先を進むティミードたちの様子を窺うクミノ。
その両手には、いつ襲撃があっても良いよう初弾装填済みの.45口径が握られている。
「でも、あの調子で大丈夫かしら? あんまり騒がしすぎると寄ってくるものも寄ってこない気がするんだけど」
先ほどから数分おきに何事か騒ぎ立てているティミードたちを見てシュラインが呟く。
本当はシュラインもティミードの側に付いて色々と調べたかったのだが、自らオトリ役に志願したあやこと、ティミードの監視を志願した霊祠、それに加えて自分もとなると少々賑やかになりすぎる。
そう思って身を引き、戦闘チームのバックアップを務めることになったのだが、どうやらその必要はなかったようだ。
そうやって標的の人形が現れるのをジッと待つ。それ以外に、こちらからは動きようのない状況。
そして、そんな局面を打ち破ったのは、件の人形でもなければ、ティミードでもなかった。
「あーッ、皆さん見てください。あんなところに!」
暗いビルとビルの狭間に木霊する、場違いなほどに能天気な声。
誰のものかは……言うまでもない。今回の作戦で戦闘チームの一員として同行しているフィリオラの声である。
「ちょっと、フィリオラさん……」
シュラインは半ば呆れたように小さな溜息をひとつ吐くと、そう言ってはしゃぐフィリオラの方に視線を向ける。
出発するときも「夜のお散歩は久しぶりです。なんだかワクワクしますね」などと言っていたから、少し不安だったのだけれど、どうやらその不安は見事的中したようだ。
オトリ役を担っているあやこたちは大目に見たとしても、自分たちは出来る限り目立たないように人形が現れるのを待たなければならないというのに……。
ティミードたちから容易に目を離せない美沙姫やクミノ、この場に居ない蓮に代わって一言注意してやろう。
そう、考えていたはずなのに。フィリオラが声を上げて指さす「それ」を見た瞬間、シュラインは発するべき言葉を失った。
「どうしたんですか、こんなところで? もう晩いんですから一人で居たら危ないですよ」
歩み寄ったフィリオラは何の疑問も抱くことなく、それをヒョイと抱き上げる。
―― うに゛や
それは、本来その種があげるものとは思えない、まるで潰れたカエルのような珍妙な声を上げて、フィリオラに返事を返す。
美しい青灰色の毛並に、人目を引く黄昏色の瞳。
首輪をしていないところを見ると恐らく野良なのだろうが、野良にしては若干太りすぎているような気がする。
それは、ティミードが人形に襲われるとき、まるでその予兆を示すかのように必ずその姿を現したという一匹の猫。
「まさか、ティミードさんの方ではなく、わたくし達の方に!?」
先程の猫の鳴き声でその存在に気付いた美沙姫とクミノもまた、その余りに唐突な出現に戸惑うばかり。
既に件の人形が近くに潜んでいるのではないか。そう考えて、周囲の闇に視線を巡らせる。
だが……
「うわぁぁぁぁぁぁッ!!!」
美沙姫・クミノ・シュライン。三者の注意がその猫に向けられた、まさにその瞬間を狙ったように響くティミードの悲鳴。
「まさか、オトリ!? フィリオラさん、シュラインさん。その猫、逃がさないように捕まえておいて下さい」
その意味を逸早く察したクミノがビルの影から飛び出す。美沙姫も一瞬遅れてそれに続く。
走り去ってゆく二人に頷くシュライン。ただ一人、事態を飲み込めずに頭上にハテナマークを浮かべるフィリオラ。
―― に゛やあ
そんなフィリオラの腕の中で、その猫は再び唸るような鳴き声をあげた。
◆ 対決 ◆
突然、何の前触れもなくビルの影から現れた「そいつ」は、ティミードの姿を視界に認識するや否や、その指の先から鋭利な刃物を生やして襲い掛かってきた。
「……させないッ!」
人間には成し得ない圧倒的な突進速度で迫るそいつの右腕を、二社を結ぶ直線上に割り込んだあやこが受け止める。
肉体の様々な機能を強化する特殊服を着ていたあやこだからこそ間に合ったようなもの。それほどに圧倒的な敵の速度。
―― シャアッ!
だが、応じる事が出来たのは最初の一撃だけ。
右手を受け止めガラ空きになった懐目掛けて繰り出される左手の刃を防ぐ術は、いまのあやこには……ない。
辛うじて回避に成功にはしたものの、上半身部分の強化服は無残にも切り裂かれ、その機能を失ってしまった。
準備万端でコトに臨んでいればこんなこともなかったのだろうが、今回あやこの装備がオトリとして怪しまれないよう、着衣の下に隠し持てるようなサイズの軍用ナイフ一本だったことが災いとなった。
「藤田さん、大丈夫……ではなさそうですね」
ティミードを背中に庇いながら、霊祠は所々肌の露になったあやこを気遣って声を掛ける。
「ははは、ありがと、心配してくれて。でも……次は耐えられそうにないカモ」
更にその二人を庇うようにしてナイフを構えるあやこだったが、その言葉通り、人形の次の突撃を凌ぐ自信は、正直ない。
強化服が切り裂かれその機能を失ったあやこの身体能力は、一般人のそれと大差ない。
それに対して青年の顔をしたその人形は、最初の攻撃を防がれたことに警戒感を持ったのか、あやこたちから少し離れたところに立ち、コチラの様子を窺っている。
あやこの背中と人形の無表情。そんな二人を見つめる霊祠。その顔に浮かぶ焦りの色。
まだ若輩とは言え、霊祠は死霊術の道を極めた一角の術師。だが、その術も魂を持たない人形相手では効果が薄いようで、人形に向けて放った死霊の縛呪は、その悉くが効果を成さず霧散して果てた。
動かぬこちらの様子に好機を悟ったのか、再び人形が地を蹴り、迫る。
「……ッッ!」
その圧倒的な突進速度にあやこが舌打ちする。
一方の霊祠は、アンデッドや魔獣を喚び出しそれに応じさせようとするが、いかんせん時間が足りない。
あやこも霊祠も打つ手なし。繰り出される人形の刃が、このまま二人を捉えるかと思われた、まさにその時。
―― ビュオゥッ!!!
身構える二人の更に後方から放たれた風を切り裂く風の刃が、唸りを上げて迫る人形の足元に着弾、その動きを居着かせる。
「お二人とも、大丈夫ですか?」
「何とか、間に合った……かな」
そして、間を置かずに飛び込んでくる二つの影。待ち望んだその登場に、あやこと霊祠は安堵の息を吐く。
光り輝く杖を構えた女性と.45口径の二丁拳銃で武装した少女。
両手に仕込んだ刃を鳴らす人形の前に立ち塞がるその二人が誰であるかは……言うまでもないだろう。
篠原・美沙姫と、ササキビ・クミノの二人である。
―― ドン、ドン、ドン、ドン、ドンッ!
ビルの狭間に澱成す闇を切り裂く、瞳が灼けつくほどのマズルフラッシュ。
その閃光とともに撃ち出された鉛の塊は、ただひとつの例外もなく人形の身体を捉え、その作り物の身体に穴を穿つ。
対する人形は、その被害を少しでも抑えようと頭の前で腕を十字に組み防御の姿勢を取るが、増量された炸薬によって撃ち出される.45ACPの嵐では無駄な足掻きに過ぎない。
基本的に「弾切れ」という銃器に於ける致命的な欠点を伴わないクミノの攻撃、まさに銃弾の嵐(ブレット・ストーム)と呼ぶに相応しい苛烈なもの。
「清浄なる風の精霊よ。我が願いに応え檻を成し、我が敵を捕らえ給え……」
更に、美沙姫が紡ぐ風の術法『風障檻』によってその動きを封じられ、銃撃を回避することも叶わない。
―― このままでは、機能停止は時間の問題。その前に何とか……。
人形は、十字に構えた腕の隙間からティミードの方に目を向けるが、あやこと霊祠に遮られその姿を確認することも儘ならない。
脳裏に過ぎる『失敗』の文字。
朽ちてゆく身体に魔力を注ぎ、何とか動いてここまで来たが、どうやらもう限界のようだ。
「……これで、おわり」
クミノが持つ銃の照準が額にポイントされるのを感じる。
だが、全身に穴を穿たれ、その穴から水銀を垂れ流す己の身体に、それを遮る力はもう残されていない。
―― マスター・カーター。申し訳、ありません……。私には『彼』を止めることが、出来ませんでした。
そして、撃ち出された銃弾が遅速化した時間の中をゆっくりと迫るのを感じながら、眉間に穴を穿つその瞬間を感じながら、青年は、青年の姿をした人形は、その機能を完全に停止した。
◆ Timido Bifronte di Quarto ◆
呆気なさ過ぎる。あまりにも、呆気なさ過ぎる。
戦いを終えて、動かなくなった人形を見下ろしクミノは思う。
ティミード青年という大きな謎がまだ残っているにせよ、この人形を破壊したことでこの事件は八割がた解決したと見ていい。
だが、本当にそうなのか。あまりにも簡単すぎはしないだろうか。
クミノも、そして美沙姫も、そんな感想を抱かずにはいられなかった。
何故なら、相手にした人形があまりにも弱すぎたから。
以前、フィリオラと刃を交えた事があったが、彼女はもっと速く、もっと硬く、もっと強かった。そんな彼女と比べると、この青年のカタチをした人形が同じカーターの作品とはとてもじゃないが思えない。
だが、とりあえず当面の危険は去った。
あとは、ティミード青年を締め上げるなり何なりして、彼が隠している真実を聞き出せばそれでお仕舞い。
美沙姫も、クミノも、そして後ろに控えるあやこも霊祠も、そう思っていた。
―― さくり。
だが、彼らの安堵は間違いだった。最も危険なものは、いまだ変わらず彼らのすぐ近くに潜んでいたのだ。
「…………え……?」
唐突に、腹部に感じた灼熱に違和感を覚え、あやこは己の腹に視線を落とす。
そこにあったのは……なんだろう。これまでみたことのない銀色に一瞬戸惑い眼を閉じる。
ヘソのあたりから顔を覗かせているコレは、ぬらりと銀色に光るコレは、一体なんだろう。
それを訊ねようと隣に立つ少年に顔を向けると、彼は何故か驚愕の表情を浮かべている。
どうしたの? そう、訊ねようとした瞬間、あやこは言葉に詰まる自分に気付く。
正確には、お腹の奥から込み上げてきた熱い鉄のような味をした何かが喉を満たして、上手く言葉が紡げなかったのだ。
―― ぞぶり。
再び感じた灼熱に視線を腹部に戻すと、そこには先ほどまであった筈の銀色の何かは既になく、代わりに銀色が生えていたその場所から、真っ赤な液体が噴出している。
(あれ……もしかして、これ、血なのかな? もしかして、私ってば、刺された、の?)
己の意思に反して膝からガクリと力が抜け、あやこはそこで意識を失った。
―― ドンッ!
腹から血を流して倒れるあやこを見て、クミノは咄嗟に銃のトリガーをいた。
だが、クミノが狙ったその先に「ソイツ」の姿は既にない。
「藤田さん!」「藤田様ッ!」
地面に倒れて動かないあやこに駆け寄る美沙姫と霊祠。
どうやら命に別状はないようだが、急いで手当てをしなければそれもどうなるか判らない。
「なんだよ、何をそんなに慌ててんだよ。ハラにアナひとつ空いたくらいでよぉ。アンタらだって、今まさに同じようなコトしたバッカじゃねェか。ヒャッヒャッヒャ」
そして、その様子を嘲笑うかのように響く何者かの声。
「それともナニか? 人形だから、人間じゃねェから、アナ空けても良いってか? 随分勝手な言い草だなぁ、オイ。『刀を鳥に加えて、鳥の血に悲しめども、魚に加えて魚の血に悲しまず、声あるものは幸福也』だっけ、確か。この国の偉いさんの言葉だったよなぁ!」
止まらぬ狂笑、止まらぬ狂声。声の主はいったい何者なのか。
三人が、その声の出所を突き止め、視線を向けると、そこに居たのは……
「……ティミード、さん?」
五階建ての雑居ビルの屋上に腰を下ろして美沙姫たちを見下ろすその姿は、服装や髪型などから、今の今まで一緒にいたティミードであると容易に知れた。
だが、その表情は、何をするにもオドオドとしていた彼からは想像もつかない、凶事の愉悦に顔を綻ばす殺人鬼のそれ。
そして、なによりもその右手に生えた禍々しい銀色が、まるで蟹の鋏のような形状をした幅広の刃が、ソイツをティミードであると認識することを拒ませていた。
「そんな! まさかとは、まさかとは思いましたけど……ティミードさんが、人形、だったなんて……」
その姿が表す事実に、ティミードが人間ではなかった事実に、霊祠の顔が驚愕に歪む。
死霊術を使って調べたときは、間違いなく人間だったはずなのに。心臓もあれば肺もある。五臓六腑を備え、生気を放つ人間だったはずなのに。
自分で調べ、自分で確認した霊祠だっただけに、その驚きは格別だった。
「ああ、まんまと騙されてくれたよなぁ。まぁ、それでこそ苦労して集めた甲斐もあったってもんだがなぁ」
そう言って、胸に手を当て、あろうことか開いて見せるティミード。
そこにあったのは、かつて主の元にあったときと変わらぬ状態で鼓動を刻み、全身に血流を送る心の臓。作り物の人形には結して存在しないはずの生きた器官。
どのような外道の魔術がそれを可能とするのか、それは皆目見当も付かなかいが、ティミードの身体の中で、確かにそれは生きていた。
「そうやって、被害者の女の人から奪ったものを使って、人間であることを偽装していた。そう言う訳ですか」
吐き出すように言葉を紡ぐ美沙姫の問いに、ティミードは事も無げに「まぁな」と答える。
「そう怖い顔すんじゃねぇよ。誰もアンタらをバラそうなんて思っちゃいねぇ。まぁ、オレを追いかけまわしてやがった、そのウゼぇ出来損ないをバラしてくれた礼だとでも思ってくれや」
そして、その人形は最後にそう言い放ち、夜の東京に姿を消した。
美沙姫も、クミノも、霊祠も、誰一人としてその後を追おうとはしない。
何よりも今は、負傷したあやこを安全なところに運び、治療を受けさせる事が何より重要な事だと、そう理解していたから。
◆ エピローグ ◆
あやこを病院へ運び終えて、アンティークショップ・レンに戻ってきた美沙姫・クミノ・霊祠・シュライン、そしてフィリオラの5人は、それぞれが何を見て、何を聞き、何を感じたのかを蓮に報告した。
「そうかい。それじゃあ、あのティミードってヤツがカーターの最終作品の一体で、それを追っかけてた人形ってのは、ヤツの凶行を止めようとした誰かが差し向けたモンだった、そう言う訳だね」
持ち寄られた情報を統合し、蓮は今回の事件をそう結論付ける。
「はい、ネコさんはそう言っていましたし、私の勘だとあの猫さんは良い人なので、たぶん間違いないと思います」
その言葉に意味不明の相槌を返すフィリオラと、その横で「お手上げ」のジェスチャーをしてみせるシュライン。
あやこを病院に運んだときまでは確かにフィリオラが抱えていたハズの青灰色のネコは、一同がアンティークショップ・レンへ戻るころには忽然とその姿を消していた。
フィリオラ曰く、やらなきゃいけない事があるから、そう言ってどこかへ行ってしまったのだという。
だが、フィリオラとその猫、ずっと一緒にいたシュラインにしてみれば、二人はただ暢気に遊んでいただけで、猫が言葉を喋ったところだって見ていない。
しかし、ただのフィリオラの勘違いで片付けるには、彼女が「猫から聞いた」と言うその情報はあまりに詳細すぎた。
ティミードがカーターの最終作品ひとつであると言うこと。
その正式名称が『Timido Bifronte di Quarto』であると言うことと、その性能の詳細。
そして、ティミードを追っていた人形の目的。
全てが明らかになった訳ではなかったが、以前に比べれば大分マシになってきたのも事実。
ようやく朧気ではあるが、事件の全体像、その手掛かりらしき物が見えてきた。
「まぁ、ヤツが何のためにウチに来たのか。自分を追ってくる人形を始末する為に利用しただけなのか、それは判らない」
最期に蓮は、全員の顔を見渡して自嘲気味にこう付け加えた。
「ひとつだけ確かなことは、このヤマが、あたしたちの思っている以上に奥が深いってコトだけさ」
■□■ 登場人物 ■□■
整理番号:4607
PC名 :篠原・美沙姫
性別 :女性
年齢 :22歳
職業 :宮小路家メイド長/『使い人』
整理番号:7601
PC名 :藤田・あやこ
性別 :女性
年齢 :24歳
職業 :女子大生
整理番号:7086
PC名 :千石・霊祠
性別 :女性
年齢 :13歳
職業 :中学生
整理番号:1166
PC名 :ササキビ・クミノ
性別 :女性
年齢 :13歳
職業 :殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。
整理番号:0086
PC名 :シュライン・エマ
性別 :女性
年齢 :26歳
職業 :翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
■□■ ライターあとがき ■□■
注:この物語はフィクションであり実在する人物、物品、団体、事件等とは一切関係ありません。
と、言うワケではじめまして、こんばんわ。或いはおはよう御座います、こんにちわ。
この度は『自動人形は発条猫の夢を見るか? 第二幕【 Bifronte 】』への御参加、誠に有難う御座います。担当ライターのウメと申します。
今回もまた「規定文字数4000字? ナニソレ、食えんの?」状態でお届けしております。
アンティークショップレンに飛び込んできた青年と、巷を騒がす連続殺人事件、そして自動人形。
色々とややこしい事件ではありましたが、楽しんでいただけましたでしょうか?
今回の事件を解く最大のヒントは、副題でもある【 Bifronte 】にあった訳ですが、お気付きになられましたでしょうか?
イタリア語で『二面性』を意味するこの言葉が、作中に登場するある人物そのものを表していたんですね。
これに限らず、オープニングで提示するヒントと言うのはナカナカ難しいもので、
一番難しいのは「ドコまで出して良いのか」というサジ加減の微妙さです。
出しすぎても簡単になってつまらないし、かと言って出し渋りすぎれば事件解決が難しくなる。
そういった点も含めてオープニングを作成するのがライターの腕だとは思うんですが……私はまだまだ修行が足りませんね。
篠原さま、前作に引き続いてのご参加ありがとうございます。これからもフィリオラと仲良くしてやってください。
藤田さま、プレイングあまり作中に反映できなくて申し訳ありません。さらに怪我までさせちゃって……
千石さま、魔法少年レイ的、派手な活躍の場はありませんでしたが、お楽しみ頂けましたでしょうか?
ササキビさま、今回は某トドメ役とか色んな意味でキツイ役どころでしたが、如何でしたか?
シュラインさま、さすがに二人の会話内容を伊語で表記することは出来ませんでしたが、そこは勘弁して下さい。
それでは、後書きも含めてケッコーな文量になってしまったので本日のところはこの辺で。
次回はチョッとコミカルな間幕劇(予定)ですので、どうぞお楽しみに。
それでは、また何時の日かお会いできることを願って、有難う御座いました。
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