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<東京怪談・PCゲームノベル>


◆朱夏流転・壱 〜立夏〜◆





(頼まれた品も無事に受け取りましたし、早く帰らなければ…)
 クラシカルなメイド服に身を包んだ一人の女性が、足早に道を歩いていた。
 その女性――篠原美沙姫は、己の仕える屋敷への帰路の途中だった。
 若くしてメイド長となった美沙姫。普段は他のメイドに指示を出す立場だ。だが今回の用事は、奥様の代理として大切な品を受け取ることであったため、自ら赴いた。
 もちろん屋敷を出る前にメイドたちに指示は出してあるが、やはり取りまとめるべき自分がいないとなると、突発的な事態が起きた場合に不安がある。
 故に、彼女は急いでいたのだが…。
「………?」
 ふ、と立ち止まる。
 精霊たちのざわめきを感じる。どこか戸惑うような、不安そうな――。
「どうかしましたか?」
 尋ねてみても、明確な答えは返ってこない。ただ美沙姫に戸惑いを伝えてくるだけ。
 精霊がこのような反応を示すことはあまりない。些か気になり、ざわめきの原因の元へと連れて行ってくれるように頼めば、すぐさま精霊たちはそれに応えた。

  ◆

 精霊たちに先導されて着いたのは、不自然なほど人気のない公園だった。
 不気味な静けさが辺りを包み、燦々と日が照っているというのにどこか肌寒い空気を感じる。
 公園に足を踏み入れた瞬間、曰く言い難い違和感が美沙姫を襲う。それは一瞬で消えたが、早まった鼓動がそれが気のせいではないと告げていた。
(ここが原因だと言うことですけれど、一体何が……)
 思いながら公園内に視線を走らせ――動きを止めた。

 ……男が、居た。

 美沙姫には背を向けている状態のため顔は見えないが、肩甲骨あたりまでの真っ赤な――染めているようには見えない、鮮やかな赤髪がやけに目に付く男だ。
 すらりとした長身にバランスの取れた体つきだが、どこか危うい印象を受ける。
 上空を見上げているその男こそが、精霊たちのざわめきの元なのだと……直感した。
「流れ、巡る季節――『朱夏』の壱」
 男の声が、響く。周囲の空気が――色が、変わる。禍々しい血色に塗り替えられる。
「刻まれし『立夏』の封印を、式の封破士たる我、コウが解かん」
 言葉が紡がれる度、精霊のざわめきが強まる。美沙姫の頭の中で警鐘が鳴り響く。
 ここにいてはいけない。居るべきではない。早く彼から、――離れなければ。
 けれど、ああ。身体が動かない。動けない。
 男からじわりとにじみ出るナニカの気配。それが美沙姫を地面へと縫いとめる。
「―――…『解除』」
 瞬間、美沙姫の意識は暗転した。
 だから、彼女は見なかった。見ることが出来なかった。
 美沙姫が意識を失うと同時、男の周囲の地面が前触れなく発火したことも、それが一秒と経たず消えたことも――地に倒れ伏す寸前に、男が彼女を支えたことも。
「……巻き込んじまったか」
 常人では不可能な速度で移動した男は、硬く瞳を閉じた美沙姫を見下ろして呟く。
「一応結界張っといたんだけどなー…力ある奴にはやっぱり効かないか」
 軽い溜息を吐きつつ、男は美沙姫を抱え上げて木陰にあるベンチへ向かった。

  ◆

「――だから、『解除』の際周囲の人間に何か影響はあるのかって。……あァ? 不明? 文献くらいねぇのかよ」
「……ん…」
 聞きなれぬ話し声に、美沙姫は目を覚ました。
 まず見えたのは緑。そしてその合間から漏れる日の光。
(ここ、は……?)
 上半身を起こし、自分が横たわっていたのが備え付けのベンチであることに気付く。
 まだぼんやりとした頭で、自分が何故このようなところに寝ていたのかを思い出そうとする。
 確か奥様に頼まれた品を受け取りに行って、その帰りに精霊のざわめきを感じて――。
「――だぁあッ! 使えねぇ! ……うっせぇよ、事実だろうが。『立夏』は解いたんだからそれでいいだろ、じゃあな」
 苛立ち混じりの男の声に、思考は中断する。思わず向けた視線の先には、乱暴に携帯を閉じる男の姿が。
 そして美沙姫は思い出す。
 そう、自分は精霊の先導で公園に着き、この人物を目にした後……意識を失ったのだ。
「あの」
「ん? あぁ、気ィついたか」
 声をかければ、男は美沙姫に目を留めてそう言う。その男に美沙姫は問う。
「貴方様がわたくしをここに運んでくださったのですか?」
 意識を失う寸前に居たのはベンチの傍ではなかったのだから、この人物が運んだと考えるのが当然だろう。案の定男は軽く頷いた。
「まぁな」
「それは有難うございました。お手を煩わせてしまい申し訳ありません。…わたくしは篠原美沙姫と申します。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「俺はコウ。…あんたが謝る必要はねぇよ。こっちに非があったわけだしな」
 言って、男――コウは公園の出入り口に視線を向ける。
「あんた結界通っただろ? そんときに気付いて『解除』止めれば、多分あんたが倒れることもなかっただろうし。俺あんま結界とか得意じゃねぇんだよな…だから結界だけでも貸せって言ったのにあの野郎…!」
 後半はどうやら美沙姫に言ったのではないらしい。心なしか携帯を持つ手に力が篭っている。
「で、何であんたここに来たんだ? 一応人払いしといたはずなんだが」
「精霊たちがざわめいていたのが気になりまして……」
「精霊?」
 美沙姫の言葉にコウは目を瞬かせる。
「何、あんた精霊とかわかんの?」
「はい。わたくしは『使い人』ですので」
「『使い人』…?」
 怪訝そうな表情を浮かべるコウ。どうやらコウは『使い人』について知らないらしいと悟った美沙姫は簡潔に説明する。
「『使い人』というのは、全てに宿る精霊との交感や交渉によって、術などを自在に操る能力や能力者の総称です。……コウ様は、精霊の存在を知ってらっしゃるのですか?」
「いや、見えねぇし意思疎通も出来ねぇよ。けど居るんだっつーことは何となく分かる。――へぇ、『精霊たちがざわめいてた』か」
 目を伏せ、コウは口元だけで笑う。
 それがどこか自嘲の笑みに見えた美沙姫は、悪いことを言ってしまったのかと慌てて話題を変える。
「あの、わたくし、朝から体調などは特に問題なかったはずなのですが……倒れたのには先ほど仰っていた『解除』というものが関わっているのですか?」
「ん? ああ、多分な。断定は出来ねぇけど」
 笑みを消して視線を上げたコウはそう答える。
 暗さのないコウの様子に内心安堵しながら、美沙姫は気を失う寸前の光景を思い返す。
 気味の悪い赤に染まった景色、その中で言葉を紡ぐコウの姿――。
(……?)
 思い返すその内容に違和を感じて、美沙姫は眉根を寄せる。
(あのとき、確かに声を聞いたはずですのに)
 コウが何かを言っていたのは覚えているのに、その内容だけが霞みがかったように思い出せない。
 まるでそこだけ音を切り取られたように、全くと言っていいほど。
(何か理由があるのでしょうか…)
 思いながら、手にした携帯を弄んでいるコウを見る。彼がしていたことの詳細は分からないが、あまりいい感じは受けなかった。
(そう言えばわたくしばかり話しているような……?)
 ふとそのことに思い当たり、少々恥ずかしさを覚える。メイドとしての礼儀作法も学んでいるし、普段は自分ばかり話すなどということはしないというのに。
「わたくしばかり話してしまっていますね。申し訳ありません」
「や、俺は別にいいけど」
 顔を赤らめつつ謝罪をするが、コウは特に気にした様子もない。
「コウ様は何をされていたのですか? その、『解除』を?」
「あぁ。正式には『封印解除』なんだけどな」
「それは一体どういうものなのですか?」
 自分にはあまりいいものだとは思えない。だが、知りたいと思った。何故彼がそれをするのか、も。
「あー…どう言やいいかな。……『封印解除』ってのは、ウチの家がやる儀式の下準備みたいなもんなんだよ。解除するのにイイ場所ってのがあって――風水とかの吉方位みたいなもんだな、多分。んで、俺は指示された場所に行って解除するってわけ」
「そう、なのですか」
 意識的にか無意識的にか、コウは美沙姫の望んだ内容にまでは触れなかった。上手くはぐらかされた感がある。
 今も、精霊たちがざわめいている。先よりは大分落ち着いてはいるが――どこか、コウを恐れるように。
 それを問うても良いものかどうか美沙姫が決めかねていると、コウはふと視線を上げて「そういやさ、」と言った。
「ちょっと気になってたんだけどよ――その服何? コスプレ? あんたって巷で話題のメイド喫茶か何かの人?」
 突然の言葉に美沙姫は目を丸くする。確かに自分が着ているのはメイド服だが、断じてコスプレではない。
「いえ。わたくしは正真正銘のメイドです。きちんと仕える主人も居りますし、今も奥様からの頼まれごとを――」
 言いかけて、思考が止まる。
(わ、わたくしったらメイド失格です! 奥様からの頼まれごとをすっかり忘れていたなんて…!)
「? どうした?」
 眉を顰めるコウ。しかしその声も、大切な仕事を遂行し終えていなかったことに多大なショックを受けている美沙姫には聞こえない。
「わたくし、早く帰らなければ…!」
「あ、ちょっと待――」
 コウが止める間もなく勢いよく立ち上がろうとした美沙姫だったが――。
「きゃあっ!?」
「…っと」
 まるで自分の足でないかのように膝に力が入らず、そのまま地面にダイブしそうになった。
 だがそれを見越していたらしいコウが腕を掴んだことで難を逃れる。
「多分しばらく動けねぇと思う――っての言ってなかったな。どんくらいで回復するかわかんねぇんだけど、何か用事?」
「奥様に頼まれたものを持って帰らなくてはならないのです。予定より遅くなっていますし、心配をかけてしまいます…!」
「いや、まぁ落ち着けって」
「ですが、」
「わかったわかった、送ってってやるから」
「――え?」
 言葉の意図を理解できず声を漏らした美沙姫は、次の瞬間自身の身体が浮き上がるのを感じた。
「え、あ、あの、コウ様?」
「だーいじょうぶだって。落としゃしねぇよ」
 背中と膝裏に誰かの腕の感触。
 先ほどよりも近くに見えるコウの顔。
 浮いている自分の身体。
 もしや、これは俗に言う「お姫様抱っこ」の状態ではないかと――そう美沙姫が気付いたころには、コウは既に歩き始めていた。
「お、降ろしてくださいませ!」
「さっさと帰んねぇといけねぇんだろ? 大人しく運ばれとけって。あ、道案内よろしく」
 驚きや羞恥に半ばパニックになりながら降ろしてほしいと言うも、コウがそれを聞き入れる様子はない。
 結局屋敷に着くまでその格好で運ばれることとなったのだった。

  ◆ 

 数日後。
 屋敷でメイド長として指示を出し終えた美沙姫は、小さく溜息を吐いた。
「コウ様……」
 名を呟く。
 自分を屋敷まで送り届けてすぐに姿を消してしまった彼。
 十分なお礼も出来ないままであることもだが、何かにつけて彼のことを思い出してしまう。
 どうしても気になるのだ、彼のことが。
 それが一体何に起因するのかは自分にも分からないが――。
(また会えるといいのですけれど……)
 再び悩ましげに溜息を吐いて、美沙姫は仕事を再開した。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4607/篠原・美沙姫(ささはら・みさき)/女性/22歳/宮小路家メイド長/『使い人』】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、篠原さま。ライターの遊月と申します。
 「朱夏流転」へのご参加有難うございます。

 コウとの初接触、如何だったでしょうか。
 今回は全体的に軽く混乱状態となりましたので、次回はもっと篠原さまの落ち着いた感じを出せたらと思います。
 色々と伏線っぽいものを散りばめておりますが、さらっと流して頂いて構いませんので。
 これから先、篠原さまのお気持ちがどう変わっていくのか……楽しみにしております。

 イメージが違う!などありましたら、リテイク等お気軽に。
 ご満足いただける作品になっていましたら幸いです。
 それでは、本当にありがとうございました。