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<東京怪談ノベル(シングル)>


『汰壱さんの嫁さん探し日記♪』


 某月某日。
 日に日に陽射しも暑さを増して行く今日この頃。
 玄葉・汰壱(くろば・たいち)は賑わう街の歩道を、一人ぶらぶらと歩いていた。
 都会の流行の最先端を発進する街に並ぶのは、可愛らしいファッションやアクセサリー。窓越しに展示されているそのアイテムではなく、それを眺めて楽しそうに歩いているお姉さん達を、7歳の少年は観察して歩いていた。
 そして賑やかな通りを端から端まで歩き終えたあと、少年は軽く肩を落とし、大きくため息をついたのだった。
「やっぱり……当てずっぽうじゃ駄目だよなぁ」
 偶然いい子が突然見つかる、なんて、やっぱりそうそうあるわけないか。
 汰壱はガードレールに寄りかかり、柔らかな頬に小さな手のひらを当てて、つまらなさそうに眉を寄せる。
 最新ファッションを追い求めるお姉さん達同様、汰壱にもちゃんと目的があってこの街を訪れていたのだ。
 それは……『お嫁さん探し』!
 今はまだ7才だが、あと11年もすれば18歳になる。そんな彼と、未来に結婚してくれる運命の女性を、汰壱は長い間探し続けているのである。

 幼く見えるし、実際に幼い汰壱は、しかしそれでもれっきとした<陰陽侍>である。
 物心ついた時から厳しく修行を重ねてきて、終に7歳で手に入れることが出来たのだ。けれど陰陽侍には逃れられないしきたりがある。
 それは一人きりでは、陰陽侍の持つ力を最大限に生かすことが出来ず、自らの対と成す異性を捜し求めねばならないというもの。男は18、女は16で相手を探し求めに行くという。けれど齢7つで陰陽侍となった汰壱は、のんびりと11年も探しもしないでいるなんて出来っこ無かった。
「絶対に、絶対に俺、嫁さん見つけてやるんだからなっ!」
 その決意を胸に、汰壱は今日も理想の嫁さん探しを続けているのだ。

 とはいっても。
 未来の嫁さん探しはとても難航していた。
 ここに来るまで、何度も失敗を繰り返し、さすがにしょげてしまいそう。体を使う厳しい修行の方がよっぽど楽かもしれない。
「……今日は帰るか……」
 トボトボと汰壱が駅の方へと歩き出そうとした時である。
 彼の頬を、ふわりと春風の様な優しい風が撫でた。通りの向こうから駆けてくる一人のショートカットの少女。彼女は急いでいるらしく腕時計で時間を確かめながら、汰壱の横をすれ違い、離れていこうとしていた。
(……!!)
 見つけた瞬間、呼吸をするのも忘れそうだった。
 勢いよく振り返る。少女は人通りの多い歩道を小柄な体を生かして人をよけつつ、跳ねるような身軽さで駆けてゆく。
「……今のはっ……」
 汰壱は思わず全身で振り返り、彼女の後姿を見つめ、それから急いでその後を追っていった。
 
 やがて少女は、ひとつのビルの前で立ち止まり、そこに吸い込まれる様に入っていった。
 汰壱もその後をつけて、同じビルに入る。
 その後姿が消えていった先には、小さな看板が出ていた。

 【 インターネットカフェ ゴーストネット 】

(……インターネットカフェ?)
 それは何だろう。まだ7歳で、修行に明け暮れる毎日を送ってきた汰壱には、馴染みのない単語だ。けれど追わずにはいられない。汰壱は迷わず再び駆け出した。
 店の入り口にカウンターがある。
 そこを通り過ぎて入ろうとすると、店員らしき女性に呼び止められた。
「こら、ダメよ。ここは子供の来るところじゃないわ」
「えーっ」
 言われてみて辺りを見回す。
 店の中には、パソコンがところ狭しとならび、そこに向かいあう学生や社会人、男性女性、いろんな人がいた。皆、何をみているのかわからないけれど、楽しそうに見えた。
「なぁ、俺も入れてよ!」
 もう一度店員さんに頼むが、渋い顔をされてしまう。
 汰壱は困って、もう一度店内を見回した。すると、他のお客と楽しげに話しているさっきの少女の姿を見つけて、瞳を輝かせた。
「俺! ……俺! あのお姉ちゃんに用があるんだ!」
 店員は汰壱が指差した方向を振り向き、「雫ちゃんに?」と呟く。
(あのお姉ちゃん、雫ちゃん、っていうんだ!)
 汰壱は店員に大きく頷いた。
 二人のやり取りが聞こえたのか、雫はさっきいた場所から首を傾げて振り返り、こちらに近づいてくる。
「あのー、どうしたのかな?」
 大きな瞳を揺らめかせる、あどけない雰囲気の彼女。
 正面から見たのはこれが初めてだけど、やっぱりかなり好みのタイプ!
 汰壱の胸は高鳴り、顔がどんどん熱くなっていくのを感じていた。
 雫は、きょとんと少しばかり不審げな表情をみせて汰壱と店員を交互に見ているが、同じくらい好奇心も感じてくれていることもわかる。
 汰壱は雫が近づいてくるのを、胸をときめかせて待った。
 なんて言葉をかけよう。
(『俺の嫁さんになって!!』は、いきなり失礼だよな……)
 短い時間に色々と言葉を思い巡らせ、そして彼女が彼の前に立った時、汰壱は瞳を煌かせながらようやくひとつの言葉に決めた。
「俺、玄葉汰壱!」
「あたしは、瀬名雫だよっ。汰壱くん、あたしを訪ねてきてくれたの〜?」
「雫姉ちゃんって呼んでいい?」
「うん、いいよ」
 雫はにっこり笑って、汰壱に頷いてくれた。
「やったぁ。ねえ、雫姉ちゃん、ここってどんなお店?」
「えー? 知らずに来たの? ここはインターネットカフェっていってね。インターネットを楽しむことができるお店なんだよ。ちょっとやってみる?」
「うん! 教えてくれる? 雫姉ちゃん!」
「もちろん、いいよ」
 雫は近場の開いているパソコンに汰壱を座らせて、インターネットや、ネット上で公開されている子供向けのゲームなど色々教えてくれた。
 その間に交わした会話や、雫が他の客と交わした会話で知ったのは、雫はネット上でも有名人らしいということ。なんでもサイトというのを持っていて、それは関東で一番有名な怪奇現象の投稿サイトの管理人をしているらしい。しかも興味のある書き込みを見ると、それを調査しにいったりもするという。
「雫姉ちゃんってすごいんだな〜」
「えへへ、でもそんなことないよ☆」
 雫は恥ずかしそうに微笑む。その笑顔が何よりもかわいいと、汰壱は頬を染めつつ思った。
 瞬く間に楽しい時間が過ぎ、やがて雫はどこかへ出かけるといったので、汰壱も一緒にインターネットカフェをあとにすることにした。
 店の入っているビルの前で、「またね、汰壱くん☆」と手を振る雫に、ぶんぶんと手を振り返して汰壱はうっとりとまた去っていく後姿を見つめた。

(……雫姉ちゃん、本当にかわいいなぁ……。俺の嫁さんになってくれないかなぁ……)
 汰壱は手を振りながら、こっそり思い、そのまま大事なことに今頃になって気がついた。
「あああー!!!」
 俺ってば。俺ってば。
「……雫姉ちゃんに、俺の嫁さんになってって、言いそびれちゃった……」
 がっくり。
 首を落として、汰壱は深く息をつく。
 しかしすぐに元気を取り戻し、今はもう雑踏の中に見えない雫の姿を思い浮かべて、心に誓うのだった。
(……また会えるよな! 雫姉ちゃん!!)


 おわり。