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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


飛茸


●序

 実体化した飛び散った力を奪い合う世界、涙帰界。久々に鳴り響いたのは、戦いを告げる鐘の音……ではなく、軽いノリっぽい鐘の音だった。
 かーん。
 のど自慢大会、残念でした! とかなんとか言いたくなるような、軽い音。バケツとか叩いたら、こんな音がするかもしれない。
「ああ、この音は!」
 涙帰界の片隅にある茸研究所の所長、木野・公平は、その音を聞いて両手を合わせた。
「再びお目見えか。新種、新種!」
 興奮気味に何度も呟き、祈る姿は新たな宗教でも始めたようにも見える。茸宗教なんて、はっきり言ってどうかとは思うけれども。
 そんな木野の姿を、そっと見守る赤い傘の巨大茸があった。木野のパートナー的存在でもある、感情を持った茸のキャサリンである。性別は分からないが、乙女の回路を持っているらしいキャサリンは、恐らくは女の子なのだろうと思われる。
 いじらしくもうごうごと身を震わせるキャサリンだが、木野は気付かずに何度も祈り続けた。
「新しい茸でありますように。新しい種類の茸でありますように!」
 流れ星にでも祈っているかのようである。
 キャサリンが軽いやきもちから、木野にボディアタックをかけようとしたその瞬間、窓の外を何かがぴょんと横切った。
 否、何かが上に飛んでいった。
 木野は慌てて窓を開ける。すると、頭上には黄色い傘を持った体長20センチほどの茸がぴょんと飛んでいた。傘をくるくると回し、ヘリコプターの如く飛んでいる。
「茸コプタ……」
 某青色ロボットがポピュラーに使う道具に酷似した動きに、思わず木野は呟いてしまった。ボディアタックをしようとしたキャサリンも、その不思議な光景に見とれてしまったようだ。
「キャサリン、あの茸を捕まえたら、一緒に飛べるかもしれませんよ?」
 木野の言葉に、キャサリンはぴょんと飛び上がった。
 残念ながら、茸コプタと同じ動きにはどうしてもならなかったのだった。


●茸だよ、全員集合

 茸研究所には、4人の男女が終結していた。それぞれ、新種茸捕獲作戦を手伝ってもらう為に、木野が集合をかけたのだ。
「わあ、茸さんが空を飛ぶの?」
 新種らしき飛ぶ茸を見つけたと話すと、藤井・蘭(ふじい らん)はそう言ってぴょんぴょんと跳ねた。「一緒に飛びたいのー」と、嬉しそうにはしゃいでいる。
「空を飛ぶのですか。となると、虫取り網と虫かごを用意するのです」
 こくこくと頷きながら言うマリオン・バーガンディ(まりおん ばーがんでぃ)は、きょろきょろと研究所内を見回す。「何か食べるかも知れないのですから、クッキーとかも」と呟いている。
「キャサリンちゃん、木野さんの浮気に疲れたらいつでも訪ねてね?」
 シュライン・エマ(しゅらいん えま)は、キャサリンをぎゅっと抱き締めながら言う。キャサリンがこくこくと頷くと「気分転換も大事なんだから」と付け加えながら、傘部分を撫でている。
「とりあえず、キャサリンは元気なわけな?」
 シュラインからひょいとキャサリンを受け取りつつ、守崎・北斗(もりさき ほくと)は言った。ちょこっと肩に乗せつつ「情操教育なんかしてみたら楽しそうじゃね?」と木野に尋ねる。
「情操教育?」
「そ。だって、せっかく育ててるんだしさ。ピアノとか」
 北斗の言葉に「ふむ」と頷く木野を横目に、ふと気付く。
「そういや、兄貴の姿を見ねーんだけど?」
「あ、本当なのです。茸といえば、来るものと思っていたのです」
 マリオンも、きょろきょろと見回しながら言う。木野は「実は」と言いながらキャサリンをそっと抱き締める。
「キャサリンをとられそうで、どうしても連絡が出来なくて」
「キャサリンちゃん、とられちゃうの?」
 きょと、と蘭が小首をかしげる。
「あら、でも最近は捕獲販売しない気分になっているって聞いたわよ?」
 シュラインの言葉に、北斗は「そうそう」と頷く。
「俺の軌道修正の賜物だよな。その証拠に『キャサリンは』捕獲販売しないって気分みたいなんだよな」
 北斗の言葉に、シュラインは「聞いたのとちょっと違うわね」と呟く。限定条件があるらしい。
「そうじゃなくて、ぼ、僕のキャサリンをたぶらかしている気が」
 木野がそこまで言った瞬間、ばん、とドアが開いた。そこに立っていたのは、噂の中心である守崎・啓斗(もりさき けいと)である。
「きゃしー、ちゃんと育成されているか?」
 啓斗の出現に、キャサリンはちょこちょこと啓斗に近づく。
「あ、兄貴……どうしたんだ?」
 ちらりと木野を見ながら、北斗が訪ねる。木野は「何故、このタイミングでっ」と軽く震えている。
「どうしたもこうしたも、きゃしーがちゃんと育成されているのか様子を見に来たんだ」
 不思議そうに啓斗は答え、キャサリンを抱き上げる。「どうして皆、集まっているんだ?」
「そ、それは、その」
「新種の茸が発見されたのです」
 言い訳をしようとする木野の言葉を遮り、マリオンが答える。
「お空を飛ぶ茸さんなのー」
 続けて説明する蘭の言葉に、啓斗は「ほう?」と答えながらじろりと木野を見る。
「また、新種か」
 啓斗はそう言いながら、軽く頭を振る。頭が痛い、といわんばかりに。
「木野、悪い事は言わない。きゃしーの育成を怠りそうになるのだけはやめてくれ」
「お、怠るだなんて」
 ぼそ、と言う木野に、啓斗は「分かってないな」と言い放つ。
「あんたは、きゃしーをスーパーカーより魅力的な茸に育てるのが仕事なんだぞ」
「兄貴、例えが古い……」
 そっと北斗が突っ込むが、啓斗の耳には届かない。
「ほら、よく言うじゃないか。『まい・ふぇあれでぃ』」
 啓斗はそう言って「自分用の『ふぇあれでぃぜっと』のように高価なきゃしー」と言いながらぐっと拳を握り締める。
「要約すると、キャサリンをちゃんと育てろという事なのです」
 マリオンの言葉に、木野は「あ、ああ」と頷く。
「キャサリンちゃん、高価なの?」
 啓斗の言葉に引っかかりを軽く感じた蘭が呟く。
「そ、それはいいとして。せっかくだから手伝ってもらいましょうよ」
 シュラインの言葉に、こっくりと啓斗が頷く。
「安心しろ、木野。新種の茸は俺が責任を持って売りさばいてくるから」
 運搬費、委託販売費合わせてこれくらい、とそろばんをはじく啓斗に、木野は「いえいえ」と力なく首を振る。
「別に売るわけじゃなく、僕は研究をしたいだけなんで」
「……美味しくいただくのは、駄目なのですか?」
 小首をかしげるマリオンに、ええ、と声が上がる。
「茸さん、食べちゃうのー?」
「ぶんぶんと傘の部分が適度に動いているのなら、とても美味しそうなのです。黄色なら、黄色の桃缶の桃みたいなのです」
 ぐっと拳を握り締めるマリオンに、再び蘭が「食べちゃうのー?」と尋ねる。
「と、とにかく。捕獲をしてから考えましょう」
 木野が仕切りなおす。その意見に、とりあえず皆はこっくりと頷くのであった。


●作戦会議

 仕切りなおしと共に、ホワイトボードが用意された。そこには「作戦」という文字がしっかりと書かれている。
「それで、何か作戦は無いですか?」
 木野が尋ねると、シュラインからすっと手が上がる。
「先に確認したいのだけど、飛行高さはどれくらいなの?」
「そうですね、大体3メートルくらいまで飛んでいたように思いますが」
「ものすごく高いというわけでもないし、かといって低いというわけでもない微妙な高さね」
 シュラインは苦笑気味に呟く。
「傘をくるくる回して飛んでいたのですよね?」
 マリオンの確認に、木野はこっくりと頷く。
「だとすれば、傘が破けると飛べなさそうだな。飛べない茸は、あまり話題にならないだろうし……」
 啓斗は、ふむ、とそう言ってからはっとする。ばっとキャサリンの方を見、ぐっと石突を掴む。
「き、きゃしーはそのままでも話題総なめだからな? 落ち込むんじゃないぞ!」
「兄貴兄貴、別にキャサリンは落ち込んだりとかしてねーぞ」
 冷静な北斗の突っ込みが入るが、啓斗はしきりに「大丈夫だ」とキャサリンを励ます。
「そんな可哀想な事をしなくても、トリモチを棒先に付けて捕らえてみたらどうかしら」
「トリモチだと、傘が破損しないでしょうか?」
 シュラインの提案に、木野が不安そうに尋ねる。
「粘着力にもよるのです。破損しない程度のトリモチを使用すればいいのです」
 マリオンはそう言い、小さく笑って「楽しそうなのです」と付け加えた。
「近くに植物さんがいれば、手伝ってもらうのー」
 蘭はそう言い、更に「上にびょーんって伸びてもらったり、わさわさ葉を揺らしてもらったりするのー」と付け加える。
「あら、そうしたら障害物になってもらえるわね」
 シュラインが頷きながら言うと、蘭はこっくりと頷く。
「茸さんが飛ぶのを止めるなのー。それで、お友達になってもらうの」
「そういや、茸っていうぐらいだから群生地とかあるんじゃねーか? 飛ぶ奴がどれだけいるか分からないけどさ」
 北斗の言葉に、蘭は「お友達さん、たくさんいるのー」と小首をかしげる。
「茸というものは、群れて存在するのが普通だからな」
 こくこく、と啓斗が頷きながらいう。どこかで茸についての知識を仕入れたらしい。
「とすれば、紐でくくって空を飛べそうなのです」
 ぐっと拳を握り締め、マリオンが言う。ちらりとキャサリンを見ながら「まずはキャサリンに頑張ってもらうのです」と呟く。人でいきなり試すのは危ないからとはいえ、キャサリンだって危ないと思われるのは気のせいだろうか。
「竹とんぼみたいに皆で飛ばしてみてぇな」
「おい、北斗。大事な商品で遊ぶのはよくない」
 楽しそうな北斗に、啓斗が真面目な顔で突っ込む。
「それじゃあ、まずはトリモチを作るという事で……」
 木野がそう言った瞬間、皆が窓の外を見て「あ!」と叫んだ。木野が「どうしましたか?」と尋ねると、キャサリンが木野の頬にぶつかり、無理矢理木野の顔を窓の方を向かせる。
 窓の外に、何かが空へと飛んでいっている。黄色い、何かが。
「あの、実際あったら装着部の毛根か地肌か首の骨がいっちゃうだろうなぁっていう、噂の道具に良く似てるわね」
 窓の外を見ながら、シュラインが呟く。
「飛べそうなのです」
 空へと向かうその姿に、マリオンが呟く。
「すごいのー」
 きゃっきゃっと嬉しそうな蘭。
「よし、捕まえるか」
 ぐっと拳を握り締める啓斗。
「いやいや、一匹を泳がして、群生地を探って一網打尽がいいって」
 窓へと飛び出さんばかりの啓斗をを止める、北斗。
「み、皆さん。行きましょう」
 木野の言葉に、皆がこっくりと頷く。木野はキャサリンを抱き上げ、一番に外へと飛び出していく。
「トリモチ、ここにあるじゃない」
 ふと研究所内にトリモチがあるのを発見し、シュラインが手に取る。
 そうして、皆は研究所から外へと向かうのだった。


●捕獲開始

 皆が外に出た時、既に先程見えた茸の姿は何処にもなかった。残念そうに辺りを見回すが、痕跡の一つも見つからない。
 シュラインが持ってきたトリモチは、マリオンに手渡された。マリオンは粘着力を確かめつつ、にっこりと笑った。ねちょ、と指先にくっつく感触が楽しいらしい。
「シュラインさんは、トリモチ使わないのですか?」
「私はほら、これを持っているから」
 シュラインはそう言い、鞄から小型扇風機を取り出す。電池で動くものだ。
「かわいいのー」
 涼しげな水色の扇風機を見て、蘭がにこっと笑った。
「シュラ姐、そんなんでどうするんだ?」
 扇風機を見ながら、北斗が尋ねる。
「ん、真下から傘に向かって風を当てたら、飛行バランス崩れないかなって思って」
「なるほど、そこを網で捕らえるんだな」
 啓斗はシュラインがもう片方の手で持っている虫取り網を見て頷く。これはトリモチの代わりに、マリオンから受け取ったものだ。
「となると、やっぱりこの網は木野さんが持たないとね」
 シュラインはにっこり笑いながら虫網を木野に渡す。木野は「へ?」と言って小首をかしげる。
「捕獲は木野さんの役目でしょう?」
「そ、そうですね。確かに」
「だから、キャサリンちゃんは私が」
 木野が抱えているキャサリンを、シュラインが預かる。小さな声で「至福の時間ゲットね」と呟き、嬉しそうに微笑む。
「それで、さっきの茸は何処に行ったんだ?」
 きょろきょろと北斗が辺りを見回す。蘭は近くに生えている木に近づき「知ってるのー?」と尋ねる。暫くし、蘭が皆の居るところに戻ってくる。
「あっちのお花畑の方に行ったらしいのー」
 蘭の指差す方には、確かに花畑のようなものが見える。色とりどりの花々が、咲いているようだ。
「行ってみるのです。あの花畑なら障害物も少ないので、簡単に見つかるかもしれないのです」
 ぐっとトリモチを握り締めながら、マリオンが言う。
「たくさんいたら、一匹ずつ捕まえるのは大変だな」
 北斗が木野の持っている網を見ながら言う。確かに、多数居ればマリオンのトリモチや木野の虫網で一つずつ捕獲していくのは大変だろう。
「そういう場合、強い風を起こして一箇所に集めればいい。そうすれば、落下地点に網を張るだけでいいからな」
 啓斗は、ごそごそと大きな網を取り出しながら言う。
「いちもーだじん、なの」
 蘭が網を見て、感心したように言う。確かに、本当の意味で一網打尽である。
「あ、見て」
 シュラインは花畑の一角を指差す。すると、花畑の中からひょっこりと黄色い物体が顔を、もとい傘を覗かせている。
「茸さんなのー」
 蘭はそう言い、にこーっと笑う。可愛いのー、と付け加えている。
「それじゃあ、捕獲してみるのです」
 マリオンはそういうと、トリモチを構えながらじりじりと茸に近づく。
「ここが群生地じゃなかったら、泳がすのを忘れないようにな」
 北斗が声をかけると、マリオンは「分かったのです」と頷いた。木野の「ゆっくり、ゆっくりと」と言う声を背に受け、マリオンはそっとトリモチを茸に向ける。
 がさっ。
 トリモチを向けた途端、茸がふわりと空へと舞い上がる。そんなに素早くもないが、遅くもない。微妙な速度である。早歩きくらいの速度だろうか。
 マリオンは慌ててトリモチを再び茸に向ける。が、ゆらり、と茸はトリモチをよけてしまった。
「シュラ姐、扇風機貸してくれないか?」
 啓斗の申し出に、キャサリンにリボンを結んでいたシュラインは小型扇風機を手渡す。スイッチを入れると、ブウン、という音と共に羽が回りだして風を起こす。啓斗がその風を茸の下からあてると、飛行中の茸が体制を崩す。
 そこに、マリオンのトリモチが動いた。すっとトリモチを突き出し、体制を崩した茸に見事くっついたのだ。
「や、やりましたね!」
 虫網をぎゅっと握り締め、木野が叫ぶ。興奮のあまり、大声を出してしまったようだ。その瞬間、花畑全体がガサガサと揺れた。
 そう、全体が。
「す、すごいのー!」
 思わず蘭が感嘆する。目の前の花畑から、山のような黄色い茸が一斉に飛び上がったからだ。
「おお、こんだけいれば皆で竹とんぼだな」
 北斗がこくこくと頷きながら言う。
「何を言う、すべて売りさばいて黒字計画だ!」
 啓斗はそういうと、懐から巨大な網を取り出して投げた。それを見て、マリオンが何かを思いついたような顔をして「えい、なのです」という。
 マリオンの掛け声と共に、マリオンは一瞬のうち投げられた網と真反対に現れる。空間を繋ぎ、一瞬にして茸の行き先を遮ったのだ。茸たちは突如進行方向に現れたマリオンに驚き、一斉に逆方向へと飛ぶ。
 すなわち、啓斗の放った網の方へ。
「一網打尽、成立しちゃったわねぇ」
 ごっそり網の中に捕獲された茸たちを見、シュラインが呟いた。木野はそれを見て、大はしゃぎで飛び上がった。
 それこそ、飛ぶ茸たちのように。


●一網打尽、そして……

 網で大量に捕獲された茸たちを見、木野は大興奮状態に陥っていた。
「これで、研究が存分に出来ます!」
 うっとりとしながら茸たちを見る木野に、蘭はくいくいと白衣を引っ張る。
「木野さん、茸さんたちをどこかにつれていくなの?」
「どこって……研究所に連れて行って、研究を」
「いじめるのは、めっなの!」
 蘭がびしっと言い放つ。木野がきょとんとしていると、シュラインも「そうねぇ」と呟く。
「せっかく気持ち良さそうに飛んでいたのに、邪魔しちゃったし」
「そ、そうはいっても、僕はこの茸で研究を」
 木野がおろおろしながら、皆を見回す。
「俺は皆で遊べたらいいって思ってただけだし」
 北斗はそう言い「せっかく涙帰界に来たんだから遊んで帰りたいじゃん?」と笑う。
「俺が売ってやる。しっかりと高価で売ってやるから安心しろ」
 啓斗はそういった後、すぐにキャサリンの方を見て「勿論、きゃしーが一番だが」と付け加える。
「研究のとは別に、美味しく食べさせて欲しいのです」
 マリオンはそう言って、にっこりと笑う。「キャサリンは食べないのですよ」と念押しのように付け加える。
「み、皆さん、それでは当初の僕の予定と違うんですが」
 木野がおろおろしながら言うと、キャサリンがぴょんと跳ねて木野に抱きついた。抱きつくというか、突っ込んだというか。
「キャサリンちゃん、さみしそうなのー」
 蘭はそう言って、じっとキャサリンを見つめる。木野にしがみついているようなキャサリンは、確かに寂しそうな感じがする。
「木野、きゃしーを悲しませるとはどういうことだ?」
 ぎろり、と啓斗が睨みつける。
「あーほらほら。ちゃんとキャサリンを育成しとかねーと」
 苦笑気味に北斗は良い、ぽむぽむ、とキャサリンの傘を撫でる。
「キャサリンを悲しませるのは、いけないと思うのです。気分を上げるためにも、飛ばしてみるしかないのです」
 網の中でうごうごと動く茸をちらりと見、マリオンが言う。「それで成功したら、今度は私が」と小さく呟く。
「そ、それは置いておいて……ねぇ、キャサリンちゃん。あの茸と、お話しとかできるかしら?」
 シュラインの問い掛けに、キャサリンはうごっと頷く。そうして、木野の腕から離れて網の中の茸たちの所へと行く。
 何度かうごうごと動きまくった後、ぴょんぴょんと再び木野の腕の中に帰る。そうして、今度は木野の腕の中でもごもごと動いた。
「……あの茸たちは、飛ぶだけで楽しいんだそうです」
「何を言っているのか分かるのか、木野」
「あ、はい」
 こっくりと頷く木野に、啓斗は「うらやましい」と小さく呟く。
「甘い味がするのでしょうか?」
「毒性があるので、食べないほうがよいそうです」
 マリオンは残念そうに「美味しそうなのに」と呟いた。
「それで、研究の対象になるのは嫌がってないの?」
「余り好ましくないとの事で」
 がっくりとうな垂れる木野の言葉に、シュラインは「そう」と微笑んだ。
「竹とんぼみてーにして遊ぶのは?」
「それくらいならいいそうですよ」
 それを聞き、北斗は「うっしゃ」と嬉しそうにぐっと拳を握り締めた。
「わあい、じゃあ茸さんと一緒に遊ぶのー! 一緒に飛ぶのー!」
 蘭はきゃっきゃっと嬉しそうに笑い、ぴょんぴょんとその場を跳ねた。
「綺麗な化粧箱に入りたい茸はいないのか?」
 啓斗は網を外してやりながら尋ねるが、茸たちは皆一様にぶんぶんと首を振った。
「兄貴、諦めろよ」
 じっと網から出て行く茸たちを見つめる啓斗の肩を、ぽん、と北斗は叩くのだった。


●結

 茸の了承も無事得て、竹とんぼのようにして茸を飛ばして遊んだ後、皆で柏餅とお茶を堪能して別れた。柏餅はたまたま木野が購入していたものなのだが、北斗がそれを見て「時期は過ぎちゃったけど、こどもの日を祝えたな」と嬉しそうに言っていた。
 マリオンは何度も茸でキャサリンを飛ばそうと試みたが、キャサリンの酷い拒否を受けてそれは実現しなかった。最終的にぶるぶると震えていたのを見、マリオンが「残念だけど、我慢するのです」と優しくキャサリンの傘を撫でながら言ったのだ。
 シュラインはキャサリンと茸たちの傘を手入れしたり、石突にリボンを結んだりしていた。記録しようと思って用意していたデジカメは、気付けばキャサリンと茸の写真集のようになってしまっていた。「焼き増しお願いね」と嬉しそうに頼んでいた。
 蘭は飛び上がる茸たちと一緒にぴょんぴょんと飛んだり、裏山の植物達と会話したりしていた。蘭曰く「茸たちの言葉は良く聞こえないけど、楽しそうなのー」だそうだ。キャサリン以外の感情はいまいち分からない木野は、それが羨ましかった。
 啓斗は最後の解散まで、じっと茸とキャサリンを見つめていた。時折キャサリンに「きゃしー、うちに来ないか?」と誘っていたのだが、ちゃんとキャサリンは断ってくれたらしい。ほっと一安心である。
 皆が居なくなった後、茸たちはぽつりぽつりと裏山に帰っていってしまった。一つくらい残ってくれても、と木野は呟いたが、キャサリンがぎゅっとしがみついてきた為に行動には移せなかった。
「キャサリン、僕は研究のために、あの茸を捉えたかったんですよ?」
 木野はやさしく言うが、キャサリンはぐにぐにと体を横に振った。木野は苦笑しながら「仕方ないですね」と言って傘を優しく撫でた。
「ほら、キャサリン。いい月夜ですよ」
 窓の外を見ると、ぽっかりと明るい月が出ていた。その月に向かってあの茸たちが飛んでいっていた。
 月光に照らされた黄色い傘は、それぞれが小さな星のようにも見えたのだった。


<幻想的かもしれない風景を見つめ・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0554 / 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗 / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 2163 / 藤井・蘭 / 男 / 1 / 藤井家の居候 】
【 4164 / マリオン・バーガンディ / 男 / 275 / 元キュレーター・研究者・研究所所長 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度は「飛茸」にご参加いただきまして、有難うございます。
 久々の茸シリーズでしたが、いかがでしたでしょうか。こうして再び茸のシナリオを出せたのも、ひとえに皆様が愛してくださっているお陰です。本当に有難うございます。
 シュライン・エマ様、いつもご参加いただきまして有難うございます。トリモチは想像していない道具でした。ぺちょっとくっつく茸は、素敵過ぎます。
 今回はテンポを重視し、全員共通の文章となっております。少しでも気に入っていただけると嬉しいです。
 ご意見、ご感想等心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時迄。