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<東京怪談・PCゲームノベル>


刹那、夢心地

 闇。
 七重が目を覚まして、最初に見たものがそれだった。寝起きに良くあるように、意識がぼんやりとして上手く頭がまわらない。質量を持っているかのように、衣服や肌に纏わり付くような空気が不快で思わず眉を寄せる。
(此処は、……)
 単純な思考はあってもそれ以上何かを考えることができず、緩やかな眠気さえ感じる。瞼が重い。

 現実世界にもそして外の心にも、等しく闇は存在する。目に見えず触れられず、その存在すら不確かであろうとも、それは世界の真実だ。
「力の気配を追って来てみれば、これはまた随分と綺麗な銀色ですね。……おかげで闇の中でも見失わずにすみました」 
 突然目の前に現れたのは、黒いコートを羽織った男。目を細め、柔らかく人好きのする笑みを浮かべる。コートに髪、目までも闇の色に似た色をして、おまけに細いフレームの眼鏡を掛けている。

 七重が持つ最後の記憶は、明日も早いからと自室のベッドに潜り込んだところだ。いつもと変わらない日常、変わりない世界。退屈といえば聞こえは悪いが、調子が良かったおかげで朝から学校に行けた。皆と授業を受け、そうして学友と言葉を交わして帰宅。
 それがどうだろう。目覚めて最初に見えたのは、見慣れた部屋の天井ではなく、暗い黒の世界。おまけに見知らぬ男に話しかけられては、驚きと警戒心を抱くのも無理はない。
 そんな七重の心を知ってか知らずか、男はゆるりと会釈をし片手を差し出した。
「どうやら強い力をお持ちのようですね。きっとそれで引き摺られたんでしょう。……僕もちょうど、一人で退屈していたところで」
「……えぇと、」
 静かに七重が口を開いた。それまで一人舞台のように喋っていた男は一時唇を閉じ、身体の向きを変える。
「此処が何処であなたが誰か。まずはそれを教えてください。……情報は武器にも力にもなります。お願いできますか」
 男に出会ってから、少しずつではあるが意識がはっきりしてきた。何事も慎重を重ねて過ぎるということはない。不可解なこの状況であるならば尚更のこと。一つ一つ言葉を選び、七重は切り出した。


「それじゃ……、ここは僕が作り出した世界……ということですか」
 男が名乗ると、七重も答えた。名前を知らないのも不便といえば不便だ。
「そうです。君の記憶が散りばめられている場所。忘却された思い出も全て、ここに眠っているはず。……」
 唇に指を押し当て、七重はしばし考える。パラレルワールド、異界。呼び方は違っても、現実と違った世界が存在するのは聞いたことがある。しかしまさか自分自身がその中に飛んでしまうとは思いもよらない出来事だった。
「呼ばれたんでしょうかね」
「……え?」
 唐突に呟かれた言葉に、顔を上げる。自分たち以外に誰がこの場にいるというのか。右へ左へ視線を巡らせてみるが、相変わらず同じような空間が広がっているだけだ。
「何かを思い出して欲しくて、主である君を此処へ呼んだのかもしれません。……人間は記憶を基盤に精神が作られています。つまり記憶喪失の人間は、誰でもない存在になってしまう」
「記憶喪失? 僕が、ですか。……昨日学校に行ったことも、寝る前に読んだ本のタイトルだって思い出せます」
 話が大きくなってきた。状況を整理しようと冷静に努めようとしながら、記憶を手繰り寄せる。
「子供の頃の思い出とか、時間と共に人は忘れてしまうことが本当に多い。それが普通です。……けど今回は、忘れてしまった記憶の欠片を元に戻さないと」
「……、八神さん。記憶を元に戻さないと、一体どうなるんですか」
 戸惑いの色を滲ませながらも七重は問う。
 沈黙。数瞬、数秒。或いはもっと後か。
「恐らく君は、此処から出られない」
 迷うように視線逸らすも、やがて神妙な顔をして八神が答えた。

「必要なものと、そうでないもの。……此処で迷うことに、何か意味があるとしたら……」
 一時八神と別れ、七重は闇の最奥へ進む。自分の意思をもってしっかりと歩き始めると、不思議なことに空間に変化が現れ始めた。闇色をしているのは相変わらずだが、道の両側に浮かんでは消えるものがある。
 映画のワンシーンを映し出すように、人や動物が動いてはまた途切れてしまう。断片的ではあるが、どれも見覚えがある。自分の部屋、気の合う友人。そして生まれ落ちた色鮮やかな世界。
「ん?」
 何だろう。そこだけ虫に食われてしまったように、小大きな穴が開いている。七重が立ち止まると、ビデオの停止ボタンを押したように映像も止まってしまった。
 小さな男の子が、一人で真っ黒な夜空を見上げているシーンだ。冬なのだろう。しっかりと防寒具らしいコートを着込み、冷えた小さな両手に白い息を吹きかけている。
 だが、夜空に本来あるはずの美しい星々が無い。冷たく柔らかに微笑む月も孤独に煌々と輝く星も、その全てが塗り潰されてしまったかのように消されてしまっている。
「これは、……。僕の記憶?」
 曖昧な記憶、ぼんやりとした風景。夜の音、夜気が頬を撫でる冷たさ。じっとそれを見つめている内に心に呼び起こされるものがある。あの日、あの瞬間見たもの、感じたもの。その一つ一つがパズルのピース。
 七重が掌を上向けると、淡く弱い光が集まり星屑のように輝き始める。だがあと少し、もう一つ。何かが足りない。


「美しいものを、……僕は忘れない」

 それは不思議な光景だった。
 呟いた言葉に応えるかのように、星屑が力強く輝き両手という器から溢れ零れていく。まるで魔法使いの呪文だ。小さな創造主の手によって、世界が色を取り戻す。それと同時、七重は幼い頃に見た星空を思い出した。

「お疲れ様でした、七重君。……何だか嬉しそうですよ。君に思い出してもらえて」 
 不意に後ろから声をかけられる。今の今まで気配さえなかったというのに、一体何処に行っていたのだろうか。
「どうぞ、お土産です。今夜の記念に。……小さな力ですがきっと、君を守ってくれますよ」 
 光を纏い闇の中を飛んで来るものがある。瑠璃色をした蝶だ。七重の掌に収まると、恭しく羽を閉じやがて小さな硝子玉に姿を変える。
「全ては君の力が成したことですから。僕はほんの少し、道案内をしたに過ぎません。……世界は醜く美しい。いつか君が闇に飲まれそうになっても、自分の中に光があることを、どうか思い出してください」
 七重の身体が薄らと光の粒子を纏い、透明になり始める。記憶の欠片を取り戻し、元の世界へと戻る時間がやってきたようだ。
「八神さん……ありがとうございました」
 ぺこりと頭を下げる様子を見て、男は微笑む。
「縁があればまたお会いしましょう。その時まで、僕は君を忘れません」

 さよなら、と聞こえたのが最後。そして意識は暗転する。

 次の日のこと。目を覚ますと枕元にあったのは、瑠璃色をした小さな硝子玉。夢、幻ではない。七重がそっと触れると、主人に応えて淡く輝いた。

 今日も良い天気になりそうだ。理由もなく、何故かそんな気がした。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2557/尾神・七重/男/14】
【NPC4462/八神・雅貴/男/27】


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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました。
 少しでも楽しんで頂ければ幸いです。