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<東京怪談・PCゲームノベル>


◆朱夏流転・壱 〜立夏〜◆



(うーん…やっぱりなかなか見つからないですね、飼い主)
 てくてくと人気のない道を歩きながら、千石霊祠は溜息を吐いた。
 彼の悩みの原因はただひとつ。
 この間うっかり見つけてしまった捨て犬のことだ。
 父が猫派の犬嫌いなため家で飼うことはどう考えても無理だし、さりとて見捨てることも出来ず。
 ここ最近はその犬に餌をやりにいくのが日課になっているが、やはりきちんとした飼い主を見つけなければ何があるかわからないし…。
 などとつらつら考えつつ角を曲がった霊祠は、その瞬間自分を襲った曰く言い難い違和感に反射的に足を止めた。
 それは一瞬だったが、跳ね上がった心臓が気のせいではないことを告げている。
(な、何ですか、今の……)
 浅くなった呼吸を整えつつ、再び足を踏み出そうとした霊祠に前方から鋭い声が飛んできた。
「止まりなさい!」
 びくりと動きを止めた霊祠の目に、鮮やかな赤が飛び込む。
 それは人だった。背を向けている状態のため判別はしづらいが、恐らく二十歳にもならないほどの、染めたようには見えない赤髪の女性。
「そこから動かないように。既に結界内に入ってしまったのでは仕方ありません。大人しくしていてください」
 振り返ることもなく淡々と告げて、女性は何かに『呼びかけた』。
「流れ、巡る季節――『朱夏』の壱」
 ざわり、と空気が蠢き、周囲の景色が赤色に染まる。まるで、血のような…。
「刻まれし『立夏』の封印を、式の封破士たる我、セキが解かん」
 じわりじわりとナニカの気配が女性から滲み出るのがわかる。本能的な恐怖が足元から這い登ってくるのを感じた。
 霊祠は死霊術師だ。多少なりと禍々しいものや人に害を与えるものへの耐性はあるはずなのに、身体の震えが止まらない。
(怖い)
 純粋に、そう思った。女性の紡ぐ言葉も、耳には届けど聞こえない。
「―――…『解除』」
 瞬間、どっと身体から力が抜ける。視界の端で一瞬炎があがった気がしたが、それを確かめることもできず手に持っていた荷物をどさりと落とす。
 まるで貧血のように目の前が暗くてちかちかする。気持ち悪さに思わずしゃがみこんだ。
 と、俯いた霊祠の視界に誰かの足が入ってきた。ああ、これは――…。
「――…大丈夫…ではなさそうですね。すみません、巻き込んでしまいました」
 立てますか、と訊ねた声に首を横に振る。今は無理だ。
「少し待っていてください。その症状の対処法がわかるかもしれません」
 言って、女性は手早く携帯で電話をかける。
「――もしもし? 『立夏』の封印解除は終わりました。ただ、『力ある者』を巻き込んでしまったようで…。ええ、過失は私にあります。小言でも何でも後で聞きますから――…お断りです黙りなさい万年常春。…ではなく、どうやらその方が具合を悪くしたようなのです。恐らく解除の影響かと……何か前例などは?」
 淀みなく交わされる会話の半分も耳に入らない状態の霊祠だったが、『封印解除』という言葉はなんとか拾えた。
 先ほどのあれが『封印解除』だったのかと、ぼんやりと考える。
「文献はありませんか? ………そうですか、全く以って使えませんね。無駄に歴史が古いとこれだから――何ですか、事実でしょう? 貴方のその無駄に有り余った知識の中には対処法はないのですか。……はい、わかりました。それだけわかっただけでも良しとしましょう。それでは」
 ぷつりと通話を切って、彼女は霊祠の顔を覗き込むようにしゃがんだ。
「とりあえず時間が経てば回復することは確かなようです。どこかへ向かっていたようですが、急ぎの用事ですか?」
 なんとか言葉を交わせるほどに回復した霊祠は、「いえ、それほど急ぎではないです」と返す。
 女性は数瞬沈黙し、「では」と静かに言った。
「場所さえ教えてくだされば私がそこへ連れて行きましょう。『それほど』と言うからには多少急ぎであるのでしょうし、何かが気になる様子ですから」
 言うなり、ひょいと自分をを抱え上げた女性に霊祠は仰天する。
「うわっ、あの、ちょっと待ってください!」
「何でしょうか」
 涼しい顔でそう問われ、何でも何もないだろうと霊祠は思った。
 なぜなら――女性は霊祠を所謂『お姫様抱っこ』で運ぼうとしたのだから。
「いいです急ぎじゃないですから。ここで回復するまで休んでます!」
 別に男女がどうこうとか拘るつもりはないが、いくらなんでも、決して屈強とは言えない女性にお姫様抱っこで運ばれるのは色々と、こう問題が。
 ちょっと必死な霊祠に、女性は感情の読めない瞳で淡々と「そうですか」とだけ返した。
「それでは回復するまでついていましょう。全面的にこちらに非があるのですから、アフターケアをするのは当然です」
「……ありがとうございます」
「巻き込んでしまった詫びです。礼は必要ありません」
 それだけ言って、女性は沈黙する。
(も、もしかして、回復するまでずっとこのまま…?)
 それはなんというか居心地悪いし気まずいことこの上ない。女性はそんなこと気にしなさそうだが。
「あー…その、ええと僕は千石霊祠といいます。あなたは?」
「セキです」
「………」
「……………」
 どうにも会話が続かない。苗字は、などと訊ける雰囲気でもない。
 しかし霊祠はめげずに別の話題を振ってみる。
「僕、捨て犬に餌をやりにいく途中だったんですよ。セキさんは犬とか、動物って好きですか?」
「犬……」
 ぴくり、とセキが反応したような気がした。
「……ええ、好きですね。生憎と飼うことは叶いませんでしたが、動物は好きですよ」
 今までの無感情な声とは違って、どこか温かみのある声音だった。
 心なしか表情も柔らかくなっている。
 それに後押しされて、霊祠はちょっとだけ踏み込んでみた。
「あの、さっき電話で『封印解除』がどうとかって言ってらっしゃいましたけど、それって何なのかお聞きしてもいいですか?」
 すると彼女はまた感情の読めない表情に戻ってしまったが、問いには答えてくれた。
「『封印解除』というのは、我が一族に伝わる儀式の準備のようなものです。定められた場所で、定められた方法によってそれを為すことで儀式が滞りなく進むようにする――そういうものです」
 なんだか肝心なところをはぐらかされた気もするが、あまり踏み込むのも失礼に値するだろうと判断した霊祠は「そうなんですか」と相槌を打った。
 会話が途切れ、霊祠は注意深く自身の身体の状態を把握する。
 視界は正常。気持ち悪さもなくなっている。身体に違和感もないし、脱力感もない。
「……もう、大丈夫みたいです」
 言えば、セキはこくりと頷いて立ち上がった。
「立てますね?」
 問いには実際に行動することで答え、彼女を見上げる。
 そのとき初めて、霊祠はセキの目が金色だということに気がついた。今まではそれどころではなかったので全く気づかなかった。
 綺麗だな、と思う。静かに燃える炎のような金。それは彼女によく似合っていた。
「それでは私はこれで失礼します。……巻き込んだ私が言うのもなんですが、あまり人気のないところに不用意に近づかない方がいいでしょう。人気がないのにはそれなりの理由があるというものです」
 そう告げて踵を返した彼女は、霊祠の目的地とは反対方向の角を曲がって姿を消した。
 別れ際のセキの暗い笑みに、霊祠はしばらくの間地面に縫いとめられたように動けなかった――。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7086/千石・霊祠(せんごく・れいし)/男性/13歳/中学生】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、千石様。ライターの遊月と申します。
 今回は「朱夏流転」への参加ありがとうございます。

 セキとの初接触、如何だったでしょうか。
 これでも千石様が年下だということで、幾分か警戒が緩まっていたりするのですけれど…。

 イメージが違う!などありましたら、リテイク等お気軽に。
 ご満足いただける作品になっていましたら幸いです。
 それでは、本当にありがとうございました。