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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


カマイタチ

「………」
 連休が終わってからしばらく経った頃……神聖都学園高等部二年の松田 健一(まつだ・けんいち)は、ぶすっとした顔で登校し、そのまま自習室に行くという日々が続いていた。
 それには理由がある。
 高等部の敷地内で起きている「カマイタチ事件」の犯人が、彼ではないかという噂が立っていたからだ。

 最初は連休後の校外清掃の時間だった。
 雑草やゴミを集め焼却炉に行こうとしたところで突然つむじ風が舞い、辺りにいた者達の服や皮膚が傷ついたという話だ。
 その時健一はゴミ箱を持ったまま焼却炉の真ん前にいたのだが、他の者達が多かれ少なかれ被害に遭っているのに、彼だけが一人無事だった。
 それから高等部内のあちこちで同じように、知らないうちに、つむじ風により切り傷が出来るという怪現象が起こっているのだが、その事件には共通点があった。
 一つは教室だろうが体育館だろうが、ところ構わずつむじ風が起こること。
 そしてもう一つは、その場に大抵健一がいること……。
 その話が出てから、健一は登校してから自習室で一人下校まで課題を黙々とやっている。
 無論、自分が原因などではないはずだ。だが、自分が側にいれば誰かが傷つく可能性がある。それは嫌だ。
「なんで俺だけ切られんのかな……つか、いつも俺だけ無事なんよな。金縛りにも遭うたことないし」
 自習室は静かでつまらない。保健室登校というのも考えたが、人がたくさん来るところは嫌だ。それに一人は慣れている。ポジティブに考えれば、自習室なら授業時間中に腹が減っておにぎりを出して食べていても、誰も注意する者がいない。
 後は自分が我慢したらいいだけだ。人が傷つくのを見るよりはずっといい。

 その様子を、神聖都学園音楽教師の響 カスミ(ひびき・かすみ)は、心配そうにそっと影から見ていた。
 健一がカマイタチの原因なのかそうでないのか分からないうちは、注意したとしても彼自身教室には絶対戻らないだろうし、もし戻ったとしても、皆が怖がって近づかないかも知れない。
 でもそれは、カスミの本意ではなかった。困っている生徒を放っておく訳にはいかない。
「原因を調べてもらわなくちゃ。このままじゃ松田君、本当に孤立しちゃうわ…」

【ある日、神聖都学園音楽室にて】

「鎌鼬……」
「そうなの。それで何とかしてあげたくて」
 カスミから話を聞いたシュラインは、メモを取りながら話を聞いていた。この事件に関しては事務所にも話が来ていた。正式にというわけではないが、怪奇事件の噂の類は、何故か集まるように出来ている。
 そしてもう一つ。
 シュラインは健一からメールを貰っていた。学校から打てるはずのない時間のメール。そこには『今できるだけ家と学校しか往復せんようにしてるんで』と書かれていた。多分この事件と関係あるのだろう。
 なので今日はおなかをすかせているであろう健一のために、重箱にいなり寿司や色とりどりのおかずを詰めてきた。ここで話を聞いた後に持って行くつもりだ。
 困ったように溜息をつくカスミは、何だか心配そうだ。校内の調査許可も貰ったので、あちこち話を聞きに行くことは出来るが、まずは情報をまとめたい。
「気に掛かるのは、必ず彼がいるわけではない点なのよね……」
 事件のあった場所に大抵健一がいるというのは知っているが、必ずいるわけではない。遠くから風を操って人を傷つけているとも思えない。
「カスミさん、風の起こった場所と日時、あと校舎見取図をもらえないかしら。そこに書込みして、松田くんがいなかった場所は行く予定の場所だったかとか、調べたいの」
 他にも前もって調べたいことは色々ある。健一以外の共通点有無や。風の移動する経路や法則性。それがあれば次の出現場所は予測可能だろう。
「見取り図は今コピーしてくるわ。本当は私が調べるべきなんだろうけど……」
 いや、それは酷だろう。
 カスミはちょっとした怪談話でも泣き叫ぶぐらいの恐がりだ。困っている生徒を放っておけないという気持ちが分かればそれでいい。
「気にしないで。カスミさんは授業もあるでしょうし、それに松田君には約束してたの。今度お弁当持って行ってあげるって、ね」
 落ち込むカスミを励ますように、シュラインはにっこり頬笑んだ。

【五時間目の自習室】

 昼休み終了を告げるチャイムの音。
 教室のど真ん中でパンの袋を山積みにし、健一の前には守崎 北斗(もりさき・ほくと)はまだパンを食べている。
「俺もかなり食う方やけど、北斗もめっちゃ食うな」
「俺育ち盛りだし」
「俺食っとるのに育っとらん……って、やかましーわ」
 一緒に食事をしたことで、健一の緊張感もかなりほぐれれてきたようだ。しばらく人と満足に話していなかったのが、ストレスになっていたらしい。
「あー、何か久しぶりに笑ったわ。ありがとな」
 ストレートに礼を言われ、北斗は何となく目を逸らす。
「いや、俺も聞きたいこと聞けたからさ」
 それは事件が起きる数日前からの健一の行動。何か変わったことなどがなかったかなど、食事をしながら冗談交じりに話をしたことで、色々な事が聞けた。
 特に健一には心当たりがないらしい。いつものように連休後校外清掃をして、ゴミ箱を抱えて焼却炉に向かった。それ以来何故かカマイタチ事件が起こるのだという。
「変わった事がなかったか覚えてねえ?」
「変わったこと……特にないなぁ。別に仏さんのお供え物取ったりとかもしてへんし」
 肩をすくめながら健一が笑う。その時、教室のドアをノックする音が聞こえた。
「はい?」
「お邪魔しまーす。松田君、お久しぶりね」
「あ、シュラインさんや。どしたん?」
 そーっとシュライン・エマはドアを閉め、健一と北斗に笑いかける。そして手に持っていた重箱を机の上に置いた。
「お昼休み終わっちゃったけど、メールで約束してたいなり寿司作ってきたの。北斗君もどう?」
「美味い物は別腹だから。松田も一緒食おうぜ」
「遠慮なくいただきます。わー、美味そうやわ」
 もっと落ち込んでいるか心配していたが、健一が元気そうなので少しシュラインは安心した。ここに北斗がいるということは、他にもカマイタチ事件に関して調査を依頼された者がいるのだろう。
「北斗君、お兄さんも来てるのかしら」
 いなり寿司を食べながら北斗は何度も首を縦に振る。だったら少し待っていれば来るだろう。その証拠に、廊下を歩く音が聞こえる。この足音は北斗の兄の啓斗(けいと)ではなく……。
「おや、ずいぶん賑やかだな」
 躊躇なくドアを開けたのは、黒 冥月(へい・みんゆぇ)だ。自習室にいると聞いていたので一人かと思っていたのだが、シュラインなどの姿を見て冥月は健一の側の椅子に座る。昼時間も過ぎたのに、高校生二人はまだ食べているらしい。
「あの時は急で悪かったな。虎は飾ってるか?」
 以前突然ゲームに誘い、その商品として黒曜石で出来た虎を渡したことがある。不敵に微笑む冥月に、健一はシュラインから渡されたお茶を飲んでから大きく頷いた。
「今でも棚の上に飾ってるわ。冥月さんも誰かに頼まれてここ来たん?」
「いや、この仕事の報酬はゲームさせた詫びと、次はあの子に自然に負けてやってくれる事でいい。だから個人的に来たということにしてくれ」
 前にゲームをしたときは、健一が勝ってしまった。あれはあれで楽しいイベントに繋がったが、勝負に勝って手に入れた方があの子も喜ぶだろう。健一は唐揚げを口に入れながら、きょとんと冥月を見ている。
「俺はええけど、また偉い気に入っとるんやな」
「当然だ、溺愛している」
 そう言って不敵に笑うと、また教室のドアが開く。
「あ、啓斗!いなり寿司食う?」
「いらない。それだけパンを食って、まだ食べてるのか……」
 まさか一人で食べたとは思いたくないが、たとえ二人だったとしても異常な量だ。北斗も食欲魔神だが、どうやら健一もそれを上回るようだ。
「食べっぷりがいい二人を見てると、作ってきた甲斐があるわ」
 これで全員揃っただろうか……皆がそう思っていると、不意に窓から何かをひっかくように音がした。
『開けてーなー』
 窓には黒い猫……高野 クロ(こうや・くろ)が中に入れて欲しそうにニャーニャーと鳴いている。それを見た健一は、弁当の中に入っていた白身のフライを持って窓を開けた。
「クロや。うちの学校の中庭とかによく来とるんやけど、どうしたん?」
 ひょい、とクロは窓から入ると、健一の足下でゴロゴロと喉を鳴らす。
『健坊に会いに来たんよ。うちも協力するから、早よ教室に戻れるようにしような』
 猫が入ってくるとは思わなかった。だが、懐いているようだし無理に追い出すこともないだろう。その証拠に健一の膝に座り、大人しくフライを食べている。
「さて、対策を話し合おうか。皆の推理も聞いておきたいし、色々確かめたいこともある」
 パンの袋を片づけながら言う啓斗に、皆が静かに頷く。
 まあ当の本人と、北斗は食べる手を休めなかったのだが。

【その頃別の場所で】

「皆さん揃っていらっしゃるようですねぇ」
 皆が自習室に集まっている頃、陸玖 翠(りく・みどり)は一人式を操りながら学園内を走査していた。
 やろうと思えば、符を張り呪を施せば本人の能力か否かぐらいはすぐ判明する。だがそれをやって原因が健一ではないと分かったところで、生徒達が信じてくれるとは思えないし、かえって孤立する原因を深めることにもなりかねない。
「事件の方は皆さんにお任せして、私は健一殿の誤解を解く方法でも考えましょうか」
 全く関係のない相手であれば、こんな事をする気はない。一度顔を合わせているということと、友人の弟だから手を貸すのだ。
「話だけは聞かせて頂きますけどね」
 どうやら式が自習室までたどり着いたようだ。
 それを自分の目と耳にして、翠は五人の話を聞くことにした。

【五時間目の自習室再び】

「なんか憑いてんのかねー?憑いてる奴は守ってるつもりでやってんのかもしんねえし」
 最初に皆が確かめたのは、『何故健一だけが無事なのか』と言うことだった。
 何度もカマイタチ事件は起きているのに、一人だけ無傷な理由。それが分からなければ、事件を解決する以前の問題だ。
「別に金縛りにも遭うたことないし、そんな気もせんけどな」
『そう言えば健坊は怪我とかしとらんのやね……なんや鬼や仏にでも護られとるんかいな?』
 すっかりシュラインが持ってきた弁当を食べ終わった健一は、クロを撫でながら首をかしげる。クロもふい……と顔を上げ、健一の顔を見ている。その様子にシュラインは、何かを確かめるようにこう聞いた。
「ねえ、怪奇現象関連で周囲の人は見れて自分は見えないとか、そう言うことがあったりした事ない?」
「あー……小学六年の時クラスでキャンプ行ったんやけど、皆が『着物着た女の人立ってる』言うてたのに、俺だけ見えんことあったわ。こっくりさんやってるときに、俺が通ると動かなくなるから近寄るなとか」
 それに冥月が目を細める。
 それが本当だとしたら、確かめる方法は……。
「………!」
 ヒュッ!と冥月はいきなり健一に影をけしかけた。それに啓斗が気づき止めようとした刹那、ぱしっと乾いた音がして、影が打ち消される。
「どういうつもりだ?」
 警戒するような啓斗に、冥月は軽く首を横に振った。
「松田、今何かした?」
 そんな啓斗を落ち着かせるように立ちつつ、北斗は健一をじっと見下ろす。
「いいや、何もしとらんよ。ぼーっと座っとっただけ」
「すまない。ちょっと確かめたかっただけだ。犯人側の思惑の可能性もあるが、もしかしたらお前だけ被害を受けないんじゃない、お前には近付けないのかもな」
 なるほど、それなら納得がいく。啓斗はちらっと冥月を一瞥し、また椅子に座り直した。だが、もし弾けなかったときのことを考えると、かなり無茶ではあるのだが。
 そんな雰囲気を和ませるように、シュラインはくすっと笑った。お互いの気持ちは分かるし、健一が異能を受け付けない体質というのが分かれば、どうして一人だけ無事かという理由がつく。
「無意識に対超常現象強い人いるから、松田くんもそれで弾いちゃってるのね。もしそうなら、心強い盾よね……ゴミ箱が無傷だったなら、抱き込んだ対象守れるって事でもあるんだもの」
「ああ!松田、ゴミ箱どうだった?覚えてないか?」
 北斗に聞かれ、健一は何が何だかという感じで思い出そうとする。
「確かにゴミ箱は無事やったけど、皆抱えるわけにもいかんしな……な、クロ」
『うちは自分で何とか出来るから、心配せんでもええよ』
 取りあえず、これで何故健一だけが無事だったかの理由が付いた。次はどうやってその原因を突き止めるかなのだが。
 五時間目終了のチャイムが鳴る。
 そして廊下がざわめき始める。

【六時間目の自習室】

「もし本当に鎌鼬なら、何か目的があって傷つけてる筈だから、それを取り除いて説得すれば何とかなるんじゃないか?」
 シュラインがカスミから風の起こった場所と日時などを校舎見取図に書込んだ図を見ながら、啓斗は真剣に考えていた。こういう物があると、細かい事に時間を取られずに済む。
 健一がいなかった場所、被害者のクラスや部などもリストアップされている。だが何か法則性とかがあるわけではないようだ。
「最近は事件起こってないみてぇだな」
「人と顔合わせんように、朝早く来て放課後ギリギリなってから帰っとるからな」
 本気で誰かが傷つくのが嫌らしい。それを聞き、北斗は何となく健一の頭にポンと手を乗せる。
「松田っていい奴だな」
「あ、アホか。普通に当たり前やん」
『いや、健坊はええ子や。うちも協力したるから』
 ニャーと、クロが大きく鳴く。きっと事件を起こさないよう、身を潜めていたのだろう。
「俺も最初の被害者に話を聞いたんだが、皆が皆松田が犯人だとは思っていないようだ。とにかくどうやって捕まえるかだ。説得するにも排除するにも、見つけないことにはどうしようもない」
 するとシュラインがうーんと考え込む。
「水溶性の糊吹き付けた綿とか、置いてみようかしら。風内に何かいるなら、くっついて形見れないかな」
「だったら、私が屋上から敷地全てを影で探査しよう。妖怪かと思うが霊力のない私には姿は見えないし影でも探せぬが、旋風が起きれば空気が揺らぐし人を切る一瞬は姿見せる筈だ」
「でもよ、そいつが上手く姿現してくれるんかな。今、事件起きてないんだろ?」
 確かに冥月の方法で高等部の敷地を見渡せることは出来るだろう。だが、その為には、健一の協力が必要だ。おそらく鎌鼬は健一を標的にしている。それが回りに被害を及ぼしているわけで……。
『健坊、嫌やったらええんやで』
 心配そうにクロが鳴いた。その頭を撫でながら、健一が顔を上げる。
「このままずっと自習室は嫌や。それに、何でそんな事しとるんかの理由も知りたいし」
 話は決まった。
 冥月が影で校内を探査し、健一は北斗や啓斗、シュラインと一緒に校内を歩く。そうしていれば、きっと鎌鼬は出てくるはずだ。健一を狙っているとするのなら。

【放課後の神聖都学園高等部・その1】

 仕事以外では通学の経験ない冥月にとって、学校の雰囲気は独特に感じる。皆同じ制服、似たような年頃、それはある意味異質な統率感だ。
「………」
 屋上へ行く許可を貰い階段を上っているのだが、すれ違う女生徒達が妙に明るい声で挨拶をしてくる。
「こんにちはー」
「ああ」
 何だか後ろで黄色い声が上がっているような気がするが、気にしたら負けだ。というか、こんな事なら影で上っておけば良かった。と、今気付いても、ちょっと遅い。
「屋上に行きさえすればいいんだ」
 自分の役目は、影で高等部内を探査することだ。しかし……。
「今すれ違った人、格好良くない?」
 ああ、もう。気にしたら負けだ。

【放課後の神聖都学園高等部・その2】

 学校から帰る者、部活に行こうとする者、そして掃除をしている者。
 たくさんの生徒がいる中、健一達は外へ出た。今まで皆の前に姿を現さなかった健一が、わざわざ出てきていることで辺りは少しざわめいている。
「何で出てきてるんだ?」
「また何かあったらどうするんだよ……」
 シュラインの耳にはそんな言葉が聞こえるが、そういうのは本人に聞かせない方が良いだろう。啓斗がそれに気づきじっと無言で見つめると、言っていた生徒も話を止めるし、話が耳に入らないよう北斗がずっと話しかけている。
「この学校馬鹿でかくねぇ?遭難する奴がいても不思議じゃねー」
「俺も入学した頃、移動教室に迷ったわ。敷地広過ぎや」
 そしてクロはずっと辺りの匂いを嗅ぎながら皆に付いてきていた。
『これからそんな事言われんように、うちが何とかしたるからな』
 いつ仕掛けてくるのか。
 北斗や啓斗は普段通りにしつつも、警戒している。風が吹き始めたらそれが合図だ……健一は傷つかないとしても、シュラインや何故かずっと健一の側を離れない黒猫にケガをさせるわけにはいかない。
「つか、二人とも背ぇ高いわ。首疲れる」
「低くてもいいだろ。そのうち伸びるって、せーちょーきなんだし。俺ももっと伸びるつもりだし」
「……お前はもう伸びるな」
「ふふっ、高校生っていいわよね」
 そんな事を話しながら、グラウンドへ。グラウンドもいくつかあるのだが、ここでは今日はテニス部の女子達が走り込みをしている。
 その瞬間、風が吹き始めた。

【放課後の神聖都学園屋上】

「………!」
 その気配に冥月は気付いていた。
 風が動く。啓斗と北斗が身構える。
 だが、このままでは走っている女生徒達に被害が及ぶ。犯人を捕まえたいのは山々だが、ここでケガ人が出れば健一は本当に外に出なくなってしまうかも知れない。
「仕方ない、誰か捕まえてくれ……」
 足下の影を伝い、冥月は女生徒達の前に滑り込む。

【放課後の神聖都学園グラウンド】

「風だわ!」
 今まで揺らいでいなかった空気が不穏に揺れる。その音がシュラインの耳に響いた。
 それは冬に吹く強い風のように、辺りを吹き抜けようとする。そしてグラウンドの土を巻き上げ、一直線に健一に向かう。
「北斗!」
 このままでは、確実にケガ人が出る。結界を展開するには時間が足りない。
「よーっぽどうずうずしてやがったんだな」
 土煙に目を細め、北斗はシュラインの前に出る。自分達は傷ついてもケガの治りが早い。ピッ……と、頬に痛みが走る。
 すると目の前に冥月が現れ、女生徒を庇った。
「生徒達は私に任せろ!」
 風の真ん中に鎌鼬がいるはずだ。だが、その風が突然止んだ。
「………?」
 鎌鼬はどうしたのか。そう思っていると、健一の足下にいるクロが、意気揚々と口に何かを銜えている。それは手の先が鎌のようになった物の怪で……。
『うちはこういう妖怪は、鼠を捕まえるみたいに喜んで捕まえるで?』
 キーキーと鳴く鎌鼬を銜えながら、クロは啓斗の前にちょこんと座った。

【事件の真相、そして……】

「何故松田を傷つけようしたんだ?」
 啓斗のブリザードのような視線に、鎌鼬は目を逸らす。
 前々から鎌鼬はこの学園に棲んでいて、時折人を少し斬って驚かせるぐらいだったらしい。
 最初に事件が起こったとき、鎌鼬は健一を狙った。それで終わりになるはずだった。
 だが健一はそれをあっさり跳ね返し、頭にきた鎌鼬は辺り構わず人を傷つけた。
 それからも健一を狙っていたのだが、やはりどうやっても斬れないので、いっそ孤立させてやろうと騒ぎを起こしていたということだった。
「どうしたもんかね」
 北斗が溜息をつく。健一はどう頑張ったって斬れないと言ったところで相手は物の怪だ。理解してくれる気がしない。
「退治してしまえばいいだろう。迷惑極まりないだけだ」
「でもムキになってただけなのよね……」
 冥月とシュラインが困ったように顔を見合わせた。すると鎌鼬を銜えていたクロが、ひょいとそのまま走り出す。
『ここにおっても困るやろから、うちが遠くに連れてったるわ。物の怪が住みやすいところも知っとるしな』
 鎌鼬にもプライドがあったのだろう。これがいなくなれば事件はもう起こらないし、健一も皆の所に戻れる。それでいい。
『ほな、うちは一足先においとまするわ。健坊、またな』
「クロ……」
 クロは鎌鼬を銜えたまま走り去っていく。啓斗はそれを追いかけようとしたが、クロの金の瞳が何か言いたげだったのでやめることにした。猫が捕まえたのだから、その獲物をどうしようと手出しは出来ない。
 しかし……。
「松田の誤解をどう解くか」
 その瞬間、どこからともなく声がした。
「それは私に任せてくれませんか?協力して頂ければの話ですが」
 その声は翠のものだった。

【次の日、放課後の神聖都学園で】

 能面をつけた赤い髪の女が、健一の前に立ちはだかる。
 辺りには生徒達がいて、その状況を遠巻きにしている。シュラインと冥月が近寄らないようにと生徒達を止める。
「お前は邪魔だから皆から孤立させようとした……孤独は充分味わったか?」
「なんでや!」
「理由などあるか!」
 風が不意に巻き起こる。それが健一に向かおうとした瞬間、啓斗と北斗が現れた。そして女に向かいクナイを投げつける。
「貴様が『カマイタチ事件』の犯人か」
「封じさせてもらうぜ!」
 二人が全く同じタイミングで印を組み、呪を唱え札を飛ばす。すると吹き荒れていた風が段々弱まり、女が膝を突く。
「くっ……貴様ら……」
 その姿が少しずつ消えていき、後に二枚の札が残った。北斗がそれを拾い、ビリビリと破き捨てる。
「これでもうカマイタチは出ないぜ。良かったな」
 呆然とする健一を尻目に、辺りでは安堵の声が出始めていた。

【とあるファミレスで】

「松田演技下手っぴだなあ。俺達が盛り上げたんだからさぁ」
「無茶言わんといて。あれで精一杯や」
 翠の奢りで、冥月を除く四人はファミレスで食事をしていた。
 結局、鎌鼬だと言ったところで誰も信じないだろうと言うことで、翠が健一を狙っていたと言うことにして、全員で芝居を打つことにしたのだ。
 そんな二人の様子に、シュラインが頬笑む。
「でもこれで、明日から教室に戻れるわね」
「そやけど、翠さんに汚れ役押しつけたみたいや」
 元々、翠は最初からこの役をやる気でいた。誰もが納得する終わり方をしなければ、何処かにしこりが残る。だからこそ皆には手を貸さずに、行く末を見ていたのだ。
「いいんですよ。それよりおなかもすいているでしょうから、好きなだけ食べなさい。今日は私の奢りですから」
 奢りと聞き、北斗が嬉しそうにメニューを開く。
「じゃ、クラブサンドと、フライドチキンと……」
「お前は少し遠慮しろ!」
 北斗の手からメニューを取り上げ啓斗が頭を殴り、その後、一斉に笑い声が起こった。

【そして神聖都学園で】

「守って頂いてありがとうございます」
「あ、ああ……」
 冥月が皆と一緒にいなかった理由。
 鎌鼬からテニス部の女生徒達を颯爽と守ったというのが噂になっていて、芝居を打った後見事に捕まっていたのだ。
「格好良い女の人が校内にいる!」
 噂は尾鰭が付いて広がっていく。健一がカマイタチ事件の犯人だと思われていたように、冥月も皆を救った英雄になっていて……。
「お礼にケーキを作ったんで、食べて下さい」
「あの時すごく格好良かったです」
 こんな事なら、汚れ役は自分が引き受けるべきだったか。そう思ってももう遅い。
 女生徒達に囲まれ校内に引っ張られながら、冥月は初夏の風に溜息をつく。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
0568/守崎・北斗/男性/17歳/高校生(忍)
0554/守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)
5686/高野・クロ/女性/681歳/黒猫
6118/陸玖・翠/女性/23歳/面倒くさがり屋の陰陽師

◆ライター通信◆
「カマイタチ」へのご参加ありがとうございます、水月小織です。
今回は章立てにして、時間を追いながらという形で書かせて頂きました。物の怪の悪戯が原因だったのですが、最後の締めまでプレイングが嵌っていて書いていて楽しかったです。
最初の所だけは個別ですので、よろしければ他の方のも見てみて下さい。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたらよろしくお願いします。参加して下さった皆様に感謝を。