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<東京怪談ノベル(シングル)>


運命の女神・前編

「それではおいとまするのですぅ」
「いえいえ、また遊びに来てくださいね」
 ファム・ファムが立花 香里亜(たちばな・かりあ)の部屋に泊まっていった次の日。昼になる少し前に、ファムは小さく手を振って香里亜の部屋から帰っていった。
 別次元にいて、『地球人の運命を守る、大事な大事なお仕事』をしているファムはいつでも神出鬼没だ。時空に穴を開けてやって来て頭の上に乗ったりする。なので帰るときも、来たときと同じようにふわっと浮いて消えてしまった。
「楽しかったな、ファムちゃん来てくれて」
 泊まりに来てくれたファムと一緒にお風呂に入ったり、同じベッドで寝たりするのは新鮮だった。東京に来てから知り合った友達などを部屋に呼んで、一緒にご飯を食べたりする事はあったが、部屋に泊まったのはファムが初めてだ。
「何か急に寂しくなっちゃった」
 今まで誰かと一緒だったのに、帰ってしまうと部屋が広く感じる。今日は特に予定もないので、何をしようか……そんな事を思いながら、香里亜は小さく伸びをする。
「お洗濯するには洗濯物も少ないし」
 取りあえずお茶でも入れてから考えようか。そう思いながら台所に向かおうとした刹那……。
「香里亜さんお久しぶりですぅ」
「?!」
 突然誰かに抱きつかれたような感触、何だか顔に柔らかい物が二つ当たっているような気がする。何処かで聞いたようなその声に、香里亜は驚きながら顔を上げた。
「ど、どちら様ですか?」
 子供の頃から神隠しや怪奇現象、不思議な事には慣れている方だと思っているが、流石にいきなり抱きつかれる事はない。少し怪訝そうな香里亜に、その女性は天使のような微笑みを浮かべる。
「あ、御免なさい。つい嬉しくて」
 ぱっ。
 抱きついていた手を離すと、その女性は香里亜に向かって優雅にお辞儀をした。
「えっと私、詳しくは言えませんが、遠い未来から来たファムです」
「ほえ?」
 遠い未来から来たファム。
 ニコニコと頬笑むファムを、香里亜は戸惑いながらも観察する。
 天使のような白くゆったりとした衣装に、大きな翼。その笑顔は美しく、まさに「天使の美貌」というのがぴったりだ。それに背も高く、放っているオーラは神々しい。
 だが声や口調、目元に残る面影や、長いくはなったがふんわりとした緑の髪、それに何より柔和で親しみ易い雰囲気がファムを連想させる。
「本当にファムちゃんですか?」
 驚きながらまじまじと見つめる香里亜に、ファムはにっこり頷いた。
「はい、そうですぅ。見習いの卒業と共に名前が変ったんですけど、間違いなくファムですぅ」
 嘘を言っているわけではないだろう。首元にはいつもしていた赤いリボンが付けられているし、神出鬼没な所も変わっていない。
 しかし。
 未来と言ってもどれぐらい先から来たのか。香里亜がいつも会っているファムは、六歳児ぐらいの背丈の可愛らしい女の子だ。だが、未来のファムは背が高くて胸も大きく、まさに香里亜が理想としている体型そのもので。
 この調子なら、五年後ぐらいには自分も何かとなるんじゃないのかな。
 あまりの出来事に、半ば現実逃避のようにそんな事を考えていると、ファムは少し照れたような笑みを浮かべ、じっと香里亜を見詰めてからペタペタ撫で回す。
「本当に貴女なんですね……」
 いや、それはこっちの台詞なのだが。
 だがファムが瞳を潤ませ、複雑な表情をしているのが分かるので、香里亜は何だかされるがままになってしまう。
 未来の事はよく分からないけれど、ファムが成長するまでに自分は生きていないだろう。もし自分が過去に行けたとして、今は亡き祖母などに会えるとしたら多分同じような事をしてしまうかも知れない。そう思うと、少し複雑だが気持ちは分かる。
「ファムちゃんからは、お久しぶりなんですね」
 少し戸惑いながらそう言うと、ファムはそれを誤魔化すかのようににこっと笑う。
 久しぶりに……本当に久しぶりに香里亜と会ったので、感慨で胸がいっぱいになってしまったが、ただ会いに来たわけではない。ちゃんと理由があるからこそ、未来からここまでやって来たのだ。
「あの、少しお付合い願えませんか?」
 おずおずと言うファムに、香里亜はきょとんと小首をかしげる。
「お付き合いですか?」
「はい。今日まで香里亜さんとお仕事をした場所を、二人で回りたいんです」
 二人でお仕事をした場所と言われ、香里亜の頭に色々な思い出が蘇ってきた。初めての出会いや、色々な事。まだファムと出合ってからは半年ぐらいだが、それでもすぐに思い出す事が出来る。
 それにどうせ予定のない一日だったのだ。だったらファムに付き合うのも良いだろう。
「いいですよ、一緒に行きましょう」

 始めに二人が向かったのは、クリスマスマーケットに使われた広場だった。あの時は店が色々と並び、きらびやかなイルミネーションが光っていたが、今は緑溢れる普通の広場だ。
「ここで、初めて香里亜さんとお会いしたんでしたよね」
 懐かしそうに話すファムに、香里亜も嬉しそうに歩きながら話をする。ファムの姿はやはり香里亜以外には見えていないようだ。
「頭にぽふっ……って感じで乗ってきたんですよね。能力をあげて貰うためにキスされたりしてびっくりしましたけど、私を指名してくれたんですよね」
 あの時は、別次元の邪霊を捕獲するのを手伝ったんだったっけ。サンタガールの格好をして、ワインと岩塩を撒きながら聖句を唱えて。
「あの時の香里亜さんは素敵でした」
「そう言われると照れちゃいます。クリスマスマーケットがなかったら、私達出会ってなかったのかも知れませんね……そう思うと、すごい確率です」
 にこっと香里亜がファムを見上げて笑う。いつもは言い聞かせるように少し屈んでいるのに、今日は逆だ。
「では、次に行きましょうか。移動は亜空間を使いましょう」
 二人で回った場所を順番に回るとなると、距離的に結構長くなるだろう。それに素直に承諾し、空間をくぐると香里亜の家の近くの道路に出た。
「あっ、この時は色々あちこち回ったんですよね」
 すぐに思い出した香里亜が、嬉しそうにファムに言う。
「そうです。あの時は寒かったのに、香里亜さんが一生懸命お手伝いをしてくれて」
 二度目に香里亜がファムの手伝いをしたのは、ニアミスした別次元の惑星と地球の運命圏を元に戻すために、小さな事を手伝ったのだった。
 地面に五寸釘を打ちそこに空き缶を被せたり、ベンチに十分座ったり。
「あの後、ベンチの裏の一億円は、ちゃんと警察の人が回収しましたよ。缶を蹴った人も幸せになってるといいですね」
 座っていたベンチの後ろの花壇に、一億円が埋まっていると聞いたときにはかなり驚いたが、あやとりの糸のもつれを直すように運命を直す事が出来た。ただ……。
「……あの時買ったエッチなマンガ、ファムちゃんに『記念に』とか言われちゃったから捨てられないんですよー」
「うふふ」
 痴漢冤罪で捕まり、その本を持っているせいで有罪になってしまう人の運命を元に戻すために、香里亜に買ってもらった本。
 これからも何故かずっと捨てずに取っておいていた事は、言わない方がいいだろう。ファムはくすっと笑い、懐かしそうに本屋を見る。
「あの時の香里亜さん、右手と右足が一緒に出てました」
「えっ?恥ずかしくて気付いてませんでした。本だけで精一杯です」
 それは余計ここの本屋で買い物出来ない。あの時の事を思い出して恥ずかしくなったのか、香里亜はくるりと本屋に背を向け少し顔を赤くしながら、ファムに笑った。
「次は人形屋さんですね。あの時はひな祭りでたくさん人形が飾ってありましたけど、今は少し静かかも知れないですね。カメラに写らないように、外から見ましょうか」
 次はまた香里亜の家の近所に移動だ。ひな祭りの前に、別次元の戦争で死んだ者達の魂が何故かひな人形の中に入ってしまったのを、香里亜が頑張って祓ったのだ。
「あの時は色々大変だったんですよね……防犯カメラにちょっと写っちゃいましたし」
 祓う事自体はさほど大変ではなかった。ファムの「天使のキス」で能力を最大限に引き出してもらったので、次の日全身筋肉痛などになったりはしたが、それは大した問題ではない。寝れば治る話だ。
 それを聞いたファムも、何かを思い出しているように少し遠い目をする。
「香里亜さんがカメラに写っていたときは、すごくびっくりしました。『神の子事件』の悪夢が……って。でも、あの後で香里亜さんが『これから一緒に変えていきましょう』って言ってくれて、嬉しかったです」
 『神の子事件』とは、ファムの先輩に頼まれ献身的に手伝いをした『彼』が、その行いを奇跡と崇め奉られたあげく処刑されたという悲しい話だ。その事件により、地球には生まれなかった宗教が生まれ、起こらなかった争いが起きてしまったりした。
 あの時ファムは、もう二度と香里亜に頼み事をしない気だったのだが、香里亜は自分を友達だと言ってくれた。
 それが嬉しくて仕方なかったのが、まるで昨日のことのようだ。
「香里亜さんが、私のことを友達だって言ってくれて……」
「今でも友達ですよ」
 にこっ。
 満面の笑みで笑い、香里亜は駅へ向かって歩き出す。次は山手線一周だ。
「次に来たときのファムちゃんは、すごく不安そうだったんですよね」
 それは小さな弾に霊力を注ぎ込みながら、山手線を一周して欲しいというファムの頼み。だがまた香里亜が手伝いをしているところを見られ、『彼』のようになるのが怖くて、ファムはなるべく話しかけたりしないようにしていた。
「香里亜さんが一生懸命なだめてくれましたよね。『ファムちゃんを悲しませるようなことはしません』って……その時に、私も一緒に運命を守らなければと決意したんです」
 誰もいない所で、香里亜は山手線に乗りながらファムと話をする。
 初めて山手線で一周して、ちょっとした小旅行気分で。そう言えば痴漢も退治した。乗っていたのは一時間程度だったのに、何時間も掛けたぐらい密度の濃い時間。
 懐かしそうに、眩しそうにファムが香里亜を見つめるので、何だか恥ずかしくなって香里亜は思わず俯いて笑う。
 確かに面影は残っているが、天使のような美貌の女性に見つめられて、そのままじっと見つめていられない。香里亜が憧れている姿そのものなので、余計に恥ずかしいのかも知れない。
「な、何か戸惑っちゃいますね。ファムちゃんすごく綺麗になってるから」
「私は……香里亜さんに会えて嬉しいです」
 ファムがいる世界では、既にこの世にいない香里亜。出合ったときの姿そのままで、目の前にいて、一緒に思い出を話している。
 香里亜にとっては少し前のこと。
 でも、今のファムにとっては遠い遠い過去のこと。
 同じなのは二人にとってそれが「良い思い出」ということで……。
「そろそろ一周しますね。あの時は大冒険だったのに、今日はゆったりした感じで楽しいです。次は明治公園ですね」
「はい。『世界樹』を見に行きましょう」

 明治公園の中に植えられている『世界樹』こと運命演算補助デバイス。
 それは天を覆う程のとても立派な大木で、香里亜が見上げてもその先が全く見えない。ファムがいないときは世界樹も見えないのだが、今は一緒なので幹に触れることも出来た。
「私が霊力を注いだ玉が、世界樹の種だなんて思ってもいませんでした。ファムちゃんがいる世界だと、やっぱり育っているんでしょうね」
「香里亜さんの力があったからこそ、ここに世界樹を植えることが出来たんです」
 未来のことは香里亜に教えられない。だから木が育ったことを言わずに、ファムは事実だけを述べた。香里亜が種に霊力を注ぎ、そして木が育つまでの十分間、負の存在から種を守ってくれた。だからこそ、今ここに世界樹が存在している。
「私もお手伝いできて嬉しかったです」
 さわ……。
 世界樹が揺れる音がした。多分二人にしか聞こえていない、幻の音……。
「種を植えたときにもキスしてもらったんですけど、何だかいつまでも慣れないんですよ。恥ずかしくて」
「ふふ……」
 ファムは人間ではないのでキスに羞恥心はない。だが、香里亜は年頃なのかやはり恥ずかしいようだ。それもファムにとってはいい思い出で、何だか胸が詰まりそうになる。
「これがずーっと残ってるといいなぁ……」
 どれぐらい先の未来からファムが来たのかは分からないが、この木はずっとここにあり続けるだろう。自分が年を取って、お婆ちゃんになって死んだとしても、ファムと一緒にあり続けるもの。それが自分の力を少しでも注いだものだというのが、香里亜は何だか嬉しくて寂しい。
「木を植えて、昨日見習いのファムちゃんがお泊まりに来てくれて、コロッケ食べて一緒にお風呂入って……その後のことは内緒ですね。楽しみがなくなっちゃいますから」
 もしかしたら泊まったのを最後に、ファムに会うことはなかったのかも知れないが、そんな事は聞かない方がいいだろう。木の幹に寄りかかりながら、天を仰いで香里亜が目を細める。気が付くとずいぶん長いこと色々見たり歩いたりしていたのか、日は西に傾いていた。
 地面に伸びる長い影を見て、ファムが静かにこう言う。
「今からまた、お部屋にお邪魔させて貰っていいですか?私が来た理由をお話します」
「ファムちゃんが来た理由ですか?」
「はい。ちゃんと理由があってここに来たんです」
 未来からやって来たファム。
 もう見習いではなく、立派な運命の女神なのだろう。しかし、何故ここに来たのか……香里亜は少し緊張した面持ちをしながらも、ファムを見て笑いながら頷く。
「いいですよ。時間はありますから、ゆっくりお話ししましょう」
「では、お部屋に戻りましょうか」
 亜空間を通り、一瞬で部屋の中へ。慣れた様子で座布団に座るファムに、香里亜は慌てて靴を脱いだ。
「靴玄関に置いてきますね。積もる話もあるでしょうから、まずお茶でも入れましょうか」

To Be Continued

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
前回の更に続きで、今度は未来からやって来たファムちゃんと思い出の場所を巡りながら話をするということで、まずは最後の仕事だった世界樹までの話を書かせて頂きました。同一人物ですが、名前が変わるとチェックにかかりそうなので、「名前が少し変わった」だけに留めています。
思い出話には、やはり本の話題は外せなく……。短いようでいて結構色々なことがあったんだなと振り返らせて頂きました。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
ファムちゃんはいったいどんな理由で、未来から香里亜の元にやってきたのでしょうか。
また次回もよろしくお願いいたします。